a little story
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
025グレープ味の約束(丸井)
歩き慣れた道。街道には桜の木が蕾を脹らませて並んでる。来週くらいには咲いてくるかもな、なんて能天気な事を考えながら歩く道。ここを歩くのも今日で最後かな。
ちなみに今、手ぶらで歩いてる。スマホは一応あるけど鞄は部室に置いてきた。立海から離れてこんな場所歩いてるけどまだ帰れない。1個デカい案件が片付くまでは。
「……あれか?」
目当ての人間を見つけた。立海からすぐの公園で、独り寂しくブランコなんかに座って。後ろ姿が哀愁漂う雰囲気になってんな。しょうがねぇなあ、と一人言を漏らしながらも彼女に近付く。
「見ーつけたぞー」
隣の空いてるブランコに腰かけた。びくりと琴璃の肩が跳ねた。
「なんでこんなとこにいんだよ。探したじゃんかよ」
俺の文句にも無言をつらぬいてじっと足元を見つめている。口はへの字に曲げて。目はほんのちょっと充血してる。泣いてたんだな、やっぱ。
「幸村くんに聞いたら帰ったとか言うからよ。そんなわけねぇと思って探しに来たんだよ。まさか俺に挨拶無しで帰るなんて真似、しねぇよなあ?」
「……」
「おーい、聞いてるか?」
きゅっと琴璃は両目を瞑った。それでもぽろりと隠せなかった涙が流れ落ちる。
「泣くなって」
琴璃の頭に手を乗せた。いつも弟たちにもやってるけど、今は少し違う想いで。俺なんかのために悲しむ後輩を慰めたくて、そっと頭を引き寄せた。
「みんな卒業しても高等部はすぐ側なんだからよ。ふつーに会えるし、テニス部にも顔出すつもりだぜ?そんな悲しむことねぇだろ?」
俺の言葉に琴璃は一瞬はっとした顔をして、またすぐに涙をぼろぼろ流し出した。なんか余計な事言ったか、俺。こーゆう時どうしたらいいか分かんねぇのが本音。女の子を泣かしたことなんて無いから困るんだよ。
だから尚更、泣いてる琴璃を見ると心が抉られるような気持ちになる。と同時に、俺は幸せ者だなとか思う。後輩にこんなに慕われて。
「ん」
ポケットから出したものを琴璃の目の前に見せる。何ですか、って言いながらぐちゃぐちゃの顔を俺に向けてくる。
「これやるから元気出せ。で、もう泣くな。テニスしにちょくちょく来るし、お前が寂しいならいつでも会いに行ってやるから」
琴璃は俺のやったボトルガムを開けて一粒口に入れた。ずず、と鼻を啜る音もする。
「困らせてすみません」
「いんや。少しは落ち着いたか?」
「……はい」
こいつの泣き顔は何度か見たことあった。全国大会で負けた時、幸村くんが倒れた時、世界杯で俺が勝った時。琴璃のいろんな涙を近くで見た。でも、今日のが1番忘れられないと思う。俺が泣かしたんだから余計に。
「先輩。……卒業おめでとうございます」
「おー。ありがとな」
全然そんなふうに思ってねぇ顔してるけどな。時間は止まらない。俺もお前も、いつまでもこのままで止まってられないんだ。
それでも、限りある時間でもお前とこうして話してられる“今”が、うまく言えないけど物凄く大事なことなんだって感じるさ。だからまたいつでも会いに来てやる。約束する。
026思い出は力になる(跡部)
夕方の校内、今日は特別騒がしい。明日の本番に向けて実行委員が慌ただしく動いている。本館から体育館へ続く道は紅白の造花で飾られていた。華やかなその道を歩いてみる。段々と物悲しくなる。卒業生でもないのに。
その先に見えてくるテニスコート。そこは変わらない風景で少しほっとした。
「……あれ」
今日はオフ日だから誰も居ないはず。でも聞き慣れた音がする。それはテニスボールを打つ音だ。均等でブレの無いショット。最初は日吉くんかな、と思った。
「……部長」
予想にもしなかった人が壁打ちをしている。ひたすらに、全く無駄の無い動きで。ちょうどラリーが止まったので声を掛けた。
「部長、お疲れ様です」
フェンス越しに気付いた部長が手を止めてこっちを見た。
「こんな時間に練習ですか?」
「こんな時、だからだ。暫くここには来なくなるからな」
それを聞いてはっとなる。動揺もした。心臓がきゅっと掴まれた気分。明日が終われば、部長は高等部を卒業してしまう。ここにはもう来ない。当たり前の情景がもうこれっきりになるかもしれないなんて。
「明日は卒業式ですね。卒業生代表の挨拶は部長がするんですか?」
「ああ」
「そっかあ。部長の最後の勇姿になるのかあ」
テニス部でも会えないけど、学校生活の中でも部長を見ることはできなくなってしまう。そんな事に今更気付く。卒業式は明日だとずっと前から決まってたのに。
「琴璃。俺はもう“部長”じゃねぇぞ。次の氷帝はとっくにお前たちに託した」
「あ……」
「とは言え、日吉もまだまだ荒い所があるからな。お前がサポートしてやれ。俺が成し遂げられなかった事をお前らの代で実現させろ」
泣きそうになった。もう部長は部長じゃないこと。もう氷帝のテニスコートで部長が打つ姿は見れなくなること。明日が終われば部長は卒業すること。そんなこと決まってたことなのに、今やっと実感する。
「ったく、お前はなんて顔してんだよ」
いつの間にか部長はすぐ目の前にいた。フェンス1枚が阻むだけで、手を伸ばせばすぐの距離感。
「俺に何か言うことはあるか」
「……卒業、おめでとうございます」
「それは明日言う言葉だろ」
もっと他にあるだろ、と部長が笑う。私はとてもじゃないけど笑い返せない。笑っていられない。これからもっと遠い人になってしまうというのに。
「部長は、私の中でいつまでも部長です、ずっとずっと」
「おいおい、それじゃ日吉の立場がねぇじゃねぇか」
「そうです、けど」
「いいか琴璃。思い出を大切にする事といつまでも浸っていることは違う。俺が部長を務めていた時と同じように、日吉に変わってもサポートをしてやってくれ」
「……それが部長の願望ですか」
「ああ。そうだ」
部長がフェンス越しに手を重ねてくる。夕陽を背負った姿はいつにも増して格好よく見える。
「部長の頼みなら。……いえ、頼みじゃなくても今年は優勝できるようにみんなを支えます」
「頼もしいな。そういう眼をしていろ。じゃなきゃ安心して去れないだろが」
そう言った部長の目はとても優しかった。離れてしまっても、部長は私たちのことを気に掛けてくれるんだろう。だから頑張らなくちゃ。思い出に浸っている暇さえないくらいに。
027今日のキミを忘れない(赤也)
無事に卒業証書を貰って、もうここに居られるのもあと半日。最後はクラスメイトと別れを惜しむのではなくテニスコートに来ていた。さすがに今日は活動していない。誰も居ないけど足を運んだのはやっぱり色んな思い出があって。
ベンチに座り、何処を見るわけでもなくぼーっとしてたら、いきなり自分の背後に大きい影ができた。
「うわ。すんげー暗い顔」
上から声を落としてきたのは2年のエースだった。彼はもうすぐ肩書きが変わって3年の副部長になる。
「こんなめでたい日なのにそんなどんよりしちゃってていいワケ?」
「別にどんよりしてるわけじゃ……」
「あー分かった。先輩、今、寂しくなってんでしょ?卒業が悲しくて感傷に浸っちゃってたとか?」
ケタケタ楽しそうに笑って私の顔を覗き込んでくる。こういうデリカシーの無い聞き方も彼らしい所。いつもはちょっと注意したりもするけど、これが思い出になっちゃうと思うと、今日は何の応酬もする気にならない。
「そーだ。はい、先輩にあげる」
自然な流れで隣に座った彼が差し出してきたのは缶ジュース。
「俺からの卒業祝い」
「これが?」
「なんスか、文句あんの?」
「ないけど……ありがとう」
すぐそこの自販機で買ってきたものと思われる。彼が人に物をあげるなんて珍しいな。同じものをもう1つ持っていて、既に私の隣でプルタブを開けていた。プシュ、と良い音がする。私も彼を真似て開けた、直後。
「きゃ!ええー!?」
「ギャハハハハ!引ーっ掛かった!」
中身が勢いよく飛び出して小さな噴水みたいになる。顔にはかからずとも両手はべとべと。制服は何とか死守できた。あっという間に中身の半分以上が失くなってしまった。わざと炭酸飲料の缶を振って私に寄越したのだ、この悪戯男は。
「はあ……こんな子供じみた事やってるのが副部長になるなんて先が思いやられる。玉川くんがかわいそう」
手にかかったジュースをハンカチで拭きながら私がぼやく。
「あーっ、なんスかそれ。俺は俺のやり方で部をまとめるからいいの。こーゆうサプライズ精神もないとつまんないっしょ?」
「だからってそれを卒業する私にやるかなあ」
でも、ちょっぴり楽しかったよ。だってこのやり取りももう終わり。バカして時に真田くんに連帯責任で怒られたりする事も、もう無いんだよ。
「ど?元気出た?」
キミが、満面の笑顔を見せながらそう言うから。こっちは泣きそうになるよ。それでも笑顔で送り出してくれるキミに、感謝して明日からも笑って頑張ろうと思う。
「切原くん、ありがとう」
「は?なんで?」
「ううん、いいの。私の気持ち」
「変な先輩」
今日までの事、ずっとずっと忘れない。その思いを込めた“ありがとう”だよ。
彼は思い出したようにもう1本、鞄からジュースを取り出し私にくれた。今度は美味しく飲めた。
この味も、絶対忘れない。