淡恋と夏の大三角
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「たるんどる」
部室のドアを開けるやいなや容赦なく浴びせられた咆哮。約2週間ほど寝込んで、今日ようやく部活に顔を出せたと思ったらこれだ。
俺のせいじゃない、と、言ったところで相手には通用しない。それに何よりも、弟を言い訳にして真田の説教から逃れるような小さい自分にはなりたくなかった。
「日頃の鍛錬が疎かだからそうなるのだ。自業自得だろうが」
「わぁーってるよ……ったく」
2週間ほど前に傘もささずに雨に濡れて帰った日があった。その日の夜、なんとなく喉に違和感を感じた。思えばあれが、免疫低下をしていたサインだったのかもしれない。そしてその翌日、2番目の弟がインフルエンザを発症し自分も見事に感染。治ったかと思いきや間髪入れずに今度は1番下の弟から胃腸炎をうつされる始末。4、5日程度で学校へ行けると思っていたのにまさかここまで長期的に休む羽目になるとは。本当に、ついてないとしか言いようがない。真田には咎められ2年の後輩にも笑い者にされ、気分最悪のコンディションで復帰した部活。気づけばもう7月も半ばだった。梅雨の真っ只中に寝込み、復活した今日はもうとっくに梅雨は明けて燦々と太陽が照っている。ついでに言うと、夏休みはもうすぐそこだった。とはいえテニス部にはそんなもの関係なく部活は毎日あるのだが。
「調子はどうじゃ」
朝練が終わって教室までの道。仁王が愉快そうに話しかけてきた。同じテニス部レギュラーである以外にクラスメイトの彼だが、普段から行動を共にしているわけでもなかった。なのに、今日は珍しく向こうから丸井に話しかけてきた。
「どうもこうもねーよ」
「まだ悪いんか」
「体は元気だよ。けど、朝っぱらからぎゃんぎゃん言われたせいで頭いてぇ」
「まぁあれは、一種の儀式みたいなもんじゃ」
「病み上がりの人間怒鳴り散らすのがか?」
あんな理不尽な怒られ方をされればどうしたって文句が止まらない。
「そういえば、お前さんが寝込んどる間にいくつか小テストがあったぜよ」
「だよな。どうせ俺はあとでまとめて追試だろ。めんどくせ」
「席替えもあった」
「まじ?俺どこ?」
「あそこじゃ」
そこでちょうど教室に着いた。仁王が指差して教えてくれた席はなんと窓際の1番後ろ。クラス中の誰もが望む、言わばサボりの特等席だった。
「俺の場所と交換してくれてもええんじゃが」
「なわけねーだろ、サイコーじゃん!」
嬉々として丸井は教室内に乗り込む。
「お、ブン太じゃん」
「久しぶりー、ズル休みはもうやめたんか?」
「うるっせぇな、ズルじゃねえーっつの」
クラスメイトが丸井の存在に気づいて冷やかしや野次を飛ばしてくる。クラス中が和気藹々と迎えてくれるほど、丸井はクラスの中でも人気者だ。絡んでくる友人達を適当にあしらいながら席につく。反対側の席、すなわち丸井の隣にはもう1人の女子生徒が座っていた。
「あ……丸井くん」
「お?藤白か」
彼女は丸井に名前を呼ばれると目を見開いてみせた。そっちから話しかけてきたのに、どうして驚く必要があるんだと思う。
「え、なに」
「ううん、別に。……体調、大丈夫?」
「おーなんとかな。弟たちが立て続けにどっかから菌もらってきて順番にうつされてよ。まさかこんなに休む羽目になるとは思わなかったわ」
「そうだったんだ」
「でさ、悪いんだけど藤白、後でノート見せてくんねぇかな?」
仁王に頼もうかと思ったが、彼のノートもどうせ白紙同然だろう。仁王と比べたら彼女のほうが授業を受けている態度は比較にならないほどいいはずだ。そもそもあいつは授業にちゃんと出席していたのかさえ危うい。
「いいよ、じゃあ今日持ってる教科から。どうぞ」
「わりーな。助かるぜ」
藤白琴璃は、一言で言うならば真面目。クラス内では間違いなく目立たない部類に入るタイプ。丸井のように、休み時間毎に友人と盛り上がっている人種とは対極の位置だ。そんな彼女が鞄から出したノートの束を丸井は両手で受け取る。2、3冊かと思いきや、ジャンプの分厚さほどの量を手渡された。恐らく全教科と思われる。思わず丸井は心の中で面食らう。
「席につけー。1限目始めるぞ」
そこへ教師が入ってきた。みんな一斉に自分の席へと戻る。1限目は地学だった。
「お、丸井。元気になったか?」
「うーっす」
教師が丸井の存在を確認し教壇の位置から話しかけてきた。周りの視線も同じように丸井に注がれる。くすくすと笑ってくるクラスメイトたち。
「ブン太のくせに寝込むとか、信じられねえ」
「雪降るかと思ったよ」
「だよねー」
「お前らいちいちうるせーんだよっ」
こんなふうに、丸井のことをからかってくる生徒が大半だった。丸井はクラス内でわりと中心人物だから、ほとんどの生徒と会話をしたことがあった。男女関係なく仲がいい。みんな絡んでくるから殆どのクラスメイトと気軽に話せる関係性を持っている。逆に、これまであまり話したことがなかったのは、隣に座る琴璃くらいだろうか。考えたら彼女とは何の接点も無かった。名前こそ知っていたけど1対1で向き合って話をするなんてことは一度も無かった。なので、さっきのやりとりが初めてということになる。
授業が始まったというのに、丸井は地学の教科書ではなく、先ほど琴璃が貸してくれたノートを開いた。最後列の特権を早速使う。ノートは、綺麗な字でとても見やすくまとめられていた。どの教科もそれは同じだった。にしても彼女は一気にこんなに貸してくれたけど、まさか毎日持ち歩いてるのだろうか。疑問に思ったが、親切に貸してくれたのにそんなことを聞くのも悪いのでやめておく。
「そういえば丸井、今日復帰して来たんだからまだ課題のこと知らないよな」
「は?」
ノートから目を離し前を向くと、何やら教師がニヤニヤと笑っていた。
「夏休みを使って中間考査以降に学んだ内容の中からテーマを決めて課題研究をしてもらう。2人1組でペアになってな」
「なにそれ……え、ちょ、じゃあ俺のペア誰になんの?」
「心配するな。もう決まってる。隔たりができると困るから隣の席同士で組んでやってもらうことにした。だからお前は藤白と取り組むんだぞ」
「は……」
「まあ詳しいことは後で藤白から聞いてくれ。じゃ、今度こそ授業始めるぞー」
丸井はすかさず琴璃の方を見たが、彼女はまっすぐ前を向いて授業を聞く姿勢になっている。丸井からの視線を感じているであろうに、ちっともこちらを相手にする気配はない。私語に付き合う気はありません。そんなオーラがびしびしと伝わったから聞きたくても聞けなかった。丸井は仕方なく真面目に授業を受ける。1限目から早速眠気と格闘し、ようやく長い50分が終了した。頭に何も残っちゃいない。それでも、授業終了のチャイムで覚醒し、今度こそ遠慮なく琴璃に話しかけられる。そう思って丸井が口を開くより先に向こうが喋りだした。
「いいよ、丸井くんはやらなくて」
「は?」
「さっきの地学の課題の話。私がやっておくから丸井くんは気にしないで。部活も忙しいでしょうし」
言いながら琴璃は机の上をかたし、次の授業の準備をし始める。
「いや、でもよ」
「それに私なんかと行動してると変に見られるかもよ」
「何だよそれ、どーゆう意味だよ」
どん、と琴璃は机の上に国語辞典を置く。今どき電子辞書ではなく重たい紙の辞典を持ち歩いているのか。ほぼ置き勉派の丸井は不思議そうに琴璃の手元を見る。そんな中唐突に彼女がこっちを向いたかと思うと問いかけてきた。
「私、一部の人になんて言われてるか知ってる?」
丸井は質問の意味がよく分からなかった。だから何も言葉が出なかった。怪訝な顔をした丸井を見て琴璃は「はぁ」と溜息をつく。そして、
「根暗のインテリ気取り」
少々吐き捨てるように言ったのだった。
部室のドアを開けるやいなや容赦なく浴びせられた咆哮。約2週間ほど寝込んで、今日ようやく部活に顔を出せたと思ったらこれだ。
俺のせいじゃない、と、言ったところで相手には通用しない。それに何よりも、弟を言い訳にして真田の説教から逃れるような小さい自分にはなりたくなかった。
「日頃の鍛錬が疎かだからそうなるのだ。自業自得だろうが」
「わぁーってるよ……ったく」
2週間ほど前に傘もささずに雨に濡れて帰った日があった。その日の夜、なんとなく喉に違和感を感じた。思えばあれが、免疫低下をしていたサインだったのかもしれない。そしてその翌日、2番目の弟がインフルエンザを発症し自分も見事に感染。治ったかと思いきや間髪入れずに今度は1番下の弟から胃腸炎をうつされる始末。4、5日程度で学校へ行けると思っていたのにまさかここまで長期的に休む羽目になるとは。本当に、ついてないとしか言いようがない。真田には咎められ2年の後輩にも笑い者にされ、気分最悪のコンディションで復帰した部活。気づけばもう7月も半ばだった。梅雨の真っ只中に寝込み、復活した今日はもうとっくに梅雨は明けて燦々と太陽が照っている。ついでに言うと、夏休みはもうすぐそこだった。とはいえテニス部にはそんなもの関係なく部活は毎日あるのだが。
「調子はどうじゃ」
朝練が終わって教室までの道。仁王が愉快そうに話しかけてきた。同じテニス部レギュラーである以外にクラスメイトの彼だが、普段から行動を共にしているわけでもなかった。なのに、今日は珍しく向こうから丸井に話しかけてきた。
「どうもこうもねーよ」
「まだ悪いんか」
「体は元気だよ。けど、朝っぱらからぎゃんぎゃん言われたせいで頭いてぇ」
「まぁあれは、一種の儀式みたいなもんじゃ」
「病み上がりの人間怒鳴り散らすのがか?」
あんな理不尽な怒られ方をされればどうしたって文句が止まらない。
「そういえば、お前さんが寝込んどる間にいくつか小テストがあったぜよ」
「だよな。どうせ俺はあとでまとめて追試だろ。めんどくせ」
「席替えもあった」
「まじ?俺どこ?」
「あそこじゃ」
そこでちょうど教室に着いた。仁王が指差して教えてくれた席はなんと窓際の1番後ろ。クラス中の誰もが望む、言わばサボりの特等席だった。
「俺の場所と交換してくれてもええんじゃが」
「なわけねーだろ、サイコーじゃん!」
嬉々として丸井は教室内に乗り込む。
「お、ブン太じゃん」
「久しぶりー、ズル休みはもうやめたんか?」
「うるっせぇな、ズルじゃねえーっつの」
クラスメイトが丸井の存在に気づいて冷やかしや野次を飛ばしてくる。クラス中が和気藹々と迎えてくれるほど、丸井はクラスの中でも人気者だ。絡んでくる友人達を適当にあしらいながら席につく。反対側の席、すなわち丸井の隣にはもう1人の女子生徒が座っていた。
「あ……丸井くん」
「お?藤白か」
彼女は丸井に名前を呼ばれると目を見開いてみせた。そっちから話しかけてきたのに、どうして驚く必要があるんだと思う。
「え、なに」
「ううん、別に。……体調、大丈夫?」
「おーなんとかな。弟たちが立て続けにどっかから菌もらってきて順番にうつされてよ。まさかこんなに休む羽目になるとは思わなかったわ」
「そうだったんだ」
「でさ、悪いんだけど藤白、後でノート見せてくんねぇかな?」
仁王に頼もうかと思ったが、彼のノートもどうせ白紙同然だろう。仁王と比べたら彼女のほうが授業を受けている態度は比較にならないほどいいはずだ。そもそもあいつは授業にちゃんと出席していたのかさえ危うい。
「いいよ、じゃあ今日持ってる教科から。どうぞ」
「わりーな。助かるぜ」
藤白琴璃は、一言で言うならば真面目。クラス内では間違いなく目立たない部類に入るタイプ。丸井のように、休み時間毎に友人と盛り上がっている人種とは対極の位置だ。そんな彼女が鞄から出したノートの束を丸井は両手で受け取る。2、3冊かと思いきや、ジャンプの分厚さほどの量を手渡された。恐らく全教科と思われる。思わず丸井は心の中で面食らう。
「席につけー。1限目始めるぞ」
そこへ教師が入ってきた。みんな一斉に自分の席へと戻る。1限目は地学だった。
「お、丸井。元気になったか?」
「うーっす」
教師が丸井の存在を確認し教壇の位置から話しかけてきた。周りの視線も同じように丸井に注がれる。くすくすと笑ってくるクラスメイトたち。
「ブン太のくせに寝込むとか、信じられねえ」
「雪降るかと思ったよ」
「だよねー」
「お前らいちいちうるせーんだよっ」
こんなふうに、丸井のことをからかってくる生徒が大半だった。丸井はクラス内でわりと中心人物だから、ほとんどの生徒と会話をしたことがあった。男女関係なく仲がいい。みんな絡んでくるから殆どのクラスメイトと気軽に話せる関係性を持っている。逆に、これまであまり話したことがなかったのは、隣に座る琴璃くらいだろうか。考えたら彼女とは何の接点も無かった。名前こそ知っていたけど1対1で向き合って話をするなんてことは一度も無かった。なので、さっきのやりとりが初めてということになる。
授業が始まったというのに、丸井は地学の教科書ではなく、先ほど琴璃が貸してくれたノートを開いた。最後列の特権を早速使う。ノートは、綺麗な字でとても見やすくまとめられていた。どの教科もそれは同じだった。にしても彼女は一気にこんなに貸してくれたけど、まさか毎日持ち歩いてるのだろうか。疑問に思ったが、親切に貸してくれたのにそんなことを聞くのも悪いのでやめておく。
「そういえば丸井、今日復帰して来たんだからまだ課題のこと知らないよな」
「は?」
ノートから目を離し前を向くと、何やら教師がニヤニヤと笑っていた。
「夏休みを使って中間考査以降に学んだ内容の中からテーマを決めて課題研究をしてもらう。2人1組でペアになってな」
「なにそれ……え、ちょ、じゃあ俺のペア誰になんの?」
「心配するな。もう決まってる。隔たりができると困るから隣の席同士で組んでやってもらうことにした。だからお前は藤白と取り組むんだぞ」
「は……」
「まあ詳しいことは後で藤白から聞いてくれ。じゃ、今度こそ授業始めるぞー」
丸井はすかさず琴璃の方を見たが、彼女はまっすぐ前を向いて授業を聞く姿勢になっている。丸井からの視線を感じているであろうに、ちっともこちらを相手にする気配はない。私語に付き合う気はありません。そんなオーラがびしびしと伝わったから聞きたくても聞けなかった。丸井は仕方なく真面目に授業を受ける。1限目から早速眠気と格闘し、ようやく長い50分が終了した。頭に何も残っちゃいない。それでも、授業終了のチャイムで覚醒し、今度こそ遠慮なく琴璃に話しかけられる。そう思って丸井が口を開くより先に向こうが喋りだした。
「いいよ、丸井くんはやらなくて」
「は?」
「さっきの地学の課題の話。私がやっておくから丸井くんは気にしないで。部活も忙しいでしょうし」
言いながら琴璃は机の上をかたし、次の授業の準備をし始める。
「いや、でもよ」
「それに私なんかと行動してると変に見られるかもよ」
「何だよそれ、どーゆう意味だよ」
どん、と琴璃は机の上に国語辞典を置く。今どき電子辞書ではなく重たい紙の辞典を持ち歩いているのか。ほぼ置き勉派の丸井は不思議そうに琴璃の手元を見る。そんな中唐突に彼女がこっちを向いたかと思うと問いかけてきた。
「私、一部の人になんて言われてるか知ってる?」
丸井は質問の意味がよく分からなかった。だから何も言葉が出なかった。怪訝な顔をした丸井を見て琴璃は「はぁ」と溜息をつく。そして、
「根暗のインテリ気取り」
少々吐き捨てるように言ったのだった。
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