a little story
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
016夢のような(赤也)
夢の中でも意識があるってこういう事なんかな。でも、それにしても真っ暗だぞ。何も見えないし聞こえない。ただ暗いだけで何の面白味もねぇや。つーかいつまで続くんだ、これ。
って、思ってたらぼわっと光が見えた。なんだこれ。手を伸ばしても届かない。それどころか遠のいてく。あーくそ、待てって――――
「赤也くん!」
「あ?」
自分の名前が呼ばれたと思ったら一気に目が覚めた。何だったんだ、あれ。
「良かった、気がついた」
「……あり?琴璃?」
目を開けたら琴璃がいた。なんかよく分かんないけど、うるうるしてる?
「心配したよ、全然、目を覚まさないから」
「えーと、俺」
「覚えてないの?」
何だっけ。体育の授業でバスケやってた。相手チームのシュート阻止する為に思いっきり跳んだんだ。そこまでは覚えてる。
「赤也くん、思いっきり跳んで着地失敗して滑って転んで頭打ったんだよ」
「まじ……」
すげぇダセぇじゃん、俺。よく見たら保健室だわ、ここ。頭打って気を失った俺を誰かが運んできてくれたってワケか。だから保健委員の琴璃がいて、こんなに泣きそうになってんだな。……ん?泣きそうになってんの?
「琴璃、俺の事心配してくれてんの?」
「当たり前でしょ!バカ!どうしようかと思っちゃった……もう」
ダサいけどなんかめちゃめちゃ嬉しい。夢みたいだ。俺、もしかしてまだ夢の中なのかな。
「だとしたらまだ覚めたくねーな」
「何、言ってるの?ちょっと保健の先生呼んでくるから待ってて」
「うわっちょ、いーよ」
立ち上がる琴璃の手を慌てて掴んだ。
「まだ、頭いてぇからここにいて」
「だから先生呼んでくるってば」
「呼びに行ってる間に意識ぶっ飛んだら琴璃のせいになる」
「なんで……!」
涙目で反論してくるのがおかしいっつーか、まぁ、可愛くもある。本当に心配してくれたんだってのがよく伝わる。
「いいじゃん。今くらい言うこと聞けよ」
「はぁ……勝手なんだから」
出てくのをやめた琴璃はそばの椅子に座った。そして、やっと笑った。
この夢みたいな時間。もうちょっと続いてほしい。
017飴と鞭を知ってるキミ(丸井)
「さーて、やりますか」
昔から課題・宿題云々は期限ギリギリになんないと手をつけないタイプだ。追い詰められないと焦んないっつーか。俺の本気の集中力はやっぱ、土壇場で出てなんぼのもんだから。
「aの二乗+xa−b2+bxは……」
とは言え。その土壇場の本気は出る時もあれば出ない時もある。確率はおそらく五分五分ってとこかな。
「aの二乗+xa+b(x−b)となってぇ……」
ちらっと時計を見た。始めてからまだ3分しか経ってねえ。どーすんだ、これ。今回は火事場の馬鹿力出ねえ気がする。残りのページ数を数えてみたら気が遠くなった。いつもこうやって後悔すんだよな。机に突っ伏して撃沈してた矢先、家のインターフォンが鳴った。
「へーい」
母さんは弟たち連れて買い物。留守番の俺が出るしかない。階段をかけ降りてドアを開けたら、思いがけないヤツだった。
「琴璃じゃん、どした?」
2つ隣に住んでる幼馴染。家も近いし同じ立海なのに、会うのは久しぶりだった。
「もしかして忙しかったりする?」
「いんや。あがれよ」
「お邪魔します。これ、いっぱい買ってきたからブン太くんにも分けてあげようと思って」
「ミスドじゃん!お前、神か」
琴璃から見慣れたテイクアウトのボックスを受け取る。ぎっしり入ったドーナツたちに顔がニヤケたら、ちゃんとみんなにもあげなよって釘を刺された。
「お前も食うだろ?麦茶でいいか?」
「いいの?」
「買ってきてくれた琴璃サマから、どーぞ」
ずずいと選ばせるように見せると、
「じゃあダブルチョコレート」
「のわっ?!」
俺が狙ってたやつ。そう来たか……けど文句は言えねえ。ちっとも悩まなかったって事は、こいつもダブチョコ狙いだったんだな。
「家で何してたの?」
「あ?あー……宿題」
そうだった、忘れかけてたぜ。甘いドーナツに癒やされても、俺には倒すべき敵がいるんだった。
「なぁ。もう1個食っていいかな」
既にポンデリングは腹の中に収まり、次なるドーナツに狙いを定めたが。すかさず琴璃の手がそれを阻止した。
「だーめ。宿題やってからね。終るまで次食べちゃだめ」
にっこり笑ってそう言うか。せっかく現実から逃げてたが、琴璃の笑顔を見たら今度こそヤバいんだと思い知らせた。差し入れもらったんじゃあ、もうちっと……頑張るかな。
018弱さは愛しさに変えられる(跡部)
ガチャン、と盛大な音がした。グラスが割れた音だ。落とした本人が慌ててそこへしゃがみ、俺に背を見せるようにして破片を拾い出す。
「それで、いつ行くの」
拾いながらも会話を続けようとするのか。だが声はうわずっていた。顔が見えなくとも泣いてるのだと分かる。
仕事でなかなか会えず、久しぶりに今日会えると連絡を入れたら嬉しそうに『美味しいケーキを焼いて待ってるね』と返事がきた。久々だから、話したいことや見せたい物なんかもあったようで気が済むまで聞いてやった。だから、この話を切り出したのは会って暫く経ってからだった。
リスケされてた案件が固まってミュンヘンの支部へ行く事になった。俗に言う、転勤。
俺のその一言が幸せな時間を容易くぶち壊した。琴璃は顔面蒼白になる。絶望の淵に立たされたように。まさかそんな話をされると思わなかったから、余計に。
「来月」
「それはまた……急、だね」
「あぁ。俺も一昨日知ったばかりだ」
「どれくらい行っちゃうの」
「それはまだ決まってない」
琴璃の肩がぴくりと跳ねた。もう取り繕うのは限界なんだろう。こんなんじゃ指を怪我しかねない。
「琴璃。俺がやるから座ってろ」
腕を引いて立たせた彼女の身体は思った以上に軽かった。だから引き寄せるのも僅かな力で充分だ。振り向いて見せた顔は涙で歪んでいる。こうなるとは思ってたが、どんなに予想しても実際に見せられて冷静でいられない。
「ごめ、ん」
「なんで謝るんだよ」
「だって良い事なんでしょ?よく分かんないけど……きっと凄い事なのに、頑張ってねって送り出さなきゃなのに……さびしい」
そんなのとっくに知ってる。お前が寂しがるのも、自分の気持ちは二の次で俺の事ばかり考えているのも、お前が俺なしじゃ生きていけない事だって。全部丸見えだ。
抱き締めても琴璃はただされるがままで何の反応も見せない。潤む瞳の中に険しい顔の俺が映っている。お前を泣かすと、俺もただの頼りない男に成り下がるんだ。でもその弱さは、お前が居ればどうにでもなる。
「一緒に来い、琴璃」
だから離すつもりはない。お前が何と言おうと、俺の隣はお前しか有り得ない。