a little story
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046風邪(丸井)
喉が痛くて空咳が出る。頭がぽーっとするし動くのもちょっとしんどい。
『風邪だろ、それ』
「え」
『俺もうあがるとこだから、スーパー寄ってお前んち向かうわ。なんか欲しいもんあるか?薬は家にあるんだよな?』
「うん、多分」
『じゃー適当にお前が食えそうなもん買ってから向かうわ』
じゃあな、と言った電話の相手。このままでは切られてしまう。
「ま、待って!」
『あ?どした?』
「まだ分かんないよ。ほら、ちょっと一時的に具合悪いだけで、別に風邪じゃない……かもだし」
『どー見たって風邪だろそれは。いや見てはいねぇか。熱は?』
「……まだ」
『じゃあ今計ってみろよ。このまま電話繋いでてやるから』
「いいの?」
『おー。今、駅に向かって歩いてるとこ』
さみー、と少々お気楽な声。なんでそんな気楽でいられるの。私はそんなに楽観的になれない。だって、これで本当に熱があったら。本当に風邪だったら。明日のデートは中止になっちゃうんだよ。もやもやしながらじっとしてると胸元からピピピと電子音が鳴る。
「……38℃」
『カンペキ風邪じゃん』
ははは、と笑い声が聞こえる。大好きな声なのに、今は痛いほど心に染みて泣きたくなった。もう駄目だ。これでもう明日は会えないのが決定してしまった。
「ごめん」
『なにが?』
「風邪だったから。だから……明日、遊びに行けない」
『なんだそんなことかよ』
そんなことって。明日のお出かけ、すっごく楽しみにしてたのに。こんなことになっちゃうなんて。私の風邪のせいで、こんな。じわりと瞳が潤み出す。
「こんな、ことに」
『ばーか。遊びになんてのはいつでも行けんだろが。それに、今からお前に会いに行くんだから悲しむことねーだろぃ』
「うん」
『治ったらお前が行きたいとこ決めろよな。これ、治るまでの宿題。もちろん早く治すのも宿題。お、電車来るわ。んじゃ、あとでな』
そんな、わくわくする宿題を課して、彼は電話を切った。鼻の奥がつんとした。こうなったら早く良くならなきゃ。布団に潜ってそう強く決意した。でも、ほんの少しでも今から会えるのが嬉しいな。ありがとね。布団の中でそう呟いて、いつも明るくて優しい恋人に感謝した。
047タカラモノ(幸村)
“宝物”は、安易に人に見せず大事にしまっておくものである。調子に乗って見せびらかしたら誰かに盗られてしまう恐れもあるから。だから本当は、誰も踏み入れない場所に仕舞っておいて、なんなら鍵までかけておくべきだ。それくらいしたって良いと思う。宝物は2つも3つも必要ない。たった1つでいい。俺の全てを捧げてでも守りたいもの。代替品はきかない、唯一のものだから。
「今度、手錠でも買ってこようかなぁ」
「え?」
俺の口からあまり聞き慣れない単語が出たせいか、琴璃はすごい勢いで振り向いた。穏やかじゃない話なのは間違いないかもね。だって捕まるのはキミなんだから。
「その……何のために?」
「知りたい?」
ふふふ、と意味有りげに笑ってみせた。こんな話は素でするもんじゃない。けど、実は結構本気でキミを俺しか知らない場所に閉じ込めたいなって思ってる。流石に光も音も届かない場所は可哀想だけど、地上でも地下でもこの際どっちでもいい。兎に角、俺しか行けない場所にキミを隔離して、俺だけがいつでも会えるようにしたいんだ。それが理想。
「会社の年末の忘年会でさ。なんか寸劇やらなくちゃいけなくなっちゃって」
「……それで必要なの?」
「うん。俺は警察官役だから」
「なぁに、それ。……ふふ、おもしろそう」
実際。本当に閉じ込めたら今みたいにキミは笑わなくなるだろうな。俺の大好きな笑顔を奪うまでしてそんなことはしたくはないな。だから理想は理想のまま。日常生活の中で、同じように生きて、笑って過ごせるほうがずっとずっと良いからね。
物騒なこと考えちゃってごめんね。行動には移さないけど、それぐらい俺の愛は重いってこと。許してね。と、同時に覚悟もしてね。俺の愛からはもう、何があっても逃げられないってことだから。
048狡い抱擁(跡部)
「フラれちゃった」
あっさりと、まるで呼吸するかのようにそんなことを言った。続けて琴璃は目の前のカップに手を伸ばす。甘い香りが辺りにほんのりと漂っている。
「そうか」
「うん」
会話はそれ以上続かなかった。フラれた理由も相手が誰なのかも今の彼女の心境も。そのどれにも俺は興味がなかった。ただ、折角時間を作って会っているというのに悲しげな表情で俺の相手をするのが許せなかった。本人は何とも無いふうに取り繕っているつもりだろうが、ちっとも平然としている様子には見えない。証拠に手が震えている。こんな簡単に見破られてしまっていると言うのに、それでも琴璃は平気なフリを続ける。馬鹿馬鹿しい。こんな空気をこれ以上味わってられるか。
だから、思いきりその華奢な肩を引き寄せ力を込めて抱きしめた。
「苦しいよ」
彼女の反抗する声はあまりにも小さかった。弱々しくて、かろうじて聞こえるレベルだった。だから俺は否定とは捉えない。腕の力を今以上に強くする。もっと強く、骨がきしむくらいに抱き締めたい。痛い苦しいと、本気で訴えてくるような、真正面から俺自身と向き合うほどの抱擁を与えたい。
「こんなことして、どういうつもり」
「当ててみろよ」
俺の気持ちを読んでみろ。本当はもう分かっているんだろう。じゃなきゃ心身耗弱している時に会う相手に俺を選ぶはずがない。本当は慰めてほしかったんだろう?だがな、“お前には俺が居る”だなんてセリフ、お前が欲しがっても言わねぇよ。お前自身が、自らの意思で俺を選ばない限り、両手広げて受け止める真似なんてしてやらない。つっても今、既にお前を抱き締めてるわけだが。これくらいは許せよ。だが次は無い。お前がちゃんと俺を選ばない限りは2度目の抱擁は与えない。別に、尻軽だとか変わり身が早いだなんて俺は思わない。だからさっさと過去は忘れて俺に堕ちろ。その気持ちを込めて今一度強く抱いたら、震える手が恐る恐る俺の背にまわされた。気付かれないようにほくそ笑む。ここで甘い言葉を囁くのはフェアじゃない。これ以上はお前の弱った心には付け込まない。あとはお前が選ぶだけ。さぁ、どうする?