a little story
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076いつものアイツ(越前)
なんなの、アイツ。
気付くといつも目に入る。だって俺の前でやたら転んだり物を落としたりしてるんだもん。今だってほら、いきなり人の前でプリントの束ぶち撒けてるし。そんなにみんなに注目されたいわけ?
「あ……ごめん、ありがとう」
せっせと拾う背中を小突いて俺が集めた分を手渡す。留守番を余儀なくさせられた子犬みたいな顔で俺から受け取るから、うっかり噴き出すとこだった。別にそこまで崇めるように感謝してくれなくていいって。
ていうか別に、無視しても良かったけど、あまりにも派手なコケ方するから見て見ぬふりできなかっただけ。どんくさいったらありゃしないよね。本当によくあれでいつも試験の上位キープできてるよ。頭の良さと反射神経は比例しないってことか。
「助かったよ、ありがとね」
俺にもう1度礼を言って、まき散らしたプリントを抱えたアイツはどこかへ歩いてゆく。あんな量、1人で抱えてるから落とすんだよ。もう1人の学級委員に頼めばいいのに。別に、俺が持ってあげても良かったけど。頼まれたらそうしてたけどさ。いっか、もう行っちゃったし。せいぜいもう転ばないでよって感じ。
はーあ。お陰で昼休みの時間減っちゃったじゃん。アイツはこの後ちゃんと食べんのかな。なんかまたパシられてそのまま食いそびれてそう。俺はこれから学食行くけど、ついでにアイツの分のパンでも買ってってやろうかな。もちろん金とるけど。味の趣味なんて知らないから、テキトーでいいっしょ。やっぱ菓子パンみたいなやつでいいのかな。英二センパイがたまに食べてるクリーム詰まってるやつ。さすがに、桃センパイみたいなどでかいコロッケバーガーは食べないだろうし。
まあ……気が向いたら、買ってやるか。俺が何を買ったところで、当然文句なんて言わせないけどね。
077神のみぞ知る(不二)
それは魔法の言葉だったりする。
「じゃあね」
君が僕に手を振りながら向こうへ歩いてゆく。いつもなら、バイバイとか適当に返すんだけどさ。今日は、というか今日からはもう、この一瞬たりとも適当に扱えないんだ。
君が今日の昼休み、隣のクラスのアイツに告白されてた。盗み見てたつもりじゃないけど、たまたまその場面にさしかかって。でも君らが何を話してるのかまでは分からなかったんだ。他愛ない話かもしれない。そう思いたかったけど、アイツの顔がやたら真剣だったからそうじゃないと分かった。ついでに君も、普段の顔つきじゃなくてなんていうか、びっくりしてた。それでいて焦ってた。そこまで見て僕はその場を後にした。
君はあの後なんて答えたのか。気になるけど聞けない。アイツのほうはというと特に変わった素振りは見られない。だからまだ、告白の返事を返してないんじゃないかと思ったんだ。
だとしたら、僕に与えられたチャンスはここだ。けれど1日に2度も告白なんて受けたらさすがに君も疲れちゃうよね。僕も僕で、決意は固まったけど勢いのままに君に伝えるのは違うと思ってる。
だから、決行日は明日にする。
「また明日ね」
遠ざかる君の背に向かって僕は叫んだ。柄にもなく声を張り上げて。君は思わず振り向いた。すごくびっくりしてた。多分、明日はもっとびっくりさせちゃうと思う。願わくば、驚きの表情なんかじゃなくて僕に笑顔を向けてくれたら――
そう思うけど、君の気持ちを聞いてみないとこればかりはどうなるかは分からない。
僕はもう、明日のことで頭がいっぱいだ。うまくいってくれと、それだけを願いながら帰り道を歩き出す。明日の僕は笑っていられるだろうか。それもまた、神のみぞ知る。
078春は別れの季節(幸村)
「最後に写真撮ろうよ」
そう言って、彼女は自分のスマホを取り出した。俺の左隣に回り込んでインカメにする。写り込む俺達はなんだかぎこちなくて。思わず笑ってしまった。本当は、寂しい気持ちでいっぱいなのに。
「いくよー」
彼女の合図の数秒後、カシャリという音がした。同じアングルで何度も撮られて、こんな状況に慣れない俺は次第に落ち着かなくなってしまう。だってこんなに近い距離で、肩同士だって触れてる。微かに感じるいい匂いだって気のせいじゃない。今こんなに近いのに、明日からは壮大な長さになってしまうなんて。
「元気でね」
「君もね」
彼女が送ってくれたツーショット。にこりと笑った彼女の横に、不自然な笑い方をした俺が写っている。でも、なんだか全体的に薄暗い。
「あはは。やっちゃった、逆光だ」
太陽を背負って仲良く寄り添った写真は見事に逆光になってしまった。でも、そのおかげで背後からの光が何とも儚さを醸し出しているふうにも見える。寂しげに笑う2人にちょうど似合っていた。
「あっちでもっかい撮ろうよ」
光のほうへと俺を連れ出す君の手。この手が、ずっとすぐ近くにあってほしいと願ってしまう。だけどきっと、またいつか会えるよね。どちらとも口にはしないけど、いつかまた、巡り会って笑い会えますよう。その思いを込めて、明るいところで一緒に撮り直した写真では、今度はできるだけ笑ってみせた。
「いってらっしゃい」
「……いってきます」
カシャリという乾いた音とあともう1つ、俺の隣から鼻をすする音がした。
いつかまた2人で写真を撮ろう。
そしてその時は。
全力で笑った顔で写りたいね。
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