淡恋と夏の大三角
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2人は駅前まで戻り、ロータリーそばにあるファミリーレストランに入った。夜の7時を過ぎた店内はそれなりに客がいた。
「ドリバつける?」
「どりば」
「ドリンクバー。いる?」
「あ、うん、どっちでも……」
丸井の問いかけに琴璃はちょっと挙動不審気味だった。ここに来てからずっと辺りを伺うような素振りをしている。もしかして知り合いにでも見つかるのが嫌なのか。はじめはそう思ったけど、どうやら理由は違うらしい。
「もしかしてあんまファミレス来ねぇの?」
琴璃の眉がぴくりと反応する。
「そうね……騒がしいところはすすんで来ないかも」
「まじ?マックは?スタバとか」
「あんまり」
「まさかラウワンなんて行かねーんだろうなぁ」
また耳馴染みのないワードを聞かされ琴璃は俯く。メニューをさっと3往復くらい眺めてから和定食セットに決めた。
「デミグラスハンバーグとエビフライコンボのセット、ライス大盛りで。あと、フライドポテトお願いしまっす」
琴璃に続いて店員にメニューを伝える丸井を思わず二度見した。
「すごいね丸井くん……これ、基本の量?」
「まぁな」
琴璃にとってはあり得ない量を平然と言ってのけるが、そうだ、彼は運動部なのだ。これぐらいが男子高校生の妥当な量なのだと、そう思うことにする。だが、食事が運ばれてきて、実際の量を見て、やっぱりちょっと多いんじゃないかと思った。そんな琴璃の疑う視線など気にすることなく本人は美味しそうに食べ進める。ここに来てから終始ずっと機嫌良さそうに笑っている。本当に、子供みたい。
「お前、魚の骨の取り方綺麗だなー」
不意に彼が琴璃の皿に目を向けそんなことを言った。まじまじと見られると恥ずかしい。思えば家族以外の誰かと食べるなんて久しぶりだった。ましてクラスの人気者と向き合って食べるだなんて想像だにしていなかった。予想外ではあるけれど、別に不快さは感じない。不思議なものだ。相変わらず目の前の彼は美味しそうに食べている。いつの間にか口の周りがえらいことになっていた。
「ケチャップついてるよ」
「どこ?」
「ここ」
「このへん?」
「違う、もっと右」
「ここか」
「全然逆だよ。もう……」
全く伝わらない。テーブル横の、紙ナプキンを取ろうとした時だった。
「あれ、ブン太じゃね?」
「お、ほんとだ、なんでこんなとこいんの」
丸井を呼んだ集団に見覚えがあった。彼らは同じクラスの男子たちで、琴璃たちからして斜め前のほうのテーブル席で食事をしていた。彼らの中の1人が丸井の存在に気付いて声をかけてきたのだ。
「なんでって、ファミレスなんだからメシ食いに来たに決まってんだろーが」
丸井はフォークを置き、友人たちのそばまで行くと話し込み始めた。途端にそこには親密な空気感ができあがる。その様子を、琴璃は咀嚼を続けながらじっと見ていた。楽しそうに、ふざけ合って何かを話し込んでいる様子を見ているうちにお腹がいっぱいになってゆく。きっとまだ食べられるはずなのに、食べたい意思が何処かへいってしまった。丸井はまだ彼らと談笑している。琴璃は中身が残っている椀に蓋をし、箸を置いた。紙ナプキンで口元を拭くと鞄の中から財布を取り出す。テーブルの上に千円札2枚を並べて置くと立ち上がった。相変わらず笑って話している彼に後ろから近づく。この瞬間が、ここ最近の中で1番に緊張した。
「丸井くん。私、先帰るね。お金はテーブルに置いといたから。あとは仲良くごゆっくり」
「あ?……ちょ、おい――」
幸いにも声が上ずることはなかった。振り返らず真っすぐ入り口を目指す。何か言いたげな丸井に気づいていたのに、琴璃は足早にファミレスを後にした。
外の空気は夏らしく生温い。微かに吹く風も、この時間になってもまだ温風で、まとわりついてくるような湿気も感じた。
感じ悪かったと思う。彼は自分のことを呼び止めたのに、話も聞かずに一方的に飛び出してきてしまった。でも、ああいう 雰囲気が琴璃はとてつもなく苦手だ。一見すれば和気藹々という表現が相応しいのだろうが、琴璃にとったらそんなふうには映らない。まるで蚊帳の外に出されてしまった気分になる。惨めになる。とても、寂しくもなる。
人の目がどうしても気になってしまう。他人の顔色を窺ってしまう。自分の嫌な癖。自分はどう見られているのかなんて、考えたところであまりいい印象ではないことぐらい手に取るように分かる。高等部から立海に外部入学して、周りはみんな初めましての環境下でスタートした高校生活。でも、たいして友達付き合いもせず真面目一辺倒でやってきた。だからといって友達が欲しくなかったわけじゃない。それは今でも同じだ。
1年の春、自分に話しかけてくれた女子生徒がいた。席が近くで何かと関わるから自然と喋るようになった。お昼ご飯を一緒に食べたり、移動教室の際は共に向かったり、何かと行動を共にしてくれた。琴璃は自分に心を開いてくれているのだと思った。だから、自身も極度の人見知りだけどなるべく明るく接するように努力した。けれどある時、その子に『藤白さんと仲良くしてると宿題が困らなくてうれしい』と言われてから、一緒に行動するのが苦になった。彼女は琴璃と仲良くなりたかったんじゃない。琴璃の学力に縋りたかったのだ。毎日必ずと言っていいほど授業のノートを貸して欲しいと言ってきたのがその証拠だった。琴璃は彼女が喜ぶから何も思うことなく貸していた。友達だと思っていたから。でも、向こうはそんなふうに思っていないんだと分かった時、言葉に表せないくらいのとてつもない寂しさを覚えた。
病欠から復帰した丸井から、ノートを貸して欲しいと言われたのを思い出す。あの時は正直体が強張った。またか、と思ったけど、彼は隣の席だから頼んできただけであってきっと何も考えちゃいない。この地学の課題もそう。隣の席だからやむなくペアになったからであって、彼は何も意識してなんかない。何も、ないんだ。だって自分と違って、彼にはちゃんと心から友達と呼べる人が沢山いる。彼はいつもあんなふうに、自然と会話の中心に溶け込んでいる。自分にはあんなふうにできないからすごいなと思う。そんな人気者の彼が、自分なんかと一緒にいたのを見られて、後でコソコソ言われたりしないだろうか。被害妄想があらぬ方向へ傾き始めた時だった。いきなりリュックの重心が後ろに傾いて何かに強く引っ張られた。
「きゃあ」
「お前、意外と足はえーのな」
勢いよく振り向くと少々息を乱した丸井が琴璃の鞄を掴んでいた。
「なんで……来たの?今日はもう終わったでしょう?」
「あ?」
「あの人たちと合流すればいいのに。せっかく友達がいたんだから、私と食べるより、彼らと楽しく食べてた方が絶対いいでしょ」
「……お前さ、かわいくねーとか言われたことない?」
「直接言われたことはないけど、どちらかと言うと不細工なほうだから、それ正解だと思う」
琴璃は真顔で答える。ずっと突っ立っていた丸井は、それを聞いて思わずプッと吹き出した。そのまま空を仰ぎ声を出して笑いだす。琴璃は何かを言おうにも、何故笑っているのかが分からないので彼を凝視するのみだった。
「間に受けんなっつーの。心配しなくても、お前はちゃんと可愛いって」
「…………うわあ」
「なんだよ」
「丸井くんて尻軽なの?」
「はあ?なんでそうなるんだよ。褒めたんだから素直に受けとれよな」
「別に褒めて欲しいだなんて言った覚えないもの」
「うーわ、これだよ。まるでこっちが悪いことしたみたいな返し。ひどくね?」
「……もう、私帰るからねっ」
「へいへーい。帰り道ほぼおんなじなんでご一緒しますって」
へらりと言いながら丸井はいつものように琴璃の手から荷物を取り隣を歩き出す。彼は怒っていない。それどころか機嫌は良さそうだ。いつまでも立ち尽くしていた琴璃に「置いてくぞー」と呼びかけた。だから琴璃は慌てて彼のもとまで追いついた。
「毎日あちーよな」
「うん」
今年の夏も、例年通りかそれ以上に高温の日が続くらしい。歩く2人の間を、風とは呼んでいいか分からないくらいの生温い微風が吹いた。分からないと言えば、丸井がさっき笑った理由も、可愛いだなんて言った気持ちも、琴璃には何ひとつ分からなかった。だけど、彼が自分を追いかけてきてくれた理由は何となくわかる。それを思ったら、自惚れでも申し訳ないと思ってしまった。勝手に帰ろうとして、振り回してごめんねと言うべきなのに。ノートの礼にお菓子を大量にもらった日の時みたいに、どうしても喉の奥からそんな言葉は出てきてはくれなかった。
「ドリバつける?」
「どりば」
「ドリンクバー。いる?」
「あ、うん、どっちでも……」
丸井の問いかけに琴璃はちょっと挙動不審気味だった。ここに来てからずっと辺りを伺うような素振りをしている。もしかして知り合いにでも見つかるのが嫌なのか。はじめはそう思ったけど、どうやら理由は違うらしい。
「もしかしてあんまファミレス来ねぇの?」
琴璃の眉がぴくりと反応する。
「そうね……騒がしいところはすすんで来ないかも」
「まじ?マックは?スタバとか」
「あんまり」
「まさかラウワンなんて行かねーんだろうなぁ」
また耳馴染みのないワードを聞かされ琴璃は俯く。メニューをさっと3往復くらい眺めてから和定食セットに決めた。
「デミグラスハンバーグとエビフライコンボのセット、ライス大盛りで。あと、フライドポテトお願いしまっす」
琴璃に続いて店員にメニューを伝える丸井を思わず二度見した。
「すごいね丸井くん……これ、基本の量?」
「まぁな」
琴璃にとってはあり得ない量を平然と言ってのけるが、そうだ、彼は運動部なのだ。これぐらいが男子高校生の妥当な量なのだと、そう思うことにする。だが、食事が運ばれてきて、実際の量を見て、やっぱりちょっと多いんじゃないかと思った。そんな琴璃の疑う視線など気にすることなく本人は美味しそうに食べ進める。ここに来てから終始ずっと機嫌良さそうに笑っている。本当に、子供みたい。
「お前、魚の骨の取り方綺麗だなー」
不意に彼が琴璃の皿に目を向けそんなことを言った。まじまじと見られると恥ずかしい。思えば家族以外の誰かと食べるなんて久しぶりだった。ましてクラスの人気者と向き合って食べるだなんて想像だにしていなかった。予想外ではあるけれど、別に不快さは感じない。不思議なものだ。相変わらず目の前の彼は美味しそうに食べている。いつの間にか口の周りがえらいことになっていた。
「ケチャップついてるよ」
「どこ?」
「ここ」
「このへん?」
「違う、もっと右」
「ここか」
「全然逆だよ。もう……」
全く伝わらない。テーブル横の、紙ナプキンを取ろうとした時だった。
「あれ、ブン太じゃね?」
「お、ほんとだ、なんでこんなとこいんの」
丸井を呼んだ集団に見覚えがあった。彼らは同じクラスの男子たちで、琴璃たちからして斜め前のほうのテーブル席で食事をしていた。彼らの中の1人が丸井の存在に気付いて声をかけてきたのだ。
「なんでって、ファミレスなんだからメシ食いに来たに決まってんだろーが」
丸井はフォークを置き、友人たちのそばまで行くと話し込み始めた。途端にそこには親密な空気感ができあがる。その様子を、琴璃は咀嚼を続けながらじっと見ていた。楽しそうに、ふざけ合って何かを話し込んでいる様子を見ているうちにお腹がいっぱいになってゆく。きっとまだ食べられるはずなのに、食べたい意思が何処かへいってしまった。丸井はまだ彼らと談笑している。琴璃は中身が残っている椀に蓋をし、箸を置いた。紙ナプキンで口元を拭くと鞄の中から財布を取り出す。テーブルの上に千円札2枚を並べて置くと立ち上がった。相変わらず笑って話している彼に後ろから近づく。この瞬間が、ここ最近の中で1番に緊張した。
「丸井くん。私、先帰るね。お金はテーブルに置いといたから。あとは仲良くごゆっくり」
「あ?……ちょ、おい――」
幸いにも声が上ずることはなかった。振り返らず真っすぐ入り口を目指す。何か言いたげな丸井に気づいていたのに、琴璃は足早にファミレスを後にした。
外の空気は夏らしく生温い。微かに吹く風も、この時間になってもまだ温風で、まとわりついてくるような湿気も感じた。
感じ悪かったと思う。彼は自分のことを呼び止めたのに、話も聞かずに一方的に飛び出してきてしまった。でも、
人の目がどうしても気になってしまう。他人の顔色を窺ってしまう。自分の嫌な癖。自分はどう見られているのかなんて、考えたところであまりいい印象ではないことぐらい手に取るように分かる。高等部から立海に外部入学して、周りはみんな初めましての環境下でスタートした高校生活。でも、たいして友達付き合いもせず真面目一辺倒でやってきた。だからといって友達が欲しくなかったわけじゃない。それは今でも同じだ。
1年の春、自分に話しかけてくれた女子生徒がいた。席が近くで何かと関わるから自然と喋るようになった。お昼ご飯を一緒に食べたり、移動教室の際は共に向かったり、何かと行動を共にしてくれた。琴璃は自分に心を開いてくれているのだと思った。だから、自身も極度の人見知りだけどなるべく明るく接するように努力した。けれどある時、その子に『藤白さんと仲良くしてると宿題が困らなくてうれしい』と言われてから、一緒に行動するのが苦になった。彼女は琴璃と仲良くなりたかったんじゃない。琴璃の学力に縋りたかったのだ。毎日必ずと言っていいほど授業のノートを貸して欲しいと言ってきたのがその証拠だった。琴璃は彼女が喜ぶから何も思うことなく貸していた。友達だと思っていたから。でも、向こうはそんなふうに思っていないんだと分かった時、言葉に表せないくらいのとてつもない寂しさを覚えた。
病欠から復帰した丸井から、ノートを貸して欲しいと言われたのを思い出す。あの時は正直体が強張った。またか、と思ったけど、彼は隣の席だから頼んできただけであってきっと何も考えちゃいない。この地学の課題もそう。隣の席だからやむなくペアになったからであって、彼は何も意識してなんかない。何も、ないんだ。だって自分と違って、彼にはちゃんと心から友達と呼べる人が沢山いる。彼はいつもあんなふうに、自然と会話の中心に溶け込んでいる。自分にはあんなふうにできないからすごいなと思う。そんな人気者の彼が、自分なんかと一緒にいたのを見られて、後でコソコソ言われたりしないだろうか。被害妄想があらぬ方向へ傾き始めた時だった。いきなりリュックの重心が後ろに傾いて何かに強く引っ張られた。
「きゃあ」
「お前、意外と足はえーのな」
勢いよく振り向くと少々息を乱した丸井が琴璃の鞄を掴んでいた。
「なんで……来たの?今日はもう終わったでしょう?」
「あ?」
「あの人たちと合流すればいいのに。せっかく友達がいたんだから、私と食べるより、彼らと楽しく食べてた方が絶対いいでしょ」
「……お前さ、かわいくねーとか言われたことない?」
「直接言われたことはないけど、どちらかと言うと不細工なほうだから、それ正解だと思う」
琴璃は真顔で答える。ずっと突っ立っていた丸井は、それを聞いて思わずプッと吹き出した。そのまま空を仰ぎ声を出して笑いだす。琴璃は何かを言おうにも、何故笑っているのかが分からないので彼を凝視するのみだった。
「間に受けんなっつーの。心配しなくても、お前はちゃんと可愛いって」
「…………うわあ」
「なんだよ」
「丸井くんて尻軽なの?」
「はあ?なんでそうなるんだよ。褒めたんだから素直に受けとれよな」
「別に褒めて欲しいだなんて言った覚えないもの」
「うーわ、これだよ。まるでこっちが悪いことしたみたいな返し。ひどくね?」
「……もう、私帰るからねっ」
「へいへーい。帰り道ほぼおんなじなんでご一緒しますって」
へらりと言いながら丸井はいつものように琴璃の手から荷物を取り隣を歩き出す。彼は怒っていない。それどころか機嫌は良さそうだ。いつまでも立ち尽くしていた琴璃に「置いてくぞー」と呼びかけた。だから琴璃は慌てて彼のもとまで追いついた。
「毎日あちーよな」
「うん」
今年の夏も、例年通りかそれ以上に高温の日が続くらしい。歩く2人の間を、風とは呼んでいいか分からないくらいの生温い微風が吹いた。分からないと言えば、丸井がさっき笑った理由も、可愛いだなんて言った気持ちも、琴璃には何ひとつ分からなかった。だけど、彼が自分を追いかけてきてくれた理由は何となくわかる。それを思ったら、自惚れでも申し訳ないと思ってしまった。勝手に帰ろうとして、振り回してごめんねと言うべきなのに。ノートの礼にお菓子を大量にもらった日の時みたいに、どうしても喉の奥からそんな言葉は出てきてはくれなかった。
