毒か薬か
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「すみません、すぐ戻りますから」
琴璃はもう1度すみません、と言って家の中へと消えていった。その足取りはもう随分しっかりしていた。だから、跡部はついてゆくことなく1人で家に戻らせた。
彼女を待っている僅かな時間。車のハザード音だけが静寂に響く。することがなくて跡部は窓の外に目を向ける。空は暗く雲が立ち込めていた。間違いなく今夜は雨になる。
よくよく考えてみたら、別に1日くらいの外泊で家から持ち出すものなんてないんじゃないか。跡部家にはよく家族の客人や要人などが泊まることもあるから、言わばホテルのようになんでも揃っている。けれど、何も言わずに連れ帰ったら琴璃が戸惑うんじゃないかと思った。ささやかな誠意として家に寄ることを提案したまでだった。結果、車に戻ってきた琴璃は少し大きめのトートバッグを持ってきた。中に何が入っているんだかそれを肩に掛け、「お待たせしました」と言って素直にまた跡部の隣に座った。顔色はかなり良い。
「随分と大荷物だな」
「えへへ」
てっきり、体調が戻ったからもう大丈夫です、とでも言って跡部の家に行くことを断るんじゃないかとも思ったが、そんな素振りは見せなかったので、心の中で安堵した。
自分が何をしたら彼女は喜ぶのか。または悲しむのか。きっと、もっと日頃からコミュニケーションを取れていれば彼女の気持ちに近づけるんじゃないかと思う。琴璃が頭痛持ちなこと。両親は共働きで出張もあること。他のレギュラー達もとっくに知っていたのだろうか。知らなかったのは自分だけなのだろうか。琴璃に1番近いのは自分であるのに知らないことがまだまだたくさんある。自分だけが知らなかったという可能性がいつまでも腹の底に居座り続ける。言ってしまえば嫉妬なのだ。それぐらいは自覚している。恋人なのに、自分の優先順位は琴璃にとってどれくらいなのだろうか。そんなことにいつまでも拘って思案していたら声を掛けられた。
「部長?」
だいぶ黙り込んでいたようで、横から琴璃が跡部の顔を覗き込んでいる。その表情は不安げな色をしていた。
「どうした」
「いえ、あの、すごく真剣な顔してたからどうしたのかなって」
本当に、心配している面持ちで跡部の瞳を見つめ返す琴璃。さっきまで具合が悪くて苦しんでいたくせに。なんだか可笑しくなった。
彼女は自分のことをどう思っているのだろうか。無論、好きでいてくれているのは疑う余地などない。限られた時間であれ、今みたいな学校以外の場で2人きりになると琴璃は部活中とは違った顔を見せる。それを見ることができるのは恋人である証で特権のようなものだ。照れたりはにかんだり、自分を心から信頼してくれている彼女の表情が好きだ。そんな彼女を悲しませたり困らせたことは1度たりともない。だがもし、彼女が自分のことで困る日がくるとしたらそれは、やはり恋人関係が大っぴらに知られてしまうことだろうか。
ふたりの間には少し隙間があった。それを無くすように琴璃を抱き寄せた。琴璃は戸惑っている。跡部に、どこか元気がないのが不安なようだ。
「病人に心配されちゃあ、世話ねぇな」
だから、彼女が安堵するように額にキスをする。琴璃はこの限られた時間しか心を開かない。明日になればまた、学園内で、皆の前で、跡部に対して他人も同然な態度をとるのだから。今のこの瞬間が過ぎ去ってゆくのが物凄く名残惜しい。時間を止めたいだとか、子供じみたことを思いたくなった。
琴璃はもう1度すみません、と言って家の中へと消えていった。その足取りはもう随分しっかりしていた。だから、跡部はついてゆくことなく1人で家に戻らせた。
彼女を待っている僅かな時間。車のハザード音だけが静寂に響く。することがなくて跡部は窓の外に目を向ける。空は暗く雲が立ち込めていた。間違いなく今夜は雨になる。
よくよく考えてみたら、別に1日くらいの外泊で家から持ち出すものなんてないんじゃないか。跡部家にはよく家族の客人や要人などが泊まることもあるから、言わばホテルのようになんでも揃っている。けれど、何も言わずに連れ帰ったら琴璃が戸惑うんじゃないかと思った。ささやかな誠意として家に寄ることを提案したまでだった。結果、車に戻ってきた琴璃は少し大きめのトートバッグを持ってきた。中に何が入っているんだかそれを肩に掛け、「お待たせしました」と言って素直にまた跡部の隣に座った。顔色はかなり良い。
「随分と大荷物だな」
「えへへ」
てっきり、体調が戻ったからもう大丈夫です、とでも言って跡部の家に行くことを断るんじゃないかとも思ったが、そんな素振りは見せなかったので、心の中で安堵した。
自分が何をしたら彼女は喜ぶのか。または悲しむのか。きっと、もっと日頃からコミュニケーションを取れていれば彼女の気持ちに近づけるんじゃないかと思う。琴璃が頭痛持ちなこと。両親は共働きで出張もあること。他のレギュラー達もとっくに知っていたのだろうか。知らなかったのは自分だけなのだろうか。琴璃に1番近いのは自分であるのに知らないことがまだまだたくさんある。自分だけが知らなかったという可能性がいつまでも腹の底に居座り続ける。言ってしまえば嫉妬なのだ。それぐらいは自覚している。恋人なのに、自分の優先順位は琴璃にとってどれくらいなのだろうか。そんなことにいつまでも拘って思案していたら声を掛けられた。
「部長?」
だいぶ黙り込んでいたようで、横から琴璃が跡部の顔を覗き込んでいる。その表情は不安げな色をしていた。
「どうした」
「いえ、あの、すごく真剣な顔してたからどうしたのかなって」
本当に、心配している面持ちで跡部の瞳を見つめ返す琴璃。さっきまで具合が悪くて苦しんでいたくせに。なんだか可笑しくなった。
彼女は自分のことをどう思っているのだろうか。無論、好きでいてくれているのは疑う余地などない。限られた時間であれ、今みたいな学校以外の場で2人きりになると琴璃は部活中とは違った顔を見せる。それを見ることができるのは恋人である証で特権のようなものだ。照れたりはにかんだり、自分を心から信頼してくれている彼女の表情が好きだ。そんな彼女を悲しませたり困らせたことは1度たりともない。だがもし、彼女が自分のことで困る日がくるとしたらそれは、やはり恋人関係が大っぴらに知られてしまうことだろうか。
ふたりの間には少し隙間があった。それを無くすように琴璃を抱き寄せた。琴璃は戸惑っている。跡部に、どこか元気がないのが不安なようだ。
「病人に心配されちゃあ、世話ねぇな」
だから、彼女が安堵するように額にキスをする。琴璃はこの限られた時間しか心を開かない。明日になればまた、学園内で、皆の前で、跡部に対して他人も同然な態度をとるのだから。今のこの瞬間が過ぎ去ってゆくのが物凄く名残惜しい。時間を止めたいだとか、子供じみたことを思いたくなった。
