ウサギの声色
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翌週の同じ時間帯、前回の結果を聞く為にまたしても病院に来ている。結果を聞いて、もうそれで今度こそ終わりかと思ったのに。
「来週もまた来てくれるかな」
医者の一言に明らかに気持ちが沈んでいった。こないだの血液検査の結果もあまり芳しくなかったから、もう少し精密な検査をすることになってしまった。患者は黙って言う通りにするしかない。覇気のない声で返事をし、幸村は俯いた。「念のためだから大丈夫だよ」という先生の言葉は、気にかけるつもりで言ってくれているのだろうけど、逆に怖いとさえ感じる。
再び血液採取をして、今日はこれで終わりだよと告げられた。この結果を聞くためにまた来週もここへ来なければならない。できれば、否、できる限り病院という場所は幸村にとっては足を踏み入れたくない場所だ。誰も病院なんて好きなわけがないが、それでも幸村は人並み以上に意識してしまう。清潔感のある場所だけど、実際はもっと暗くて閉鎖的で、希望を持てない場所。そういうところだと思っているから。
先週と同じく待合のロビーで会計に呼ばれるのを待つ。ここは、比較的大きな大学病院だから会計作業も機械化しておりセルフで行うものだった。天井から吊り下がった大きな電光掲示板に受付番号が表示されたら会計機のもとへゆくシステム。幸村は自分の番号が出てくるのをじっと待っていた。待ちながらもぼんやり院内の風景を見ていたら、斜め前に1人の女の子が座っているのが視界に入った。
「あ」
あの子だ。今日は、先週のように忙しなく辺りを見回したりすることなく大人しくソファに座って本を読んでいる。こっそり近づいて後ろから覗くと、その本に付けられたブックカバーもウサギのワンポイントのシルエットが付いていた。指に挟んで持っている栞までもがウサギの絵。
「ほんとにウサギが好きなんだね」
気づいたら隣に回り込み座って話しかけていた。なんだか不思議な子だから、少しの興味が湧いたのだ。いきなり話しかけられた彼女は、初めはびっくりしたものの、幸村のことが分かったのか会釈をしてきた。
「今日、跡部はいないの?」
彼女は黙って指を差す。その方向を見ると知っている後ろ姿があった。どうやら会計中らしい。
「ウサギのグッズ、たくさん持ってるんだね」
こくんと頷き、彼女は鞄の中からハンカチやペンケース、ポーチを取り出して幸村に見せてきた。それらのどれも皆、ウサギの絵柄だったりウサギをモチーフにしたデザインをしている。
「わあーすごい」
よくここまで集めたなと思う。幸村の反応に静かに彼女は微笑む。
一見すると通院するような子には見えない。病院 へ通っているのは跡部じゃなくて間違いなく彼女のほうだ。その確信はあった。まぁ自分だって見た目病人には見えないのだが。ただ単に、跡部が病に苦しむ姿が想像できなかったというのもある。
「キミもどこか悪いの?」
「だからこんな所に来ているんだろうが」
「うわっ、早っ」
「んなことより、305番はお前か?」
「え?」
「受付がしきりに呼んでいる」
現れた跡部が顎で後ろの方を指す。総合受付のほうで、会計がまだお済みではありません、と事務の女性が呼び掛けているのが聞こえてきた。
「わー、俺だ、会計してくる」
「ったく」
「すぐ終わるから待っててよ」
「あぁ?なんでテメェを――」
「よろしくー」
言い逃げして幸村は会計機に駆け寄る。会計を済ませ急いで戻るとちゃんと2人は待っていてくれた。きっと彼女が跡部を引き留めたんだろうなと思った。じゃなきゃ跡部の性格からして絶対に幸村なんか無視して帰っている。
彼女の横で跡部は腕を組んで何やら文句を彼女に言っていた。でも彼女は笑っているだけ。何も反論しない。優しいんだな、と思った。
「あ、そうそう。跡部、週末はよろしくね」
「お前とここで会ったあの日の夜に真田の野郎から連絡が来たぜ」
「うん。俺が真田に、跡部に電話かけてって言ったから」
あの日幸村は、氷帝に練習試合を申し込んでほしいと真田に頼んだのだ。それは殆ど勢いで決めた。こういうことを自分でやらずにいつも真田や柳に頼んでいるから、彼等は良い迷惑だ。
「ったく、他人を使って試合の申し込みなんざするんじゃねぇよ。仮にも部長だろうが、お前は」
「だって、俺があの日ここで急に言ったとしても、なんか断られる気がしたからさ。ねぇ?」
幸村が彼女に話を振る。やっぱり控えめに微笑んだ。
「えーと、……琴璃、ちゃんだっけ?」
先週跡部がそんなふうに呼んでいた気がする。でも1度しか聞いてないから幸村は自信がなかった。
「ねぇ、琴璃ちゃんで合ってる?」
確証を得たくて幸村がもう1度問いかけると、琴璃は微笑みながら頷いてくれた。
「良かった。キミも毎週この曜日なの?先週もいたもんね。どこが悪いの?」
「もういいだろが」
幸村の問いかけをやや雑に跡部が遮った。まだ話は終わってないというのに、行くぞ、と琴璃に言って先に歩き出す。だがまたすぐに足を止め、思い出したように幸村の方へ振り向いた。
「おい幸村。週末負けても通院していたのを言い訳にするんじゃねぇぞ」
いかにも彼らしい捨て台詞を残し、今度こそ行ってしまった。琴璃はまた会釈だけして跡部についてゆく。
そうこなくちゃ。通院なんてなんのハンデにもならないよ。だって元気だもん。いっそ今直ぐにでも闘ったっていい。
そして2人の背を見送りながらふと、思った。今日も琴璃とは一言も会話ができなかった。
「来週もまた来てくれるかな」
医者の一言に明らかに気持ちが沈んでいった。こないだの血液検査の結果もあまり芳しくなかったから、もう少し精密な検査をすることになってしまった。患者は黙って言う通りにするしかない。覇気のない声で返事をし、幸村は俯いた。「念のためだから大丈夫だよ」という先生の言葉は、気にかけるつもりで言ってくれているのだろうけど、逆に怖いとさえ感じる。
再び血液採取をして、今日はこれで終わりだよと告げられた。この結果を聞くためにまた来週もここへ来なければならない。できれば、否、できる限り病院という場所は幸村にとっては足を踏み入れたくない場所だ。誰も病院なんて好きなわけがないが、それでも幸村は人並み以上に意識してしまう。清潔感のある場所だけど、実際はもっと暗くて閉鎖的で、希望を持てない場所。そういうところだと思っているから。
先週と同じく待合のロビーで会計に呼ばれるのを待つ。ここは、比較的大きな大学病院だから会計作業も機械化しておりセルフで行うものだった。天井から吊り下がった大きな電光掲示板に受付番号が表示されたら会計機のもとへゆくシステム。幸村は自分の番号が出てくるのをじっと待っていた。待ちながらもぼんやり院内の風景を見ていたら、斜め前に1人の女の子が座っているのが視界に入った。
「あ」
あの子だ。今日は、先週のように忙しなく辺りを見回したりすることなく大人しくソファに座って本を読んでいる。こっそり近づいて後ろから覗くと、その本に付けられたブックカバーもウサギのワンポイントのシルエットが付いていた。指に挟んで持っている栞までもがウサギの絵。
「ほんとにウサギが好きなんだね」
気づいたら隣に回り込み座って話しかけていた。なんだか不思議な子だから、少しの興味が湧いたのだ。いきなり話しかけられた彼女は、初めはびっくりしたものの、幸村のことが分かったのか会釈をしてきた。
「今日、跡部はいないの?」
彼女は黙って指を差す。その方向を見ると知っている後ろ姿があった。どうやら会計中らしい。
「ウサギのグッズ、たくさん持ってるんだね」
こくんと頷き、彼女は鞄の中からハンカチやペンケース、ポーチを取り出して幸村に見せてきた。それらのどれも皆、ウサギの絵柄だったりウサギをモチーフにしたデザインをしている。
「わあーすごい」
よくここまで集めたなと思う。幸村の反応に静かに彼女は微笑む。
一見すると通院するような子には見えない。
「キミもどこか悪いの?」
「だからこんな所に来ているんだろうが」
「うわっ、早っ」
「んなことより、305番はお前か?」
「え?」
「受付がしきりに呼んでいる」
現れた跡部が顎で後ろの方を指す。総合受付のほうで、会計がまだお済みではありません、と事務の女性が呼び掛けているのが聞こえてきた。
「わー、俺だ、会計してくる」
「ったく」
「すぐ終わるから待っててよ」
「あぁ?なんでテメェを――」
「よろしくー」
言い逃げして幸村は会計機に駆け寄る。会計を済ませ急いで戻るとちゃんと2人は待っていてくれた。きっと彼女が跡部を引き留めたんだろうなと思った。じゃなきゃ跡部の性格からして絶対に幸村なんか無視して帰っている。
彼女の横で跡部は腕を組んで何やら文句を彼女に言っていた。でも彼女は笑っているだけ。何も反論しない。優しいんだな、と思った。
「あ、そうそう。跡部、週末はよろしくね」
「お前とここで会ったあの日の夜に真田の野郎から連絡が来たぜ」
「うん。俺が真田に、跡部に電話かけてって言ったから」
あの日幸村は、氷帝に練習試合を申し込んでほしいと真田に頼んだのだ。それは殆ど勢いで決めた。こういうことを自分でやらずにいつも真田や柳に頼んでいるから、彼等は良い迷惑だ。
「ったく、他人を使って試合の申し込みなんざするんじゃねぇよ。仮にも部長だろうが、お前は」
「だって、俺があの日ここで急に言ったとしても、なんか断られる気がしたからさ。ねぇ?」
幸村が彼女に話を振る。やっぱり控えめに微笑んだ。
「えーと、……琴璃、ちゃんだっけ?」
先週跡部がそんなふうに呼んでいた気がする。でも1度しか聞いてないから幸村は自信がなかった。
「ねぇ、琴璃ちゃんで合ってる?」
確証を得たくて幸村がもう1度問いかけると、琴璃は微笑みながら頷いてくれた。
「良かった。キミも毎週この曜日なの?先週もいたもんね。どこが悪いの?」
「もういいだろが」
幸村の問いかけをやや雑に跡部が遮った。まだ話は終わってないというのに、行くぞ、と琴璃に言って先に歩き出す。だがまたすぐに足を止め、思い出したように幸村の方へ振り向いた。
「おい幸村。週末負けても通院していたのを言い訳にするんじゃねぇぞ」
いかにも彼らしい捨て台詞を残し、今度こそ行ってしまった。琴璃はまた会釈だけして跡部についてゆく。
そうこなくちゃ。通院なんてなんのハンデにもならないよ。だって元気だもん。いっそ今直ぐにでも闘ったっていい。
そして2人の背を見送りながらふと、思った。今日も琴璃とは一言も会話ができなかった。