淡恋と夏の大三角
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普段の夜だったら、携帯ゲームをするか意味もなくテレビを見るか、とにかく時間を浪費して過ごしているのだが。ついにそれすらも飽きてしまった。電子画面も喧しい音楽も、今日は体が受けつけなければ眠気も起きやしない。だから、丸井は自室の窓から空を見上げていた。ただぼーっと、広がる黒い世界を見つめていた。その中に所々見える星。確かあれははくちょう座って言うんだったっけ。東の空に見える3つの星を繋げて呼ばれているのが夏の大三角形。数週間前に教えてもらった雑学だけど、今でもちゃんと覚えていた。
「あーあ」
ひとりでに出る溜め息。夜空を見ながらも自然と考えてしまうのは先週の出来事。関東大会が先週に幕を閉じた。結果は準優勝。立海は惜しくも2位という苦い成績に終わったのだ。
終わった直後は放心状態もいいとこで、食べたいものも浮かばないほどだった。こんなにも落ち込んだのはこれまでの人生の中で初めてかもしれない。まるで燃え尽き症候群のような感覚に囚われ、何をしたいかも分からない日々が過ぎた。当然に、大会が終わってからも毎日練習はあるけれど、やはり意識の向け方がこれまでと違う。
あの頃は、勝つことしか考えなかった。決勝でもし負けたら、だなんて微塵も思うことはなかった。それは他のレギュラーたちも同じであることに間違いない。みんな負けるなんて思いもしてなかった。そんなこと有り得ないし有ってはならないからだ。
部長の幸村には副部長の真田が1人で報告しに行った。幸村から何を言われたのか真田は教えてくれなかったが、想像するのは容易かった。そしてそれを思うと物凄くやりきれない気持ちになった。
病床に伏している幸村のためにも何が何でも優勝したかった。その気持ちはみんな同じだ。じゃあ敗因は何だったんだろう。練習不足か。ふとした油断か。誰も答えちゃくれないし、答えなんて、そもそもないのかもしれない。夏休みの課題なんかよりも果てしなく重くて難しい問題だ。残されたのは”敗北”という事実と、やりきれない気持ちだけ。
「あーあ」
もう何度目かの溜息を吐く。やる気なんていっこうに起きやしない。
日中の部活を終え、帰宅して風呂に入って夕飯を食べて適当にテレビを見て、寝る。面白味のないルーティンがあと1ヶ月弱も続くなんて地獄だ。幸いにも、一番大きな理科の課題はもう終わっている。それ故に琴璃と会う必要もなくなった。もう夜に集まって一緒に空を見上げることもない。それを思うと尚更退屈だと思う気持ちに拍車がかかる。
琴璃と最後に会ったのは関東大会2回戦めの日だ。あの日の彼女はすこぶるメンタルが不安定だった。もともとちょっと変わってるというか、丸井の友人にはあまりいないタイプだというのは最初の頃から感じていた。彼女のことを周りは根暗だとか言ってるけど、話してみればそんなことなんて全くなかった。頑固な性格だとは思うけど、”ノリ”とか思いつきで受け答えるような女じゃないことを知った。実際は責任感が強くて不器用な性格をしていた。自分の気持ちを表現するのはめっぽう下手だが。
そんな彼女と夏休みが始まってからは、何度も会ってファミレスにも行って。気づけば毎回話は尽きなかった。話の内容なんて大したことないものだったんだろう。思い出せるかと問われたら大したことを答えられない。だけどきっと、丸井にとっては有意義な時間だったのだ。大会が近づくにつれて勝手に肩の力が入ってしまっていたけれど、彼女と星を見る時間だけは張り詰めたプレッシャーからも解放されていた。楽しんでいる自分がそこにいた。そんなことを、大会が終わって琴璃に会わなくなった今、思い知ったのである。
ベッドの上にあった携帯が喧しい音を鳴らした。着信の合図だった。内容はメールで、送り主は仁王。アイツからメールがくるだなんて珍しいな。やや不審がりながらも丸井は中身を確認した。
『誘いが来たらちゃんとのってやれ』
「……なんだこりゃ」
いかにも意味深すぎる。これだけでどう理解しろと言うのか。分からなさすぎて抗議の電話をかけようとしたその時。
「……え、かかってきてんの?」
まだ発信の操作をしてもいないのに電話がかかってきた。だが、かけてきた相手は仁王ではなかった。画面に出た“藤白”という文字を見て丸井は思わず目を見開く。動揺しながらも通話の文字をタップした。
「もしもし?」
『あっ、夜分にすみません、丸井くんでしょうか。藤白と申しますが』
電話の向こうは自分以上にあたふたしていた。少し久々に聞く声は、無駄に丁寧な挨拶のわりに限りなく緊張で上ずっている。
「んなこと分かってるっつーの。ちゃんとお前の連絡先登録してあるよ」
『……あ、そうだよね』
「どうしたんだよ、電話なんて」
『あの、その、ごめんね、迷惑だった?』
「いや別に。ちょっとびっくりしただけ
夏休みの課題を共同でやろうと決めた時に琴璃とは連絡先を交換していた。けれど使わずして課題への取り組みは無事終了してしまった。まさか終わってから使うことになるとは想像だにしていなかった。
『えっと』
「なんだよ」
『次の土曜、駅まで来てくれませんか』
「あ?なんで?」
『それは…………用事があるからです』
「用事って、お前の?俺も行くようなの?」
沈黙が生まれる。誘っておいて、その質問には答えにくいのか琴璃の声は黙ってしまった。なんかまずいことを聞いたか俺。考えていると再び電話の向こうからか細い声が聞こえた。
『ごめんね、やっぱりなんでも』
「いーぜ、何時に待ち合わせる?」
『……いいの?』
「ちょうどその日は部活も休みなんだよ。ナイスタイミングだぜ、藤白」
『あ、うん。そうだよね』
「へ?」
『ううん、なんでもないの。部活、休みなんだね、よかったね。他に予定入ってないんだね?大丈夫なんだね?行けるんだね?』
「入ってねーよ。だからオッケーだって言ってんじゃん」
念を押す琴璃はやたらと必死だ。今どんな顔して電話しているんだろうかと想像したら、やっぱりおたおたしている彼女しか思い浮かばなくて、なんだか自然と笑みがこぼれた。
結局詳細は教えてくれなかったが、週末に彼女と会うことになった。何か課題のことでやり残したことでもあったのだろうか。でもそれは聞かなかった。まさか彼女から誘いが来きたことへの驚きで、理由なんてどうでもよかった。電話を終えて数分が経っても、着信履歴に琴璃の存在があることが不思議だった。
そこへ携帯がまた震える。今度はメールだった。
『Tシャツ短パンなんて小学生みたいな格好で行くんはやめとけ』
「……あんにゃろォ」
今度こそ丸井は電話をかける。相手は1コールで出た。
『グッモーニン』
「ふざけてんじゃねぇっ。お前だろ?なんか糸引いてやがるのは。もう分かってんだからな」
『さて。なんのことかのう』
電話の向こうの仁王は飄々とした態度で返事をする。面白がっているのが丸井でも分かった。
「とぼけんな!あいつになんか言ったのお前だろって聞いてんだよ」
『お、さっそく連絡が来たか。で、どうなったんじゃ』
「お前、俺の質問に答える気ねーのかよ!先にお前が答えろっ」
『別に隠すつもりなんてちっともありゃせん。けど、俺が喋ったって言うなよ』
「はぁ?んなこと言わねぇよ」
『なんじゃったか、お前さんの隣の席の女子』
「藤白」
『おーそうそう。今日の練習が終わって帰るところにその子が待ち伏せとった。で、次のテニス部の休みはいつかと聞いてきたから教えてやった。それだけじゃ』
「……」
『何やら大真面目な顔しとったからの。からかわんでちゃんと教えてやったぜよ。どうせ、お前さんが関係しとるんじゃないかとは思っとったし』
「なんで……俺が関係してるって言えるんだよ」
『関東大会で立海 が青学に負けたあの日、悔しそうに1人で泣いとった女子がおった』
「は?」
『決勝終わって水道に向かう途中に見かけた。壁と木の間に隠れるようにおった。いったい誰かと思ってよく見たら、お前さんの隣の席の人間ときた』
「藤白、見に来てたんだ」
準決勝も決勝の日も、丸井はなんとなくギャラリーを確認した。けれど琴璃は見つけられなかった。2回戦めを見に来てくれた日彼女は暑さで体調を崩してしまった。だからもう見に来ないかもなと思いつつ、実は琴璃の姿を探していた。心のどこかでは見に来てくれることを期待していたのだ。また自分の試合を一生懸命応援してほしいと思っていた。
『1人ぼっちで寂しく肩を震わせて泣いてたんに、あん時お前はどこをほっつき歩いてたんじゃ、丸井』
「……仕方ねーだろ、俺だってショックで自分のことでいっぱいいっぱいだったんだよ」
『そんな言い訳するんなら、お詫びにあの子を笑わしてやりんしゃい。お前さん知っとるか?あんまり詳しかないが、クラスん中じゃ面白くないふうに扱われとるみたいじゃ。一部の女子連中に、根暗でガリ勉気取りとか陰で言われちょる』
いつだったか、琴璃本人が自分がどう言われているかを表現した言葉。忘れかけていたのだが、ここにきて全く同じ言い草を他人から聞かされ腹が立った。
「あいつをそういう言い方すんなよ」
『おおう、怖いのう』
あいつは根暗でもガリ勉でもない。星が好きで、甘いものが好きで、責任感の強い女だ。そんなことまで仁王に教えないけれど、琴璃にマイナスなイメージを抱かれていることは許せなかった。けれど仁王は特に意に介さず、
『ま、とにかくあの子の勇気の結果はお前にかかっとるんじゃ。健闘を祈るぜよ』
最後にそう言うと電話を切った。相変わらず飄々としている男だ。最後までつかめない空気みたいだった。
「俺にどうしろっつーんだよ」
誰も答えを教えてくれない難問がまたも生まれてしまった。それにしても、彼女は緊張しながらも自ら電話をかけてきてくれた。よくよく考えたらかなりの変化だ。誰かと何かを共有するとか、嫌がりそうな彼女が自分を誘ってきてくれたのだ。その理由を考えてみる。やっぱり分からなすぎて、もうとっくに寝る時間だというのに眠くならない。むしろ目は覚める一方だ。だけどおかげで敗北の悔しさが多少は紛れてくれた。今は、彼女に会う日がこんなにも楽しみだと感じている自分がいる。丸井は大人しく目を閉じ、眠気が迎えに来てくれるのを辛抱強く待った。
「あーあ」
ひとりでに出る溜め息。夜空を見ながらも自然と考えてしまうのは先週の出来事。関東大会が先週に幕を閉じた。結果は準優勝。立海は惜しくも2位という苦い成績に終わったのだ。
終わった直後は放心状態もいいとこで、食べたいものも浮かばないほどだった。こんなにも落ち込んだのはこれまでの人生の中で初めてかもしれない。まるで燃え尽き症候群のような感覚に囚われ、何をしたいかも分からない日々が過ぎた。当然に、大会が終わってからも毎日練習はあるけれど、やはり意識の向け方がこれまでと違う。
あの頃は、勝つことしか考えなかった。決勝でもし負けたら、だなんて微塵も思うことはなかった。それは他のレギュラーたちも同じであることに間違いない。みんな負けるなんて思いもしてなかった。そんなこと有り得ないし有ってはならないからだ。
部長の幸村には副部長の真田が1人で報告しに行った。幸村から何を言われたのか真田は教えてくれなかったが、想像するのは容易かった。そしてそれを思うと物凄くやりきれない気持ちになった。
病床に伏している幸村のためにも何が何でも優勝したかった。その気持ちはみんな同じだ。じゃあ敗因は何だったんだろう。練習不足か。ふとした油断か。誰も答えちゃくれないし、答えなんて、そもそもないのかもしれない。夏休みの課題なんかよりも果てしなく重くて難しい問題だ。残されたのは”敗北”という事実と、やりきれない気持ちだけ。
「あーあ」
もう何度目かの溜息を吐く。やる気なんていっこうに起きやしない。
日中の部活を終え、帰宅して風呂に入って夕飯を食べて適当にテレビを見て、寝る。面白味のないルーティンがあと1ヶ月弱も続くなんて地獄だ。幸いにも、一番大きな理科の課題はもう終わっている。それ故に琴璃と会う必要もなくなった。もう夜に集まって一緒に空を見上げることもない。それを思うと尚更退屈だと思う気持ちに拍車がかかる。
琴璃と最後に会ったのは関東大会2回戦めの日だ。あの日の彼女はすこぶるメンタルが不安定だった。もともとちょっと変わってるというか、丸井の友人にはあまりいないタイプだというのは最初の頃から感じていた。彼女のことを周りは根暗だとか言ってるけど、話してみればそんなことなんて全くなかった。頑固な性格だとは思うけど、”ノリ”とか思いつきで受け答えるような女じゃないことを知った。実際は責任感が強くて不器用な性格をしていた。自分の気持ちを表現するのはめっぽう下手だが。
そんな彼女と夏休みが始まってからは、何度も会ってファミレスにも行って。気づけば毎回話は尽きなかった。話の内容なんて大したことないものだったんだろう。思い出せるかと問われたら大したことを答えられない。だけどきっと、丸井にとっては有意義な時間だったのだ。大会が近づくにつれて勝手に肩の力が入ってしまっていたけれど、彼女と星を見る時間だけは張り詰めたプレッシャーからも解放されていた。楽しんでいる自分がそこにいた。そんなことを、大会が終わって琴璃に会わなくなった今、思い知ったのである。
ベッドの上にあった携帯が喧しい音を鳴らした。着信の合図だった。内容はメールで、送り主は仁王。アイツからメールがくるだなんて珍しいな。やや不審がりながらも丸井は中身を確認した。
『誘いが来たらちゃんとのってやれ』
「……なんだこりゃ」
いかにも意味深すぎる。これだけでどう理解しろと言うのか。分からなさすぎて抗議の電話をかけようとしたその時。
「……え、かかってきてんの?」
まだ発信の操作をしてもいないのに電話がかかってきた。だが、かけてきた相手は仁王ではなかった。画面に出た“藤白”という文字を見て丸井は思わず目を見開く。動揺しながらも通話の文字をタップした。
「もしもし?」
『あっ、夜分にすみません、丸井くんでしょうか。藤白と申しますが』
電話の向こうは自分以上にあたふたしていた。少し久々に聞く声は、無駄に丁寧な挨拶のわりに限りなく緊張で上ずっている。
「んなこと分かってるっつーの。ちゃんとお前の連絡先登録してあるよ」
『……あ、そうだよね』
「どうしたんだよ、電話なんて」
『あの、その、ごめんね、迷惑だった?』
「いや別に。ちょっとびっくりしただけ
夏休みの課題を共同でやろうと決めた時に琴璃とは連絡先を交換していた。けれど使わずして課題への取り組みは無事終了してしまった。まさか終わってから使うことになるとは想像だにしていなかった。
『えっと』
「なんだよ」
『次の土曜、駅まで来てくれませんか』
「あ?なんで?」
『それは…………用事があるからです』
「用事って、お前の?俺も行くようなの?」
沈黙が生まれる。誘っておいて、その質問には答えにくいのか琴璃の声は黙ってしまった。なんかまずいことを聞いたか俺。考えていると再び電話の向こうからか細い声が聞こえた。
『ごめんね、やっぱりなんでも』
「いーぜ、何時に待ち合わせる?」
『……いいの?』
「ちょうどその日は部活も休みなんだよ。ナイスタイミングだぜ、藤白」
『あ、うん。そうだよね』
「へ?」
『ううん、なんでもないの。部活、休みなんだね、よかったね。他に予定入ってないんだね?大丈夫なんだね?行けるんだね?』
「入ってねーよ。だからオッケーだって言ってんじゃん」
念を押す琴璃はやたらと必死だ。今どんな顔して電話しているんだろうかと想像したら、やっぱりおたおたしている彼女しか思い浮かばなくて、なんだか自然と笑みがこぼれた。
結局詳細は教えてくれなかったが、週末に彼女と会うことになった。何か課題のことでやり残したことでもあったのだろうか。でもそれは聞かなかった。まさか彼女から誘いが来きたことへの驚きで、理由なんてどうでもよかった。電話を終えて数分が経っても、着信履歴に琴璃の存在があることが不思議だった。
そこへ携帯がまた震える。今度はメールだった。
『Tシャツ短パンなんて小学生みたいな格好で行くんはやめとけ』
「……あんにゃろォ」
今度こそ丸井は電話をかける。相手は1コールで出た。
『グッモーニン』
「ふざけてんじゃねぇっ。お前だろ?なんか糸引いてやがるのは。もう分かってんだからな」
『さて。なんのことかのう』
電話の向こうの仁王は飄々とした態度で返事をする。面白がっているのが丸井でも分かった。
「とぼけんな!あいつになんか言ったのお前だろって聞いてんだよ」
『お、さっそく連絡が来たか。で、どうなったんじゃ』
「お前、俺の質問に答える気ねーのかよ!先にお前が答えろっ」
『別に隠すつもりなんてちっともありゃせん。けど、俺が喋ったって言うなよ』
「はぁ?んなこと言わねぇよ」
『なんじゃったか、お前さんの隣の席の女子』
「藤白」
『おーそうそう。今日の練習が終わって帰るところにその子が待ち伏せとった。で、次のテニス部の休みはいつかと聞いてきたから教えてやった。それだけじゃ』
「……」
『何やら大真面目な顔しとったからの。からかわんでちゃんと教えてやったぜよ。どうせ、お前さんが関係しとるんじゃないかとは思っとったし』
「なんで……俺が関係してるって言えるんだよ」
『関東大会で
「は?」
『決勝終わって水道に向かう途中に見かけた。壁と木の間に隠れるようにおった。いったい誰かと思ってよく見たら、お前さんの隣の席の人間ときた』
「藤白、見に来てたんだ」
準決勝も決勝の日も、丸井はなんとなくギャラリーを確認した。けれど琴璃は見つけられなかった。2回戦めを見に来てくれた日彼女は暑さで体調を崩してしまった。だからもう見に来ないかもなと思いつつ、実は琴璃の姿を探していた。心のどこかでは見に来てくれることを期待していたのだ。また自分の試合を一生懸命応援してほしいと思っていた。
『1人ぼっちで寂しく肩を震わせて泣いてたんに、あん時お前はどこをほっつき歩いてたんじゃ、丸井』
「……仕方ねーだろ、俺だってショックで自分のことでいっぱいいっぱいだったんだよ」
『そんな言い訳するんなら、お詫びにあの子を笑わしてやりんしゃい。お前さん知っとるか?あんまり詳しかないが、クラスん中じゃ面白くないふうに扱われとるみたいじゃ。一部の女子連中に、根暗でガリ勉気取りとか陰で言われちょる』
いつだったか、琴璃本人が自分がどう言われているかを表現した言葉。忘れかけていたのだが、ここにきて全く同じ言い草を他人から聞かされ腹が立った。
「あいつをそういう言い方すんなよ」
『おおう、怖いのう』
あいつは根暗でもガリ勉でもない。星が好きで、甘いものが好きで、責任感の強い女だ。そんなことまで仁王に教えないけれど、琴璃にマイナスなイメージを抱かれていることは許せなかった。けれど仁王は特に意に介さず、
『ま、とにかくあの子の勇気の結果はお前にかかっとるんじゃ。健闘を祈るぜよ』
最後にそう言うと電話を切った。相変わらず飄々としている男だ。最後までつかめない空気みたいだった。
「俺にどうしろっつーんだよ」
誰も答えを教えてくれない難問がまたも生まれてしまった。それにしても、彼女は緊張しながらも自ら電話をかけてきてくれた。よくよく考えたらかなりの変化だ。誰かと何かを共有するとか、嫌がりそうな彼女が自分を誘ってきてくれたのだ。その理由を考えてみる。やっぱり分からなすぎて、もうとっくに寝る時間だというのに眠くならない。むしろ目は覚める一方だ。だけどおかげで敗北の悔しさが多少は紛れてくれた。今は、彼女に会う日がこんなにも楽しみだと感じている自分がいる。丸井は大人しく目を閉じ、眠気が迎えに来てくれるのを辛抱強く待った。
