a little story
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073それでこそキミ(丸井)
目を開けると天井だった。ここどこだ?なんか頭がじーんとする。しかもなんか嗅いだことある匂いもするし。
「良かったああ!」
「ぐえ」
いきなりの叫び声と同時に力が加わる。幼なじみの琴璃が思いっきり抱きついてきた。わりと強い。つーか、だんだん、首が締まって――……
「ぐ、るじ……」
「ブンちゃん?ねぇ、大丈夫?しっかりしてっ」
離れたと思ったら今度は俺の頭をバシバシ叩いてきやがった。コイツは俺を殺す気か。
「大丈夫?どっか痛む?」
「……あぁ、大丈夫」
本当は叩かれまくったから今むちゃくちゃ頭が痛い。けど言葉を呑み込んだ。半べそかいて俺の顔を覗き込んでるコイツを見たら言う気がなくなった。
「ブンちゃん覚えてる?なんでここにいるのか分かる?」
「いや、あんまよく覚えてねーんだわ」
ようやく落ち着いて周りを見たら俺は保健室のベッドの上だった。
「ほんとに?覚えてないの?階段4段飛ばしでかっこつけて降りたら最後の最後に踏み外して転んだ上に受け身を取ろうとしたけどそれが失敗して顔面からいったんだよ」
「あ、そ……」
だっさ。目撃者があんまり居なかったことを願う。どーりで腕とかデコが痛いわけだ。よくよく見ると頬や指には絆創膏が貼られていた。
「つーかお前、さっきまで俺のこと呼んでた?」
「え?ううん、呼んでないよ。ブンちゃんさっきまでずっと寝てたんだから。でも起きるまで私ずっとここにいたよ」
「そーなんか」
「どしたの?……やっぱり、頭の打ち所悪い?」
「いや、そんなんじゃねーよ。でもずっとお前が俺を呼びまくってた気がしたんだよ。それで目が覚めたようなもんだからな」
「……もしかして、渡る寸前だったのかも」
「何を?」
「川」
「は?」
「だから、三途の川を渡るとこだったんだよブンちゃん。それで、私の声が聞こえた気がして引き返してきたんだよ!」
「おいおい……俺を殺そうとするなよ」
「だから死んでないでしょ。無事に戻ってこられたってこと。はぁー、良かった」
と言って、琴璃は俺の目の前で胸を撫で下ろす。確かに聞こえた気がしたんだけどな。けど、万にひとつそうだったとしたら、俺はコイツに助けられたってことになるな。琴璃のお陰で命拾いしたってことだ。
「なに?まだどっか変なの?ここは保健室だよ。無事なんだよ、私の言ってることわかる?」
「分かるよ、へーき。サンキュ」
「……」
「なんだよ」
「なんか、ブンちゃんがお礼言うとか珍しい。やっぱり頭のお医者さん行っとこうか」
「なんでだよっ」
いいじゃねぇか、たまには素直に言ったって。そこはお前も素直に喜べよな。本当に感謝してるんだからよ。
074これからも、ずっと(幸村)
「良い式だったね」
隣で精ちゃんがお通しをつつきながら言う。そうだね、みんな喜んでくれて良かったね。私の言葉に彼はにこりと笑った。まだ飲み始めてそんなに経ってないのに頬が少し赤みを帯びている。
人生の一大イベントが今日行われ、私達は夫婦になった。挙式、2次会が終わってもうすぐ日付を跨ごうとしてる。緊張と興奮がようやく落ち着いて空腹を感じた私達は今、ホテルの近くの居酒屋に来ている。
「俺はすごく緊張したんだけど、琴璃はそうでもなかったよね」
「そう?」
「うん。堂々としてた。指輪交換の時なんか、危うく俺、落としそうになったのに」
「そうそう!あの時は私も笑いそうになっちゃったよ」
がっちがちに緊張してたもんね。見慣れない真っ白いタキシードがこれまた笑いを誘うって言うか。格好良い姿のはずなのにやっぱり最後まで慣れなかったなあ。
「すごく楽しかったな。幸せな時間だった」
「そりゃそうさ。これから先はもっと、君は幸せになってもらわなきゃ困るんだから」
「うん」
箸を置き、私にしっかりと向き直る精ちゃんはひどく真剣な顔をしていた。左手に光るリングが目に入る。あぁ、私本当に結婚したんだ。そのことをじわじわ感じてくる。嬉しくて、涙が出そうになる。
「改めて。今日からよろしくお願いします」
「こちらこそ」
変な挨拶、と笑いながらきちんとお返事をした。ほろ酔い気分で夫婦になった1日目の夜が過ぎてゆく。この人と、これからもずっと一緒に歩いてゆく。それを思うとまた胸の奥底からドキドキするのを感じた。
075明日はきっと(忍足)
このままじゃいけないんだって、頭の中では分かっている。でも行動に移せなくて、結局今日も変わらずその場凌ぎみたいな生き方をしている。こんな、人の顔色伺うような毎日を過ごしていて無駄なのも分かってる。それでも私は動けない。所詮はただの臆病者。こんなんじゃ明日も明後日も、下手したら数十年先も今と変わらずの日々になるんだろうな。
「ほんなら行動にうつしたらええやん」
「無茶言わないでよ」
ソファに寝そべりながら欠伸混じりに侑士が言う。人の家だというのに随分と寛いでいる。まぁ、今に始まったことじゃないからいいけど。でもそんな簡単に言わないでよ。それが出来てたら今頃こんなにも思い悩んだりしないって。
「せやかてそんなん、理由つけて逃げとるだけやんけ」
のほほんとしながら侑士はまた口を開く。口調は軽い。ただし、言ってることはかなり攻撃的な言葉だけど。知らず知らずのうちに、その真っ当な発言が私の胸をちくちく刺している。
「自分の直感を信じてみたらええんちゃう」
「そりゃそうだけど」
「けど?」
「私1人の問題じゃないの。会社の中で生きるって、集団行動を重んじないといけないんだよ」
別に、決してそんなことはない。まだ学生時分の彼に向けた言い逃れだ。言い逃れてるという時点で、はなから私は自信がないのだ。怖気づいている。会社というワードを盾にして現状から目を逸らそうとしている。勿論その狡さも自覚している。
「けど、このままやときっと明日もそんな顔してんで。つまらんやん」
「つまんない、とか、そーゆう問題じゃないんだよ」
「なら、どーゆう問題なん?」
侑士がむくりと体を起こした。正面から射抜くように見つめられ虚をつかれる。たかが2、3歳年が違うだけでも、彼のほうがずっと“自分”を持っている。それも充分分かっている。何の行動も起こさないで文句だけ垂らす私はかなりの小心者だ。やりもしないのに諦めて、悲観するなんておかしい話なんだ。分かってる、けど――
「何が足りんの?勇気?自信?決断力?」
「……全部だよ」
「全部か」
彼が少し笑って仰向く。私は反対に項垂れた。本当にもう、これじゃどっちが歳上なのか分からないな。もしかしなくとも、ここまで弱気な私はどうしようもなく侑士に呆れられている。情けなさでいっそ消えてしまいたくなる。
「自信も勇気も、簡単に分けてやれへんけど」
せやなぁ、と呟いて侑士は立ち上がると私の目の前までやって来た。
「“味方”なら、すぐあげられんで」
ほい、と。言いながら侑士は自らの右手を私に向かって差し出してきた。私はすぐに言葉が出なかった。
「正直、会社っちゅーんがどうとかよう分からんし集団行動とか面倒やなーくらいにしか思えんけど。けど、琴璃が何か動き出そうとするなら全力で応援したる。何があっても俺は琴璃のサポーターやで」
にっこりと、何の混じり気のない笑顔を見せながら侑士が言った。彼にしては珍しいその笑顔のせいもあって、今の言葉がじわじわと私の中に浸透してゆくのが分かる。そうだよ。1人じゃないって、こういうことなんだよね。あんなに悲観していたのが途端にバカらしくなってくる。明日もこんな顔見せたら、やっぱり侑士に心配かけちゃうよな。
「ごめん。ありがと」
「明日は笑えそ?」
「うん」
私は今度こそ前を向いた。大丈夫。明日はきっと大丈夫。
そのことを全身で伝えるために、彼のことをぎゅっと抱きしめた。私よりもずっと大きな手が優しく包み返してくれた。