ウサギの声色
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放課後部活がない曜日を選んで通院しているのだが、今日はたまたま生徒会の会議とぶつかってしまった。隔月にしかないのに会長である自分が不在で良いわけがない。しかも、今日の会議は長くなることを見越していた。色々な取り決め事が予定されていたので、終わってから向かうとすると診療の時間に間に合わない。なので、跡部は運転手に言って先に琴璃だけを病院に送らせた。跡部も終わり次第病院に迎えに行くが、琴璃には、「俺が着く前に終わったらなるべく人の多い空間にいろ」と伝えておいた。本音は、看護師と会話か何かでもして1人にならないよう時間を稼いでいろと言いたいところだった。けれど琴璃は話せないし、看護師たちだって仕事中なのにいつまでも話相手なんてしていられない。だからせめて人だかりのある場所にいれば安全だろうとふんだのだ。
予想よりも会議が伸びてしまった。時刻は午後6時を回ったところ。冬なので、あっという間に外は暗くなってしまう。生徒会の業務が終わる頃にはもう月がうっすらと見えていた。いつもの家の車は琴璃を送り届け、病院からまた氷帝へ戻ってくる手筈だったのだが道路が渋滞しているという連絡を受けた。けれどいつまでも大人しく車の到着を待ってられない。跡部はタクシーを使って病院に向かうことにした。
移動中、琴璃には今向かっていることと、道が多少混んでいる旨をメッセージで送った。すぐには既読にならなかった。ということはまだ診療中なのだろう。それならそれでいいと思った。間違っても、またどこぞの馬鹿に捕まってないことだけを祈る。あそこは比較的大きな大学病院だが、そのぶん人の出入りも激しい。最終受付を締め切ったとは言え、まだ診察待ちの患者はそれなりに残っているだろう。この間の変な男は結局、患者だったのかどうだったのか定かではない。今更になって、身分を暴いておけば良かったと思った。もし、あの男が患者でも病院の関係者でもなかったら逆に恐ろしい話になる。なんでもない部外者が簡単に入り込めてしまっていることになるからだ。実際、そんなものは“見舞い”とでも言ってしまえばいくらでも可能な話である。何を考えているのか、ああいう馬鹿が我欲で忍び込んで、琴璃が口の聞けないのをいいことに迫ったのだとしたら。
そこまで考えた時に軽い頭痛を覚えた。あくまで悪い想像をしただけだ。全ては妄想にすぎない。あの日何らかの用事でたまたま病院にいた男が、たまたま琴璃を見つけて興味本位に声をかけてきた。それでいいと思っていても、余計な憶測が頭の中を駆け回る。
自分が通院に付き添うと言ったからには、彼女の身に何かが起きることは許されない。だがそんな、使命みたいな考え方を持ち合わせているつもりで、本当はあの日の記憶から逃れたくて仕方がないのかもしれない。跡部は邪念を振り払うかのように舌打ちをする。目的地には未だあと少しかかりそうだった。
シートに深く身を沈めて跡部は天を仰いだ。狭い車内の天井には何も見つけられなかった。すっかり陽が落ちた今は暗くて何も見えない。車内ももちろん薄暗い。そんな中、手元の携帯が光った。画面に表示されていたのは琴璃の名前だった。それを見た跡部は目を疑った。それが着信だったからだ。
あいつは喋れないのにどうして電話をかけてくるんだ。いつものようにメールを返してくればいい。なのにそれをしないで電話をかけてきたということは、急を要することなのだと即座に思った。
「どうした、まもなく着く」
電話に出て跡部はやや早口で言う。どうしたと聞いたところで彼女は答えられない。でも、咄嗟に聞いてしまった。自分は今、明らかに動揺している。
電話の向こうからは啜り泣くような音も、激しい息遣いも特に聞こえてこない。むしろ怖いくらいの静寂だった。それがまた余計に跡部の平常心を奪ってゆく。
「今、敷地内に入った」
電話の向こうに知らせるが、当然に何も返ってはこない。すでに病院の建物が真ん前に大きく見えている。早くしてくれと、運転手にうっかり言いそうになった。特段遅くはないのに急かすわけにはいかない。それに、敷地内は徐行が当たり前である。焦ったい気持ちが膨らんでいく中、ようやく正面入り口のロータリーでタクシーは停車した。
「釣りは要らない」
跡部は紙幣を運転手に押し付け、すごい勢いで車を降りた。電話はまだ繋がっている。今着いたと、もう一度答えない相手に言おうとしたところだった。
『けーくん』
電話の向こうから聞こえてきた声。自分のことをそんなふうに呼ぶのはこの世でたった1人しかいない。あの頃と同じ、謎に間延びした呼び方をする。懐かしいと感じた。
俺様はそんな情けねぇ名前じゃねぇと、1度だけ幼い頃に言ったことがある。でも、彼女は笑ってそれから先も自分のことをそう呼称した。実際跡部もまんざらではなかった。可愛らしく呼ばれるのが幼いあの頃はまだ許せない年頃だったけで、何故だか特別感を感じられていた。即ち、嬉しかったのだ。彼女が自分をそう呼んで懐いてくれていたことが。
「琴璃」
『けーくん』
「……お前の声が、聞こえるぜ」
正面入り口の自動ドアを超えた。いつもの、広い待合ロビーにはまだ診察待ちの人々がぽつぽつといる。その中に見慣れた横顔を発見した。彼女は携帯を耳に当て、きょろきょろと辺りを見渡している。自分のことを探しているのだと跡部は分かった。
「俺はここにいる」
電話口の声と背後からの声がぴたりと重なった時、琴璃はすぐに振り向いた。そこに立っていた跡部と目が合う。彼女がふわりと笑った。笑っているのに、どこか泣きそうな笑顔にも見えた。跡部は電話を切り琴璃の方へと歩いてゆく。琴璃もまたこっちへやってきて、やがて2人の間には他の人間が入れない距離になった。大きくなってからの彼女の声を聞くのはこれが初めてなのに、なんの違和感もなかった。その代わりに僅かながらの動揺はある。まさかこんなに突然琴璃が声を取り戻すだなんて思っていなかったから、心の準備のようなものが追いついていない。
やっと、聞けた。言いたいことや聞きたいことは沢山ある。だが何を話せばいいのか。いざとなると分からなくなって、彼女を前に跡部はただ立ち尽くしてしまった。
「ちょっとちょっと。なんか言ってあげたらどうなんだい」
「……なんでテメェが居やがるんだ」
ひょい、と琴璃の背後から顔を覗かせる人物もこれまた綺麗な笑顔だった。院内でこの辺りだけ空気が違うのは否めない。想定外の人物の出現に、跡部だけは眉根を寄せる。それでも怯まずに現れた幸村は笑みをこぼす。
「俺も今日診察の日だったんだ。居てもなんにもおかしくないでしょ。あ、ねぇ聞いてよ跡部。俺、検査の結果異常無しだった」
軽いノリで言う幸村。あれほど思い詰めていたというのに、喜び方はさほど激しくない。ますますコイツが分からないと思った。
「そうかよ。良かったじゃねぇか」
「うん。だからもう、心置きなくテニスできる。キミのことも今度こそ倒せる」
そう言って、幸村はびしっと跡部のことを指差す。跡部は少々うんざりしながらその腕を掴んで強引に下へ降ろさせた。
「てことで、行こうよ」
「あ?」
「ようやく気を抜くことができたらお腹減っちゃった。俺、この間連れてってくれた店にまた行きたいなぁ」
「んなこと知るか。テメェ1人で行きやがれ」
「えー、いいじゃん。俺も琴璃ちゃんもおめでとうってことでさ。そうだよねぇ?」
デジャヴだ。こんな展開をつい数週間前に味わった覚えがある。あの時も今も、琴璃を味方に取り込もうなんて卑怯な手を使うんじゃねぇと跡部は思っていた。だって、彼女に聞けば、ほら。
「行こう。3人で行こう?」
琴璃は2人の間に入り込み、両者を両脇に抱えるようにして腕を組んだ。そのまま歩き出すから、跡部も幸村も連れて行かれるように共に歩くしかなかった。こんな彼女の様子を跡部は初めて目にした。この上なく嬉しそうだ。
琴璃を真ん中にして、右に幸村、左に跡部が彼女に身を寄せ合って歩く。3人4脚みたいな構図になっているのに、そんなこと幸村と琴璃はお構いなしで仲良く会話を始めている。自分だけが、無理やり歩かされてるみたいな少々間抜けな様子になっている。でも、彼女の腕を振り解くなんて真似はしない。そんなこと、するわけがない。
「え、パスタもあるの?あのお店。こないだ気づかなかったな。じゃあ俺、今日それにしようかな」
「うん。おいしいよ、私もそれにする」
「お前ら何勝手に決めてやがる」
「ねぇ、跡部は?何にする?」
「何にする?」
顔を右に向ければ、おんなじような2つの顔がこっちを見つめてきている。嬉しそうに、幸せそうに問いかけてくるから、もう1人だけクールを気取るのが馬鹿らしいと思った。
「ったく。好きにしろ」
少しだけ俯いて跡部は笑った。2人に見えないように笑ったはずなのに、2人とも彼をしっかりと見ていた。いつも端正で隙のない横顔が、今だけは優しげに緩んでいた。それを見た琴璃と幸村は、顔を見合わせまたそっと笑ったのだった。
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この2人を両脇に抱えて闊歩とか。激しくやりたい
“景ちゃん”呼びは前に書いたのでそれ以外の呼び方にしたいとずっとずっと考えててこれにしました。“景くん”にしなかった理由は、平仮名でちょっと間抜けっぽくなるのにも関わらず呼ばれてるご本人は超絶イケメンというギャップ(?)な感じを出したかったんです。
予想よりも会議が伸びてしまった。時刻は午後6時を回ったところ。冬なので、あっという間に外は暗くなってしまう。生徒会の業務が終わる頃にはもう月がうっすらと見えていた。いつもの家の車は琴璃を送り届け、病院からまた氷帝へ戻ってくる手筈だったのだが道路が渋滞しているという連絡を受けた。けれどいつまでも大人しく車の到着を待ってられない。跡部はタクシーを使って病院に向かうことにした。
移動中、琴璃には今向かっていることと、道が多少混んでいる旨をメッセージで送った。すぐには既読にならなかった。ということはまだ診療中なのだろう。それならそれでいいと思った。間違っても、またどこぞの馬鹿に捕まってないことだけを祈る。あそこは比較的大きな大学病院だが、そのぶん人の出入りも激しい。最終受付を締め切ったとは言え、まだ診察待ちの患者はそれなりに残っているだろう。この間の変な男は結局、患者だったのかどうだったのか定かではない。今更になって、身分を暴いておけば良かったと思った。もし、あの男が患者でも病院の関係者でもなかったら逆に恐ろしい話になる。なんでもない部外者が簡単に入り込めてしまっていることになるからだ。実際、そんなものは“見舞い”とでも言ってしまえばいくらでも可能な話である。何を考えているのか、ああいう馬鹿が我欲で忍び込んで、琴璃が口の聞けないのをいいことに迫ったのだとしたら。
そこまで考えた時に軽い頭痛を覚えた。あくまで悪い想像をしただけだ。全ては妄想にすぎない。あの日何らかの用事でたまたま病院にいた男が、たまたま琴璃を見つけて興味本位に声をかけてきた。それでいいと思っていても、余計な憶測が頭の中を駆け回る。
自分が通院に付き添うと言ったからには、彼女の身に何かが起きることは許されない。だがそんな、使命みたいな考え方を持ち合わせているつもりで、本当はあの日の記憶から逃れたくて仕方がないのかもしれない。跡部は邪念を振り払うかのように舌打ちをする。目的地には未だあと少しかかりそうだった。
シートに深く身を沈めて跡部は天を仰いだ。狭い車内の天井には何も見つけられなかった。すっかり陽が落ちた今は暗くて何も見えない。車内ももちろん薄暗い。そんな中、手元の携帯が光った。画面に表示されていたのは琴璃の名前だった。それを見た跡部は目を疑った。
あいつは喋れないのにどうして電話をかけてくるんだ。いつものようにメールを返してくればいい。なのにそれをしないで電話をかけてきたということは、急を要することなのだと即座に思った。
「どうした、まもなく着く」
電話に出て跡部はやや早口で言う。どうしたと聞いたところで彼女は答えられない。でも、咄嗟に聞いてしまった。自分は今、明らかに動揺している。
電話の向こうからは啜り泣くような音も、激しい息遣いも特に聞こえてこない。むしろ怖いくらいの静寂だった。それがまた余計に跡部の平常心を奪ってゆく。
「今、敷地内に入った」
電話の向こうに知らせるが、当然に何も返ってはこない。すでに病院の建物が真ん前に大きく見えている。早くしてくれと、運転手にうっかり言いそうになった。特段遅くはないのに急かすわけにはいかない。それに、敷地内は徐行が当たり前である。焦ったい気持ちが膨らんでいく中、ようやく正面入り口のロータリーでタクシーは停車した。
「釣りは要らない」
跡部は紙幣を運転手に押し付け、すごい勢いで車を降りた。電話はまだ繋がっている。今着いたと、もう一度答えない相手に言おうとしたところだった。
『けーくん』
電話の向こうから聞こえてきた声。自分のことをそんなふうに呼ぶのはこの世でたった1人しかいない。あの頃と同じ、謎に間延びした呼び方をする。懐かしいと感じた。
俺様はそんな情けねぇ名前じゃねぇと、1度だけ幼い頃に言ったことがある。でも、彼女は笑ってそれから先も自分のことをそう呼称した。実際跡部もまんざらではなかった。可愛らしく呼ばれるのが幼いあの頃はまだ許せない年頃だったけで、何故だか特別感を感じられていた。即ち、嬉しかったのだ。彼女が自分をそう呼んで懐いてくれていたことが。
「琴璃」
『けーくん』
「……お前の声が、聞こえるぜ」
正面入り口の自動ドアを超えた。いつもの、広い待合ロビーにはまだ診察待ちの人々がぽつぽつといる。その中に見慣れた横顔を発見した。彼女は携帯を耳に当て、きょろきょろと辺りを見渡している。自分のことを探しているのだと跡部は分かった。
「俺はここにいる」
電話口の声と背後からの声がぴたりと重なった時、琴璃はすぐに振り向いた。そこに立っていた跡部と目が合う。彼女がふわりと笑った。笑っているのに、どこか泣きそうな笑顔にも見えた。跡部は電話を切り琴璃の方へと歩いてゆく。琴璃もまたこっちへやってきて、やがて2人の間には他の人間が入れない距離になった。大きくなってからの彼女の声を聞くのはこれが初めてなのに、なんの違和感もなかった。その代わりに僅かながらの動揺はある。まさかこんなに突然琴璃が声を取り戻すだなんて思っていなかったから、心の準備のようなものが追いついていない。
やっと、聞けた。言いたいことや聞きたいことは沢山ある。だが何を話せばいいのか。いざとなると分からなくなって、彼女を前に跡部はただ立ち尽くしてしまった。
「ちょっとちょっと。なんか言ってあげたらどうなんだい」
「……なんでテメェが居やがるんだ」
ひょい、と琴璃の背後から顔を覗かせる人物もこれまた綺麗な笑顔だった。院内でこの辺りだけ空気が違うのは否めない。想定外の人物の出現に、跡部だけは眉根を寄せる。それでも怯まずに現れた幸村は笑みをこぼす。
「俺も今日診察の日だったんだ。居てもなんにもおかしくないでしょ。あ、ねぇ聞いてよ跡部。俺、検査の結果異常無しだった」
軽いノリで言う幸村。あれほど思い詰めていたというのに、喜び方はさほど激しくない。ますますコイツが分からないと思った。
「そうかよ。良かったじゃねぇか」
「うん。だからもう、心置きなくテニスできる。キミのことも今度こそ倒せる」
そう言って、幸村はびしっと跡部のことを指差す。跡部は少々うんざりしながらその腕を掴んで強引に下へ降ろさせた。
「てことで、行こうよ」
「あ?」
「ようやく気を抜くことができたらお腹減っちゃった。俺、この間連れてってくれた店にまた行きたいなぁ」
「んなこと知るか。テメェ1人で行きやがれ」
「えー、いいじゃん。俺も琴璃ちゃんもおめでとうってことでさ。そうだよねぇ?」
デジャヴだ。こんな展開をつい数週間前に味わった覚えがある。あの時も今も、琴璃を味方に取り込もうなんて卑怯な手を使うんじゃねぇと跡部は思っていた。だって、彼女に聞けば、ほら。
「行こう。3人で行こう?」
琴璃は2人の間に入り込み、両者を両脇に抱えるようにして腕を組んだ。そのまま歩き出すから、跡部も幸村も連れて行かれるように共に歩くしかなかった。こんな彼女の様子を跡部は初めて目にした。この上なく嬉しそうだ。
琴璃を真ん中にして、右に幸村、左に跡部が彼女に身を寄せ合って歩く。3人4脚みたいな構図になっているのに、そんなこと幸村と琴璃はお構いなしで仲良く会話を始めている。自分だけが、無理やり歩かされてるみたいな少々間抜けな様子になっている。でも、彼女の腕を振り解くなんて真似はしない。そんなこと、するわけがない。
「え、パスタもあるの?あのお店。こないだ気づかなかったな。じゃあ俺、今日それにしようかな」
「うん。おいしいよ、私もそれにする」
「お前ら何勝手に決めてやがる」
「ねぇ、跡部は?何にする?」
「何にする?」
顔を右に向ければ、おんなじような2つの顔がこっちを見つめてきている。嬉しそうに、幸せそうに問いかけてくるから、もう1人だけクールを気取るのが馬鹿らしいと思った。
「ったく。好きにしろ」
少しだけ俯いて跡部は笑った。2人に見えないように笑ったはずなのに、2人とも彼をしっかりと見ていた。いつも端正で隙のない横顔が、今だけは優しげに緩んでいた。それを見た琴璃と幸村は、顔を見合わせまたそっと笑ったのだった。
===============================================================
この2人を両脇に抱えて闊歩とか。激しくやりたい
“景ちゃん”呼びは前に書いたのでそれ以外の呼び方にしたいとずっとずっと考えててこれにしました。“景くん”にしなかった理由は、平仮名でちょっと間抜けっぽくなるのにも関わらず呼ばれてるご本人は超絶イケメンというギャップ(?)な感じを出したかったんです。
