a little story
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010ちょいダサ(宍戸)
全治3週間。じゃあ大したことねぇか、って一瞬思った俺が馬鹿だった。それは3週間、きっちり安静にしてなきゃならないって意味だったからだ。そうとは知らずにジャンプサーブ決めたり派手にスライディングしてりゃ、まあ……当然悪化するわけだ。ダサすぎる。跡部には馬鹿呼ばわりされるし、岳人は馬鹿笑いしやがるし。若なんてすげぇ目で俺の事見てきやがって。何なんだ、あの小馬鹿にするような目付きは。心配されたのは怪我した瞬間だけで、どいつもこいつも俺を馬鹿扱いしやがる。……実際そうだから余計ムカつく。
つーわけで再び病室戻り。左足が包帯やらギブスやらでがっちり固定されてる。重いし暑苦しい。
「あークソ」
しかし暇だ。ベッドに乱暴に寝転がる。白い天井に白い壁。テーブルには昨日あいつらが持ってきた見舞品が散らかってる。大体が菓子か。あとは雑誌、ゲームソフトなんかもある。これ、本体ねぇのにどうやって遊ぶんだよ。そんな暇をもて余しすぎていた時、小さくノック音がした。
「お疲れ様です、具合はどうですか?」
「おー琴璃か。すげぇ暇」
見舞に来た琴璃が、俺のやる気のなさを見て笑った。
「あはは。開口一番が暇って、どういう怪我人さんですか?」
「仕方ねーだろ。つうか今、部活中だろ?こんなとこに来てていいのか?」
「跡部部長に、今日のお前の仕事は宍戸の話相手だ、って言われました」
「何だそりゃ。俺はどこぞの入院中のじーさんかよ……」
「というわけで、今日は宍戸先輩の専属マネージャーです!先輩が欲しそうなもの持ってきましたよ」
「お、何持ってきてくれたんだ?」
「まずですね……」
琴璃は持ってきた紙袋の中を取り出し始めた。
「宍戸先輩の好きなガム、きのこの山、マリオカート、ビリヤードのホビー誌。こんなところです」
「すげえ」
ばっちり、あいつらの差し入れと被ってやがる。どうですか?と、目をキラキラさせて琴璃が見てくるから感謝の言葉以外何も言えなかった。まぁ、俺の事分かってるって事だよな。こいつも、あいつらも。
「あとは、お見舞いと言ったらこれです」
そう言って、取り出して見せてきたのはリンゴ1つ。
「……なんで?」
「あれ、違います?患者さんにはリンゴを剥いて食べさせるようなイメージじゃないですか?」
「ああ、まあ……そうだな、あながち間違っちゃいねえ、かな」
「でしょう?」
漫画の影響かなんだか知らねえが、琴璃は器用に兎のリンゴを作ってくれて、それを2人で食べた。ありがとよ、専属マネ。
011夏よ終わるな(日吉)
17時47分。約束の時間まであと13分。やっぱり本気じゃなくて、話のノリでこうなったんじゃないか?そんな半信半疑で向かった駅の改札。
「あ!若こっち」
本当にいた。人がひしめく駅前で、俺に向かって嬉しそうに手を降っている。いつもと違う先輩の格好に目が游ぐ。
「どお?」
「いいと、思います」
「ふふ。ありがと」
藍色の浴衣にこれは多分……朝顔の柄、だったと思うが定かではない。あんまり長く見たらまずいだろうし。並んで歩く祭り会場までの道。カラカラ、というような音がするから足下を見たら、正体は先輩が鳴らす下駄の音だった。
「何食べようか。どこから見る?駅でパンフレットもらっといたよ」
「あ……はい」
「どうかした?」
「いや、あの、本当に来てくれるとは思わなかったんです」
昨日、近所で夏祭りをやるみたいです、とどうでもいいぐらいに喋ったら先輩が食いついた。子供のように目を輝かせて。チョコバナナ食べたいりんご飴食べたい金魚すくいやりたい……などと連撃されたら。次の俺の言葉は“一緒に行きましょう”しかなかった。
でも実際不安だった。先輩は本気で行きたかったのだろうか。俺じゃなくて気の知れた友人達と行きたかったんじゃないか。それは一緒に歩く今も思っている。
髪を上げ、今日はいつもの元気な雰囲気は隠れてしまっている。目線も声音も同じなのに、別人と歩いているみたいだ。
「なんか元気ないね」
「俺がですか?」
「うん。気むずかしい顔してる」
多分動揺しているんだ、俺は。こんなふうに先輩と2人で出掛けるなんて。しかも彼女は祭りらしく浴衣に着替えて来てくれて。総てがもう夢のようだ。
「もしかして、私と来たくなかった?」
「なっ、ばっ、そんな事あるわけがないはずに決まってるでしょうが!……あ」
「ふふ、そうだよね。ありがとう」
間違ってもそれはない、断言できる。ただ少し声が大きすぎた。先輩をビビらせただろうか。
「先輩こそどうなんですか」
「何が?」
「俺なんかと来て楽しいですか」
こんな事聞く男、楽しくないに決まってる。自分に苛立った。地面を見ながら歩いていたら、視界に朝顔が入り込んできた。強い力で腕を引っ張られる。
「若と来たから、楽しいの」
先輩が俺の腕に抱きつく。ゆっくりと視線を向けると、にこりと笑う先輩の顔。そして綺麗な水色の朝顔。陽が沈む前に確認できて良かったと思う。夏はまだ終わらない。
012決戦前夜(跡部)
青学はまた力をつけてきている。沖縄代表との試合を見たけど、やっぱり手塚さんは圧倒的に強かった。圧巻だった。明日はどんなオーダーでくるんだろう。いろんな予想を立ててみた。シミュレーションもしてみた。だけど、どうなっても一筋縄じゃいかないことくらい分かってる。
「まだ残ってたのか」
部室のドアが開いて、自主練から上がった部長が入ってきた。他の皆はとっくに帰ってしまった。この人はいつも、人の何倍も自分を追い詰めるような努力をしている。決してそれを見せないけれど。
「さっさと帰って明日に備えて休め」
「そうなんですけど……明日だと思うと、なんか落ち着かなくて」
「おいおい。興奮しすぎて明日遅刻した、なんて始末になったら笑えねぇぜ」
部長は笑いながら自分のロッカーを開ける。いつもと変わらない、よく見る風景。でも明日の今頃はこうではない。どっちかだ。笑っているか、大泣きしてるかの。後者は考えたくない。こんなに練習してきたんだから。皆が、明日の白星のために頑張っていた。私はその様子を1番近くで見てきた。だから、きっと大丈夫。
「琴璃、タオル」
「あ、はい」
言われてタオルを持ってゆく。渡そうと前に出すと、部長が私の手首ごとつかんだ。
「震えてる」
「あ、……これは」
なんで震えてるんだろう。自分でも気づいてなかった。
「明日が不安か?」
「いえ、」
「嘘吐け」
部長の大きな手が私の背中にまわる。抱き締められているのだと、分かった。同時にふわっといい香りがした。
「それはお前が背負うものじゃない」
「そう、ですよね」
「お前の役目は、俺達の勝利を信じる事だ」
そうだ、信じないでどうする。
今日まで皆は、不安を感じる暇がないくらいに特訓してきたんだ。必死に、夢中で、我武者羅に。だから私が信じてあげないと。皆の努力と、信念を。
「勝つのは、氷帝ですもんね」
部長は当然だろう、という顔をする。腕の中で、私は皆の勝った時の顔を思い浮かべる。
負けるだなんて、あり得ないんだ。