運命の在りかを知ったヒツジ
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とっくに今日の練習は終わったのだが、幸村は帰らずに1人残って自主練をしていた。再検査の間も別に練習を休んでいたわけではないが、とにかく時間の許す限り打ちたかった。
でも、だいぶ外も暗くなり気温も下がってきた。そろそろ帰ろうと部室に戻り自分のロッカーを開ける。けれど戻ってきた部室内も、寒くてなんだかすぐ着替える気になれなかった。このままじゃ汗がひいたら風邪をひいてしまう。すぐに暖房をつけ、少し暖かくなるまでの間タオルを取り出し額の汗を拭う。その際に鞄から覗いた携帯が光っているのに気づいた。確認するとそれはただのメルマガだった。瞬間、僅かに生まれた期待感はあっさり姿をなくした。やっぱり来るわけないか。連絡先を交換したからといって日常的に連絡をくれるだなんて誰も言ってない。それでも心の何処かでこっそり期待をしてしまう。
幸村は携帯の中の画像フォルダを開いた。画面の中で彼女が笑っている1件の写真。いつぞやの、ウサギのラテアートを前に飲めずに困っている時のものだ。あの頃琴璃は喋れなかった。けれど、動作の1つひとつはなんだか可愛らしくて本当にウサギみたいな子だなと思ったのをよく覚えている。あの頃は彼女のことをそんなふうにしか考えていなかったのに。今はもう、あの頃とは別に決定的に違う感情が心の中に芽生えている。
「彼女か?」
「びっ……くりした」
背後にぬっと黒い影ができたのと同じくらいに声が降ってきた。振り向くと仁王が、自分と同じでまだテニス部のジャージ姿で立っていた。てっきりみんな帰ったかと思ったのに。どうやらこの男はどこかに潜んでいたらしい。なんのために隠れていたのかなんて幸村には分からない。
「人の携帯盗み見るなんて嫌な趣味だな」
「気配に気づかんお前さんが悪い。で、彼女か」
この距離に近づくまで声をかけて来なかったというのに卑怯なやつだ。しかも意外としつこい。仁王は興味津々という顔で、さっきからずっと幸村の携帯を食い入るように見つめている。
「彼女じゃないよ」
「なんじゃ。違うんか」
でも、そうなったらいいと思ってる。それは当然声に出しては言えなかった。まあこの男のことだ。あんなふうに女の子の写真を見てたんだから、どうせ幸村の気持ちを見抜いている。
「ははあ、成程」
「何がだよ」
「最近のお前さんが生き生きしとるんはそのせいかと思っての。もちろん、通院のしんどさから解放されたのもあるかもしれんが。恋をすると人はこんなにも変わるんかのう」
合点がいったというふうに、仁王は回り込んで来て幸村の隣に座った。やっぱり、彼にはもうバレていた。改めて“恋”とか言葉にされるとなんだか照れる。
「で、どんな子なんじゃ」
「まだ聞くの?しつこいなぁ」
「あのテニスにしか興味を示さなかった幸村精市が、やっと生身の人間に夢中になったんじゃ。そりゃ興味も湧く」
「……ねぇ。結構普通に失礼なこと言ってるよね」
「まぁまぁそれで。どんな子なのか、話してみんしゃい」
「ウサギみたいな子だよ」
「……もうちょい分かりやすく言えんのか。見た目か?中身か?」
「うーん、どっちもかな」
「なんじゃそりゃ。俺のことおちょくっとるな」
「ふふふ。仕返し」
仁王は面白くないというふうに少し眉根を寄せた。だが、まだこの話題から幸村を解放するつもりはないらしい。くぁ、と欠伸を噛み殺したかと思うと前のめりになって幸村の顔を覗き込んできた。どうやらこいつは隠れて寝てたんだな、と幸村は今更分かった。
「んで。その子の写真見とって1人コソコソとニヤついとるだけか?」
「ねぇ、言い方」
「こんなとこにいつまでも残っとらんで、デートにでも誘えばええじゃろ」
こちらの牽制を無視して仁王はどんどん話を進めていく。付き合ってもいないのに勝手なことを言ってくれるな、と幸村は思った。
「こんな時間からいきなり今日誘えるわけないだろ。今日の今日なんて無理だし、それにあっちは東京だし」
「ほぉん。そーゆうこと言っててええんかの」
「何がさ」
仁王はそこで一旦黙り、わざとらしく一呼吸いれると優雅に足を組んだ。
「お前さんが俺に言ったこと覚えとらんのか。去年の、手術する前の日」
言われて幸村は記憶を辿る。闘病生活をしていた去年はもっと、苦しくて暗ったい日々だった。こないだのものよりもっと複雑な検査をして、いよいよ手術となったその前日の日に仁王から電話がかかってきた。同じレギュラーで仲間だけど、いつもそんなにマメに連絡を取り合わないから不思議に思いながらも幸村は電話にでた。どうしたの、と暗い声で応答した幸村に、電話の向こうの仁王はなんと高笑いをしてみせたのだった。一瞬、喧嘩でも売ってるのかと思った。だけど無事に手術が終わって、自分に余裕が出てきたら分かった。あの時のあの奇天烈な態度は、憔悴していた幸村への彼なりのエールだったのだろう。
「笑えるようになったらとことん好きに生きるんじゃなかったのか」
あぁ、と幸村はようやく思い出した。確かそんなよく分からない宣言をした覚えがある。似合わない高笑いを聞かせてくる仁王に幸村は言った。俺も手術が終わって高らかに笑えるようになったら好きなことを目一杯するんだ、と謎の宣誓をしたのだ。高らかに笑うなんてキャラじゃないのに、そんなことを幸村に言わせた仁王は凄いと思う。
「人生一度きりナリ」
「……なんか、いつもふざけてる奴だと思ったら、たまにそうやってド正論なこと言ってくるよね、お前は」
「それほどでも」
「褒めてないって」
言いながら幸村は着替えを始める。もうとっくに室内は暖まっていたのに、仁王に捕まったせいですっかり出遅れていた。
「お。これから会うことにしたんか」
「なわけないだろ。普通に帰るんだよ」
ジャージから制服へ着替えながらも話は続ける。と、そこへテーブルに置いた携帯が震えた。片手でネクタイを結びなからもう片方の手で幸村はメッセージの内容を確かめるべく操作をする。
「……どうしよう仁王」
「お?」
仁王も同じくジャージを脱いで制服のシャツに袖を通していた。振り向いた仁王に幸村は今見ていた画面を見せた。
『急にごめんね。ユキちゃんこれから時間あったりする?』
「何じゃこれは」
「向こうから来ちゃった」
可愛らしいウサギのアイコンのせいか、申し訳なさに拍車がかかっている。きっと彼女もさぞや悲しげな顔をしながらこの文字を打ったんだろう。
「そら見ろ。もたもたしとるからじゃ」
「いや、だってさ」
そうこうしている間にまたメッセージが届く。
『忙しかったらぜんぜんいいからね、たいしたことじゃないの』
2人で覗き込む画面に、またひとつ。このままでは、彼女の性格からして誘ったことをなかったことにする、そんな気がした。そして幸村のその予感は当たった。
『やっぱり気にしないで』
「行くっ」
声に出しながら、すぐさまその2文字を琴璃に送信した。それはすぐに既読表示が付き、数十秒と満たないうちに『ありがとう』の5文字が返ってきた。幸村は手元の携帯から目を移す。自分の左隣で思いっきり仁王がニヤついていた。何か言えばいいのに何も言おうとしないのが逆に腹が立つ。なんだか全てを見透かされていたようでさらに悔しい。
幸村は咳払いをひとつしてせかせかと帰る支度をし、ドアノブに手をかけながら最後にくるりと後ろを向く。やっぱり未だニヤつき顔の仁王がいた。行儀悪くテーブルに腰掛けてこっちを見ていた。
「戸締り、あとよろしく」
「いってらっしゃい、ユキチャン」
「……明日の朝練、覚えてろよ」
「おーおー、怖いのう」
ひらひらと手を振る仁王に送り出され、幸村は寒い外に出た。気持ち、早歩きになっている自分がいる。部室から離れた所でいったん止まり、琴璃に『今から向かうね』と送ると、正門のほうへ全力ダッシュを始めた。
でも、だいぶ外も暗くなり気温も下がってきた。そろそろ帰ろうと部室に戻り自分のロッカーを開ける。けれど戻ってきた部室内も、寒くてなんだかすぐ着替える気になれなかった。このままじゃ汗がひいたら風邪をひいてしまう。すぐに暖房をつけ、少し暖かくなるまでの間タオルを取り出し額の汗を拭う。その際に鞄から覗いた携帯が光っているのに気づいた。確認するとそれはただのメルマガだった。瞬間、僅かに生まれた期待感はあっさり姿をなくした。やっぱり来るわけないか。連絡先を交換したからといって日常的に連絡をくれるだなんて誰も言ってない。それでも心の何処かでこっそり期待をしてしまう。
幸村は携帯の中の画像フォルダを開いた。画面の中で彼女が笑っている1件の写真。いつぞやの、ウサギのラテアートを前に飲めずに困っている時のものだ。あの頃琴璃は喋れなかった。けれど、動作の1つひとつはなんだか可愛らしくて本当にウサギみたいな子だなと思ったのをよく覚えている。あの頃は彼女のことをそんなふうにしか考えていなかったのに。今はもう、あの頃とは別に決定的に違う感情が心の中に芽生えている。
「彼女か?」
「びっ……くりした」
背後にぬっと黒い影ができたのと同じくらいに声が降ってきた。振り向くと仁王が、自分と同じでまだテニス部のジャージ姿で立っていた。てっきりみんな帰ったかと思ったのに。どうやらこの男はどこかに潜んでいたらしい。なんのために隠れていたのかなんて幸村には分からない。
「人の携帯盗み見るなんて嫌な趣味だな」
「気配に気づかんお前さんが悪い。で、彼女か」
この距離に近づくまで声をかけて来なかったというのに卑怯なやつだ。しかも意外としつこい。仁王は興味津々という顔で、さっきからずっと幸村の携帯を食い入るように見つめている。
「彼女じゃないよ」
「なんじゃ。違うんか」
でも、そうなったらいいと思ってる。それは当然声に出しては言えなかった。まあこの男のことだ。あんなふうに女の子の写真を見てたんだから、どうせ幸村の気持ちを見抜いている。
「ははあ、成程」
「何がだよ」
「最近のお前さんが生き生きしとるんはそのせいかと思っての。もちろん、通院のしんどさから解放されたのもあるかもしれんが。恋をすると人はこんなにも変わるんかのう」
合点がいったというふうに、仁王は回り込んで来て幸村の隣に座った。やっぱり、彼にはもうバレていた。改めて“恋”とか言葉にされるとなんだか照れる。
「で、どんな子なんじゃ」
「まだ聞くの?しつこいなぁ」
「あのテニスにしか興味を示さなかった幸村精市が、やっと生身の人間に夢中になったんじゃ。そりゃ興味も湧く」
「……ねぇ。結構普通に失礼なこと言ってるよね」
「まぁまぁそれで。どんな子なのか、話してみんしゃい」
「ウサギみたいな子だよ」
「……もうちょい分かりやすく言えんのか。見た目か?中身か?」
「うーん、どっちもかな」
「なんじゃそりゃ。俺のことおちょくっとるな」
「ふふふ。仕返し」
仁王は面白くないというふうに少し眉根を寄せた。だが、まだこの話題から幸村を解放するつもりはないらしい。くぁ、と欠伸を噛み殺したかと思うと前のめりになって幸村の顔を覗き込んできた。どうやらこいつは隠れて寝てたんだな、と幸村は今更分かった。
「んで。その子の写真見とって1人コソコソとニヤついとるだけか?」
「ねぇ、言い方」
「こんなとこにいつまでも残っとらんで、デートにでも誘えばええじゃろ」
こちらの牽制を無視して仁王はどんどん話を進めていく。付き合ってもいないのに勝手なことを言ってくれるな、と幸村は思った。
「こんな時間からいきなり今日誘えるわけないだろ。今日の今日なんて無理だし、それにあっちは東京だし」
「ほぉん。そーゆうこと言っててええんかの」
「何がさ」
仁王はそこで一旦黙り、わざとらしく一呼吸いれると優雅に足を組んだ。
「お前さんが俺に言ったこと覚えとらんのか。去年の、手術する前の日」
言われて幸村は記憶を辿る。闘病生活をしていた去年はもっと、苦しくて暗ったい日々だった。こないだのものよりもっと複雑な検査をして、いよいよ手術となったその前日の日に仁王から電話がかかってきた。同じレギュラーで仲間だけど、いつもそんなにマメに連絡を取り合わないから不思議に思いながらも幸村は電話にでた。どうしたの、と暗い声で応答した幸村に、電話の向こうの仁王はなんと高笑いをしてみせたのだった。一瞬、喧嘩でも売ってるのかと思った。だけど無事に手術が終わって、自分に余裕が出てきたら分かった。あの時のあの奇天烈な態度は、憔悴していた幸村への彼なりのエールだったのだろう。
「笑えるようになったらとことん好きに生きるんじゃなかったのか」
あぁ、と幸村はようやく思い出した。確かそんなよく分からない宣言をした覚えがある。似合わない高笑いを聞かせてくる仁王に幸村は言った。俺も手術が終わって高らかに笑えるようになったら好きなことを目一杯するんだ、と謎の宣誓をしたのだ。高らかに笑うなんてキャラじゃないのに、そんなことを幸村に言わせた仁王は凄いと思う。
「人生一度きりナリ」
「……なんか、いつもふざけてる奴だと思ったら、たまにそうやってド正論なこと言ってくるよね、お前は」
「それほどでも」
「褒めてないって」
言いながら幸村は着替えを始める。もうとっくに室内は暖まっていたのに、仁王に捕まったせいですっかり出遅れていた。
「お。これから会うことにしたんか」
「なわけないだろ。普通に帰るんだよ」
ジャージから制服へ着替えながらも話は続ける。と、そこへテーブルに置いた携帯が震えた。片手でネクタイを結びなからもう片方の手で幸村はメッセージの内容を確かめるべく操作をする。
「……どうしよう仁王」
「お?」
仁王も同じくジャージを脱いで制服のシャツに袖を通していた。振り向いた仁王に幸村は今見ていた画面を見せた。
『急にごめんね。ユキちゃんこれから時間あったりする?』
「何じゃこれは」
「向こうから来ちゃった」
可愛らしいウサギのアイコンのせいか、申し訳なさに拍車がかかっている。きっと彼女もさぞや悲しげな顔をしながらこの文字を打ったんだろう。
「そら見ろ。もたもたしとるからじゃ」
「いや、だってさ」
そうこうしている間にまたメッセージが届く。
『忙しかったらぜんぜんいいからね、たいしたことじゃないの』
2人で覗き込む画面に、またひとつ。このままでは、彼女の性格からして誘ったことをなかったことにする、そんな気がした。そして幸村のその予感は当たった。
『やっぱり気にしないで』
「行くっ」
声に出しながら、すぐさまその2文字を琴璃に送信した。それはすぐに既読表示が付き、数十秒と満たないうちに『ありがとう』の5文字が返ってきた。幸村は手元の携帯から目を移す。自分の左隣で思いっきり仁王がニヤついていた。何か言えばいいのに何も言おうとしないのが逆に腹が立つ。なんだか全てを見透かされていたようでさらに悔しい。
幸村は咳払いをひとつしてせかせかと帰る支度をし、ドアノブに手をかけながら最後にくるりと後ろを向く。やっぱり未だニヤつき顔の仁王がいた。行儀悪くテーブルに腰掛けてこっちを見ていた。
「戸締り、あとよろしく」
「いってらっしゃい、ユキチャン」
「……明日の朝練、覚えてろよ」
「おーおー、怖いのう」
ひらひらと手を振る仁王に送り出され、幸村は寒い外に出た。気持ち、早歩きになっている自分がいる。部室から離れた所でいったん止まり、琴璃に『今から向かうね』と送ると、正門のほうへ全力ダッシュを始めた。
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