運命の在りかを知ったヒツジ
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今日は診察ではなく書類を受け取るだけだからすぐに済むはずだ。そう思いながら幸村は、病院の総合受付のロビー前の椅子に座り、自身の名を呼ばれるのを待っていた。
こないだと変わらず1週間ぶりにここへ来たのにまるで違う感覚がする。こんなふうに、心身ともに健康な状態で病院に来ることなんて今までなかった。少なくとも精神は常に疲れていた。この場所に来ると残りわずかな正気さえも吸い取られそうになっていたことを思い出す。情けなかったな、と思う。でも、恥じてはいない。それも全て自分自身であり、あの頃の自分が間違いなく今の自分を形成してくれている。だからもう過去の自分を責めたりしない。そう思えるようにしてくれたのは、紛れもなく、彼女の存在だ。
彼女も無事声を取り戻し、少しずつ穏やかな日々を送れているだろうか。自分のこと以上に気に掛かってしょうがない。大袈裟すぎるけれど、言ってしまえば命の恩人みたいな存在。彼女がいなかったら自分はダメになっていたかもしれないのだから。
また会いたい。最後に会った日からずっと、幸村はそう思っている。最後に会ったのはまだつい先週のことだ。跡部と3人で祝杯をあげようという名目で食事をした。すごく楽しかったし嬉しかった。ウサギのラテアートに顔を綻ばせる彼女が可愛らしかった。この時間がずっと続けばいいな、なんて、あの時幸村は柄じゃないことを思ったのだった。
気づけばもう15分くらい待たされている。すぐに呼ばれると思っていたから、今日は本などの時間を潰せるものを何も持ってきていなかった。赤也や丸井じゃあるまいし、携帯のゲームで暇を潰すのは、目も疲れるし肩も凝るから幸村はそんなに好きではなかった。することが無くてただぼんやりとロビー周りを見ていた時だった。
「ユキちゃんだ」
呼び名に反応したのではなく、その声に反応した。聞き間違えることのない声音。振り向くと琴璃が、ハッとした表情で手を口に当てながら幸村の後ろに立っていた。しまった、と言う顔をしている。
「……えっと。今の、俺のこと?」
「違うの、その……まだ話せなかった時にね、けーくんに“ユキムラ”くんって名前を聞いたんだけど、ちょっと長いから心の中で勝手にそう呼んじゃってたの」
琴璃はあたふたしながら弁解する。勝手につけたニックネームを知られて申し訳なさそうな表情をした。
「あの、ごめんね」
「なんで謝るのさ。そっちの呼び名の方がいいな、俺。誰もそうやって呼ばないから」
「……ほんと?」
「うん」
笑って幸村がそう答えてやると、琴璃はそれ以上の笑顔を見せてきた。そして、
「また会えると思わなかったから、なんか嬉しい」
と、にこやかに言うのだった。俺だって嬉しい。けど彼女は素直に思いを口に出せる。優しい心の持ち主なんだと思う。ちゃんと自分の声で表現できるようになって、こうして話せるようになって本当に良かったなと幸村は心から思った。
「跡部の姿が見えないけど、今日はひとりなの?」
「うん。ユキちゃんは?今日も検査関係?」
「いや、書類を受け取りにね。学校を休んだり早退した期間を協会に証明する必要があって」
「協会?」
「うん。ようやく未来のこと考える気になれたんだ。俺は将来、プロテニスプレイヤーを目指すと思う」
「そうなんだ」
「うん」
ようやく自分のことに目を向けられる余裕が持てるようになって、いの一番に自分が叶えたいと思ったことはやはりテニスに関することだった。一度は諦めそうになった夢をもう一度追いかけたいと決心した時、あのくしゃくしゃにしていた手紙を持って電話をかけた。先方は幸村の病状を鑑みて、返事を焦らず待っていてくれていたのだった。
「じゃあユキちゃんはこれでぶじ通院終了?」
「そういうことになるかな」
「そっか。よかったね」
琴璃は自分のことのように喜んでくれた。おめでとう、と付け足しまた微笑む。その笑顔を見ると心が絆されていく、そんな暖かな気持ちになる。
「でも、ちょっとだけ寂しいな、なんて」
「え?」
「だって、もうここでユキちゃんと会えなくなっちゃう」
自分も思っていたことを琴璃の口から言われて。急にぐらりと、心の奥底の何かが揺らされたような感覚を覚えた。寂しいと感じたのは幸村も同じだ。なぜなら今日も琴璃の姿をずっと探していた。“会えたらいいな”が、“会いたい”と強く願うかのようにいつの間にか変わっていたのだから。
「……別に、ここじゃなくても、会うことはできるけど」
「え?」
「いや、キミが嫌じゃなければの話なんだ」
ドキドキしている。自分でも至極それがわかった。今の言葉を言った途端に、試合前の緊張感なんかと比べ物にならないほど、自分の心臓が早鐘を打っていた。その動揺を懸命に鎮めようとしながら幸村は彼女の返答を待つ。
「あ、そっか。そうだよね。じゃ、連絡先交換しよう?」
そっかー、と琴璃は間の抜けた反応を見せたのち、にこっと笑うと携帯を制服のポケットから取り出した。
「はい。じゃあ、私が送るね」
「あ、うん」
ぎこちない幸村と反対に慣れた手つきで琴璃は操作をする。彼女の手元でウサギのストラップがゆらゆら揺れるのを見ながら、幸村はしきりに瞬きを繰り返していた。そして、ぴこん、と受信した1件の通知。友達リストの1番上に新しく可愛いウサギのイラストのアイコンが表示された。
「よろしくね。ユキちゃん」
「あ、うん。よろしく」
女の子と話をすることに慣れてないわけじゃないのにこんなにもドギマギしてしまう。彼女が笑うたび、自分の体温がどんどん上昇していきそうになる。病という厄介な悩み事が解消され頭の中がクリアになった今はもう、彼女のことでいっぱいになってしまっている。見事に幸村は翻弄されてしまっているのだが、琴璃はちっとも気づくことなく微笑むのだった。
少し会話をした後、またね、と手をひらひらと振って琴璃は先に病院を後にした。跡部は居なかったけれど、彼の家の車が迎えに来ているらしい。
その数分後にようやく幸村も受付に呼ばれ、己の用事を済ませると病院を出た。
「はぁ」
真っ黒な空に吐いた息が白く浮かび、瞬時に消えて無くなった。今日も冷え込む夜だな。でも、まだ顔はほんのり熱を帯びていた。まさか彼女の前で赤らんでいたりしなかっただろうか。今になって心配になってきたが、きっと彼女にはバレてないだろう。
駅までの道を1人でのんびりと歩いてゆく。道に並ぶ街灯の灯りがきらきらと幸村の瞳に映った。よく見るとそばの街路樹たちにもLED電灯が巻き付けられていて、その道だけイルミネーションの通になっている。なんとなく、写真に収めようかと思って幸村は携帯を取り出した。すると1件のメッセージを受信していた。
『寒いから気をつけて帰ってね。風邪ひかないようにね』
その一文と一緒にスタンプも添えられていた。ウサギのキャラクターが両手を振って動いている。ぴょこぴょこする仕草がなんだか彼女に似ていた。
「……あーもう」
今度は恋という病を患ってしまった。これは果たして治る病なのか。分からないけれど、今、自分はとてつもなくにやけている気がする。そばに誰もいなくて良かったと思った。
冷えた手で携帯を握りしめた幸村は、冬空の下で返事をどうしようかとしばらく立ち尽くしていた。考えに考えて、とりあえずイルミネーションの木々を撮影すると、その画像を琴璃に送ってあげたのだった。病院以外でまた会える嬉しさを噛み締めながら。
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すいませんプロテニス界についてそこまでよく調べてないのでおかしな表現があるかもしれないですm(__)m
こないだと変わらず1週間ぶりにここへ来たのにまるで違う感覚がする。こんなふうに、心身ともに健康な状態で病院に来ることなんて今までなかった。少なくとも精神は常に疲れていた。この場所に来ると残りわずかな正気さえも吸い取られそうになっていたことを思い出す。情けなかったな、と思う。でも、恥じてはいない。それも全て自分自身であり、あの頃の自分が間違いなく今の自分を形成してくれている。だからもう過去の自分を責めたりしない。そう思えるようにしてくれたのは、紛れもなく、彼女の存在だ。
彼女も無事声を取り戻し、少しずつ穏やかな日々を送れているだろうか。自分のこと以上に気に掛かってしょうがない。大袈裟すぎるけれど、言ってしまえば命の恩人みたいな存在。彼女がいなかったら自分はダメになっていたかもしれないのだから。
また会いたい。最後に会った日からずっと、幸村はそう思っている。最後に会ったのはまだつい先週のことだ。跡部と3人で祝杯をあげようという名目で食事をした。すごく楽しかったし嬉しかった。ウサギのラテアートに顔を綻ばせる彼女が可愛らしかった。この時間がずっと続けばいいな、なんて、あの時幸村は柄じゃないことを思ったのだった。
気づけばもう15分くらい待たされている。すぐに呼ばれると思っていたから、今日は本などの時間を潰せるものを何も持ってきていなかった。赤也や丸井じゃあるまいし、携帯のゲームで暇を潰すのは、目も疲れるし肩も凝るから幸村はそんなに好きではなかった。することが無くてただぼんやりとロビー周りを見ていた時だった。
「ユキちゃんだ」
呼び名に反応したのではなく、その声に反応した。聞き間違えることのない声音。振り向くと琴璃が、ハッとした表情で手を口に当てながら幸村の後ろに立っていた。しまった、と言う顔をしている。
「……えっと。今の、俺のこと?」
「違うの、その……まだ話せなかった時にね、けーくんに“ユキムラ”くんって名前を聞いたんだけど、ちょっと長いから心の中で勝手にそう呼んじゃってたの」
琴璃はあたふたしながら弁解する。勝手につけたニックネームを知られて申し訳なさそうな表情をした。
「あの、ごめんね」
「なんで謝るのさ。そっちの呼び名の方がいいな、俺。誰もそうやって呼ばないから」
「……ほんと?」
「うん」
笑って幸村がそう答えてやると、琴璃はそれ以上の笑顔を見せてきた。そして、
「また会えると思わなかったから、なんか嬉しい」
と、にこやかに言うのだった。俺だって嬉しい。けど彼女は素直に思いを口に出せる。優しい心の持ち主なんだと思う。ちゃんと自分の声で表現できるようになって、こうして話せるようになって本当に良かったなと幸村は心から思った。
「跡部の姿が見えないけど、今日はひとりなの?」
「うん。ユキちゃんは?今日も検査関係?」
「いや、書類を受け取りにね。学校を休んだり早退した期間を協会に証明する必要があって」
「協会?」
「うん。ようやく未来のこと考える気になれたんだ。俺は将来、プロテニスプレイヤーを目指すと思う」
「そうなんだ」
「うん」
ようやく自分のことに目を向けられる余裕が持てるようになって、いの一番に自分が叶えたいと思ったことはやはりテニスに関することだった。一度は諦めそうになった夢をもう一度追いかけたいと決心した時、あのくしゃくしゃにしていた手紙を持って電話をかけた。先方は幸村の病状を鑑みて、返事を焦らず待っていてくれていたのだった。
「じゃあユキちゃんはこれでぶじ通院終了?」
「そういうことになるかな」
「そっか。よかったね」
琴璃は自分のことのように喜んでくれた。おめでとう、と付け足しまた微笑む。その笑顔を見ると心が絆されていく、そんな暖かな気持ちになる。
「でも、ちょっとだけ寂しいな、なんて」
「え?」
「だって、もうここでユキちゃんと会えなくなっちゃう」
自分も思っていたことを琴璃の口から言われて。急にぐらりと、心の奥底の何かが揺らされたような感覚を覚えた。寂しいと感じたのは幸村も同じだ。なぜなら今日も琴璃の姿をずっと探していた。“会えたらいいな”が、“会いたい”と強く願うかのようにいつの間にか変わっていたのだから。
「……別に、ここじゃなくても、会うことはできるけど」
「え?」
「いや、キミが嫌じゃなければの話なんだ」
ドキドキしている。自分でも至極それがわかった。今の言葉を言った途端に、試合前の緊張感なんかと比べ物にならないほど、自分の心臓が早鐘を打っていた。その動揺を懸命に鎮めようとしながら幸村は彼女の返答を待つ。
「あ、そっか。そうだよね。じゃ、連絡先交換しよう?」
そっかー、と琴璃は間の抜けた反応を見せたのち、にこっと笑うと携帯を制服のポケットから取り出した。
「はい。じゃあ、私が送るね」
「あ、うん」
ぎこちない幸村と反対に慣れた手つきで琴璃は操作をする。彼女の手元でウサギのストラップがゆらゆら揺れるのを見ながら、幸村はしきりに瞬きを繰り返していた。そして、ぴこん、と受信した1件の通知。友達リストの1番上に新しく可愛いウサギのイラストのアイコンが表示された。
「よろしくね。ユキちゃん」
「あ、うん。よろしく」
女の子と話をすることに慣れてないわけじゃないのにこんなにもドギマギしてしまう。彼女が笑うたび、自分の体温がどんどん上昇していきそうになる。病という厄介な悩み事が解消され頭の中がクリアになった今はもう、彼女のことでいっぱいになってしまっている。見事に幸村は翻弄されてしまっているのだが、琴璃はちっとも気づくことなく微笑むのだった。
少し会話をした後、またね、と手をひらひらと振って琴璃は先に病院を後にした。跡部は居なかったけれど、彼の家の車が迎えに来ているらしい。
その数分後にようやく幸村も受付に呼ばれ、己の用事を済ませると病院を出た。
「はぁ」
真っ黒な空に吐いた息が白く浮かび、瞬時に消えて無くなった。今日も冷え込む夜だな。でも、まだ顔はほんのり熱を帯びていた。まさか彼女の前で赤らんでいたりしなかっただろうか。今になって心配になってきたが、きっと彼女にはバレてないだろう。
駅までの道を1人でのんびりと歩いてゆく。道に並ぶ街灯の灯りがきらきらと幸村の瞳に映った。よく見るとそばの街路樹たちにもLED電灯が巻き付けられていて、その道だけイルミネーションの通になっている。なんとなく、写真に収めようかと思って幸村は携帯を取り出した。すると1件のメッセージを受信していた。
『寒いから気をつけて帰ってね。風邪ひかないようにね』
その一文と一緒にスタンプも添えられていた。ウサギのキャラクターが両手を振って動いている。ぴょこぴょこする仕草がなんだか彼女に似ていた。
「……あーもう」
今度は恋という病を患ってしまった。これは果たして治る病なのか。分からないけれど、今、自分はとてつもなくにやけている気がする。そばに誰もいなくて良かったと思った。
冷えた手で携帯を握りしめた幸村は、冬空の下で返事をどうしようかとしばらく立ち尽くしていた。考えに考えて、とりあえずイルミネーションの木々を撮影すると、その画像を琴璃に送ってあげたのだった。病院以外でまた会える嬉しさを噛み締めながら。
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すいませんプロテニス界についてそこまでよく調べてないのでおかしな表現があるかもしれないですm(__)m
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