a little story
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007ドレスと卵と未来の話(越前)
『今ついたよ』のメールを受信して、数秒後に電車がホームへ滑り込んできた。改札からよく見える位置に立つ。彼女より早く俺が先に見つけた。分かるように手をあげると、満面の笑みでこっちに駆け寄ってくる。
「お疲れ様。どうだった?」
「楽しかったよ!だけど迷っちゃった。結局1つに絞れなかったの。仮で決めてきたけど、やっぱどれもいいなぁ」
「嬉しい悩みじゃん」
話しながら並んで帰路を歩く。
本当は今日、俺も一緒に行きたかったけど。まあまあ有名な大会があって時間の調整が出来なかった。俺は試合ドタキャンする気満々だったんだけど、琴璃がそれはダメって言うから。仕方なく、最短最速で切り上げてきたってわけ。
「ねぇねぇ、何色にしたと思う?」
「青」
「違います」
「じゃあ、黄色」
「ブーッ。正解は……これ!」
琴璃が自分のスマホを見せてきた。そこには。
「……紫だ」
淡い紫色のドレスに身を包む琴璃の姿が映っていた。華奢な肩を出し、綺麗な背中を見せて笑っている。一瞬、誰だか分からなかった。
「どう?どう?」
「……いいんじゃない」
「それだけ?……紫、似合わない?」
「いや、似合う。似合うよとっても。かわいい」
「よかった」
にっこりと琴璃が笑う。似合わないなんて、あるもんか。何を着たってとびきり可愛いに決まってんでしょ。やっぱり一緒に行けばよかった。なまで見たかったよ、琴璃のドレス姿。
「当日が楽しみだね。でも終わってほしくないな~。複雑」
口元に手を当てて笑う琴璃。左手薬指に光るダイヤモンド。綺麗だけど、あと数ヶ月したらエンゲージリングの役目はおしまい。俺とお揃いのリングになるから。
「リョーマくんは、ゆで卵はかた茹で派?半熟派?」
「……半熟かな」
「ふーん。玉子焼きは甘いのとしょっぱいのどっちが好き?」
「甘いの」
「じゃあ、目玉焼きにはソース?醤油?」
「さっきからなんなの?卵の話?」
「リョーマくんの好みについて聞いてるんだよ!これから毎日ご飯作るから、色々知っておきたいの」
「あぁ、なるほど……そっか」
これからはずっと一緒なんだ。おはようもおやすみも、琴璃が言ってくれるんだ。それはもう間もなく手に入る未来。すぐそこの未来の話を、琴璃はしてくれてたんだね。考えるだけですっごい楽しみじゃん。
「ねぇ。未来の話するならさ、もっと大きくいこうよ」
「何が?」
「最初は男か女、どっちがいいかな」
夕焼けに染まる帰り道。彼女の手を繋ぎながらそんな事を聞いてみた。
008ヒマワリの笑顔(幸村)
最近よく通るうちの学校の中庭。花壇がしっかり手入れされてて、今の時期はヒマワリが綺麗に咲いている。お疲れ様です、用務員さん。ってずっと思ってたけど、真の管理者は別の人物だった。
1人の女子生徒が草むしりをしていたのだ。ジャージの格好で、首にタオルを巻き麦わら帽子を被っている。なるほど、彼女がこの花壇を管理していたんだな。
「綺麗だね」
声に気付いた彼女はこっちに顔を向ける。知り合いではなかった。
「幸村くん」
「俺の事知ってるの?」
「勿論だよ。有名人だもん。日本の高校テニス界ですごく強い人だもんね?」
「そんなふうに知られてるとはね。恥ずかしいなあ」
彼女はにこりと笑う。向こうは一方的に知ってくれてるみたいだけど、俺は彼女の事を何も知らない。でも親しみを感じた。植物の世話を一生懸命してくれているのだから、きっと彼女は優しい人なんだろう。
「いつも綺麗に花が咲いてて、誰が世話してるんだろうって気になってたんだ」
「そう言ってくれると嬉しいなぁ。暑い中手入れしてる甲斐があるよ」
彼女の首筋には汗が光っていた。今日もなかなか暑いというのに、1人で庭いじりとはすごい女の子だな。
「ヒマワリは私の1番好きな花なの。見てると元気でるから。大好き」
彼女がそう言った時、強めの風が吹いた。沢山の向日葵と、彼女の麦わら帽子が揺れる。蝉の声、東の空に入道雲。夏の午後に心地良い風。沢山の太陽たちに囲まれて笑う彼女は。
「……綺麗だ」
「ありがとう。あと何週間かはもつから、いっぱい見に来てあげてね」
彼女が俺に背を向ける。何をしてるのかと思ったら、ヒマワリを1本、園芸鋏で切っていた。
「テニス、がんばってね。応援してるよ」
「いいの?……ありがとう」
差し出されたヒマワリを受けとる。鮮やかな黄色を纏った花が、こっちに向かって笑いかけているような気がした。
009お返しのダリア(幸村)
彼女の事をつきとめるのは案外簡単だった。
「あぁ、それ琴璃だよ。園芸部だから花壇の世話とかやってんだよな。こんなあちーのに黙々とやってるから、たまに心配になるけど」
何故そんなに詳しいんだろう。まさか付き合ってたりするのか?と一瞬疑問をもったら、
「俺、隣の席だからよく喋るんだよ」
丸井は笑って答えた。
「でもなんで、幸村くんが琴璃の事聞いてくんの?接点あったっけ?」
あったか、と聞かれれば何もない。昨日が初見だったし、今初めて名前を知ったくらいだし。でも彼女は俺を知っていた。隣の席のこのおしゃべりから色々聞いたんだろう。彼女は俺の事を、テニスの腕で有名な、同じ学校に通う同級生くらいにでも思ってるんだろうか。
「いいなあ、丸井は」
「へ?何が?」
いっぱい話せるじゃない。あの笑顔を間近で見ることもできる。
けど、俺だって彼女の笑顔は見れるんだよ。それもとびきりの背景画でね。
放課後。昨日と変わらず彼女は1人でせっせと作業していた。
「琴璃ちゃん」
昨日は呼べなかった君の名前。思いきって口にしてみる。驚いた様子で彼女は俺を見た。
「幸村くん……?どうしたの?」
「別に。ヒマワリを見に来たくなったんだよ」
それと。君の、花に負けないくらいの笑顔をね。不思議そうな顔をしている彼女に、後ろ手に持ってきていたものを見せる。
「わぁ、綺麗。どうしたの、これ」
「俺も家でガーデニングしてるんだ。今いっぱい咲いてるから、昨日のお礼に」
白い色のダリアの花束。受け取った彼女はすごく嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう」
「ダリアの花って、色によって花言葉が違うんだって」
「そうなの?幸村くんよく知ってるね」
そんな詳しくなかったけど、女の子に花をあげるなんて初めてだったから。なんとなく、調べてみたんだ。
「本当にありがとう。部屋に飾るね」
風が吹いて、揺れる彼女の髪とダリアの花。いつまでも見ていられたらいいのに。柄にもなくそんな事を思う。