優しいオオカミは君からの赦しに飢えている
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結局、跡部は琴璃が自力で目を覚ますまで起こさなかった。正午も過ぎた頃にようやく起きた琴璃は「どうしてもっと早く起こしてくれなかったの」と、ちょっと怒りながら跡部に抗議してきた。
「拗ねるなよ。どっちにしろ貸し切れるのは夕方以降だったんだ」
「……貸し切る?」
「時間に縛られながら楽しむより、お前の満足いくまで滞在した方がいいだろが」
琴璃が気持ちよく眠っている間に、跡部は琴璃を腕に抱きながら店舗の情報と電話番号を家の中にいる使用人にメールで飛ばした。店を貸し切れる時間帯があるか聞くように命じたのだ。此方からの問い合わせに対し店舗側は夕方以降ならば貸し切れるとの返答だった。よって、琴璃が昼過ぎに起きてもなんら問題はなかった。
事実を知ると琴璃は機嫌良く出かける支度を始めた。そうして陽も傾きかけた頃。彼女の行きたかった場所だという店に赴いた。
期待感でいっぱいの表情をしながら琴璃は扉の取っ手に手を掛ける。一見するとそこは普通のカフェレストランのような風体をしていた。間違いではないのだが店前の看板にはウサギのイラストがついていた。ただの飲食店ではなく、琴璃が行きたかった場所とはウサギカフェなる所だった。隣接しているペットショップと飲食店が協賛して、期間限定で出店しているらしい。
2人は店員に迎え入れられると、店内の1番奥の広いソファ席に通された。貸し切りなのだから、当然に他の客の姿は見られない。相変わらず琴璃は「わぁ」とか「へぇ」とかいちいち反応して、店内の家具装飾だったり陳列されている雑貨に目を向けている。どうやらよっぽど来たかったらしい。お目当ての場所に来られて絶えずニコニコしている。跡部の知る由もない、何かの人気キャラクターとコラボしたデザートを食べられて、鼻歌が出そうな程に満足している。こっちからしたら特に興味もないのだが、琴璃がそのキャラクターの詳細を説明しようとするので跡部は大人しく聞いてやった。“こういうもの”を見つけてくるのが本当に得意だよなと思いながら彼女の話を聞いていた。溌剌としているのは、日本の生活を謳歌している証拠なのだからいいことだ。昨日まではまだ、自分のことをどこか怯えて接するような様子だったから、今ようやく心から笑う琴璃を見た気がする。失声症を患ったのが嘘みたいに今の彼女の精神は穏やかだった。だが、元来その笑顔を見るために日本へ呼んだのだ。描いていた理想が今この目で確かめることができて、この上なく平穏を感じた。
そこへ店員の女性が席までやってきた。済んだ食器を下げにきたのかと思ったが、彼女の腕の中には白い生き物がおさまっていた。
「良かったら抱っこしてみませんか?」
店員はそう言って琴璃に笑いかける。そもそもここはそういうコンセプトを売りにした場だった。だが琴璃は何と答えていいか分からなくて思わず跡部を見る。だから、跡部は静かに笑って頷いてやった。僅かに逡巡をしたが琴璃はこちらの意見を伺うのを辞め、こわごわと手を伸ばす。緊張しながらも女性からウサギを受け取った。白くて小さくて、まだ子ウサギだった。
「あったかい」
「そうか」
「ふわふわだよ」
「良かったじゃねぇか」
「うん」
琴璃はじっと腕の中のウサギを見つめる。ウサギは鼻をヒクヒク動かして大人しくしている。琴璃の腕の中ですっかり安心しきっているようだった。
「今すごく落ち着いてますよ、この子」
「ほんとですか?」
「ええ。お姉さんにすっかり慣れちゃってる」
ウサギは警戒することなく琴璃の腕の中で充分にリラックスしていた。元々人懐っこい性格なのかもしれないが、琴璃がそうっと頭を撫でると気持ちよさそうに見えた。
「お姉さん、飼ったこととかあるんですか?」
「はい、小さいころですけど」
「だから抱っこの仕方上手なんですね。今は飼ってないんですか?」
「今は……飼ってないんです」
「そうなんですね。もし良かったら、隣のお店に他のウサちゃんもいますから、ゆっくり覗いて行ってくださいね」
店員は琴璃がいつでもウサギを戻せるように、そばに簡易的なゲージを置いてから下がっていった。でも、ウサギは琴璃の膝の上から離れようとせず、ずっと寛いだままだった。
「そいつ、すっかりお前に気を許しちまってるな」
「うん。とっても可愛い」
琴璃はそう言って目を細めた。その柔らかな笑みが、あの頃の、まだあどけない少女だった時の琴璃と重なった。無邪気に愛おしい存在を見つめる瞳は、今もしっかりとここにある。
「気に入ったか?」
「うん」
「なら、そいつは俺からお前に贈ろう。少し早いがお前へのクリスマスプレゼントだ」
「え、でも、そんな……いいよ」
唐突な跡部からの提案に琴璃は驚く。飼うだなんて、ちっとも考えてもいなかった。ウサギと触れ合えただけで琴璃は十分満足だったのだ。
それに、やっぱり積極的に飼いたいとは思えなかった。あの子を失ってからはどうしてもそんなふうに思えなかった。だって、また飼えたとしてもいつかお別れは来てしまうから。それが怖くて、なかなかそんな気持ちにはなれなかったのも事実。そんな琴璃の心の声を当然に跡部は読んでいた。
「命あるものに終わりはつきものだ。どう足掻いても別れのない生き物なんていない。だが――」
跡部は琴璃の膝の上のウサギに視線を落とす。
「それでも、誰かと過ごす時間を無駄だとは思わない。終わりが在るからこそ愛おしくなる時間が存在する」
傷を抉るような真似はしたくない。だけどいずれは言おうと思っていた。今の彼女なら乗り越えられる。そう思えたから跡部は告げた。跡部の言葉に琴璃はハッとした顔をして、ウサギを撫でる手を止めた。少し辛そうな、でもそれを堪えて隠すようななんとも言えない表情を見せた。
「いいか琴璃。こんな言われ方は嫌だろうが、生き物は生まれたその時から死に向かって歩いてるんだよ。俺も、お前もだ。どうしたって、別れる日は必ず来る」
「……うん」
「だからといって、今生きている俺達は死ぬ日が来るのを嘆きながら毎日を過ごしているか?」
「ううん。今は、けーくんと居られて毎日が楽しいって思うよ」
「そうだろう。死ぬ日が来るのを嘆いて今日を台無しにするなんて、そんなつまらない生き方をするくらいなら今日も愛する者のことを考えていたほうがずっと賢明だろうが」
だから跡部はいつかやってくる最期の日のことなんて考えない。そんなことに頭を使うくらいならば、今この瞬間も愛する存在のことを想っていたいのだ。
「お前の大事なウサギはあんな形で最期を迎えたが、あれがあいつの天命だった。だがその限られた中でお前はあいつを存分に愛してやった。だからこの先もお前が忘れたくないと思う限りずっと記憶の中にいる」
「そうだね」
琴璃は膝の上で寛いでいたウサギをそっと抱き上げる。目線の高さにして真っ黒な瞳を覗き込んだ。
「この子、あの子に似てるかも」
「生まれ変わりかもしれねぇな」
「うん」
いつか別れが来てしまう。それはとても悲しい事実だけど、いつか訪れてしまう“その日”に怯えていては、今この瞬間がとても詰まらなくなってしまう。限りある命だからこそ大切にしたいと思えるのだ。
「ありがとう、けーくん」
琴璃が優しく微笑んだ。これまでに見た中でも最高の笑顔だった。
夜。
店から帰宅し着替えを済ませた跡部は、長い廊下を曲がった先でメイドがオロオロしているのを見つけた。彼女が立っていたのは琴璃の部屋の前だった。
「夕食の時間なので呼びに参ったのですが……お嬢様がお返事なさらないのです」
琴璃が使っているゲストルームには鍵など付いていない。跡部は躊躇なくドアを開けた。部屋の中は電気も暖房もついていなかった。灯りをつけると正面のテーブルの上で琴璃が突っ伏して眠っていた。そのすぐ前にはゲージが置いてあり、中の子ウサギが鼻をひくつかせ現れた跡部に反応した。どうやら琴璃はウサギを眺めている間に寝入ってしまったようだ。
「ったく」
跡部がゲージに近づくと真っ黒な瞳がこちらを見上げてきた。琴璃には向けていなかった、小さな警戒の色を微かに覗かせていた。
「お前は今日から世界で2番目の幸せ者だぜ。何せこれから死ぬまでこいつに愛されるんだからな」
跡部は琴璃を抱え上げると寝室まで運んでゆきベッドの上に寝かせてやった。そうして再び中央の部屋に戻ると、またしても真っ黒な瞳とぶつかった。こちらに何かを訴えているような気がした。だから、跡部は答えてやった。
「バーカ。1番はやらねぇよ」
それだけ言ってフットライト以外の灯りを消すと、静かに扉を閉めた。
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12月に祝日はないのですが話の都合を優先してそうさせてもらいましたm(_ _)m
重くて暗くて、私の趣味嗜好を入れまくった内容になってしまいましたが、ここまで読んでくれた貴女に大感謝です。
「拗ねるなよ。どっちにしろ貸し切れるのは夕方以降だったんだ」
「……貸し切る?」
「時間に縛られながら楽しむより、お前の満足いくまで滞在した方がいいだろが」
琴璃が気持ちよく眠っている間に、跡部は琴璃を腕に抱きながら店舗の情報と電話番号を家の中にいる使用人にメールで飛ばした。店を貸し切れる時間帯があるか聞くように命じたのだ。此方からの問い合わせに対し店舗側は夕方以降ならば貸し切れるとの返答だった。よって、琴璃が昼過ぎに起きてもなんら問題はなかった。
事実を知ると琴璃は機嫌良く出かける支度を始めた。そうして陽も傾きかけた頃。彼女の行きたかった場所だという店に赴いた。
期待感でいっぱいの表情をしながら琴璃は扉の取っ手に手を掛ける。一見するとそこは普通のカフェレストランのような風体をしていた。間違いではないのだが店前の看板にはウサギのイラストがついていた。ただの飲食店ではなく、琴璃が行きたかった場所とはウサギカフェなる所だった。隣接しているペットショップと飲食店が協賛して、期間限定で出店しているらしい。
2人は店員に迎え入れられると、店内の1番奥の広いソファ席に通された。貸し切りなのだから、当然に他の客の姿は見られない。相変わらず琴璃は「わぁ」とか「へぇ」とかいちいち反応して、店内の家具装飾だったり陳列されている雑貨に目を向けている。どうやらよっぽど来たかったらしい。お目当ての場所に来られて絶えずニコニコしている。跡部の知る由もない、何かの人気キャラクターとコラボしたデザートを食べられて、鼻歌が出そうな程に満足している。こっちからしたら特に興味もないのだが、琴璃がそのキャラクターの詳細を説明しようとするので跡部は大人しく聞いてやった。“こういうもの”を見つけてくるのが本当に得意だよなと思いながら彼女の話を聞いていた。溌剌としているのは、日本の生活を謳歌している証拠なのだからいいことだ。昨日まではまだ、自分のことをどこか怯えて接するような様子だったから、今ようやく心から笑う琴璃を見た気がする。失声症を患ったのが嘘みたいに今の彼女の精神は穏やかだった。だが、元来その笑顔を見るために日本へ呼んだのだ。描いていた理想が今この目で確かめることができて、この上なく平穏を感じた。
そこへ店員の女性が席までやってきた。済んだ食器を下げにきたのかと思ったが、彼女の腕の中には白い生き物がおさまっていた。
「良かったら抱っこしてみませんか?」
店員はそう言って琴璃に笑いかける。そもそもここはそういうコンセプトを売りにした場だった。だが琴璃は何と答えていいか分からなくて思わず跡部を見る。だから、跡部は静かに笑って頷いてやった。僅かに逡巡をしたが琴璃はこちらの意見を伺うのを辞め、こわごわと手を伸ばす。緊張しながらも女性からウサギを受け取った。白くて小さくて、まだ子ウサギだった。
「あったかい」
「そうか」
「ふわふわだよ」
「良かったじゃねぇか」
「うん」
琴璃はじっと腕の中のウサギを見つめる。ウサギは鼻をヒクヒク動かして大人しくしている。琴璃の腕の中ですっかり安心しきっているようだった。
「今すごく落ち着いてますよ、この子」
「ほんとですか?」
「ええ。お姉さんにすっかり慣れちゃってる」
ウサギは警戒することなく琴璃の腕の中で充分にリラックスしていた。元々人懐っこい性格なのかもしれないが、琴璃がそうっと頭を撫でると気持ちよさそうに見えた。
「お姉さん、飼ったこととかあるんですか?」
「はい、小さいころですけど」
「だから抱っこの仕方上手なんですね。今は飼ってないんですか?」
「今は……飼ってないんです」
「そうなんですね。もし良かったら、隣のお店に他のウサちゃんもいますから、ゆっくり覗いて行ってくださいね」
店員は琴璃がいつでもウサギを戻せるように、そばに簡易的なゲージを置いてから下がっていった。でも、ウサギは琴璃の膝の上から離れようとせず、ずっと寛いだままだった。
「そいつ、すっかりお前に気を許しちまってるな」
「うん。とっても可愛い」
琴璃はそう言って目を細めた。その柔らかな笑みが、あの頃の、まだあどけない少女だった時の琴璃と重なった。無邪気に愛おしい存在を見つめる瞳は、今もしっかりとここにある。
「気に入ったか?」
「うん」
「なら、そいつは俺からお前に贈ろう。少し早いがお前へのクリスマスプレゼントだ」
「え、でも、そんな……いいよ」
唐突な跡部からの提案に琴璃は驚く。飼うだなんて、ちっとも考えてもいなかった。ウサギと触れ合えただけで琴璃は十分満足だったのだ。
それに、やっぱり積極的に飼いたいとは思えなかった。あの子を失ってからはどうしてもそんなふうに思えなかった。だって、また飼えたとしてもいつかお別れは来てしまうから。それが怖くて、なかなかそんな気持ちにはなれなかったのも事実。そんな琴璃の心の声を当然に跡部は読んでいた。
「命あるものに終わりはつきものだ。どう足掻いても別れのない生き物なんていない。だが――」
跡部は琴璃の膝の上のウサギに視線を落とす。
「それでも、誰かと過ごす時間を無駄だとは思わない。終わりが在るからこそ愛おしくなる時間が存在する」
傷を抉るような真似はしたくない。だけどいずれは言おうと思っていた。今の彼女なら乗り越えられる。そう思えたから跡部は告げた。跡部の言葉に琴璃はハッとした顔をして、ウサギを撫でる手を止めた。少し辛そうな、でもそれを堪えて隠すようななんとも言えない表情を見せた。
「いいか琴璃。こんな言われ方は嫌だろうが、生き物は生まれたその時から死に向かって歩いてるんだよ。俺も、お前もだ。どうしたって、別れる日は必ず来る」
「……うん」
「だからといって、今生きている俺達は死ぬ日が来るのを嘆きながら毎日を過ごしているか?」
「ううん。今は、けーくんと居られて毎日が楽しいって思うよ」
「そうだろう。死ぬ日が来るのを嘆いて今日を台無しにするなんて、そんなつまらない生き方をするくらいなら今日も愛する者のことを考えていたほうがずっと賢明だろうが」
だから跡部はいつかやってくる最期の日のことなんて考えない。そんなことに頭を使うくらいならば、今この瞬間も愛する存在のことを想っていたいのだ。
「お前の大事なウサギはあんな形で最期を迎えたが、あれがあいつの天命だった。だがその限られた中でお前はあいつを存分に愛してやった。だからこの先もお前が忘れたくないと思う限りずっと記憶の中にいる」
「そうだね」
琴璃は膝の上で寛いでいたウサギをそっと抱き上げる。目線の高さにして真っ黒な瞳を覗き込んだ。
「この子、あの子に似てるかも」
「生まれ変わりかもしれねぇな」
「うん」
いつか別れが来てしまう。それはとても悲しい事実だけど、いつか訪れてしまう“その日”に怯えていては、今この瞬間がとても詰まらなくなってしまう。限りある命だからこそ大切にしたいと思えるのだ。
「ありがとう、けーくん」
琴璃が優しく微笑んだ。これまでに見た中でも最高の笑顔だった。
夜。
店から帰宅し着替えを済ませた跡部は、長い廊下を曲がった先でメイドがオロオロしているのを見つけた。彼女が立っていたのは琴璃の部屋の前だった。
「夕食の時間なので呼びに参ったのですが……お嬢様がお返事なさらないのです」
琴璃が使っているゲストルームには鍵など付いていない。跡部は躊躇なくドアを開けた。部屋の中は電気も暖房もついていなかった。灯りをつけると正面のテーブルの上で琴璃が突っ伏して眠っていた。そのすぐ前にはゲージが置いてあり、中の子ウサギが鼻をひくつかせ現れた跡部に反応した。どうやら琴璃はウサギを眺めている間に寝入ってしまったようだ。
「ったく」
跡部がゲージに近づくと真っ黒な瞳がこちらを見上げてきた。琴璃には向けていなかった、小さな警戒の色を微かに覗かせていた。
「お前は今日から世界で2番目の幸せ者だぜ。何せこれから死ぬまでこいつに愛されるんだからな」
跡部は琴璃を抱え上げると寝室まで運んでゆきベッドの上に寝かせてやった。そうして再び中央の部屋に戻ると、またしても真っ黒な瞳とぶつかった。こちらに何かを訴えているような気がした。だから、跡部は答えてやった。
「バーカ。1番はやらねぇよ」
それだけ言ってフットライト以外の灯りを消すと、静かに扉を閉めた。
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12月に祝日はないのですが話の都合を優先してそうさせてもらいましたm(_ _)m
重くて暗くて、私の趣味嗜好を入れまくった内容になってしまいましたが、ここまで読んでくれた貴女に大感謝です。
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