淡恋と夏の大三角
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電車内にはそこまで混んでいないが、座席のほうはほとんど埋まっていた。
「藤白、そこ座れよ」
丸井が1席だけ空いていたのを見つけて、琴璃に顎で指す。琴璃は言う通りに腰掛けた。その前に丸井が立った。
「リュック、持つから貸して」
「いーって。すぐだから」
ひと駅の間だったけど、丸井は琴璃に荷物を預けずに空いている反対の手でつり革を掴む。きっと私がいなかったらスマホのゲームとか始めてたんだろうな。琴璃はそんなふうに思っていた。可愛くないけれど、自分は一応女だから送ってくれるのだろうか。彼の親切心に触れれば触れるほど、疑念の気持ちが顔を出す。
「丸井くんって、世の中の女子全員にそんな風に親切にするの?私に優しくするメリットってある?」
「は?」
「もしかして課題一緒にやるの、飽きちゃった?だったら、心配しなくてもそんなふうに私の機嫌とろうとしなくたって大丈夫だよ。1人になってもちゃんとこの課題やり遂げるから」
丸井は口を半開きにしたまま、ぽかんとした表情で琴璃の顔を覗き込んでくる。なかなかの間抜けさだった。
「やっぱ……まじで、かわいくねえな、お前」
「だからブスなのは知ってるって」
「ちげーよ、そんなこと一言も言ってねえだろが。……ったく」
そこでちょうど降りる駅に着いた。ひと駅なのであっという間だった。2人は他の乗客に紛れて電車から降りる。ぞろぞろとできるエスカレーターまでの行列。ゆっくりした足取りで向かう丸井に琴璃も続く。きっと、自分のために歩くペースを落としてくれてるんだと分かった。お陰で離れずに済んだ。改札を出てロータリー前のちょっとした人ごみをかき分けながら自分たちの家の方向へ歩き出すと、ようやく周りが静かになった。2人以外に通行人はいなかった。琴璃は再び口を開く。
「だって……そうじゃなきゃこんなに優しく接してくる意味が分からないもの」
「……お前、マジでなんかあったの?相当荒れてんじゃん」
また琴璃は黙ってしまう。自分から投げた話題なのにどうしても言葉に詰まる。会話が途切れて数分が経っていた。今から切り出すような話題でもない。だけど、丸井にはもう少し琴璃の話を聞いてくれる気配があった。現に彼は歩調を合わせて琴璃の隣を歩いてくれている。ゆっくりと夏の温い空気を吸い込んでから、琴璃はぽつぽつと喋りだした。
「いつも私に近づいてくる人は、目的があったから」
「そりゃお前と友達になりたいからだろ?」
「ううん、違うの。……違ったの。みんな、私じゃなくて、私の“頭”と仲良くなりたかったんだよ」
「……どゆこと?」
「だから、私と友達になりたいってのは建前で、本音は私のノートとか、授業内容をまとめたものが欲しかったんだよ。テストで楽したいから」
「そんなヤツは友達じゃねぇよ」
「うん、そうだよ。分かってる。だから私には友達がいない」
「そんな寂しいこと言うなよ。俺は別にお前の頭に縋りたくて話しかけてるわけじゃねーし。ま、きっかけは授業の課題 だけど、隣の席になったわけだからいずれ話してたと思うぜ」
丸井が成績云々関係なしに話しかけてくれるのは、琴璃も分かる。腹黒さというか、よこしまな雰囲気が全く感じられないから。きっと、本心から自分とコミュニケーションをとろうとしてくれているんだと思った。
「ぶっちゃけ、きっかけなんてそんなもんだろ。お前も言ってたけどさ、俺らまるで接点無かったじゃん?こうやって話すまでは、俺のことが“クラスん中でうるせーお調子者”ってかんじにお前の目には映ってたみたいだけど。まあ、あながち間違っちゃいないからそのイメージでいいんだけどさ。けど、だからって俺はお前のこと“ガリ勉の幸ウス”だなんて思ってたわけじゃねーぞ?」
「……何それ」
「何って。ほら、お前が初日聞いてきたじゃんかよ。俺に、私が一部の人になんて呼ばれてるか知ってるかー、って。そん時お前、そう答えてただろ」
「そんな言い方してないよ。丸井くんに教えた、私が言われてる悪口は“根暗のインテリ気取り”だよ」
「あー……そうだっけ?」
「丸井くんが今言ったやつのほうがひどい言い方だね。そんなに幸薄そうに見えてたんだ、私のこと」
「だー、ちげーよそんな感じのこと言ってたなって適当に言っただけだよ。本当にそんなふうに思っちゃいねーよっ!」
ここで初めて、丸井が足を止めた。体ごと琴璃のほうに向いて身を乗り出さんばかりの勢いで否定してきた。絶対に誤解されたくないのだと、その瞳が語っていた。本気でそんなふうに思ったりしていない。彼のその気持ちはちゃんと琴璃に伝わった。
基本的に楽観的な性格のようだけど、何かを否定する時はこんなふうにしっかりと相手の目を見て真剣な眼差しを送ってくる。冗談で笑って済まされるのが嫌らしい。違うことははっきりと訂正しないと気が済まないのだ。
「いいよ、もう。丸井くんが私のことそんなふうに悪く思ってるわけじゃないってわかってる。だからもう、いつものようにへらへら笑ってくれていいよ」
琴璃のその言葉に尚も、じっと見てくる丸井。暗がりの夜道の中でも、驚いているふうな顔つきなのが琴璃にも分かった。
「どうかした?」
「いんや。お前もちゃんと笑えるんだなーってさ」
「……誰が?笑ってるの?」
「お前が。笑ってんの」
嘘だ。こんな時に笑えるものか。確かめるように琴璃は即座に両手で自分の顔をべたべた触る。その様子を見て丸井は、冷やかす言葉を言うでもなく、ただ目を細めた。今度は琴璃が焦ってしまう。気持ちを振り払うように歩きなおそうとした時。
「あ、そだ。藤白、これ」
そう言って丸井がポケットから出してきたのは2枚の千円札だった。
「……これ。さっき渡した私のぶんのご飯代だよね?」
「これじゃお前が多すぎる。俺、小銭持ってねぇから釣りも出ねぇし。だから返すわ」
「駄目だよ、もらってよ。じゃあせめて千円」
「いーっつうの。女と割り勘なんてだせーだろうが」
強く突き返されては受け取るしかない。琴璃は丸井の手から紙幣を受け取る。ちょっと皺くちゃになっているのはきっと、さっきこれを握って自分のことを追いかけてきてくれたからだ。それを思うとやっぱり、彼を置いて勝手に出てきてしまったことを今更ながらに詫びたくなった。
「丸井くん。ごめんね」
「あ?何がだよ」
きっとそう答えると思っていた。だからもし理由を言っても、「こんなの迷惑のうちに入らねーよ」、って笑い飛ばすような人なんじゃないかって。あまり物事を考え飄々と生きているふうに見えるけど、本当はそれだけじゃない。見かけによらず懐が深くて仁義を通す優しい人なんだと思った。
「ありがとう」
これもきっと、「何がだよ」ってとぼけられると思っていたのに。
「どーいたしまして」
思わず横を見ると、にかっと笑う彼の顔があった。もう何度目かのその笑顔を向けられて、心の奥深くが熱を帯びるような気がした。真昼じゃなくても、まるで太陽みたいな、眩しくて優しい笑い方だ。自分にはできない笑い方だった。
「藤白、そこ座れよ」
丸井が1席だけ空いていたのを見つけて、琴璃に顎で指す。琴璃は言う通りに腰掛けた。その前に丸井が立った。
「リュック、持つから貸して」
「いーって。すぐだから」
ひと駅の間だったけど、丸井は琴璃に荷物を預けずに空いている反対の手でつり革を掴む。きっと私がいなかったらスマホのゲームとか始めてたんだろうな。琴璃はそんなふうに思っていた。可愛くないけれど、自分は一応女だから送ってくれるのだろうか。彼の親切心に触れれば触れるほど、疑念の気持ちが顔を出す。
「丸井くんって、世の中の女子全員にそんな風に親切にするの?私に優しくするメリットってある?」
「は?」
「もしかして課題一緒にやるの、飽きちゃった?だったら、心配しなくてもそんなふうに私の機嫌とろうとしなくたって大丈夫だよ。1人になってもちゃんとこの課題やり遂げるから」
丸井は口を半開きにしたまま、ぽかんとした表情で琴璃の顔を覗き込んでくる。なかなかの間抜けさだった。
「やっぱ……まじで、かわいくねえな、お前」
「だからブスなのは知ってるって」
「ちげーよ、そんなこと一言も言ってねえだろが。……ったく」
そこでちょうど降りる駅に着いた。ひと駅なのであっという間だった。2人は他の乗客に紛れて電車から降りる。ぞろぞろとできるエスカレーターまでの行列。ゆっくりした足取りで向かう丸井に琴璃も続く。きっと、自分のために歩くペースを落としてくれてるんだと分かった。お陰で離れずに済んだ。改札を出てロータリー前のちょっとした人ごみをかき分けながら自分たちの家の方向へ歩き出すと、ようやく周りが静かになった。2人以外に通行人はいなかった。琴璃は再び口を開く。
「だって……そうじゃなきゃこんなに優しく接してくる意味が分からないもの」
「……お前、マジでなんかあったの?相当荒れてんじゃん」
また琴璃は黙ってしまう。自分から投げた話題なのにどうしても言葉に詰まる。会話が途切れて数分が経っていた。今から切り出すような話題でもない。だけど、丸井にはもう少し琴璃の話を聞いてくれる気配があった。現に彼は歩調を合わせて琴璃の隣を歩いてくれている。ゆっくりと夏の温い空気を吸い込んでから、琴璃はぽつぽつと喋りだした。
「いつも私に近づいてくる人は、目的があったから」
「そりゃお前と友達になりたいからだろ?」
「ううん、違うの。……違ったの。みんな、私じゃなくて、私の“頭”と仲良くなりたかったんだよ」
「……どゆこと?」
「だから、私と友達になりたいってのは建前で、本音は私のノートとか、授業内容をまとめたものが欲しかったんだよ。テストで楽したいから」
「そんなヤツは友達じゃねぇよ」
「うん、そうだよ。分かってる。だから私には友達がいない」
「そんな寂しいこと言うなよ。俺は別にお前の頭に縋りたくて話しかけてるわけじゃねーし。ま、きっかけは授業の
丸井が成績云々関係なしに話しかけてくれるのは、琴璃も分かる。腹黒さというか、よこしまな雰囲気が全く感じられないから。きっと、本心から自分とコミュニケーションをとろうとしてくれているんだと思った。
「ぶっちゃけ、きっかけなんてそんなもんだろ。お前も言ってたけどさ、俺らまるで接点無かったじゃん?こうやって話すまでは、俺のことが“クラスん中でうるせーお調子者”ってかんじにお前の目には映ってたみたいだけど。まあ、あながち間違っちゃいないからそのイメージでいいんだけどさ。けど、だからって俺はお前のこと“ガリ勉の幸ウス”だなんて思ってたわけじゃねーぞ?」
「……何それ」
「何って。ほら、お前が初日聞いてきたじゃんかよ。俺に、私が一部の人になんて呼ばれてるか知ってるかー、って。そん時お前、そう答えてただろ」
「そんな言い方してないよ。丸井くんに教えた、私が言われてる悪口は“根暗のインテリ気取り”だよ」
「あー……そうだっけ?」
「丸井くんが今言ったやつのほうがひどい言い方だね。そんなに幸薄そうに見えてたんだ、私のこと」
「だー、ちげーよそんな感じのこと言ってたなって適当に言っただけだよ。本当にそんなふうに思っちゃいねーよっ!」
ここで初めて、丸井が足を止めた。体ごと琴璃のほうに向いて身を乗り出さんばかりの勢いで否定してきた。絶対に誤解されたくないのだと、その瞳が語っていた。本気でそんなふうに思ったりしていない。彼のその気持ちはちゃんと琴璃に伝わった。
基本的に楽観的な性格のようだけど、何かを否定する時はこんなふうにしっかりと相手の目を見て真剣な眼差しを送ってくる。冗談で笑って済まされるのが嫌らしい。違うことははっきりと訂正しないと気が済まないのだ。
「いいよ、もう。丸井くんが私のことそんなふうに悪く思ってるわけじゃないってわかってる。だからもう、いつものようにへらへら笑ってくれていいよ」
琴璃のその言葉に尚も、じっと見てくる丸井。暗がりの夜道の中でも、驚いているふうな顔つきなのが琴璃にも分かった。
「どうかした?」
「いんや。お前もちゃんと笑えるんだなーってさ」
「……誰が?笑ってるの?」
「お前が。笑ってんの」
嘘だ。こんな時に笑えるものか。確かめるように琴璃は即座に両手で自分の顔をべたべた触る。その様子を見て丸井は、冷やかす言葉を言うでもなく、ただ目を細めた。今度は琴璃が焦ってしまう。気持ちを振り払うように歩きなおそうとした時。
「あ、そだ。藤白、これ」
そう言って丸井がポケットから出してきたのは2枚の千円札だった。
「……これ。さっき渡した私のぶんのご飯代だよね?」
「これじゃお前が多すぎる。俺、小銭持ってねぇから釣りも出ねぇし。だから返すわ」
「駄目だよ、もらってよ。じゃあせめて千円」
「いーっつうの。女と割り勘なんてだせーだろうが」
強く突き返されては受け取るしかない。琴璃は丸井の手から紙幣を受け取る。ちょっと皺くちゃになっているのはきっと、さっきこれを握って自分のことを追いかけてきてくれたからだ。それを思うとやっぱり、彼を置いて勝手に出てきてしまったことを今更ながらに詫びたくなった。
「丸井くん。ごめんね」
「あ?何がだよ」
きっとそう答えると思っていた。だからもし理由を言っても、「こんなの迷惑のうちに入らねーよ」、って笑い飛ばすような人なんじゃないかって。あまり物事を考え飄々と生きているふうに見えるけど、本当はそれだけじゃない。見かけによらず懐が深くて仁義を通す優しい人なんだと思った。
「ありがとう」
これもきっと、「何がだよ」ってとぼけられると思っていたのに。
「どーいたしまして」
思わず横を見ると、にかっと笑う彼の顔があった。もう何度目かのその笑顔を向けられて、心の奥深くが熱を帯びるような気がした。真昼じゃなくても、まるで太陽みたいな、眩しくて優しい笑い方だ。自分にはできない笑い方だった。
