ウサギの声色
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週末の練習試合は立海が氷帝に赴く形となり、せっかく強豪校同士集まったのだから、今日は1日しっかりとした大会ルールと同じ試合形式で行うことになった。
なのだが、幸村はというと、立海用にあてがわれたベンチ席でぼーっと目の前の試合を見ていた。さっきからずっとこの調子。ちなみに、オーダー、進行と何から何まで真田と柳に丸投げ済み。自分は出番が来るまでただただ物思いにふけっているのみ。
なんとなく、氷帝に来たらまたあの子に会えるかなあと思っていた。だがそもそも琴璃はテニス部でも何でもないのだから会える確証なんてない。跡部と一緒にいるところしか見たことがなかったから、勝手にセットで考えてしまっていた。
そんなことよりも、どうして彼女に会えるかもだなんて思ったのだろう。普通に考えてあの子は跡部の彼女ではないのか。あの日幸村の問いには首を振っていたけれど、言葉でちゃんと否定されたわけではないから信じていいのかもわからない。というかそもそも、誰かのものに惚れるほど幸村は恋に盲目になるタイプではないし感情を揺さぶられやすい性質でもない。
だからきっと、琴璃のことを思い出したのはそんなに深い意味はないのだろう。動物園に行ってライオンが見れるかなくらいの、なんてことはない思いつき。まぁあの子の場合はライオンではなく“ウサギ”がぴったりだろうな。練習試合に来たと言うのに、さっきからそんな余計なことばかり考えている。ダブルスの2試合とシングルス3までが終わって今はシングルス2の対戦。切原と日吉が対峙している。一進一退の試合運びでなかなかいい勝負になっていた。どちらのベンチ側からも声を張り上げ応援している者たちがいる。みんなすごいなあ。俺あんなに声張れないよとか思ってしまう。感心するのは断じてそこではないと言うのに。
ふと、幸村は向かい側の氷帝のベンチ席を見た。跡部が腕と足を組んで同じように試合の様子を見ていた。なんか偉そうな姿勢だけど幸村と違ってちゃんと試合の動向を観察している。当たり前だがその表情は病院で見た時とは明らかに違う。病院で、琴璃といた時はもう少し柔らかかった気がする。気がするだけで、跡部とは大して仲良くはないからただの気のせいかもしれない。
その時わあっと大きな声が沸いた。その殆どは、コートの周りにいる氷帝のレギュラー以外の部員のもの。さすが氷帝のテニス部員は数が違うな。呑気に圧倒されてしまっていた。
だが、この試合の軍配は切原に上がった。今の声たちは、日吉の敗北に嘆く部員たちのものばかりだったのだ。時間差でそのことに気が付いた。結局幸村は、試合の内容にちっとも集中なんてしてなかった。
「幸村ぶちょーっ、俺勝ったッス」
「ああ、うん。お疲れ」
試合を終えた切原がさっそく幸村のもとへ寄ってくる。褒めてくれと言わんばかりの満面の笑み。なのに幸村の返事はそっけないものだった。大して内容を見ていなかったから当たり前である。当然、幸村のその反応に切原は物足りない様子。けれどどちらかというと立海の部活動は日々怒られることの方が多い。だから彼も幸村から手放しで褒めてもらえるとは思っていなかったらしく、最初からそこまで期待していなかった。
「次はいよいよ部長ッスね。ちゃちゃっと決めてきちゃってくださいよ」
「へ?」
それだけ言って切原はさっさと水飲み場のほうへ行ってしまった。これ以上こんなところでふらふらして真田に見つかるのが嫌なのだ。
「精市、どうした。次はシングルス1だぞ」
「あ、うん」
いつもとどこか幸村の様子が違う。気づいた柳が声をかけてきた。さっきから注意散漫な幸村に気になっていた。
「……どこか具合でも悪いのか」
「大丈夫だよ。ちょっと、ぼーっとしちゃってただけ」
幸村は適当に笑ってラケットを持ち立ち上がる。コート内には既に対戦相手が待ち構えていた。
「よく逃げなかったじゃねぇか」
「そんな真似しないよ。俺だってキミと戦いたかったから」
「どうだかな」
薄ら笑いをし跡部がネット近くまで来る。同じく幸村も歩み寄り、2人は向き合うと互いの拳をぶつけ合った。
「お前が望んで実現した練習試合だってのに、ちったぁ集中したらどうだ。さっきもずっと試合なんか見ずにうわの空だったじゃねぇの」
「あ、バレてる」
「何故か俺様の顔ばかり見やがって」
「あぁ、うん。キミが格好良すぎて、つい」
「ハン。野郎に言われても全く嬉しかねぇよ」
どこか気の抜けた会話はそこまでだった。急に空気が張り詰めたのをここにいる誰もが感じた。審判役の丸井の声までもが掠れるほどに。
のっけから本気のサーブを放つ跡部。それを力強く返す幸村。両者とも序盤から全力でぶつかっている。あんなに喧しかった応援席が今は逆に静寂を漂わせていた。2人の迫力が凄まじすぎて誰も声を上げることもできない。厳かささえ纏う中、1セット目は跡部が取った。そこでようやく各々の部員たちが声を出し始めた。
「跡部決めろぉっ、手加減なんかしてねーでやっちまえ!」
「ぶちょーっ、あのヘンテココールが出る前にさっさとやっちゃってくださいよー!」
宍戸と切原が少々荒々しいヤジを飛ばす。鳳と柳生が注意しようとしているが、それ以外の連中は試合の運びに釘付けだった。2セット目からはやたらとラリーが続く展開だった。間違いなく両者とも攻めていると言うのに、決め球を拾い拾われでなかなかポイントにならずにいた。どこまでも続く激しいラリーにとびきり盛り上がるギャラリーたち。当然である。幸村と跡部は公式戦でも今まで1度たりとも当たったことがなかった。非公式試合とは言え、こんな貴重な対決を間近で見られることに、ここにいる誰もが興奮していた。
跡部は強い。勿論それは幸村も認めている。他校の同年代プレイヤーで一目置く選手と言っても過言ではない。でも、だからと言って自分よりも強いとは1ミリも思ったことはない。そんな存在は未だかつていない。
長かった2セット目は幸村が取り返した。偶然にも1セット目と同じカウントだった。額の汗を拭いながら、幸村は跡部に微笑む。
「ぼーっとしてたこと心配してくれたけど、普通にキミに勝っちゃうよ、俺」
「ぬかせ」
そんなことを言うわりに跡部も同じように笑っていた。あぁ楽しいな。次はどう攻めようか。彼は何を仕掛けてくるだろうか。すぐそこの未来にわくわくする。今はもう勝つことしか考えたくない。はやる気持ちで幸村はラケットを構える。
自分は病気を克服した。その強さがある。苦しい病から這い上がってまたここに戻ってきた。またこうしてテニスをしている。息は続くし腕も振れる。何ら問題はない。少しくらい、検査の数値が上がったからといってなんてことはないんだ――幸村精市の強さは、絶対的なんだ。
「幸村ぁぁっ」
唐突に真田の大声が響く。応援というよりまるで喝みたいな声だった。なんで俺が怒られなきゃいけないんだよ。今さっきセット取り返したってのに。まだまだ試合はこれからじゃないか。けれどそれは言葉にならなかった。
「え……?」
突然、身体の感覚がなくなった。視界がぐらついたかと思うと身の回りが歪む。真田がまだ自分に向かって吠えている。身を乗り出してこっちに来ようとしている。隣にいる柳までもが珍しく目を見開いて焦っているではないか。
まるでスローモーションのようだった。狭くなってゆく視野と遠のこうとしている意識。あ、これヤバイなと思った。けれど思っただけで身体が思い通りに動かせなかった。左頬が痛いと感じた。それもそのはずで、気づいた時は左半身が地面に接していた。どうやら倒れたらしい。自覚はなかった。喧しい真田の声すら今はもう遠くのほうから聞こえてくる。
やがて眼の前が暗転する間際、最後に見えた跡部の顔がもの凄く印象的だった。自分のことを見て驚いている。へんなの。いつもかっこいいくせに、そんな顔もするんだね。それだけ思って、幸村は目を閉じた。
なのだが、幸村はというと、立海用にあてがわれたベンチ席でぼーっと目の前の試合を見ていた。さっきからずっとこの調子。ちなみに、オーダー、進行と何から何まで真田と柳に丸投げ済み。自分は出番が来るまでただただ物思いにふけっているのみ。
なんとなく、氷帝に来たらまたあの子に会えるかなあと思っていた。だがそもそも琴璃はテニス部でも何でもないのだから会える確証なんてない。跡部と一緒にいるところしか見たことがなかったから、勝手にセットで考えてしまっていた。
そんなことよりも、どうして彼女に会えるかもだなんて思ったのだろう。普通に考えてあの子は跡部の彼女ではないのか。あの日幸村の問いには首を振っていたけれど、言葉でちゃんと否定されたわけではないから信じていいのかもわからない。というかそもそも、誰かのものに惚れるほど幸村は恋に盲目になるタイプではないし感情を揺さぶられやすい性質でもない。
だからきっと、琴璃のことを思い出したのはそんなに深い意味はないのだろう。動物園に行ってライオンが見れるかなくらいの、なんてことはない思いつき。まぁあの子の場合はライオンではなく“ウサギ”がぴったりだろうな。練習試合に来たと言うのに、さっきからそんな余計なことばかり考えている。ダブルスの2試合とシングルス3までが終わって今はシングルス2の対戦。切原と日吉が対峙している。一進一退の試合運びでなかなかいい勝負になっていた。どちらのベンチ側からも声を張り上げ応援している者たちがいる。みんなすごいなあ。俺あんなに声張れないよとか思ってしまう。感心するのは断じてそこではないと言うのに。
ふと、幸村は向かい側の氷帝のベンチ席を見た。跡部が腕と足を組んで同じように試合の様子を見ていた。なんか偉そうな姿勢だけど幸村と違ってちゃんと試合の動向を観察している。当たり前だがその表情は病院で見た時とは明らかに違う。病院で、琴璃といた時はもう少し柔らかかった気がする。気がするだけで、跡部とは大して仲良くはないからただの気のせいかもしれない。
その時わあっと大きな声が沸いた。その殆どは、コートの周りにいる氷帝のレギュラー以外の部員のもの。さすが氷帝のテニス部員は数が違うな。呑気に圧倒されてしまっていた。
だが、この試合の軍配は切原に上がった。今の声たちは、日吉の敗北に嘆く部員たちのものばかりだったのだ。時間差でそのことに気が付いた。結局幸村は、試合の内容にちっとも集中なんてしてなかった。
「幸村ぶちょーっ、俺勝ったッス」
「ああ、うん。お疲れ」
試合を終えた切原がさっそく幸村のもとへ寄ってくる。褒めてくれと言わんばかりの満面の笑み。なのに幸村の返事はそっけないものだった。大して内容を見ていなかったから当たり前である。当然、幸村のその反応に切原は物足りない様子。けれどどちらかというと立海の部活動は日々怒られることの方が多い。だから彼も幸村から手放しで褒めてもらえるとは思っていなかったらしく、最初からそこまで期待していなかった。
「次はいよいよ部長ッスね。ちゃちゃっと決めてきちゃってくださいよ」
「へ?」
それだけ言って切原はさっさと水飲み場のほうへ行ってしまった。これ以上こんなところでふらふらして真田に見つかるのが嫌なのだ。
「精市、どうした。次はシングルス1だぞ」
「あ、うん」
いつもとどこか幸村の様子が違う。気づいた柳が声をかけてきた。さっきから注意散漫な幸村に気になっていた。
「……どこか具合でも悪いのか」
「大丈夫だよ。ちょっと、ぼーっとしちゃってただけ」
幸村は適当に笑ってラケットを持ち立ち上がる。コート内には既に対戦相手が待ち構えていた。
「よく逃げなかったじゃねぇか」
「そんな真似しないよ。俺だってキミと戦いたかったから」
「どうだかな」
薄ら笑いをし跡部がネット近くまで来る。同じく幸村も歩み寄り、2人は向き合うと互いの拳をぶつけ合った。
「お前が望んで実現した練習試合だってのに、ちったぁ集中したらどうだ。さっきもずっと試合なんか見ずにうわの空だったじゃねぇの」
「あ、バレてる」
「何故か俺様の顔ばかり見やがって」
「あぁ、うん。キミが格好良すぎて、つい」
「ハン。野郎に言われても全く嬉しかねぇよ」
どこか気の抜けた会話はそこまでだった。急に空気が張り詰めたのをここにいる誰もが感じた。審判役の丸井の声までもが掠れるほどに。
のっけから本気のサーブを放つ跡部。それを力強く返す幸村。両者とも序盤から全力でぶつかっている。あんなに喧しかった応援席が今は逆に静寂を漂わせていた。2人の迫力が凄まじすぎて誰も声を上げることもできない。厳かささえ纏う中、1セット目は跡部が取った。そこでようやく各々の部員たちが声を出し始めた。
「跡部決めろぉっ、手加減なんかしてねーでやっちまえ!」
「ぶちょーっ、あのヘンテココールが出る前にさっさとやっちゃってくださいよー!」
宍戸と切原が少々荒々しいヤジを飛ばす。鳳と柳生が注意しようとしているが、それ以外の連中は試合の運びに釘付けだった。2セット目からはやたらとラリーが続く展開だった。間違いなく両者とも攻めていると言うのに、決め球を拾い拾われでなかなかポイントにならずにいた。どこまでも続く激しいラリーにとびきり盛り上がるギャラリーたち。当然である。幸村と跡部は公式戦でも今まで1度たりとも当たったことがなかった。非公式試合とは言え、こんな貴重な対決を間近で見られることに、ここにいる誰もが興奮していた。
跡部は強い。勿論それは幸村も認めている。他校の同年代プレイヤーで一目置く選手と言っても過言ではない。でも、だからと言って自分よりも強いとは1ミリも思ったことはない。そんな存在は未だかつていない。
長かった2セット目は幸村が取り返した。偶然にも1セット目と同じカウントだった。額の汗を拭いながら、幸村は跡部に微笑む。
「ぼーっとしてたこと心配してくれたけど、普通にキミに勝っちゃうよ、俺」
「ぬかせ」
そんなことを言うわりに跡部も同じように笑っていた。あぁ楽しいな。次はどう攻めようか。彼は何を仕掛けてくるだろうか。すぐそこの未来にわくわくする。今はもう勝つことしか考えたくない。はやる気持ちで幸村はラケットを構える。
自分は病気を克服した。その強さがある。苦しい病から這い上がってまたここに戻ってきた。またこうしてテニスをしている。息は続くし腕も振れる。何ら問題はない。少しくらい、検査の数値が上がったからといってなんてことはないんだ――幸村精市の強さは、絶対的なんだ。
「幸村ぁぁっ」
唐突に真田の大声が響く。応援というよりまるで喝みたいな声だった。なんで俺が怒られなきゃいけないんだよ。今さっきセット取り返したってのに。まだまだ試合はこれからじゃないか。けれどそれは言葉にならなかった。
「え……?」
突然、身体の感覚がなくなった。視界がぐらついたかと思うと身の回りが歪む。真田がまだ自分に向かって吠えている。身を乗り出してこっちに来ようとしている。隣にいる柳までもが珍しく目を見開いて焦っているではないか。
まるでスローモーションのようだった。狭くなってゆく視野と遠のこうとしている意識。あ、これヤバイなと思った。けれど思っただけで身体が思い通りに動かせなかった。左頬が痛いと感じた。それもそのはずで、気づいた時は左半身が地面に接していた。どうやら倒れたらしい。自覚はなかった。喧しい真田の声すら今はもう遠くのほうから聞こえてくる。
やがて眼の前が暗転する間際、最後に見えた跡部の顔がもの凄く印象的だった。自分のことを見て驚いている。へんなの。いつもかっこいいくせに、そんな顔もするんだね。それだけ思って、幸村は目を閉じた。