a little story

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070記念日(切原)

息せき切る、という体験をしたのはこれが初めてかもしれない。待ち合わせ時間まであと3分。やばいやばいやばい。地下鉄を降りて一気に駅構内を走り抜ける。途中で誰かと肩がぶつかって舌打ちされた。振り向いてる暇が無いのですいませーん、と大きく叫んでまた階段を全速力で登りだした。
地上に出ると当然外は真っ暗で。しかもちょっとだけ風が吹いていた。俺はスマホを取り出し時間を確認する。ジャスト0時。こんな時間に呼び出してもちゃんとあいつは来てくれる。駅のすぐそばの喫茶店のカウンター席に姿を見つけた。急いで、でも息を整えつつあいつの待つ店内へと入る。
「わり、おくれた」
「あ。お疲れ様」
琴璃が俺のほうへ振り向いて。姿を確認したと同時に俺の手元へと視線を移した。
「急いで来たからちょっとだけ散っちゃったんだわ」
胸元のほうにまで手にしていた花束を持ち上げる。そして驚く彼女へ緊張しながら差し出した。
「合格。あと、誕生日。それから……1年記念日」
「わあ……」
3つの理由を伝えたあと、琴璃の目がきらっとしたように見えた。両手で花束を受け取る彼女の手に触れた時、すごく暖かくて柔らかった。
「ありがとう。うれしい」
「ん。その……おめでとう」
無事に渡し終わったら急に燃え尽きたような感覚になって、その先の言葉がうまく出てこなくなってしまった。大変なこともあるだろうけどこれからもよろしく。まだまだいろんな所に遊びに行こう。言いたいことは山ほどあるはずなのにどうしてか言葉が上手く出てこない。多分、俺緊張してるのかもしれない。だけど花を見つめて優しく笑う琴璃を見られたから、自分はすげぇ幸せ者だと知ることができた。
「とりあえず、何か飲む?」
「おぉ」
俺は琴璃の隣に座ってメニュー表を広げた。特別な日を演出したい気持ちもあったけど、やっぱりこうやっていつものように並んで好きなものを飲むのがいい。
「いつもありがとう」
「あ?……まぁ、お互い様だろ」
せめて最後にこれだけは伝えて、俺らは真夜中のホットココアで乾杯した。






















071名無し(宍戸)

ソイツとは仕事帰りの駅の路地裏で出会った。段ボール箱があって、しゃがんで覗くと一匹の子猫が入っていた。
薄汚くて目も見えてるんだか分かんないくらいの小ささ。触るとゴロゴロ喉を鳴らした。案外人に慣れてるのかもしれない。しかし酷いやつもいるもんだな。そんなふうに他人事に考えながらもその場から立ち上がる。きっとそのうち心の優しい人が現れるだろう。健闘を祈るぜ。もう一度ソイツの頭を触ろうとしたが、蹲って顔を上げなくなってしまった。よく見ると小刻みに震えている。そう言えば今日は今季1番の冷え込みとか言ってた気がする。こんな小さいやつをこのままここに朝まで放置してたら無事じゃ済まないのは俺でもよく分かる。

仕方ねぇな。

「ほら、行くぞ」
段ボール箱ごとソイツを持ち上げた。ぴくりと小さな体が動く。灰色の瞳が俺を見つめる。しかもよく見ると。
「お前……綺麗な眼だな」
右はグレー、左の眼はエメラルドグリーンの色をしていた。たしか……そうだ、オッドアイってやつだ。珍しいこともあるもんだ。
「きっと神様からお前へのプレゼントだな」
なら尚更、こんな所でくたばってる場合じゃねぇよな。腕時計を見るともうすぐ夜の6時になるところだった。近所にある動物病院にまだ間に合う時間だ。うちに牛乳ってあったっけか。つーか、こんなチビだと何食うんだろ。急に親心が湧き出している。もう一度抱えた段ボール箱の中を覗くと、2つの色違いの目がこっちを見つめ返していた。
「名前……どうすっかな」
考えながら夜の繁華街を歩く。今日から2人か。よろしく、えーと、まだ“名無し”。





















072アシメ(宍戸)

今日は特に寒い。昼間は窓際にいれば日向ぼっこできるけど、太陽が沈んだら結構たえられないくらいの冷え込みだ。
今日は遅いのかな、あの人。早く帰って来ないかなぁ……お腹もすいたし。そろそろ別のもの食べさせてくれてもいいのに、いまだにあたしはふやかしごはん。そんな文句言えないけど。
とりあえず帰ってくるまでどっかにもぐってようかな。布団の中でいっか。と、思ったんだけどいいもの見つけた。ソファに適当に脱ぎ捨ててあるセーター。これは朝、あの人が一瞬着たけどあまりにも似合わなすぎて脱いでそのままになってるやつ。なんでも、「俺はアーガイルなんて着ちゃいけねぇな」とかボヤいてた。よく分かんないけどあーがいる、というヤツはあの人より強いらしい。
その紺色のあーがいるのセーターの中にもそもそもぐる。けっこうあったかい。いい感じに隠れるし気に入ったかも、これ。
「ただいまー」
びっくりした。セーターに夢中になってたら物音に全く気づかなかった。
「おうい、寝てんのか?」
いるよ、いるいるここだよあたしここ。おかえりなさい。
「おーアシメ。……って、なんでそんなとこにいるんだよ」
この人はあたしのことを“アシメ”って呼ぶ。この人がつけてくれたあたしの名前。目玉の色がそれぞれ違うかららしい。あたしがセーターの中から出てきたのを見て、この人は「寒かったかなぁ」と言いながらそばのヒーターをつけた。わ、やったこれであったまるー。
「今メシにすっから」
言いながら、あの人がいつものように皿に出したミルクをレンジに入れたのが見えた。
こんなふうに、あったかいとこにいられて。ごはんをもらえて誰かになでてもらえるなんてもう絶対にないと思ってたから。あたしはほんとに運がいい。この人が拾ってくれなかったらきっとあのまま、のたれ死んでただろーな。あたしを拾ってくれて、ありがとうございます。
「あ?なんだよニャーって。もうできるからちょっと待っとけ」
ちゃんと伝わらないのがくやしくてしょうがないんだけど。ずっとそう思ってるから。あなたのこと、世界一尊敬してるんで、これからもひとつよろしくお願いしますニャァ。








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