淡恋と夏の大三角
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夜に集まって星を観察するのは2週間も行えば充分だ。夏休みまるまる使って取り組むほどでもない。だけど終盤になるにつれて、けっこう楽しみにしている自分がいた。星を見るのも楽しいし、丸井と毎回他愛のない話をするのも苦じゃなかった。というか、ここまで誰かと砕けた会話をする機会がなかったせいだと思う。
――私って。寂しい人間だな。琴璃は今さらながらに後悔していた。それはファミレスの帰りの日の出来事。あの日、なんで自分は友達がいないなんてことを彼に言ってしまったんだろう。思い返して更に恥ずかしくなった。小学生の子供じゃあるまいし。何をそんなに被害者気取りしていたんだろうか。普通に考えて、友達がいないなんて話を聞かされたところで相手は困るだけじゃないか。
だけどあの時、琴璃の話を聞いても丸井は笑ったりしなかった。正直そこはほっとしたし、嬉しかった。あの言葉も彼なりに琴璃のことを励まそうとしてくれたんだろう。口から出まかせを言うようなタイプではないとこの2週間会っていて分かったから。あれは心底彼の気持ちなんだと思う。
「今日で観測を終わりにして、今度は記録したものをまとめたいんだけど。図書館とかで集まれればいいんだけど……閉館が18時とかだから難しいかな。丸井くん部活あるでしょうし。だからここから先は私がやっておくよ」
観測作業を終えて2人でいつもの駅までの帰り道を歩く中、琴璃がそう言った。すると丸井は自分のスマホをいじり出し、表示させた何かの画像を見せてきた。日付と記号と、時々数字だったりが表の中に記されていた。
「なにこれ」
「テニス部の練習ある日。なんと明日は奇跡的に休みなんだぜ。だから明日、集まってやっちまうってのはどうだ」
「私はいいけど……いいの?」
「何が?」
「貴重な休みなんだから友達と遊びにでも行けばいいのにって思っただけ。海とか」
「あー、海は確かにいいよなぁ。ま、でもそれはまた今度ってことで。海は逃げねぇしな」
にかっと笑うから、本当に未練はないのだと分かった。せっかくの貴重な休みなんだから誰かと遊びにいけばいいのに。たとえばこの前ファミレスで会った友達とか、あるいは彼女とか。でも、いちいち詮索するのもどうかと思ってやめた。彼のプライベートに足を突っ込むのも悪い気がしたから。代わりに琴璃は「いいよ」とだけ答えて顔を前に向けた。そういえば今気づいたけれど。この課題が終わったら、丸井とは夏休みに会わなくなるんだ。こんなふうに、夏の夜空の下を一緒に歩くことに慣れてしまっていたけど、もしかしなくても今日が最後だったのだ。それを思うとなんだか、言いようのない気持ちが胸の中に生まれた。文字通り、言いようのない感情なのだからどう表現していいのか分からないけれど。だけど、決して後味のいいものとは言い難いのだけは分かった。
翌日図書館に現れた彼は、初めの頃と同じほぼ手ぶら状態だった。これにはさすがに琴璃も呆れた。
「実に期待を裏切らない人よね」
「ん?すげぇ荷物だな藤白。どした?今日は星見に行くんじゃねぇだろ?」
「そうね。でも今日は観察したものをまとめるって言ったでしょう。それを書くものとか資料を持ってこなくてどうするの」
「あ」
溜息とともに琴璃は肩に掛けていた大きなトートバッグの口を開いて丸井に中身を見せる。模造紙、ペン、ノート、資料の類いを琴璃が用意してこなかったら今日集まったのが無駄になるところだった。
「まぁ、記録してたのが私だったから、持ってくるもの把握してるのは私なんだけど」
「わりわり」
またしても罪滅ぼしのつもりなのか、丸井は荷物持ち係を買って出た。バッグを琴璃の手から受け取り、室内で手ごろな場所を見つけると持ち物を広げだす。立海大の図書館なので中は広く、とても静かだった。
「図とか書くの、得意?」
「任せとけい」
まっさらな模造紙に、丸井は手始めにと東西南北を示す図形を書きだした。まあまあ器用にこなしている。大雑把で細かいことを面倒くさがりそうな印象だったのに。丸井の手元を見ながら琴璃は、まただ、と思った。また、彼に対して“意外に”思ったことが増えてゆく。日を重ねるにつれて彼のイメージが塗り替えられてゆく。そもそもイメージってなんなのだろう。周りの情報や偏見で琴璃が丸井に対して勝手に作り出していたものにすぎない。今まで関わりがゼロに等しかった相手に対して、ああでもないこうでもないと勝手に決めつけては失礼だ。だってそれはまさしく自分だってされてきたことじゃないか。頭がいい。だけど根暗で絡みづらい。でも、本当はそう思われたくないし、そんなことない。根暗だなんて、自分でそれを認めてしまったらいよいよ駄目じゃないか。なのに、分かっていても勇気がでない。誰かに声をかけるのも、誰かと共に行動をするのも。だからどうしても1人行動を選んでしまう。周りが創り出して決めつけたイメージのまま生きている自分に、時々腹が立つ。
「おい、藤白ってば」
「え?」
「聞いてんのか?」
「あ、ごめん、もう1回言って」
「大丈夫かー?疲れてんのか?」
「ううん、平気。ちょっと違うこと考えてた」
「ひょっとして……腹減ってんじゃねぇか?」
「何それ、丸井くんじゃあるまいし。でも……あ、もうお昼過ぎてるね」
壁の時計を見上げると、正午をゆうに超えていた。
「ぶっちゃけ、マジで腹減った。ここ書ききったら集中力切れると思うわ、俺」
「心配しなくともこのページで図表のまとめは最後だよ。あとは私が作ったレポートが終われば完成だから」
「まじ?そっかー、案外簡単なんだな。じゃ、あともうちょい頑張るか」
鼻歌を歌いそうなくらいご機嫌で丸井はペンに手を伸ばす。だが直後、はっとした表情になったかと思うと、琴璃に向って両手を挙げて見せてきた。まるで降参するポーズみたいに。
「あー、わりぃ、今の無し」
「え?」
「なんか、今のは調子に乗ってたわ。こんな簡単に終わったのは全部藤白のおかげだから。マジでそこはすっげー感謝してる」
「……別に、いいけど。気にしてないし」
「そっか」
琴璃が呟くと丸井の顔には穏やかさが戻った。だけどつい、琴璃は目を背けてしまった。いきなり、ほっとしたような隙だらけの表情を向けられたからだ。それを直視できるほどの心の余裕が琴璃にはなかった。だからと言って、いつもみたいな否定的思考が芽生えたわけでもない。私にそんな笑顔を向けないで。そうは思ったけれど、それは突き放す気持ちなんかじゃなくて、本当に、彼の笑顔が眩しかったから。
「簡単なんだな」と、軽々しく言う彼を見ても琴璃は別段何も感じなかった。こっちの気も知らないで、とも思わなかった。なんだか、その少年のような笑顔があまりにも清々しくて、怒る気持ちなんて湧かなかったのだ。怒るどころかむしろ、簡単だと感じてくれてよかったと思ったくらいだった。だからあまりにも不意打ちすぎた。その太陽みたいな笑顔をぶつけられては、動揺しないわけがない。
琴璃はパソコンを打つふりをして、そうっと丸井のほうに目を向けた。黙々と手を動かして真面目な顔で天体の図を描いている。今でもずっと保っている根気は、もうじき待ちかねた昼飯にあり付けるからだろうか。理科は苦手だと言っていた彼が今やこんなにも楽しそうに取り組んでいる。望遠鏡をわくわくした顔で除き込んでいた時も、知りもしなかった星の名前を琴璃に教わった時も、いつも彼は笑っていた。その笑顔が向けられる先は、自分だった。
萎れかけた花もたくさん太陽を浴びたら、きっと生き返ることができる。萎れかけた茎もすっくと伸びるかもしれない。
私の根暗と言われている性格が、少しはこの夏で変わってくれているのだとしたら。
本当に、彼と隣の席になれてよかったと、琴璃は今、ひっそりとそう思った。
――私って。寂しい人間だな。琴璃は今さらながらに後悔していた。それはファミレスの帰りの日の出来事。あの日、なんで自分は友達がいないなんてことを彼に言ってしまったんだろう。思い返して更に恥ずかしくなった。小学生の子供じゃあるまいし。何をそんなに被害者気取りしていたんだろうか。普通に考えて、友達がいないなんて話を聞かされたところで相手は困るだけじゃないか。
だけどあの時、琴璃の話を聞いても丸井は笑ったりしなかった。正直そこはほっとしたし、嬉しかった。あの言葉も彼なりに琴璃のことを励まそうとしてくれたんだろう。口から出まかせを言うようなタイプではないとこの2週間会っていて分かったから。あれは心底彼の気持ちなんだと思う。
「今日で観測を終わりにして、今度は記録したものをまとめたいんだけど。図書館とかで集まれればいいんだけど……閉館が18時とかだから難しいかな。丸井くん部活あるでしょうし。だからここから先は私がやっておくよ」
観測作業を終えて2人でいつもの駅までの帰り道を歩く中、琴璃がそう言った。すると丸井は自分のスマホをいじり出し、表示させた何かの画像を見せてきた。日付と記号と、時々数字だったりが表の中に記されていた。
「なにこれ」
「テニス部の練習ある日。なんと明日は奇跡的に休みなんだぜ。だから明日、集まってやっちまうってのはどうだ」
「私はいいけど……いいの?」
「何が?」
「貴重な休みなんだから友達と遊びにでも行けばいいのにって思っただけ。海とか」
「あー、海は確かにいいよなぁ。ま、でもそれはまた今度ってことで。海は逃げねぇしな」
にかっと笑うから、本当に未練はないのだと分かった。せっかくの貴重な休みなんだから誰かと遊びにいけばいいのに。たとえばこの前ファミレスで会った友達とか、あるいは彼女とか。でも、いちいち詮索するのもどうかと思ってやめた。彼のプライベートに足を突っ込むのも悪い気がしたから。代わりに琴璃は「いいよ」とだけ答えて顔を前に向けた。そういえば今気づいたけれど。この課題が終わったら、丸井とは夏休みに会わなくなるんだ。こんなふうに、夏の夜空の下を一緒に歩くことに慣れてしまっていたけど、もしかしなくても今日が最後だったのだ。それを思うとなんだか、言いようのない気持ちが胸の中に生まれた。文字通り、言いようのない感情なのだからどう表現していいのか分からないけれど。だけど、決して後味のいいものとは言い難いのだけは分かった。
翌日図書館に現れた彼は、初めの頃と同じほぼ手ぶら状態だった。これにはさすがに琴璃も呆れた。
「実に期待を裏切らない人よね」
「ん?すげぇ荷物だな藤白。どした?今日は星見に行くんじゃねぇだろ?」
「そうね。でも今日は観察したものをまとめるって言ったでしょう。それを書くものとか資料を持ってこなくてどうするの」
「あ」
溜息とともに琴璃は肩に掛けていた大きなトートバッグの口を開いて丸井に中身を見せる。模造紙、ペン、ノート、資料の類いを琴璃が用意してこなかったら今日集まったのが無駄になるところだった。
「まぁ、記録してたのが私だったから、持ってくるもの把握してるのは私なんだけど」
「わりわり」
またしても罪滅ぼしのつもりなのか、丸井は荷物持ち係を買って出た。バッグを琴璃の手から受け取り、室内で手ごろな場所を見つけると持ち物を広げだす。立海大の図書館なので中は広く、とても静かだった。
「図とか書くの、得意?」
「任せとけい」
まっさらな模造紙に、丸井は手始めにと東西南北を示す図形を書きだした。まあまあ器用にこなしている。大雑把で細かいことを面倒くさがりそうな印象だったのに。丸井の手元を見ながら琴璃は、まただ、と思った。また、彼に対して“意外に”思ったことが増えてゆく。日を重ねるにつれて彼のイメージが塗り替えられてゆく。そもそもイメージってなんなのだろう。周りの情報や偏見で琴璃が丸井に対して勝手に作り出していたものにすぎない。今まで関わりがゼロに等しかった相手に対して、ああでもないこうでもないと勝手に決めつけては失礼だ。だってそれはまさしく自分だってされてきたことじゃないか。頭がいい。だけど根暗で絡みづらい。でも、本当はそう思われたくないし、そんなことない。根暗だなんて、自分でそれを認めてしまったらいよいよ駄目じゃないか。なのに、分かっていても勇気がでない。誰かに声をかけるのも、誰かと共に行動をするのも。だからどうしても1人行動を選んでしまう。周りが創り出して決めつけたイメージのまま生きている自分に、時々腹が立つ。
「おい、藤白ってば」
「え?」
「聞いてんのか?」
「あ、ごめん、もう1回言って」
「大丈夫かー?疲れてんのか?」
「ううん、平気。ちょっと違うこと考えてた」
「ひょっとして……腹減ってんじゃねぇか?」
「何それ、丸井くんじゃあるまいし。でも……あ、もうお昼過ぎてるね」
壁の時計を見上げると、正午をゆうに超えていた。
「ぶっちゃけ、マジで腹減った。ここ書ききったら集中力切れると思うわ、俺」
「心配しなくともこのページで図表のまとめは最後だよ。あとは私が作ったレポートが終われば完成だから」
「まじ?そっかー、案外簡単なんだな。じゃ、あともうちょい頑張るか」
鼻歌を歌いそうなくらいご機嫌で丸井はペンに手を伸ばす。だが直後、はっとした表情になったかと思うと、琴璃に向って両手を挙げて見せてきた。まるで降参するポーズみたいに。
「あー、わりぃ、今の無し」
「え?」
「なんか、今のは調子に乗ってたわ。こんな簡単に終わったのは全部藤白のおかげだから。マジでそこはすっげー感謝してる」
「……別に、いいけど。気にしてないし」
「そっか」
琴璃が呟くと丸井の顔には穏やかさが戻った。だけどつい、琴璃は目を背けてしまった。いきなり、ほっとしたような隙だらけの表情を向けられたからだ。それを直視できるほどの心の余裕が琴璃にはなかった。だからと言って、いつもみたいな否定的思考が芽生えたわけでもない。私にそんな笑顔を向けないで。そうは思ったけれど、それは突き放す気持ちなんかじゃなくて、本当に、彼の笑顔が眩しかったから。
「簡単なんだな」と、軽々しく言う彼を見ても琴璃は別段何も感じなかった。こっちの気も知らないで、とも思わなかった。なんだか、その少年のような笑顔があまりにも清々しくて、怒る気持ちなんて湧かなかったのだ。怒るどころかむしろ、簡単だと感じてくれてよかったと思ったくらいだった。だからあまりにも不意打ちすぎた。その太陽みたいな笑顔をぶつけられては、動揺しないわけがない。
琴璃はパソコンを打つふりをして、そうっと丸井のほうに目を向けた。黙々と手を動かして真面目な顔で天体の図を描いている。今でもずっと保っている根気は、もうじき待ちかねた昼飯にあり付けるからだろうか。理科は苦手だと言っていた彼が今やこんなにも楽しそうに取り組んでいる。望遠鏡をわくわくした顔で除き込んでいた時も、知りもしなかった星の名前を琴璃に教わった時も、いつも彼は笑っていた。その笑顔が向けられる先は、自分だった。
萎れかけた花もたくさん太陽を浴びたら、きっと生き返ることができる。萎れかけた茎もすっくと伸びるかもしれない。
私の根暗と言われている性格が、少しはこの夏で変わってくれているのだとしたら。
本当に、彼と隣の席になれてよかったと、琴璃は今、ひっそりとそう思った。
