a little story
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022雨の日の来店者(幸村)
シフトの子が体調不良でお休みになったから代わりに出てもらえる?って、店長直々に電話をもらったら断れなかった。仕方ない。でもこんな日に。こんな、朝から雨がざーざー降りの日なんて働きたくないのに。ゆっくりしたかった。早く帰ってお菓子でも食べながら、ドラマの再放送でも見てたかったのにな。
悶々と心の中で考えていたらお客さんがレジへきた。いらっしゃいませ、と言いながらなんとなく相手の顔を見た。まさか、と思った。
「……幸村くんだ。……あっ、ごめんなさい」
嬉しさのあまり勝手に出た心の声。なんでこんな所に。立海とは反対側のコンビニだから、あんまり生徒も来ないのに。でも、理由はどうあれ嬉しい。今日バイトになって良かったって、今初めて思えた。
「ふふ。キミはたしか仁王のクラスの子だね」
「えっ、知ってるの?」
「何度か見たことあるよ。でも名前は知らないんだ、ごめんね」
「あ、藤白です。藤白琴璃って言います」
「琴璃ちゃんか。よし、覚えたよ」
「うん……!」
嬉しい。夢みたい。幸村くんに名前を呼んでもらえるなんてもう跳び跳ねそうな勢い。やっぱりカッコいいな、幸村くん。買ったものはレモンティーとメロンパンとプリンというかわいいチョイスだけど。甘党なのかな。テニスしてると糖分が恋しくなるのかな。
「俺に何かついてる?」
「え?あ、ごめん。なんでもないの。えっと、475円です。」
幸村くんから500円玉を預り、お釣りとお買い上げいただいたものを渡す。幸村くんは制服姿だった。今日は部活じゃなかったのかな。この雨だから休みになってのかな。
「俺の顔、そんなに変かな」
「へ?……あっ、ごめんなさい、もしかして……また見てた?」
「うん。じーっと見つめられてた」
「ご、ごめんね……」
「キミって面白いね。ここでバイトしてるの?俺いつも水曜日にここに寄ってからテニスクラブに行くんだけど、会うのは初めてだよね」
「うん。今日はたまたまお休みの人がいて代わりに出てるの」
「ああ、なるほどね。ピンチヒッターってわけか」
そう言った幸村くんは、ドリンク剤の並ぶコーナーへ行き、何かを持って戻ってきた。“コラーゲン配合”と真ん中に書かれた栄養ドリンクだった。
「これも。お願いします」
「あ、はい。えーと275円です」
「はい」
幸村くんからお金をもらって引き換えに栄養ドリンクを渡す。でも彼はそれを受け取ろうとしなかった。
「それはキミにあげる。バイトお疲れ様」
「え?」
「またね、琴璃ちゃん」
幸村くんは私に手を降り、雨の降りしきる中を帰っていった。やばい。心臓止まりそう。かっこよすぎてお礼も言えなかった。次のお客さんが来るまで、しばらく外の雨を眺めていた。雨の日のバイトも悪くないかも。
023同じ気持ち(不二)
強化合宿に入ってちょうど1週間。今日もあっという間だった。こっちに来てやる事はそりゃテニス以外にないんだけど。毎日の色濃い強化メニューが時間の経過を一瞬にしてゆく。
だから今日が特別な日だって気付いたのは携帯のアラーム機能のおかげだった。練習あがりの夜、朝から届いてたであろう通知を今さら開いたら。
「……琴璃の誕生日だ」
1人呟きながら彼女の番号を表示させる。
らしくない“うっかり”をしたんだと知り頭が痛い。でもむこうから連絡してこないのは拗ねているわけじゃない。僕の負担になりたくないとか、邪魔をしたくないみたいな。そんな彼女らしい遠慮なのだ。証拠に、ほら。
『もしもし?練習終わった?』
「わあ。すごい早い反応。今の絶対ワンコールでとったでしょ?」
『だって電話待ってたんだもん!』
「そっか。ごめんね、連絡遅くなって」
1週間ぶりに聞くキミの声が何故かこんなにも懐かしくて愛おしい。
『練習、大変?』
「そうだね。毎日泥だらけさ」
『えーそうなの?それって珍しい光景かも』
楽しそうな笑い声。一瞬にして今日の疲れがふっ飛んだ。
「琴璃、誕生日おめでとう」
僕がすかさず放った言葉に、電話の向こうで息を飲む様子が感じとれた。
『覚えててくれたの?』
「当たり前でしょ。遅くなってごめんね。僕が帰ったら一緒にプレゼント見に行こう」
『うん。楽しみにしてる』
弾んだ声がよく聞こえる。当日の今日に何もしてあげられないけど。伝えられてよかったと心から思う。
『だんだん寒くなってきてるから風邪に気を付けてね』
キミはいつも優しい言葉をくれるんだ。そうして僕をそっと包んでくれるんだよ。本当は寂しくて辛いだろうに。少しもそんな素振りを見せる事なく、気丈に振る舞って。
「そっちはどうだい?」
『うん?特に変わった事もないよ。毎日ありきたり』
「そっか」
『ありきたりだけど……、寂しいよ』
「うん。そうだよね」
誰よりも分かってる。分かってるのに、今すぐ会いに行ってあげられないのが悔しいよ。しかも何もこんな日に、キミを1人にさせてしまっている。
「帰ったらいっぱい抱きしめてあげる」
『ふふ。……ありがと』
早くキミに会いたい。電話をしながら見上げた空。綺麗な三日月が見える。キミも同じものを見ているかな。離れていても、寂しいのは一緒だよ。
024かたちに残るものが全てじゃない(丸井)
今朝は特に寒い。昨日なんとなく見てた天気予報でも今季最大の大寒波だとか言ってたっけな。へぇ、なんて他人事に聞いてたけど実際物凄く寒い。玄関のドアが異常にひんやりしてた。握っただけで早速心が挫けそうになる。やる気は限りなくゼロ。練習なんてクソ食らえだ。それでもドアの向こうには、このダルさをふっ飛ばす存在が待っている。
「おはよう、ブン太くん」
「……おー」
幼馴染はいつものようににこにこ笑っている。幼馴染でありマネージャーである琴璃が。いつものように俺と同じジャージ姿で。いつものように俺を待っていた。
「どうしたの。今日は元気ないね?」
「お前、さみぃの平気なの?」
「あ、確かに今日はいちだんと寒いよね。雪でも降るかな?」
能天気な女だ。朝のテンションが俺とは明らかに違うコイツは絶対にサボりてぇなんて考えは無いんだろな。じゃなきゃ時間どおりに俺を待ってたりしないか。
「今日はコートの周りを走り込みするって、幸村くん言ってたよ」
「げえぇーっ、なんだってこんな寒い日に外に放り出されなくちゃなんねぇんだよ。あーだる」
「でも、きっと走ればあったかくなるよ」
「お前なあ……走らねぇからってよくそんな事言えんな」
「え、あ、そういうつもりじゃなくて。ごめん……私も、走ろうか?」
「いや冗談だから真に受けんなよ」
マジで冗談さておき。本当にこの寒さでいけっかな。赤也とかどーすんだろ。仁王なんて……絶対来ないだろアイツ。
「あ、あ!」
「あ?」
琴璃が急に変な声を上げて真上を指差す。一瞬、イカれたかと思った。
「雪だよ!」
小さな氷の粒がゆっくりと落ちてくる。最初はひとつふたつくらいしか見えなかったのに、どんどん量が増えていって、そのひとつが琴璃の鼻先に落ちた。
「ひゃあ冷たい」
「やっぱこの寒さはやべーよ」
「雪が降るくらいだもんねー。積もるかな、雪」
「どーだろな。このペースだったら有り得るかもな。つか、なんでそんなワクワクしてんだよお前」
「え、だって嬉しいじゃない?積もったら綺麗だし遊べるし。色々できるよ」
なんだそりゃ。鼻の頭赤くしながら言うかよ。雪に喜ぶのって子供と犬だけかと思ってた。
「せっかく降っても雪は消えてなくなっちゃうもんね。だからせめて、降ってる時は綺麗だなーって味わいたいな」
琴璃は鼻以外に頬も耳も赤くしてそんな事を言う。なんでかな、そんなふうに言われると寒いのが満更でもないとか思えてくる。
「……そうかよ」
「積もったらみんなで雪合戦できるかな」
呑気にそんな事を言って。またひとつ、俺と琴璃の頭に雪が落ちては消えた。