a little story
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049水族館(柳)
今日のデート先は彼女の希望した水族館だ。開館時間から入場してもうすぐ昼時になるのだが、彼女はあるブースからいっこうに動こうとしない。もうそろそろ行かないか、と言った俺に彼女は「もう少しだけ」とだけ答えた。それからもうすぐ1時間が経とうとしてる。いったい彼女のもう少しはどれくらいなんだろうか。
ちっとも動きそうにないので彼女をその場に残し自販機で飲み物を買いに行く。今日は休日のため館内はそれなりに混んでいた。カップルから家族連れまで様々だった。皆楽しそうに水槽の中の生物たちを眺めている。水の中で悠々と泳ぐ姿だったり、ただ沈んでじっとしている様子を観察しては盛り上がっていた。
けれど俺の彼女の見ているものは。水の中に居るのではなく、陸の上でさっきからずっと黄昏れている。時折手をバタバタと動かしたり首を傾げたりもしているけど、それ以外にあまり目立った動きを見せない。それなのに数時間も見て何がそんなに楽しいのだろうか。
「ほら」
「あ、ありがとう」
買ってきたココアを渡すと彼女はこちらを見た。でもまたすぐに柵の向こうに目を向ける。彼女の横顔は笑っていた。本当に好きなんだな、と思う。
「私、水族館にいる動物の中で1番好き」
「……ペンギンがか?」
「うん」
別に珍しいことじゃない。わりと人気者だしグッズも沢山売られている。けれど2時間以上も居座るほど好きなのには些か驚く。
「どういうところが好きなんだ?」
「だって、見てて可愛くない?一生懸命なんだもん」
ほら、と彼女が指差した1羽が両手をしきりにバタバタさせていた。
「ああやってるとこ。飛べないのに飛ぼうとしてるように見えるの」
だから可愛いの。満足気に彼女が笑いながら言った。言われてみれば、そんなふうにも見えてきた。本当は空を飛びたいのに、できなくて必死に手をバタつかせている。そう思うとなかなか愛嬌のある奴に見えてくる。
「でもさ、もしペンギンが飛べたら、こんなに人気出てなかったと思うんだ」
「まぁ、それも一理あるな」
「だからこのままでいいの。飛べないおかげでこんなに人気者なんだよ、きっと」
飛べない代わりに皆の人気を獲得している。なんだか面白い話だな。出来ない事があるお陰でこんなにも人に愛される。そんなことは人間同士じゃなかなか無い状況じゃないか。考えながら、彼女と同じようにすぐ手前に居たケープペンギンを見た。何故か俺と目が合っているように見える。
「ふふふ」
「なんだ?」
「ううん。ペンギン、好きになった?」
「そうだな。ちょっと抜けていそうなところが親近感湧くかもな。誰かさんと」
「ちょっとー、誰よそれ」
「冗談だ」
じゃあもう少し、彼女が飽きるまで眺めるとするか。たまには時間に縛られず、のんびりするのも大切なことだから。今日のデートは凄く充実している。こういう日を大切にしたい。
050今年もよろしくね(跡部)
浅い眠りの中、何かが震えているのが分かった。それが枕元の携帯であることにもすぐ理解する。のろのろ手を伸ばして目に優しくない明るさの液晶を見つめる。なんで、こんな時間に。一瞬で目が覚めた。こんな真夜中にかけてくるなんてよっぽどの用事でしかない。
「もしも――」
『あ、出た出た!良かったー』
「……は」
『早く!窓の外見て!』
早く早くとしか言わないから仕方なく起き上がって窓のそばへゆく。一体何が見えると言うのだ。カーテンを開けて外を確認する、が、
「……何があるって言うんだ」
『え?ほら、だんだん昇ってきたよ!見て見て、きれーっ』
声が物凄く弾んでいるのでどうやら非常事態ではないらしい。けれど一向に相手の伝えたいことが伝わらない。そもそも外を見てと言われてもお前と同じ景色が見えるわけないだろうが。ここはお前の居る日本じゃない。
昇る。綺麗。それの単語とこの時間にかけてきた理由でようやく理解した。相変わらず、電話の向こうではハイテンションな声が聞こえてくる。
「……日の出を知らせようとしたんだろうがこっちは今深夜だ。まだ5時間以上ある」
『え』
すっかり時差というものを忘れていたらしい。はしゃぎ声がぴたりと止まった。
『そ、そっか。ごめん、おじゃましました。お休みなさい』
「待てよ」
『え?』
「日の出まではまだ時間があるが、こっちも日付を跨いだのは確かだ。何か言うことあるだろ?」
『あ、うん。明けましておめでとうございます』
落ち着きを取り戻した声で新年の挨拶を告げられる。本当は、もしも今目の前にいるならば迷わず俺に抱きついてくるのだろう。想像するに容易いことを思い浮かべていると勝手に口元が緩む。
「今年は去年よりもそっちに帰れるようにする」
『ほんとう!?』
わーい、と今年初の嬉しそうな声が聞こえる。いつかな、早く会いたいな。彼女の喜ぶ声が耳の中へ浸透してくる。でかい声なのに何故かとても心地よかった。携帯を耳に当てながらまだまだ闇の空を見上げ、思う。俺だって会いたいのは同じだ、と。
051バレンタイン・デー・キッス(不二)
ピンクの小箱に巻いたのは赤と茶色のチェック柄のリボン。なかなかセンスの良いラッピング。だけど中身はこんな見た目に相応しくないものが入っている。
作ったのはトリュフ、なんだけどどこをどう間違えたのか出来上がったものは泥の礫みたいなシロモノだった。形の歪さが逆に怖い。“手榴弾の一種だよ”と言って見せたら何人かの人は信じると思う。それぐらい、物騒なバレンタイン用の手作りチョコレートが出来上がった。
さすがに、これはなぁ。反応に困る彼の顔が想像できる。ありがとう、と言いながら笑顔で受け取ってくれるのは間違いない。あの人は優しいから。これまでに、私の酷い手料理の毒見役に何度も付き合ってくれた。そのたびに、文句なんて一切言わずに笑って食べてくれる。私が悲しむのを考えて、絶対に不味いなんて言わない人。
「ただいま」
周助は今日少し残業だったようで、いつもより遅めに帰ってきた。
「おかえり。今あっためるね」
「ありがとう」
こんなに料理が苦手でも主婦を始めて何年かは経ったので、作れる料理はそれなりにある。今夜はカレー。この献立はもう大丈夫。ていうかカレーを不味く作るほうが難しいか。
「いただきます」
毎日お行儀よく言ってくれて残さず食べてくれる。君が一生懸命作ってくれたご飯だもん。残すなんて失礼でしょ。そんなふうに言ってくれるから、私は世界一幸せだなと常々思う。そんな彼を今日くらいは、本気で喜ばせたくて頑張ってみたけど、やっぱり駄目だった。そもそもトリュフなんて初めて作ったのにうまくいくわけない。チョコを溶かして生クリームと混ぜて丸めるだけじゃん。レシピを見ながらそんなふうに見くびっていた私を殴りたくなった。
「ごちそうさま」
周助は綺麗にカレーを食べ終えて皿をシンクへ運ぶ。
「いいよ、片付けるから」
「そう?ありがとう」
「お風呂、沸いてるよ。入ってきたら?」
「うん……」
返事はするけど周助はキッチンから離れようとしなかった。私のことをじっと見たまま動かない。
「どうしたの?」
「琴璃ちゃん、今日何の日か知ってる?」
「……バレンタインでしょ」
「僕には、ないの?」
物寂しそうな顔をして周助は私に聞いてきた。あると言えばあるけど。あんな手榴弾もどきをあげるわけにはいかないんだよ。こんなことなら、市販で良いからちょっと良いチョコ買っとけば良かった。
「今日、帰ってきた時カレーの匂いもしたけどチョコの匂いもしたよ」
「それは、」
「本当は、作ってくれたんでしょ?」
「……」
「琴璃ちゃんのチョコ、欲しいよ」
観念した私はパントリーの扉を開けて、1番上の棚からピンクの箱を取り出した。それを見た周助は、やっぱり、と少し声を弾ませて言った。
「でもね、ダメなの。失敗しちゃったの。だから……これはさすがにあげられないの」
「どうして?焦がしたの?」
「そうじゃないけど」
「じゃあ、ちょうだいよ」
モタモタしてる私からあっさりと箱を取り上げた周助はそのリボンを解いた。ゴツゴツした武器みたいなチョコが姿を現した。彼は1つつまみ口に含む。何度か咀嚼して飲み込んだ後、とってもおいしいよ、と言った。
「……やめてよ、そんな、無理して食べてほしくない」
「なんで?無理なんかしてないよ。普通に美味しい。琴璃ちゃんも1つ食べる?」
「要らないよ!こんな、ブサイクな食べ物なんて!もういいよ、返してよ!」
「ダメだよ。だってこれ、僕のだもの。琴璃ちゃんが僕のために頑張って作ってくれたバレンタインチョコなんでしょ」
「……こんなのはバレンタインにふさわしくないよ」
「琴璃ちゃんさ、何か誤解してない?」
「……なにがよ」
「まぁ、人によっては“料理は見た目まで美しくないといけない”って考えもあるけど。少なくとも、僕はそっち側の人間じゃないから」
座ろうよ、と言って周助は私の手を引いてリビングのソファまで連れてきた。2人で並んで腰掛ける。ちゃっかり私のチョコまで持ってきて、2つ目を口に頬張っていた。
「食べさせる人のために一生懸命作ってくれたものがどんな見映え悪くたって、何の問題もないと思うけどね、僕は」
「……でも、黒焦げの料理が毎回出てくるのイヤでしょ」
「全然。黒焦げでも、琴璃ちゃんの料理美味しいから」
「ウソ」
「ほんとだよ」
「じゃあ、味覚がおかしいんだ」
「ひどいなぁ、本当に美味しいからいつも美味しいって言って食べてるのに」
「だって、そんなわけ、ムググ」
反論を返そうとする私の口にチョコレートをねじ込まれた。あのゴツゴツの、トリュフとは果てしなくかけ離れたものが。私の口の中でゆっくりと溶けていく。当たり前だけど普通にチョコの味がする。そして、食べれるレベルの味だった。
「ね?美味しいでしょ?」
「……うん」
「もっと自信持ってよ。僕は琴璃ちゃんの作るご飯大好きだよ」
彼はにこりと笑って言ってから、戸惑う私の唇を塞いだ。チョコの味がした。バレンタインに相応しい、甘い味のキスだった。