a little story
夢小説設定
067レモンティー(仁王)
喧嘩した。何かといつも私のことをとやかく言ってくるんだけど、さすがに今日は我慢ならなかった。ああしろこうしろって、何でもかんでも言えばいいと思ってる。それ全部従うと思ってんの?なんでもあんたの思い通りにいくわけないじゃん。頭にきたからそのまま部屋を飛び出してきた。もう寝る前だったから今の私の格好はばっちり部屋着。ついでに足は裸足でサンダルを履いてる状態。後先考えずに飛び出してきたせいで何ともひどい格好だ。
とりあえずどうしよっかな。こんな時間に夜道をウロウロしてたらちょっと危ないのは分かってる。ていうか今更だけど寒すぎ。こんなに夜って寒かったっけ。気付かないうちに着々と冬に向かってたんだということを知る。はぁーっと息を吐いてみたら白くなった。こんな中、薄着で裸足ってますます怪しまれるじゃん。
「……もぉ」
しょうがないから帰るか。全然気が進まないけど。
こういうのってやっぱ私から謝るべきなの?でもそれってなんだか負けを認めたみたいだから嫌だな。どうせ向こうは1ミリも悪いとは思ってないんだろうし。それどころか、こんな時間に飛び出した私に怒ってるに違いない。あーやだなぁ。ますます帰りたくなくなるじゃん。でも帰んなきゃ寝れないし、このままだと風邪ひくし。
「……ん?何これ」
ズボンのポケットに手を突っ込んだら何かが入ってた。広げてみると、しわしわの千円札だった。きっとこのまま洗濯にかけられたんだろうな。それを一生懸命伸ばして、すぐそばにあった自販機に入れる。よかった、入った。寒いからなにか飲もう。どーしようかな、と数秒間悩んだのち、ボタンを押す。その私の指に、別の指が重なった。ぎょっとして隣を見た。なんで、いるの。
「これは俺の分じゃろ」
「……ちがうよ、私が飲みたくて買ったの」
「なんじゃ。お前さんも同じものを飲みたかったんか。じゃあもう1本おんなじのを買ってくれ」
なんでそうなるのよ。私のお金ですけど。無視して突っ立っていたら、雅治は勝手に釣銭を入れてもう1本買いやがった。許可した覚えなんてないのに。なんてやつ。
「ん」
取出口から暖かいレモンティーを2つ取って、反対側の手を差し出してくる。ちらりと顔を窺い見た。雅治は怒っているふうではなかった。だからそろりと手を掴んでみた。私の手に負けないくらい冷たかった。きっと探しに来てくれたんだろうな。雅治の足も裸足でサンダルという季節に似つかわしくないスタイルをしていた。らしくない。でも、慌てて出てきてくれたのが分かって、なんかちょっと嬉しかった。真っ暗な道を彼に手を引かれて歩き出す。言いたいことが色々あったはずなのに、いつの間にか失くなってしまった。本当はもっと、ドロドロした嫌な言葉のオンパレードを浴びせてやろうとか思っていたはずなのに。その気持ちもどこかへ消えちゃった。とりあえず、この後どうするかは帰ってから考えるか。多分、まずは謝ると思う。ごめんね、って言うと思う。そしたら雅治も同じこと言ってくるはず。想像したらちょっと笑いそうになった。隣からほら、とレモンティーを渡される。甘酸っぱくて美味しい。寒くて凍えそうだった身体がほんのちょっとだけ熱を帯びた。
068君と過ごす冬(幸村)
朝の4時。いつもの小さなアラーム音で目が覚めた。隣の彼女を起こさないように朝の支度を静かに始める。簡単な朝食を済ませ家を出るいつもの時間になった。なんとなく、目に入った冷蔵庫横にあるホワイトボード。100均で買ったそれに彼女はよく予定を書き込んでいる。一緒に住んでる俺も、夕飯が要らなかったりする時は書いておくように言われている。朝が早い俺と夜が遅い彼女の一種の連絡を取るツールになっていた。今日は珍しく字列が並んでるなと思った。良く見てみると、
去年の裏起毛パジャマ出す
箱でみかん買う
クリスマスツリーの飾りつけ
精市くんの予定聞いて週末どっちか鍋パ
イルミネーションに連れてってもらう
もこもこの靴下を新調すること
今年こそコタツを買う!
精市くんと温泉も行きたいなあ
可愛いこと言うな、と思った。彼女の冬にやりたいことリストが見れたところで、玄関に向かい今度こそ俺は靴を履く。
「行ってきます」
まだ静まり返った寝室に向かって呟いた。一先ず、今日の帰りに“もこもこの靴下”を買って帰ろう。簡単にできることから叶えてあげるとするか。
今から冬が楽しみかも。
069姉と蜜柑とマグカップ(切原)
「目に入るとついつい手にとっちゃうんだよねぇ」
そう言って、姉貴がコタツの上のみかんに手を伸ばす。アンタもうちょっとあっち行ってよ、とコタツの中で脚を蹴られる。俺のほうが先にここにいたっつうのに。相変わらず気が強いねーちゃんだわ。
「アンタ休みいつまで?」
「3日」
「ふぅん。あたしと一緒だ。いつ帰るの?」
「2日の夜」
「それもあたしと一緒じゃん。なーにー、彼女と出掛けたりしなくていいんだ?」
「別に。姉ちゃんだって――」
やべ。危うく言うとこだった。この手の話題を姉貴にするのはタブーだってこと、俺以外もみんな分かってる。わずかに吃った俺の心中を察したのか、姉貴は「お母さん手伝ってこよっと」と言ってキッチンの方に行ってしまった。
本当は、こんなみかんみたいなオレンジ色のドレス着るはずだったんだよな。目の前のみかんの山を見て思い出すのは半年前のこと。姉貴は婚約破棄された。式の日取りも料理もドレスも何もかもが決まっていた。なのに相手は忽然と姿を消した。最初は、何かの事件に巻き込まれたのかと思って姉貴は物凄く心配した。警察にも相談したけど事件性は無し。じゃあなんで、と思ってた矢先に姉貴のもとに届いたカード決済の書類の数々。気付いた時にはあとの祭り。アイツは盗んだ姉貴のクレジットカードで好き放題に買い物しまくっていた。折角貯めていた結婚資金も全部パー。ようやくこの事実を理解した時の姉貴の顔なんて、もう。今でも忘れられないくらいやつれていた。
一生懸命伸ばしていた髪をばっさりと切り、クレジットを全解約し、結婚式場に違約金を払い(この金の出どころは多分、父さんだと思う)、姉貴は人が変わったように仕事しか見なくなった。世の中信じられるのはお金だけだよね。あの時そう呟いた姉貴はもう泣いてなんかいなかった。強いなぁと思った。
「ねー赤也、ちょっと。これ持ってって」
キッチンの方から俺を呼ぶ声がする。立ち上がって見に行くと、4人分の皿や箸やコップをのせたお盆を渡された。それを見て俺は思い出す。帰省した時に持ってきた荷物の中から紙の袋を取り出し姉貴のほうへ持ってゆく。
「ん」
「なにこれ」
「みやげ。俺の職場があるビルん中に新しく雑貨とか色々売ってる店が入ったから行ってみた」
「あら素敵じゃない」
姉貴に渡したのに、横から母さんが奪って袋を開ける。中に入っていた4つのマグカップを並べて「あらまぁ」だなんて言ってる。
「おそろいのもの買うなんて、あんたもまだまだ可愛いわね」
「うるせー」
母さんの茶化しを適当に流して、4つのうちの1つを手にする。オレンジ色したマグカップ。姉貴の好きな色。本当はあの日、姉貴は幸せになってこの色のドレスを着る予定だった。姉貴にとっては特別な色を俺は敢えて選んだ。もしかしたらあの日を思い出させてしまうかもしれない。そんな不安もよぎったけど、好きなものは好きでいてほしいと思ったから選んだ。そしてさっき、みかんを嬉しそうに取った姉貴を見た時、やっぱりこの色にして正解だったと確信した。
「これ使ってくれよ」
俺がずいと差し出したそのカップをじっと見つめてから、姉貴はふっと笑った。そして両手で受け取ってくれた。
「ありがと。じゃあさっそく、ココアでも作ってこれで飲もうかな」
テーブルの上にオレンジ色のマグカップとみかんが並んだ。ところで今夜はすき焼きらしい。俺も姉貴も大好物。ようやく無事に、今年が締めくくられそうだ。