グッバイ、マイシェルター
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普段ほとんどの時間を過ごす教室のある棟とは別の建物にいる。滅多に足を踏み入れたりしないのだが、先ほどまさかの呼び出しを喰らったお陰で琴璃はこんな場違いな所に赴くことになった。指定された場所は生徒会室。呼び出した張本人は間違いなくこの扉の向こうに居るであろう。
それにしてもこんな、接点ゼロの人間に一体なんの用事だと言うのか。昼休みになり、いつものように友人とお昼ご飯を食べようとしたところに校内放送が入った。ぼんやり耳に入れてみるとまさかの自分が名指しされた。藤白琴璃って、私じゃないか。同姓同名が同じ学園内にいるなんてのは聞いたことない。友人からの送り出しを受け、気の進まない足をどうにか動かしここまで辿り着いたは良いが、さっきから嫌な予感が止まらない。意味のない深呼吸の後、ノックを3回すると中から「入れ」と声がした。琴璃はそっと扉を開け、恐る恐る頭を覗かせた。
「来たな」
ビビる琴璃をニヤリ顔が待ち受けていた。室内中央にある大きな椅子に腰掛けた跡部が、琴璃の登場に目を細めてみせる。別に爽やかな笑い方では無いのに、それでも綺麗だと思わせる顔面の美しさ。こんな間近で彼と真正面から向き合うなんて初めてだった。故に思わず逸らしたくなる。女の自分よりも整った様相で緊張に拍車がかかるというのに、今、部屋にいるのは2人きり。その上帝王自らのお呼び出し。琴璃にとっては間違いなく“初めまして”だ。それだけは分かる。たけどそれ以外はまったくもって分からない。
「お前がここに呼ばれた理由は分かってるよな?」
「……すいません、お恥ずかしながら覚えがないんです」
「なんだ、自覚がなかったのかよ」
思いがけない返答だったのか、目の前の彼は嘆息した。
「本学園における学校規則第4条。学園内による部活動において」
「はい?」
「生徒手帳の22ページ」
それだけ言ってまた跡部は溜め息をつく。読めという意味だと分かったので、琴璃はポケットから取り出した手帳をペラペラと捲り、言われたページを開いた。
「ええと……本学園内において生徒は部活動に所属するのは任意とする。ただし、各部の所属部員が2名を下回った場合、活動停止扱いとなる」
まさか。
「やっと理解したようだな」
また、最初に見たあのニヤリ顔が彼に戻る。だけど今度は“かっこいい”だなんて悠長に思ってられない。今音読させられたことが本当ならば、琴璃にとってはまずい状況だ。何故ならば。
「文芸部の部員は現時点でお前1人しかいない。よって、この4月中に1人も入部希望者が出なかった場合廃部確定となる」
「……そんな」
琴璃が所属している文芸部は、琴璃と先輩を含め両手で事足りる部員数で活動してきた。そりゃはたから見たら地味な部だけど、内輪で披露しあう作品の他、都内の学校が集まる小規模な大会にも参加したり、ちょっとした品評会に出てみたりと、それなりに活動はしていたのだ。だが、先月をもって3年の先輩たちは皆卒業してしまい、琴璃1人だけになってしまった。同学年や後輩の部員は琴璃の他に誰も居らず、この4月から自動的に琴璃が部長に就任したわけだが、別にこれと言って寂しい以外は特に何も感じていなかった。小説は基本1人で作るものだし、自分だけでもなんとかなると思っていた。けれどいざ1人になると、思いのほか“できないこと”が多いことに気づいた。そのことにほんのり気づき出したのが今日こうして呼ばれることになった数日前だった。まだそんな状況に陥るような出来事を味わったことがなかったから、そんなに危機感を感じていなかったというのもある。だがその前に、部を存続させられるか危ういだなんて。1人きりの寂しさに悩むどころか、このままでは部自体が消滅してしまうではないか。そんなことに今の今まで気が付かなかっただなんて。迂闊すぎるにも程がある。
「ま、そういうわけだから4月が終わったらまた状況報告してもらうぜ。どっちみち、部員が1人じゃ今年度の予算審議の項目からは外される。活動実績はあくまで前年度のものだしな」
手元の資料に目を落としながら、目の前の生徒会長は淡々と言う。少しくらい気の毒そうに話してくれてもいいじゃないか。綺麗な顔してるけど、きっと本当は血も涙もないんだこの人。琴璃はひっそり心の中で牙をむいた。
「……ん、でも待って。4月が終わったら報告ということは、4月いっぱいは活動ができるってことでしょ?てことは、今月が終わるまでに1人でも部員が入ればいいんだよね?」
閃いた琴璃は食い気味に跡部に聞く。可能性はまだあるんじゃないか。そう思って目を輝かせる。
「つまりはそういうことだが、当てがあるのか?」
「ない、でも、なんとかなる、きっと。なんとかして、廃部を阻止してみせるから!」
「つってもどうせ、入ったとしても1人や2人の見込みだろ?」
いかにも小馬鹿にしたように跡部は言う。そんな極小な集団で何ができるんだ、という顔をしていた。琴璃は思わず唇を噛む。見下されっぱなしで大人しくしていられるわけがない。これ以上黙って聞いてられるか。1歩前へと踏み込み、目の前の広いテーブルに両手を叩きつけた。
「お言葉ですけどねぇ、跡部くんのテニス部みたいに100人以上の部員が集まるような部じゃないの。うちは、趣味嗜好が似ている人たち同士で好きな文豪や作家のことをああでもないこうでもないって語ったりするの。そこから感化されて各々が作品を創りあげるのが活動なの。そこには情熱やロマンがあるの、スポーツの勝ち負けの世界とは違うけど、魂こめて書いてんの!」
息継ぎもせず一気にまくし立ててやった。だが、言い切った直後にハッとする。さすがに今のは盛りすぎた。熱く語りすぎた。琴璃は跡部のことをあまりよく知らないけど、こういう、真正面から感情をぶつける太刀打ちの仕方は彼には効果がない気がする。そしてそんな琴璃の予感は見事に当たった。何を言う事もなく、彼は頬杖をついてこちらをニヤニヤと見つめてくる。それは琴璃のメンタルに堪らなくこたえた。どうせなら冗談みたいな軽口を言ってほしかった。熱くなってんじゃねぇよ、くらいに鼻で笑ってもらったほうがどんなに楽だったか。
「成る程お前の熱量はよく伝わったぜ。そんなに言うのなら俺様にも見せてみろ。今お前が言った、魂こもった作品っていうのをよ」
「え……それは、ちょっと……」
「廃部を阻止したいと思ってんのなら、少しでも俺に日頃の頑張りを見せておいたって損じゃねぇだろ。寧ろ、こういう所で心証を稼いでおいてもいいんじゃねぇの?」
「……でも、見せたからって廃部撤回にはならないじゃん」
「だとしても俺様は本当に廃部にすべきか活動内容を把握しておく必要がある。あぁ、こう言えば良かったか。文芸部の輝かしい功績をよく知りもしない生徒会長に、どんなに素晴らしい部なのか是非ともご教示願いたい。どうだ?」
へりくだってるんだか傲慢なんだか分かりゃしない。言葉の内容と言う時の態度が一致しないせいだ。こんなセリフは腕を組みながら言うことじゃない。最早琴璃は言い返す気にもならなかった。
だけど、彼の言うことも分かる。ここで心証よくしておくことは何気にいいことなのかもしれない。些細でもポイント稼ぎをしておくことは、せこいかもしれないけど見方を変えれば細やかな謙虚さを演じられるかも。これでたとえ跡部景吾が本当に血も涙もなくて、こちらの努力の結晶を鼻で笑うようなひどい男だったとしても。これまでの先輩たちとの活動実績はそんなこととは関係なく、誇りを持って堂々と見せられるものだから。
「いいよ。今から部室案内してあげる」
「それはそれは光栄だな」
仁王立ちする琴璃と向き合い、跡部は静かに笑いながら、やっぱり偉そうに言うのだった。
それにしてもこんな、接点ゼロの人間に一体なんの用事だと言うのか。昼休みになり、いつものように友人とお昼ご飯を食べようとしたところに校内放送が入った。ぼんやり耳に入れてみるとまさかの自分が名指しされた。藤白琴璃って、私じゃないか。同姓同名が同じ学園内にいるなんてのは聞いたことない。友人からの送り出しを受け、気の進まない足をどうにか動かしここまで辿り着いたは良いが、さっきから嫌な予感が止まらない。意味のない深呼吸の後、ノックを3回すると中から「入れ」と声がした。琴璃はそっと扉を開け、恐る恐る頭を覗かせた。
「来たな」
ビビる琴璃をニヤリ顔が待ち受けていた。室内中央にある大きな椅子に腰掛けた跡部が、琴璃の登場に目を細めてみせる。別に爽やかな笑い方では無いのに、それでも綺麗だと思わせる顔面の美しさ。こんな間近で彼と真正面から向き合うなんて初めてだった。故に思わず逸らしたくなる。女の自分よりも整った様相で緊張に拍車がかかるというのに、今、部屋にいるのは2人きり。その上帝王自らのお呼び出し。琴璃にとっては間違いなく“初めまして”だ。それだけは分かる。たけどそれ以外はまったくもって分からない。
「お前がここに呼ばれた理由は分かってるよな?」
「……すいません、お恥ずかしながら覚えがないんです」
「なんだ、自覚がなかったのかよ」
思いがけない返答だったのか、目の前の彼は嘆息した。
「本学園における学校規則第4条。学園内による部活動において」
「はい?」
「生徒手帳の22ページ」
それだけ言ってまた跡部は溜め息をつく。読めという意味だと分かったので、琴璃はポケットから取り出した手帳をペラペラと捲り、言われたページを開いた。
「ええと……本学園内において生徒は部活動に所属するのは任意とする。ただし、各部の所属部員が2名を下回った場合、活動停止扱いとなる」
まさか。
「やっと理解したようだな」
また、最初に見たあのニヤリ顔が彼に戻る。だけど今度は“かっこいい”だなんて悠長に思ってられない。今音読させられたことが本当ならば、琴璃にとってはまずい状況だ。何故ならば。
「文芸部の部員は現時点でお前1人しかいない。よって、この4月中に1人も入部希望者が出なかった場合廃部確定となる」
「……そんな」
琴璃が所属している文芸部は、琴璃と先輩を含め両手で事足りる部員数で活動してきた。そりゃはたから見たら地味な部だけど、内輪で披露しあう作品の他、都内の学校が集まる小規模な大会にも参加したり、ちょっとした品評会に出てみたりと、それなりに活動はしていたのだ。だが、先月をもって3年の先輩たちは皆卒業してしまい、琴璃1人だけになってしまった。同学年や後輩の部員は琴璃の他に誰も居らず、この4月から自動的に琴璃が部長に就任したわけだが、別にこれと言って寂しい以外は特に何も感じていなかった。小説は基本1人で作るものだし、自分だけでもなんとかなると思っていた。けれどいざ1人になると、思いのほか“できないこと”が多いことに気づいた。そのことにほんのり気づき出したのが今日こうして呼ばれることになった数日前だった。まだそんな状況に陥るような出来事を味わったことがなかったから、そんなに危機感を感じていなかったというのもある。だがその前に、部を存続させられるか危ういだなんて。1人きりの寂しさに悩むどころか、このままでは部自体が消滅してしまうではないか。そんなことに今の今まで気が付かなかっただなんて。迂闊すぎるにも程がある。
「ま、そういうわけだから4月が終わったらまた状況報告してもらうぜ。どっちみち、部員が1人じゃ今年度の予算審議の項目からは外される。活動実績はあくまで前年度のものだしな」
手元の資料に目を落としながら、目の前の生徒会長は淡々と言う。少しくらい気の毒そうに話してくれてもいいじゃないか。綺麗な顔してるけど、きっと本当は血も涙もないんだこの人。琴璃はひっそり心の中で牙をむいた。
「……ん、でも待って。4月が終わったら報告ということは、4月いっぱいは活動ができるってことでしょ?てことは、今月が終わるまでに1人でも部員が入ればいいんだよね?」
閃いた琴璃は食い気味に跡部に聞く。可能性はまだあるんじゃないか。そう思って目を輝かせる。
「つまりはそういうことだが、当てがあるのか?」
「ない、でも、なんとかなる、きっと。なんとかして、廃部を阻止してみせるから!」
「つってもどうせ、入ったとしても1人や2人の見込みだろ?」
いかにも小馬鹿にしたように跡部は言う。そんな極小な集団で何ができるんだ、という顔をしていた。琴璃は思わず唇を噛む。見下されっぱなしで大人しくしていられるわけがない。これ以上黙って聞いてられるか。1歩前へと踏み込み、目の前の広いテーブルに両手を叩きつけた。
「お言葉ですけどねぇ、跡部くんのテニス部みたいに100人以上の部員が集まるような部じゃないの。うちは、趣味嗜好が似ている人たち同士で好きな文豪や作家のことをああでもないこうでもないって語ったりするの。そこから感化されて各々が作品を創りあげるのが活動なの。そこには情熱やロマンがあるの、スポーツの勝ち負けの世界とは違うけど、魂こめて書いてんの!」
息継ぎもせず一気にまくし立ててやった。だが、言い切った直後にハッとする。さすがに今のは盛りすぎた。熱く語りすぎた。琴璃は跡部のことをあまりよく知らないけど、こういう、真正面から感情をぶつける太刀打ちの仕方は彼には効果がない気がする。そしてそんな琴璃の予感は見事に当たった。何を言う事もなく、彼は頬杖をついてこちらをニヤニヤと見つめてくる。それは琴璃のメンタルに堪らなくこたえた。どうせなら冗談みたいな軽口を言ってほしかった。熱くなってんじゃねぇよ、くらいに鼻で笑ってもらったほうがどんなに楽だったか。
「成る程お前の熱量はよく伝わったぜ。そんなに言うのなら俺様にも見せてみろ。今お前が言った、魂こもった作品っていうのをよ」
「え……それは、ちょっと……」
「廃部を阻止したいと思ってんのなら、少しでも俺に日頃の頑張りを見せておいたって損じゃねぇだろ。寧ろ、こういう所で心証を稼いでおいてもいいんじゃねぇの?」
「……でも、見せたからって廃部撤回にはならないじゃん」
「だとしても俺様は本当に廃部にすべきか活動内容を把握しておく必要がある。あぁ、こう言えば良かったか。文芸部の輝かしい功績をよく知りもしない生徒会長に、どんなに素晴らしい部なのか是非ともご教示願いたい。どうだ?」
へりくだってるんだか傲慢なんだか分かりゃしない。言葉の内容と言う時の態度が一致しないせいだ。こんなセリフは腕を組みながら言うことじゃない。最早琴璃は言い返す気にもならなかった。
だけど、彼の言うことも分かる。ここで心証よくしておくことは何気にいいことなのかもしれない。些細でもポイント稼ぎをしておくことは、せこいかもしれないけど見方を変えれば細やかな謙虚さを演じられるかも。これでたとえ跡部景吾が本当に血も涙もなくて、こちらの努力の結晶を鼻で笑うようなひどい男だったとしても。これまでの先輩たちとの活動実績はそんなこととは関係なく、誇りを持って堂々と見せられるものだから。
「いいよ。今から部室案内してあげる」
「それはそれは光栄だな」
仁王立ちする琴璃と向き合い、跡部は静かに笑いながら、やっぱり偉そうに言うのだった。
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