a little story
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
028仕事帰りの空は(丸井)
「おーし、行くぞー」
頭上で声がした。振り向くと鞄を小脇に抱えた先輩が立っていた。
「お疲れ様でした」
「バカ、お前も行くんだよ」
そう言って勝手に私の机上に散らかった書類を揃え出す。おら早くしろ、と急かしてきた。
「……今日、何かありましたっけ」
「今日は金曜だ。給料日の次の日だ。ってことでお前はこれから俺と飲みに行くんだよ。分かったか?」
「いや、全然分かんないですよ。そんな約束してないです」
「あーうるせえな、優しい先輩が奢ってやるっつってんだからさっさと帰る準備しろ、おら」
知らぬまにデスクは片付けられパソコンも切られていた。人の許可無しにこんな事するのはこの先輩くらいだ。豪快でせっかちで気分屋な人。でも面倒見はいい。何を言い出すかと思えばいきなり飲みに行こうなんて。
「先輩、昼間の私のミス、見てたんですね」
今日、大惨事までとはならなかったが同じ部署の数人に迷惑をかけた。上司にも怒られた。いくらか騒がしかったから、多分その時先輩の耳にも入ったんだと思う。
「私もう引きずってないから大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
「何言ってんだお前。俺が行きたいって言ってんの。文句ある?」
先輩はミスした事に触れず私の鞄を突き出してきた。結局、定時退社して駅前の飲食店に行く事に。もうすっかり空は夜になっていた。月も星も見える。昼間は空なんて見上げる暇もないくらい忙しない。だからこうしてのんびり夜空を見上げるのが不思議な気持ちになった。
「そいや見たか?今日、虹が出たよな」
「へ?」
「ほら、夕立あったろ?その後見えたんだよ、虹。お前は見なかったのか?」
「いえ……」
虹どころか夕立があった事すら気付かなかった。それくらい仕事が忙しかった。それくらい集中していた。それなのに、失敗した。何かが頭の上に乗った。それは先輩の右手だった。
「お前はよくやってるよ、じゅーぶん。だからさ、も少しテキトーになってみろぃ」
先輩は最後までミスの事に触れてこなかった。だけど私には伝わってる。先輩が気に掛けてくれている事を。豪快だけど、せっかちだけど、こういうさりげない優しさができる人。
「テキトーって、難しいですね」
「あ?んー、まぁ要するに肩の力抜けって事だよ。俺も難しい事はよく分かんね」
笑いながら、ほらよ、と先輩がくれた1枚のガムが。優しい甘さでうっかり泣きそうになった。
029太陽の花(不二)
このメールに気付いたらすぐ来て!
何事かと思った。時刻は朝の5時過ぎ。たまたま目が覚めていてタイムリーにメール受信を確認できたけど、普段はまだ寝てる時間だ。送り主は僕の幼馴染で、家は道を1本挟んだ向かい側。カーテンを開けて外を眺める。今日もいい天気になりそうだ。ここからは木が邪魔で彼女の家は見えない。 今行くね、と返信しながら家を出た。そこからわずか30秒ほどで着く距離。
「おはよう、周ちゃん」
庭でしゃがんでいた琴璃は、僕がやって来たのに気付いて手を降ってきた。
「もしかして寝てた?」
「ううん、たまたま起きてたんだ。けどこんな時間にメールがきたからびっくりしたよ」
「へへ。やっと咲いたから早く知らせたくて」
琴璃が後ろを指差した先には小柄なヒマワリが咲いていた。たった1輪だけだけど、彼女は嬉しそうにそのヒマワリを眺めている。
「他の子たちももうすぐ咲きそうなんだよ」
「ほんとだ。琴璃が頑張って世話をした甲斐があったね」
限られた花壇のスペースには咲いた1輪の他にもヒマワリ達が育っていた。どれも皆、まさに開花を目前にした蕾をつけて。
「琴璃、そこに立って。写真撮ってあげるよ」
「ほんと?ありがとう」
こんな早朝に呼ばれる理由に目星をつけてきたから、準備よくカメラを持ってきていた。思えば最近はずっと花の事を話していたっけ。まだかなまだかな、と毎日のように言いながら一緒に登校していたのを思い出す。
「かわいく撮ってね」
琴璃がヒマワリに顔を近づけて微笑む。そんなお願いされなくとも。ヒマワリという素材が無くても。キミは充分かわいいんだよ。思っただけで口には出さなかった。カメラレンズ越しに見える彼女。僕に向けて笑っている錯覚に陥りそうだ。蝉が鳴き出して、じわじわ暑さが足元からやってきた。この瞬間をいつまでも心のレンズに映していられたらな。そんな思いを抱えながらシャッターを切った。
030私の彼は医大生(忍足)
「あ」
声を出した時にはもう遅かった。左手の人差し指からみるみる溢れ出てくる真紅の液体。腕を伝って床に落ちたところではっとした。次第に痛いと自覚する。とりあえず、別の部屋にいる彼のもとへ。
「どうしよう、痛い」
「うわ、ちょお、振り回すな」
ベッドに寝転びテニスの雑誌を読んでいた。けれど、ぶんぶん降っていた私の手を見てすぐさま気が付いてくれた。
「指切っちゃったの」
「見たら分かるわ。救急箱持ってくるから座っとき」
侑士はリビングに消えまたすぐに戻ってきた。垂らしとるやん、とか廊下でぶつぶつ言いながら。手に小さい箱を持っていて、私の前に座ると中からガーゼやらピンセットを取り出した。
「手、心臓より高い位置に上げとき」
「なんで?」
「出血が軽減されるから」
「へぇー、そうなんだ。さすが医大生」
誉めたつもりなのに侑士は、はぁ、と溜め息を吐く。
「別に医大生関係あらへんわ。うちのオカンも知っとる」
「えー、そうなのかな、あ、痛い」
「消毒は沁みるで」
「やる前に言ってよ、痛いよ、痛い痛い」
「ええ大人がやかましい」
こんなに痛がってるのに侑士は淡々と処置をしてゆく。あっという間に私の左手の手当は完了した。
「終わったで」
「ありがとう。さっすが医大生」
「これくらいできて当たり前ですー」
呆れ顔した侑士が部屋から出ていく。私もその後を小走りでついて行った。キッチンは散らかったままの状態。
「ご飯作ってたら指切っちゃったの」
「そうなん?ならゆっくりしとき。俺が作ったる」
「ほんと?わーい、さっすが医大生」
「……馬鹿にしとるん?」
「すいません」
侑士が冷蔵庫を物色している。その広い背中に抱きついた。ネギないやん、とか言いながらてきぱき準備し始めた。何を作ってくれるんだろう。腰に引っ付きながらシンクを覗き込む。
「もぉ。何やの自分」
「えへへ。嬉しいの」
怒らず見限らず絶対助けてくれるのが。ちょっぴり呆れられる事もあるけど。
彼氏特製の炒飯ができるまで、邪魔だと言われてもずっと背中から離れなかった。
私の彼氏はとっても優しくて、とっても頼りになる医大生。