ウサギの声色
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車の着いた先はわりと大きな駅前だった。琴璃とは、さっきの携帯のやり取りで駅前で待ち合わせしていたらしい。駅のそばの書店に寄った後そのまま電車で帰ろうとしていたところを、跡部からの連絡で乗らずに駅前のロータリーで待っていた。ついでに幸村の存在を跡部は前もって教えていたらしく、琴璃は車内に幸村の姿を確認すると、驚くことなくまたこないだのように会釈だけをしてきた。跡部家の高級送迎車は3人以上でも難なく座れてしまう広さ。幸村は自分の前に座った琴璃に笑いかける。
「やあ久しぶり」
久しぶりというほどのタイムログは無いのだが。病院以外の場で会うとなんとなくそう感じる。
「俺ね、今日の氷帝との練習試合中に突然倒れちゃってさあ」
ヘラヘラ言う幸村だが、それを聞いて当然に琴璃はびっくりした表情を見せた。大丈夫?、と表情が物語っている。
「平気平気。でも試合が途中で終わっちゃった。跡部に勝つことができなくて残念」
「俺様に“負けることにならなくて助かった”の間違いだろうが」
その時。ぐーっという間抜けな音が跡部の声に重なって聞こえた。
「え、あ……俺だ」
楽しそうに笑う琴璃。でも声は聞こえない。幸村の腹の音よりもずっと小さい空気を吐く音だけが、ほんの僅かに聞こえたのみだった。彼女の事情を知った以上は一緒に笑っていいものか、幸村はかすかに躊躇う。でも琴璃が笑ってくれたことには素直に嬉しかった。それもあって幸村の図々しさが炸裂する。
「ねぇ、跡部。俺お腹すいたよ」
「あぁん?いきなり何言ってやがるんだテメェは」
「だって俺、昼食べてないんだよ?」
「そりゃずっと寝てたからな」
「琴璃ちゃんもお腹減ってるでしょ?」
幸村の問いに琴璃はこくりと頷く。結構早い反応だった。
「おい琴璃。別にコイツなんかに合わせる必要なんかねぇ」
「琴璃ちゃんは何が食べたい?」
聞いてすぐ、しまった、と思った。答えを求めるような質問をしてしまった。彼女にとってそれは不快なんじゃないか。だから、俺はなんでもいいよ、とフォローを入れようとした。でもそれよりも早く跡部が口を挟んできた。
「この間行った、お前がえらく気に入った所でいいだろう。ここから行けない距離じゃない」
琴璃は跡部の提案にまた黙って頷いた。表情は穏やかだった。さっきの幸村からの質問に落ち込んでいるというふうでもない。
もしかして、慣れてるのかな。こういう状況に。人からの質問に、自分が答えられなくて辛いとか歯痒い気持ちになることに。勝手な憶測だけど、そんな気がした。軽々しく誘ってしまったことに僅かに申し訳なさを覚えながら車に乗せられること十数分。やがて1軒の飲食店へ着いた。見た目が可愛らしいカフェレストランだった。琴璃が居なかったら確実に男2人では浮くであろう女性ウケしそうな外観をしていた。店内は白を基調としていて植物がたくさん配置されている。植物好きな幸村としても気に入った。琴璃と2人で和んでいる。その様子を見ながら跡部は、これで本当に倒れた男かよ、と呆れていた。
席に案内されると、琴璃はさりげなく跡部の方に回ってきた。あのまま幸村と2人で並んで座るのかと思いきや、当たり前のように跡部の隣に座った。幸村とは他の人間よりも打ち解けているのは確かだが、それでも琴璃はまだ緊張している。それが跡部には分かった。やっぱり幸村の意見なんて無視して道草せずにさっさと神奈川に向かえば良かったか。一瞬思った。けれどメニュー表を眺める琴璃の口元がほんのり緩んでいた。どうやら来たかったのは本音らしい。それが把握できたので、跡部はどこか肩の荷が降りた気持ちになった。
「じゃ、俺これ」
幸村はサンドイッチのセットと紅茶を頼んだ。跡部はブラックのみ。琴璃が頼んだものはカフェラテだが、店員が運んできたものを見て幸村は「わ」と小さく声をあげた。単なるラテではなく、カップから泡のウサギが飛び出ているように立体的なラテアートが施されている。結構手がこんでいて、よく見ると周りの客たちもこぞって注文していた。この店の看板的なメニューであり泡で作る動物は客が決められるらしい。じゃあどうやって喋れない彼女は“ウサギがいい”とオーダーしたんだろうと幸村は疑問に思った。けれどすぐに閃いた。隣のしっかりした幼馴染がちゃんと彼女の思考を汲み取ってやったのだと。またしても垣間見ることになった跡部の一面。大して仲良くない自分に対しても面倒見がいいのだから、そりゃそうかと幸村は1人納得する。
琴璃は嬉しそうに自分のカフェラテを眺めてうっとりしている。目尻を下げて見つめる姿は、可愛いものが好きなごく普通の女の子。
「すごいね、このラテ。琴璃ちゃん、飲めるの?」
琴璃は少し困ったように笑いながら首をふるふると横に振る。泡でできたウサギを崩さなければこの飲み物は飲めない。ウサギ好きな彼女にとっては酷なんじゃないか。だけど可愛さ故に頼んでしまったんだろうな。本当に、見ただけでは相手のことは分からない。どんなに幸せそうに笑っていても、心の奥底には痛くて苦しいものを眠らせている人が多分いっぱいいる。病院に来ていなくても、日常的に見えない何かと戦っている人はごまんといると言うのに。
人と比べることじゃないのに、幸村は“俺だけじゃないんだな”と思ってしまう。そう思うことはいけないことだろうか。無意識に、琴璃にも仲間意識を感じているのだとしたら、それは失礼なことではないだろうか。幸村は琴璃の心の痛みを分かってあげられないしまたその逆も然りで、琴璃が幸村の病再発の恐怖心を知ることもない。互いに戦う相手は違うのに。仲間意識を感じるのは違うのに。どうしても、境遇に近い部分があると意識してしまう。自分の近くにも不幸な人はいるのだと感じてしまう。断じて見下したいわけじゃない。“俺だけじゃないんだ”と、ただ安心したいだけなのかもしれない。1人じゃないということをただ確認していたいだけなのだ。
「可愛いから写真撮っとこうかな。良い?」
琴璃から了承を得て、幸村はスマホをウサギの浸かっているラテに向ける。でも気づかれないように背景に琴璃の姿も入れる。ピントもこっそり彼女に合わせた。ぼやけた茶色い飲み物を優しげに見つめる子が映っていた。
ふと、幸村は思った。
彼女はどんな声をしているんだろう。琴璃の肉声をひとかけらも知らないから、ウサギを見た時に彼女の放つ“かわいい”が全く想像できなかった。
幸村の食事が終わりそうな頃にようやく琴璃は泡のウサギを崩し飲み始めた。とっくに冷めているがそんなことは気にしてない様子だった。
飲み終わり、ふと、跡部に目配せする琴璃。その無言の訴えを理解した跡部は呆れながらも目を細める。
「どうせお前、それが目当てでここに来たかったんだろ」
にっこり笑って立ち上がる琴璃に跡部がカードを差し出した。
「ほら」
けれど遠慮する琴璃はなかなか受け取らない。
「バーカ、俺がいるのに自分で払おうとするな。ゆっくり悩んでこい」
ありがとう、と琴璃の口元は言っていた。やっぱり音にはなっていないけれど、ちゃんと跡部には届いていた。琴璃は跡部からカードを受け取り大事そうに制服のポケットにしまうと、席から離れ奥の方へ消えていった。
「……どうしたの」
「隣に雑貨店が併設されていて、店内から行き来できるように繋がっている。お前はこの後何か予定があるのか」
「ううん、なんにも」
「ならいい。あいつの買い物は恐ろしく長いからな。すぐにはまだ帰れないぜ」
と言ってるくせに顔は笑っていた。その彼の横顔を見た幸村は、病院でもこんな顔してたな、と思った。見守るような穏やかな青い瞳が遠のく彼女の背中をとらえている。
だからつい、聞いてしまった。
「いつもキミが病院に付き添ってあげてるのは幼馴染だから?それだけ?」
「何が言いたい?」
「違ったら悪いんだけどさ。もしかして――責任感じてるのかなって」
車内で琴璃の過去を話してた時、跡部はやけに淡々としていた。冷静なのはいつもと変わらないけど、わざと無神経さを上塗りするような、そんな、彼の微妙な違いを幸村は感じていた。
跡部は幸村をじっと見つめる。青くて綺麗な硝子玉のような瞳に射抜かれる。もしかして怒られるのかな、と幸村は思った。けれど跡部は幸村から目をそらし、
「さぁ。どうだろうな」
そう呟いて、静かに笑った。意外だった。“くだらないこと聞いてくるんじゃねぇ”だとか、一蹴されてしまうと思ってたのに。今の跡部は幸村が見てきた彼とまるで別人だった。横顔が、なぜか辛そうにも見えてしまった。きっと、こんな姿は、彼の性格からしてこの先誰にも見せないだろう。一瞬の心の隙を見せられているような気がした。どうして自分がそれを見られたのか幸村は思ったけど、その理由はなんとなく分かる。さっき幸村がした質問が、図星だったからだ。
「王様なキミのそんな顔、初めて見た」
「悪かったな」
「ううん、優しい瞳だと思ったよ」
格好良いのはいつものことで、それ以外に人を思いやる優しい瞳をしていたのが幸村には分かった。そうじゃなきゃ、こんな土足で踏み込むようなこと聞けない。聞いてしまった幸村を跡部は、怒るでも無視するでもなくちゃんと応答してくれた。
「お前にしちゃ、なかなか鋭い感性だな」
「テニスのおかげかもね。……ん。今、俺、跡部に褒められたってこと?やったね」
「自惚れるんじゃねぇ」
もう跡部はいつもの調子に戻っていた。隙などもうどこにもない。
「きっとまた喋れるようになれる日が来るよ」
「……どうだろうな」
そうして静かにカップに口をつけた。幸村もまた同じように。とっくに冷めているのに、互いにもう何も言わず、喉にぬるい液体を流し込んだ。
「やあ久しぶり」
久しぶりというほどのタイムログは無いのだが。病院以外の場で会うとなんとなくそう感じる。
「俺ね、今日の氷帝との練習試合中に突然倒れちゃってさあ」
ヘラヘラ言う幸村だが、それを聞いて当然に琴璃はびっくりした表情を見せた。大丈夫?、と表情が物語っている。
「平気平気。でも試合が途中で終わっちゃった。跡部に勝つことができなくて残念」
「俺様に“負けることにならなくて助かった”の間違いだろうが」
その時。ぐーっという間抜けな音が跡部の声に重なって聞こえた。
「え、あ……俺だ」
楽しそうに笑う琴璃。でも声は聞こえない。幸村の腹の音よりもずっと小さい空気を吐く音だけが、ほんの僅かに聞こえたのみだった。彼女の事情を知った以上は一緒に笑っていいものか、幸村はかすかに躊躇う。でも琴璃が笑ってくれたことには素直に嬉しかった。それもあって幸村の図々しさが炸裂する。
「ねぇ、跡部。俺お腹すいたよ」
「あぁん?いきなり何言ってやがるんだテメェは」
「だって俺、昼食べてないんだよ?」
「そりゃずっと寝てたからな」
「琴璃ちゃんもお腹減ってるでしょ?」
幸村の問いに琴璃はこくりと頷く。結構早い反応だった。
「おい琴璃。別にコイツなんかに合わせる必要なんかねぇ」
「琴璃ちゃんは何が食べたい?」
聞いてすぐ、しまった、と思った。答えを求めるような質問をしてしまった。彼女にとってそれは不快なんじゃないか。だから、俺はなんでもいいよ、とフォローを入れようとした。でもそれよりも早く跡部が口を挟んできた。
「この間行った、お前がえらく気に入った所でいいだろう。ここから行けない距離じゃない」
琴璃は跡部の提案にまた黙って頷いた。表情は穏やかだった。さっきの幸村からの質問に落ち込んでいるというふうでもない。
もしかして、慣れてるのかな。こういう状況に。人からの質問に、自分が答えられなくて辛いとか歯痒い気持ちになることに。勝手な憶測だけど、そんな気がした。軽々しく誘ってしまったことに僅かに申し訳なさを覚えながら車に乗せられること十数分。やがて1軒の飲食店へ着いた。見た目が可愛らしいカフェレストランだった。琴璃が居なかったら確実に男2人では浮くであろう女性ウケしそうな外観をしていた。店内は白を基調としていて植物がたくさん配置されている。植物好きな幸村としても気に入った。琴璃と2人で和んでいる。その様子を見ながら跡部は、これで本当に倒れた男かよ、と呆れていた。
席に案内されると、琴璃はさりげなく跡部の方に回ってきた。あのまま幸村と2人で並んで座るのかと思いきや、当たり前のように跡部の隣に座った。幸村とは他の人間よりも打ち解けているのは確かだが、それでも琴璃はまだ緊張している。それが跡部には分かった。やっぱり幸村の意見なんて無視して道草せずにさっさと神奈川に向かえば良かったか。一瞬思った。けれどメニュー表を眺める琴璃の口元がほんのり緩んでいた。どうやら来たかったのは本音らしい。それが把握できたので、跡部はどこか肩の荷が降りた気持ちになった。
「じゃ、俺これ」
幸村はサンドイッチのセットと紅茶を頼んだ。跡部はブラックのみ。琴璃が頼んだものはカフェラテだが、店員が運んできたものを見て幸村は「わ」と小さく声をあげた。単なるラテではなく、カップから泡のウサギが飛び出ているように立体的なラテアートが施されている。結構手がこんでいて、よく見ると周りの客たちもこぞって注文していた。この店の看板的なメニューであり泡で作る動物は客が決められるらしい。じゃあどうやって喋れない彼女は“ウサギがいい”とオーダーしたんだろうと幸村は疑問に思った。けれどすぐに閃いた。隣のしっかりした幼馴染がちゃんと彼女の思考を汲み取ってやったのだと。またしても垣間見ることになった跡部の一面。大して仲良くない自分に対しても面倒見がいいのだから、そりゃそうかと幸村は1人納得する。
琴璃は嬉しそうに自分のカフェラテを眺めてうっとりしている。目尻を下げて見つめる姿は、可愛いものが好きなごく普通の女の子。
「すごいね、このラテ。琴璃ちゃん、飲めるの?」
琴璃は少し困ったように笑いながら首をふるふると横に振る。泡でできたウサギを崩さなければこの飲み物は飲めない。ウサギ好きな彼女にとっては酷なんじゃないか。だけど可愛さ故に頼んでしまったんだろうな。本当に、見ただけでは相手のことは分からない。どんなに幸せそうに笑っていても、心の奥底には痛くて苦しいものを眠らせている人が多分いっぱいいる。病院に来ていなくても、日常的に見えない何かと戦っている人はごまんといると言うのに。
人と比べることじゃないのに、幸村は“俺だけじゃないんだな”と思ってしまう。そう思うことはいけないことだろうか。無意識に、琴璃にも仲間意識を感じているのだとしたら、それは失礼なことではないだろうか。幸村は琴璃の心の痛みを分かってあげられないしまたその逆も然りで、琴璃が幸村の病再発の恐怖心を知ることもない。互いに戦う相手は違うのに。仲間意識を感じるのは違うのに。どうしても、境遇に近い部分があると意識してしまう。自分の近くにも不幸な人はいるのだと感じてしまう。断じて見下したいわけじゃない。“俺だけじゃないんだ”と、ただ安心したいだけなのかもしれない。1人じゃないということをただ確認していたいだけなのだ。
「可愛いから写真撮っとこうかな。良い?」
琴璃から了承を得て、幸村はスマホをウサギの浸かっているラテに向ける。でも気づかれないように背景に琴璃の姿も入れる。ピントもこっそり彼女に合わせた。ぼやけた茶色い飲み物を優しげに見つめる子が映っていた。
ふと、幸村は思った。
彼女はどんな声をしているんだろう。琴璃の肉声をひとかけらも知らないから、ウサギを見た時に彼女の放つ“かわいい”が全く想像できなかった。
幸村の食事が終わりそうな頃にようやく琴璃は泡のウサギを崩し飲み始めた。とっくに冷めているがそんなことは気にしてない様子だった。
飲み終わり、ふと、跡部に目配せする琴璃。その無言の訴えを理解した跡部は呆れながらも目を細める。
「どうせお前、それが目当てでここに来たかったんだろ」
にっこり笑って立ち上がる琴璃に跡部がカードを差し出した。
「ほら」
けれど遠慮する琴璃はなかなか受け取らない。
「バーカ、俺がいるのに自分で払おうとするな。ゆっくり悩んでこい」
ありがとう、と琴璃の口元は言っていた。やっぱり音にはなっていないけれど、ちゃんと跡部には届いていた。琴璃は跡部からカードを受け取り大事そうに制服のポケットにしまうと、席から離れ奥の方へ消えていった。
「……どうしたの」
「隣に雑貨店が併設されていて、店内から行き来できるように繋がっている。お前はこの後何か予定があるのか」
「ううん、なんにも」
「ならいい。あいつの買い物は恐ろしく長いからな。すぐにはまだ帰れないぜ」
と言ってるくせに顔は笑っていた。その彼の横顔を見た幸村は、病院でもこんな顔してたな、と思った。見守るような穏やかな青い瞳が遠のく彼女の背中をとらえている。
だからつい、聞いてしまった。
「いつもキミが病院に付き添ってあげてるのは幼馴染だから?それだけ?」
「何が言いたい?」
「違ったら悪いんだけどさ。もしかして――責任感じてるのかなって」
車内で琴璃の過去を話してた時、跡部はやけに淡々としていた。冷静なのはいつもと変わらないけど、わざと無神経さを上塗りするような、そんな、彼の微妙な違いを幸村は感じていた。
跡部は幸村をじっと見つめる。青くて綺麗な硝子玉のような瞳に射抜かれる。もしかして怒られるのかな、と幸村は思った。けれど跡部は幸村から目をそらし、
「さぁ。どうだろうな」
そう呟いて、静かに笑った。意外だった。“くだらないこと聞いてくるんじゃねぇ”だとか、一蹴されてしまうと思ってたのに。今の跡部は幸村が見てきた彼とまるで別人だった。横顔が、なぜか辛そうにも見えてしまった。きっと、こんな姿は、彼の性格からしてこの先誰にも見せないだろう。一瞬の心の隙を見せられているような気がした。どうして自分がそれを見られたのか幸村は思ったけど、その理由はなんとなく分かる。さっき幸村がした質問が、図星だったからだ。
「王様なキミのそんな顔、初めて見た」
「悪かったな」
「ううん、優しい瞳だと思ったよ」
格好良いのはいつものことで、それ以外に人を思いやる優しい瞳をしていたのが幸村には分かった。そうじゃなきゃ、こんな土足で踏み込むようなこと聞けない。聞いてしまった幸村を跡部は、怒るでも無視するでもなくちゃんと応答してくれた。
「お前にしちゃ、なかなか鋭い感性だな」
「テニスのおかげかもね。……ん。今、俺、跡部に褒められたってこと?やったね」
「自惚れるんじゃねぇ」
もう跡部はいつもの調子に戻っていた。隙などもうどこにもない。
「きっとまた喋れるようになれる日が来るよ」
「……どうだろうな」
そうして静かにカップに口をつけた。幸村もまた同じように。とっくに冷めているのに、互いにもう何も言わず、喉にぬるい液体を流し込んだ。
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