a little story
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037押しかけ(跡部)
「じゃん!来たよ!」
「……何時だと思ってんだてめぇは」
陽が昇る前の時間帯。外はまだ静まりかえっている中、何度も何度もインターホンの音が鳴る。何事かと思った。ベッドから起き上がり覚醒しきってないままの頭でモニターを覗く。こんなことするのはどうせ。
「……どちら様ですか」
「ひどぉーい!いいから早く開けてよ!」
放っておくと隣近所からクレームを受けかねないので仕方なく解錠してやる。メインエントランスが開き、小走りでこの部屋に走ってくる姿がカメラに映っている。
「おじゃましまーす!」
テンションに差がありすぎて軽く頭痛を覚えた。相変わらず広いねだとか良いながら平然とソファに座る琴璃を無視してシンクへと向かう。
「あぁ、だめだめ、私がやるよ?」
「……あ?」
「朝ごはん。私が作ってあげる」
「俺は別にそんなもの望んでいない」
ただ水が飲みたかっただけ。大体、こんな夜と朝の狭間みたいな時間帯なのに何が朝ご飯だと言うんだ。コイツの体内時計はどんだけ狂ってやがるんだ。
「いーからいーから。パン派?ご飯派?パンならねぇ、コンビニで色々買ってきたよ」
そして何やら持ち込んできたビニール袋の中身を広げだした。見たこともない形をしたものや、ほぼチョコの塊のようなもの。殆どがいわゆる菓子パンというものだ。これを朝ご飯にしようとでも言うのか。
「おい。いい加減言え」
「なにが?」
「何の目的でこんな時間に押しかけてきたのかって聞いてんだよ」
朝ご飯を作りにだなんてふざけた理由じゃないのは分かっている。俺が睨みつけると観念したのか笑顔が消えた。そして、何をするかと思えば買ってきたパンの山のうち1つ袋を破り目の前で食べ始めた。
「あのな、俺は別にお前がここに来たことを責めてるわけじゃねぇんだよ。何の連絡もなしにいきなり来て――」
「いきなり来ちゃいけないの?」
こちらの言葉を遮りこっちに顔を向けてくる。真面目な空気のつもりだろうが口の周りのチョコが台無しにしている。
「いきなり、会いたくなっちゃったたから……いきなり来たの」
「バーカ」
だったら最初からそう言えよ。今のように素直に言えばこっちから迎えに行ってやったのに。けれど、コイツなりに我慢をしていたんだろうと思うともうこれ以上咎める気にはならなかった。
「お前が食べているそれは何なんだ?」
「え?これ?これはね、チョココロネっていうんだよ。食べる?」
「そうだな」
だが、差し出された食べかけを受け取ることはせず、代わりにその華奢な手を引き寄せる。無防備なそのチョコ付きの唇にキスをした。
「……なにすんの」
「甘い」
「当たり前だよ。チョコだもん」
我慢の反動から瞳を潤ませた琴璃はそのまま勢いよく抱きついてきた。ちょうど、窓の外で朝日が顔を出始めたところだった。こんな早朝も悪くない。
038叫びに行こう(丸井)
同じクラスにめちゃめちゃ可愛い女子がいる。おまけに頭が良くて運動神経もいい。高嶺の花みたいな存在だ。きっとクラスの男どもはみんなその子のことが好きなんだと思う。かく言う俺もその1人で。いつの間にか目で追うようになっていた。でも、それ以上の何かがあるわけではない。彼女とは家の方向も違うし教室内の席は正反対の位置。何の変化もないまま夏休みに入ってしまった。こんなんでは恋とは呼べない。だから俺の恋は早々に終わりを告げた。
そんな彼女が。あの歩く才色兼備と言われている彼女が泣いていた。夏休み真っ只中の教室で。当然休み中なのだから他に誰もいない。ならどうして俺がいるのかって言うと、昨日ようやく夏休みの課題を始めようと思ったのに、辞書をロッカーの中に置きっぱなしだったことに気付いたので取りに来た。そうしたら、まさかの彼女と鉢合わせした。彼女はびっくりしていた。俺の方もびっくりした。色んな意味で。なんでいんの、と思ったし、なんで泣いてんの、とも思った。しかも1人で、こんなところで。
「あ、ごめんなさい」
何故か彼女が謝ってきた。どちらかというと俺のほうが謝んなきゃいけない気がした。こんなとこ、見られたくなかっただろうに。だからせめて、涙に気付いてないふりをして振る舞った。
「あー、俺、辞書取りに来たんだわ」
「そう、なんだ」
「おぉ。取ったら出てくから」
彼女のほうを見ずに、ロッカーの中を漁り出す。辞書は辞書でも、電子辞書だから薄っぺらくてなかなか見つからない。ちゃんと片付けとけばよかった、と今始めて反省した。
「嫌になっちゃったの」
それは誰の言葉なのか。一瞬分からなかった。けど、俺じゃないなら答えは簡単だ。振り向くと彼女は窓の外を見ながらまた目から涙を流していた。
「……えっと、何が」
「なんだろ。色んなこと、かな」
そして辛そうにこっちを向いて笑った。初めて俺に向けてくれた笑顔は、なんとも切なそうに歪んでいた。それはクラス中のみんなが憧れる彼女とは程遠くて、ただの泣いている、普通の女の子だった。
「あーあ。なんか全部、放りだして逃げだしたいな」
俺は何も言えなかった。逃げちゃえよ、なんて言えるのはいつも一緒にいるような友達くらいだ。彼女が何から逃げたいのかも分からないのに、そんな無責任なこと言えなかった。彼女も別に俺からの答えを待っているというふうではなかった。たまたま現れた俺に、ただ愚痴りたいだけだったのかもしれない。
「なんか、おっきい声出したいな」
まさか、ここで?と思って咄嗟に俺は立ち上がる。同時にロッカーのものが全部、雪崩のように出てきた。でも辞書は無事見つかった。慌てふためく俺を見て彼女が静かに笑う。
「じゃあさ、今から叫びに行こうぜ」
「え?」
「そーゆうのはもっと広いとこじゃないとスッキリしないから」
そう言って彼女にここから移動するように促した。向かった先は校門前。俺がここまで来る為に乗ってた自転車が停められてる。
「ニケツしたこと、ある?」
「ううん、ない」
だろうな。そもそも見つかったら怒られるってもんじゃ済まない。下手したら補導される。先生もやだけど真田になんて見つかったら終わりだ。でも、そんなの今考えたら萎えるだけだから。戸惑う彼女を後ろに乗せ、ペダルをこぎ出した。思った以上に彼女は軽くて楽勝に運転できた。
「どこに行くの?」
「叫べるとこ!」
真夏の太陽を受けながら俺はこぎ続ける。暑さなんて気にならなかった。時々吹く風が気持ち良くて、だんだんとそれは潮風へと変わる。青い地平線が前方に見えてきた。
「あそこで叫んだらめちゃめちゃ気持ちいいんじゃねぇ?」
「うん!」
その元気な返事を背中に受けて、俺は海に着くまでずっと、ブレーキなんて使わずにペダルを踏みしめた。
039まもなく海(丸井)
自転車の後ろに乗せられて、風を切りながら坂道を下ってゆく。どこに行くの?という私の問いかけに彼は叫べるとこだと元気よく答えた。
数十分前、私は教室で1人で泣いていた。そうしたらいきなりドアが開いて彼が入ってきた。辞書を取りにきたらしい。今まで彼と話したことは片手で数えるほどしかなかった。タイミングがなかったからだと思う。彼はいつもクラスの中心にいて、沢山の友達と賑やかに過ごしていた。笑いが絶えなくて、その周りの人たちも常に笑っていて。悩みなんかなさそうだった。私みたいにつまらないことでいつまでも頭を悩ませているような人じゃないということは見ていてなんとなく分かった。
その彼が、私の涙を見ると、突然手を引き教室を飛び出した。言われるがまま初めての“ニケツ”を促され、彼の自転車に運ばれる。外は今日も快晴で夏らしい空をしていた。これから行く所は叫べる所らしい。私がただなんとなく、大声を出したいだなんて呟いたから。彼はその願いを叶えるために自転車を走らせてくれる。だんだんと風が海のそばのそれに変わってきた。見えてくる青い絨毯。太陽に反射してきらきらして見える。とても綺麗だなと思ったら、それがそのまま口から出ていた。
「きれー!」
「って、ちょい!まだ叫ぶの早いって!」
「だって綺麗なんだもん!」
海も空も優しい青い色をしている。私達の制服の紺色よりも鮮やか。けれどどこか優雅な青。本当に、この青色を見つめて叫んだらとっても気持ちよさそう。私のちっぽけな悩みなんて、海の中に呑み込まれてしまえ。
「もっと飛ばして!」
「よしきた!」
スピードがぐんと上がった。全然怖くはない。むしろとってもいい感じ。海についたらなんて叫ぼうか。まずは彼に向けてのありがとうを大きな声で叫びたいな。