a little story
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055いつも、そこにいた(丸井)
子供の頃は、“ブンちゃん”だなんて呼んで俺の後をついてきたのに。それも成長するにつれて無くなり、俺もアイツも互いに忙しい生活を送っていた。
別に、同じ高校に通っているのだから会えないわけじゃないのだが。俺は俺で、来月は全国大会が控えている。今年は必ず優勝するために毎日必死になって遅くまで練習に明け暮れていた。向こうも多分、部活が忙しい時期に入っているんだと思う。アイツと同じ吹奏楽部のヤツが練習がきついとかぼやいていたのをどっかで聞いたから。
「なあなあ。あの子、よくね?」
学食で昼飯をとっている時だった。クラスメイトであり友人の1人が急に言った。指さす方向にはアイツ――琴璃がいた。何人か女子たちと談笑しながら昼を食べている。
「あーあの子な。結構可愛いよな」
「おい。俺が先に目つけたんだからな」
俺を挟んで男たちが言い合っている。よくもまあ勝手なことを言えたもんだ、と呆れたが、勝手でいいのだ、とも思った。別に俺はアイツの何でもないから。
「そいやブン太、あの子と同じ地元だっけ?」
「あ?あー、まぁ」
「仲よかった?」
「……別に」
「なんだよー、仲よかったら紹介してもらおうかと思ったのによ」
誰がお前なんかに、と思った。アイツは相変わらず仲間と談笑している。涙が出るほどに笑ってるその顔を見て、ふと幼少期のアイツの顔が重なった。小さい頃も確かあんなふうに、顔をくしゃくしゃにして笑ってたっけ。幾つになっても面影は残ってるもんだな。同じ人間なんだからそりゃそうか。
もう随分と話さなくなってしまった。避けてるとかじゃなくて、互いに忙しくなってしまっただけ。タイミングが無いだけだ。
そう思ってたのに、たまたま放課後廊下でばったり会った時、琴璃の顔を見て初めてそうではないと分かってしまった。
「……あ、えと、久しぶり」
直線の廊下のど真ん中で出くわした。俺も琴璃も携帯をいじりながら歩いていたから、近くに来るまで互いに気がつけなかった。
「おう。元気か」
「うん、まぁ」
「そっか」
久しぶりなのに、会話はちっとも弾まず。明らかに空気が重かった。もっと、近況だとか学校生活での出来事とか、話題はたくさんある筈なのに、俺も琴璃も視線が忙しなく動いていた。俺も挙動不審だったけど、琴璃はもっとすごかった。慌てているというよりも、その表情は困っているふうだった。
「俺と話するの、嫌なわけ?」
気づいたらそんなセリフが口から出ていた。言ってしまってから、俺の馬鹿、と思う。これじゃまるで、喧嘩を吹っかけているようなもんだ。琴璃もまた、目を見開いて俺を凝視してきた。
「……悪い、そういうんじゃないんだ。ごめんな」
「嫌なのは、そっちでしょ」
「は?」
「だって、全然話してくれなくなったから」
「おいおい待てよ。お前が今みたいな顔するから、煙たがられてると思ったんだよ」
「そんなこと、ないよ」
思ったよりも大きな声で彼女は否定をしてきた。でもそれっきりで、下を向いてしまった。なんなんだよ全く。よくわからなくて、何を言ったらいいかも浮かばなかったから、俺はただ黙っていた。そうしたら、琴璃がこっちを見た。昼休みに見たような顔ではなかった。今にも泣きそうな顔だった。
「また昔みたいに話したいよ……ブンちゃん」
その呼び名を聞いて、不思議な感覚になる。言われ慣れていた、でももう2度と呼ばれることはないと思って思い出になったその名前が呼ばれて。時間の感覚が狂ったみたいな、変な感覚になった。でも、変だと感じていたのは最初のうちだけで、今度は別の感覚が俺の中を駆け巡ってきた。あったかいような、心地いい感じ。
「次の日曜」
「え?」
「土曜は部活だから、日曜。どっか行くか。どっかうまい飯食えるとこ」
「あ、うん……あ、ダメだ、日曜は私が部活」
「んじゃあ夜。お前が練習終わったら。同じ地元なんだから、夜でも平気だろ」
「……うん!」
「店はお前が探しとけよ」
「わかった。ブンちゃんも部活頑張ってね」
変わらないあの笑顔を最後に見せて、琴璃は向こうへ歩いて行った。
初めから、話をする機会なんて山ほどあったんだ。なのに部活だとかお互いの予定がだとか、言い訳みたいな理由をつけて適当にしてた。でも、お前のおかげでそれじゃダメなんだよなって気づいた。
色々、反省することもあるけどとりあえず今言えることは1つ。日曜が楽しみだ。
056星に願いを(向日)
星に願いをかけるとか。
そこまで夢見がちな女子じゃないんだけど、さすがにこんなんじゃ星頼みになりたくなるってもんよ。
新年度、新学期、新クラス。今年こそは一緒になれますようにって祈ってたのに。
恋愛成就の神社はしごしたり運気のあがるもの身につけてみたり、なるべく良い行ないをするように心がけてたのに。
それでも駄目だった。これで高校3年間全部別クラス。
あーあ。神頼みも意味ナシか。ついてなさすぎる。これで、今日から新しく始まる1年間も希望ゼロになったわよ。どうしてくれるのよ、神様。
独りぼっちなのにブツブツ言いながら駅までの道を歩く。私は帰宅部だから、ホームルームが終われば帰るだけ。
あの人はテニス部。今ごろコートで部活をやってるはずだ。
いつもみたいにこっそり見に行こうと思ったけど、同じクラスになれなかった悲しさでそんな気は起きなかった。だから大人しく帰る。帰って、ヤケ食いでもしようかな。それより途中でカラオケにでも寄ろうかな。
「なぁ」
最初は自分に掛けられてるんだと思わなかった。とぼとぼ歩いて正門を出ようとする寸前、いきなり後ろから肩を掴まれた。
「ぎゃあ!」
「うおっ」
実に可愛くない悲鳴をあげてしまった。悲鳴というか、これじゃ雄叫びだ。何事かと振り向くと、私の肩を掴んで引き止めた犯人がいた。まさかの、向日くんだった。
「…………へ」
「もう帰んの?」
「な、ななななんで」
「後ろ姿が見えたから追い掛けてきた」
「え、だから、なんで」
「いや、今日は見に来ねえのかなーって」
「……なにを?」
「テニス」
「え!!」
さいあくだ。バレてた。ひっそりこっそり見に行ってたのに。1回も目が合ったことなんて今までなかったはず。なのに、なんでバレた?やばい恥ずかしい消えちゃいたい。
「ま、暇な時また見に来いよ」
じゃーな、って、にかって笑って彼は言ってしまった。私のバカ。せっかく喋れるチャンスだったのに何をぼう然としてたのよ。
「……ていうかさ、」
見に来いよ、って、何。どういうこと?意味は分かるけど、なんでわざわざ言いにきてくれたの?もう、何もかもが分かんない。
でも。
「とりあえず……願掛けは、効果あったのかな」
スマホについてる星型のストラップを見つめて思う。ありがとう神様。文句言ってごめんなさい。明日から私また、がんばるから。見守っててね。
057真夜中の告白(幸村)
珍しいこともあるもんだなと思った。
“元気?”。メールはその一言のみだった。相手は地元の幼馴染から。物心ついたころからずっと一緒にいて、同じ小中高に進み、その後は互いに進学と就職の道を選んでからはぱったりと会わなくなってしまった。俺が神奈川を出てしまったからというのもある。まぁ、あっちはあっちで忙しいみたいなのでなかなか時間が取れないのも無理はない。“みたい”、というのはたまたま別の地元の友人と連絡を取り合った時に彼女のことを聞いたからだ。そして、その時そいつからは散々問い詰められた。“なんであの子と付き合わなかったんだ”って。そんなこと言われても。向こうにその気が無いのに付き合うなんて無理な話だ。
そう、俺は幼馴染のその彼女に恋をしていた。それももうずっと長い間。思いを告げるチャンスなんて、これまでに何千回とあったけど1度たりともそういう類の話題はしなかった。理由は、彼女は俺のことを異性として意識していないから。彼女と一緒にいると分かる。俺はただの、気前のいい“近所のお兄ちゃん”みたいな位置づけだったんだと思う。ならば、そういう振る舞いをしなければ。何もわざわざ今の関係を崩すような真似をする必要なんかない。
やがて高校卒業と同時に疎遠になって、彼女に対する想いも薄れていたという、まさにそんな時だったのだ。琴璃からのメッセージが来たのは。
“元気だよ”。あえて長文にせずこれだけ返した。余計な話を広げず、こうすれば向こうも返しづらいと思ったからだ。なぜなら、俺は琴璃からの連絡を嬉しく思えなかった。また未練がましく想いを抱きそうで、怖かった。でも、送ってから少し後悔もした。ただの近況報告のつもりだったのなら、もうすこし砕けた会話を入れ込めば良かったんじゃないか。難しく考えずに日常会話を振ってやれば良かったと思った。
そしたら直後、また携帯が鳴ったのだ。画面には彼女の名前。嘘だろと思ったけれど俺はその電話をとった。
「もしもし?」
『あ……ごめんね。いきなりかけたりして』
「いや、びっくりしたけど大丈夫だよ」
『そっか、良かった』
かけてきたのは琴璃のほうなのに、言葉はそれきりで黙り込んでしまう。何がしたいんだと思った。でも、久しぶりに聞く声がすごく懐かしいと感じた。懐かしくて優しいその声が、俺は好きだった。
「……泣いてるの?」
そう言ったのは電話の向こうで鼻を啜る音が聞こえたからだ。口数が少ない理由もそのせいか。
『……ごめん。色々疲れちゃって、思い浮かんだのが精ちゃんの顔だったの。だから、かけたの』
久しぶりに聞いたその呼び名。彼女が俺を呼ぶ時の響きが懐かしくて、思わず目を細めてしまう。ごめんなさい、と謝りながら彼女は静かに泣いている。
「落ち着いて。話聞くからもう泣かないで」
『ありがとう』
「その代わり、俺も話したいことあるんだ。だから聞いてくれる?」
何千回もあったチャンスを棒に振ってきたこと、ついこないだまで後悔してた。でも神様がラストチャンスをくれた。これを逃したらもう2度と、君には思いを告げられない。
深呼吸し、携帯を耳に当てながら、俺は部屋の窓際に立った。外はもうひっそりとしていて暗い空に月だけが輝いている。
なんて言おうか。どうやって伝えようか。色々考えてしまったけれど、やっぱり素直に話すのが1番だと思った。息を吸い、彼女に思いを告げる瞬間壁の時計が視界に入った。時刻はジャスト0時。今から、真夜中の告白をするから。だからどうか聞いてくれないか。俺の、数年越しの思いを。