a little story
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001かき氷(跡部)
「お待たせ致しました。練乳いちごです」
店員の声に、はぁい、と呑気な返事。運ばれてきた赤い色の山を早速スプーンで崩しに取りかかる。楽しそうに、口元を緩めながら。
「なぁに?食べたいの?」
視線に気付いたお前が聞いてくる。
「一口、食べる?」
「遠慮しておく」
「カフェのかき氷は侮れないんだよ?氷がふわっふわなんだから」
「ハン、所詮氷菓子だろが」
「あっ、バカにしてるな」
スプーンに乗せた氷を口に含んでは、美味しい、と口に出す。美味しいと言うわりには表情をしかめる。一体どっちなんだか。美味しさと冷たさで様々な表情になる。幸せなこった。
「あんまり急いで食うと頭痛を引き起こすぜ」
「よく知ってるね!でもそれなりに急いで食べないと溶けちゃうからさ」
喋りながらも、お前はせっせとスプーンで氷の塊を崩しては口に運ぶ。氷の冷たさで唇の色が変わっているのも気付かず夢中で。健康的だったピンクが血色のないものへと。それをじっと見ていると、やっぱり食べたいんでしょ、と言ってきた。そんなに俺は羨ましい顔をしてたか?
やがて器の底が見え始める。氷はもう液体化しているが、丁寧に掬っては美味しそうに口に含む。こんなに味わってもらえるなら店主も喜ぶだろうよ。さして興味がなかったこっちまで、そんなに美味しいのかと思えてくる。
「やっぱり一口もらうとするか」
「えぇっ、もう食べきっちゃったよ」
器は綺麗に空だった。お前は困った顔をしてそれを見せる。紫に変色した唇をしながら。なんて不味そうな色してやがる。ゆっくり身を乗り出し、その寒々しい唇を自分のそれで塞いだ。冷たくて気持ちがいい。甘いシロップのような味がした。
「色のわりには美味しいじゃねえの」
「……なに、急に」
「一口もらっただけだ」
唇とは反対に頬がみるみる赤くなってゆく。さっきまで食べていたものと良い勝負だ。
今度はブルーハワイとやらを食わせてみたら、真っ青にでもなるのか?
002茜空が慰めた(日吉)
この日の為に色々なものを犠牲にしてきた。全ては勝利を手にする為に。休みもなくハードな練習もこなした。あの人に会うのだって我慢した日もあった。
なのに俺は負けた。どんな結果だろうと負けは負けだ。試合中に青かった空はもう暮れている。この背景であの人に勝利を報告できたら良かったのに。負けたと言ったらどんな顔するだろうか。年上のくせに泣き虫だから、派手に泣き散らすに違いない。さっきから携帯は握ったまま。試合前にもらった、“若がんばれ”のメールを開く。心が痛い。なんて伝えようか。どのように伝えようと彼女を悲しませる事は決まっているのに。
煮え切らない気持ちでいたら、急に画面が明るくなった。なんと大好きな人の名前が映っている。深呼吸をして通話操作をした。
『もしもし?今、外にいる?』
「いますけど……どうかしたんですか」
『すごい綺麗な夕焼けだから若に知らせたくて!』
そうだ、この人はこういう人だ。電話だから何か急ぎの用かと思えば、大体はどうでもいい内容。でも今回は有り難かった。肩の力がゆっくりと抜けてゆく。
「……聞かないんですか、今日の試合結果」
俺が低い声で聞くと、電話の向こうは笑っていた。
『お疲れさま。頑張ったね』
「すいません。負けました」
『どうして謝るの?』
「先輩に、全国を見せてやりたかったのにできなかったからです」
『全力で戦ったんだからいいんだよ。まだ終わりじゃない。これからがあるしね』
だからそんなに落ち込まないでね。優しい声で彼女は言う。声で分かる。きっと今、彼女は優しい表情なんだ。
「先輩に慰められるとは思いませんでした」
『これでも年上の彼女ですから』
「年上って言ってもたった1つじゃないですか。12月になれば同い年でしょう」
『細かい事は気にしないの。早くご飯食べに行こう。駅前で待ってるね』
電話が切れて、真っ黒になった画面に水滴が落ちてきた。こんなに綺麗な夕焼け空なのに。天気雨が降るんだな、と思ったら自分の目から落ちたものだった。
次は、嬉し涙を流したい。
003先へゆく(不二)
琴璃からメールがきた。“部活がないなら一緒に帰らない?”なんて。彼女から誘ってくるなんて珍しい事もあるんだな。
クラスが違うから昇降口を待ち合わせ場所にした。先に待っていた彼女は、僕を発見すると笑顔になる。僕もつられて、笑顔になる。
「なんだか周ちゃん、また背が伸びたんじゃない?」
「そうかな」
並んで歩きながら彼女は僕との身長差を確かめている。小さい頃は殆ど同じだったのにね、と笑っている。当然だ。僕は男だから身体はもっと成長するし君よりずっと力もある。あの頃の面影はどんどん薄れてゆくんだよ。君だってそう。いつの間にかメイクを覚えて、髪も緩くパーマをかけている。だんだんと、僕の知らない琴璃になってゆく。それは誰のため?いったい何処で覚えたの?僕よりずっと先に君のほうが大人に近付いていく気がする。
「シャンプー変えたの?」
「えっ」
「昔はこういう香りじゃなかった気がする」
甘くて花のような香り。シャンプーの銘柄も知らない。僕の知らないものばかりで君を構成してゆくのが悔しい。
「昔って……、いったいいつ頃の話してるの?それに、そういうことは……あんまり言わないほうが、いいよ」
「どうして」
「だって……」
琴璃がもじもじしている。
「そういうことは彼女に言ってあげるものだと思うよ」
可愛らしく頬を赤らめてこっちを見るものだから。勘違いするじゃないか。僕ばかりが、こんなに焦っているなんて不公平だよ。僕ばかりが、まだそこに残されているような気になる。このままじゃ、君に追いつかない、届かない。
「そうだよね。じゃあ、言うね」
「なにを?」
「今日こうして君と帰れるのは、神様が与えたチャンスなのかもしれないから。次の一緒に帰る日を約束する必要がないように。君を捕まえておきたいんだ」
「え……」
彼女の髪を掬い上げて唇を寄せた。
「一生かけて大切にするよ。だからずっと僕の側にいて」
目をしばたたかせる琴璃。言葉の意味分かってる?
……でも、ちょっと先を行きすぎたかな。これじゃまるで、プロポーズだ。
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