ウサギの声色
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【注意⚠】
・VSではないです。
・主人公の出番が少ないです。
・ヘタレ気味の幸村と完璧じゃない跡部がいます。
・幸村の病気の情報が、原作様と違います。
なんでも許せる方のみお付き合いくださいm(__)m
ノークレーム・ノーリターン!
都内にある大学病院の待合ロビー。幸村は空いている適当な椅子に腰掛け、天を仰ぐように上を見た。
病院の天井ってこんなに高かったんだ。ふだんそんな所を気にしないから余計にそう感じる。平日の、間もなく夕方6時になろうとしている病院のメインロビーは、まあまあ騒がしがったが別にそこまで不快でもなかった。自分以外の人が沢山居る。そのことが今はどこか安心材料になっていたからだ。
今日は午後の部活を休み、神奈川から電車を乗り継いで独りこんな所へ来ている。所謂再検査の為。月1の検査が今回はあまり良くなかった。今まで何ともなかったのに、こんなことは退院してから初めてのことだった。
素直に気持ちは沈んでいる。少々の不安も押し寄せてきてる。大抵のことじゃ物怖じしない性格だけど、自分の身体のこととなると話は別だ。絶望を体験してからまだ1年も経っていないから余計に怖い。またテニスができなくなったら、とか弱気になっている自分がいる。
弱い時、人は誰かに縋りたくなるものだ。いつでもそばにいてくれる存在がいたらそれに越したことはないけれど、生憎今の幸村には恋人と呼べる存在はいない。別に恋人でなくとも、家族の誰かがその役目を仰せつかってくれても良いのだが、17にもなって母親にそんなこと頼めるものか。だからやっぱり、1人で悶々と考えるしかなかった。
そんな、気持ちが不安定になってる時に彼女を見つけた。幸村とはす向かいの場所に座っている。かと思いきやじっとしているわけではなく、些か挙動不審な動きをしていた。さっきから忙しなく、それでいて懸命に周辺を見回している。ソファの下を覗いたり、ついには立ち上がって同じ場所を何度も行ったり来たり。何かを探しているふうだけど、明らかに対象は人ではない。彼女はその場で自分の鞄の中身を広げ出した。それもなかなか豪快に。そばを通り過ぎる人たちがどうしたのかと覗いてくるけど気にすることなく自分の荷物をがさがさ漁っている。
幸村は視力はいい方だ。彼女の持ち物の中にある大判のタオルハンカチにウサギの絵柄がついているのを見つけた。ふと自分の足元に目をやると何かが落ちている。ウサギのシルエットが描かれている定期入れだった。それを拾って彼女の元へ近づく。
「探してるものって、もしかしてこれ?」
幸村の声に彼女は振り向く。目が合った。ウサギみたいな子だなあ。第一印象はまさしくそれだった。目がまん丸で、小動物顔というべきか。立ち上がった彼女の身長は幸村の肩口にも満たない小柄な子だった。
「はい、どーぞ」
幸村は定期入れを差し出す。それを笑顔で受け取る彼女。続いて深々とお辞儀をしてきた。
「ウサギが好きなの?」
こくんと頷く彼女は制服姿だった。
「あれ待てよ、その制服どっかで見たことあるな」
返したばかりの定期入れを見たくて彼女の手元を覗き込む。さっき、定期券の反対側に学生証らしきものも入っていたのがちらりと見えたからだ。それを確認したくて幸村はぐっと顔を近づける。
「んー?」
予想以上に幸村が近すぎてびっくりしたのか、彼女は咄嗟に1歩後ずさる。
「あ、待って待って、見えないから……」
はたから見たら彼女に怖がられているふうにも見えるだろうけど、幸村はそんなことまるで気にしない。ついには動く彼女の手をつかまえる。だがその幸村の手を、また別の人物が掴んだ。
「何してやがるんだテメェは」
「……そっか。氷帝かぁ」
その人物のお陰ですぐに分かった。彼女が着ている制服は氷帝学園のそれだったのだ。手の主は氷帝の跡部だった。幸村のことをじっと見つめてくる。その顔つきを見るに、間違いなく歓迎はされていない様子。むしろ軽く睨まれている。
「なんか見たことあるようなないような気がしたんだよね、この服」
「何を言ってるのか知らねぇが、とりあえずその手を離せ」
「あ、そうだった。ごめんね」
幸村が彼女の手を離すと跡部も幸村を離した。
「こんなところでキミに会うとは思わなかったよ」
「同感だな」
「俺は、ほら、まだ経過観察とか必要だからさ」
「そうか」
それだけ言って、跡部は彼女と共にこの場から去ろうとするから幸村はぽかんとしてしまった。だってもっと病気のことを色々聞かれるかと思ったのに。話を広げる気はないらしく跡部はさっさとここから立ち去ろうとするではないか。肩透かしを食らった気分になる。だから幸村は思わず跡部を呼び止めた。
「え。ちょっと。ちょっと待ってよ。詳しく聞かないの?俺のこと」
「別に興味ない」
「えー、無くはないでしょ。俺、こないだの全国出られなかったのは病気のせいだったんだから」
この前の夏、幸村はテニスの全国大会に出場できなかった。持病が悪化した為にとてもスポーツができる身体ではなかった。数ヶ月経った今は症状も落ち着き、担当医も驚くほどの劇的な回復を遂げた。それでもまだ、“完治”と見做されたわけではないからこうして定期的な検診を受けている。
幸村が病に伏せっていたことは跡部の耳にも届いているはずである。高校テニス界で幸村の名を知らない者は同年代でいない。既にプロにも一目置かれているのだから、跡部が幸村のことを意識していないわけがない。なのに、その幸村に対してどうでもいいような態度を見せる彼は、フ、と笑うと幸村の方に体を向けた。
「だが、もう治ったんだろ?」
「まあ、そうだけどさ」
「だったら、次の夏はお前を倒すだけだな。それ以外にお前に対して言うことはない」
そう言って跡部はまた向こうへ歩いて行こうとする。幸村は思わず彼の背中を凝視してしまう。こないだの全国に幸村が不在だったことだとか、どういう境遇に陥っていたのだとか、そんなことは跡部にとってはどうでもいいことなのだ。幸村が次の夏の大会に出るのかどうか。それ以外のことには興味がない。跡部の思考を知って、幸村はまたしても唖然としてしまった。と同時に、さっきまで1人で見えない敵と向き合って塞ぎ込みそうになっていた自分がちっぽけに感じた。
「全くもう。跡部に同情なんか求めちゃ駄目だな」
あーあ、と背伸びをしたかと思うと、幸村はやや豪快にロビーのソファに沈み込んだ。ぼすっという音までした。大きな独り言を聞いた跡部がもう一度振り向く。だらしなく椅子に堕落した幸村を見て鼻で笑った。
「俺様がお前に同情なんざするかよ」
「けどたまにはさ、いいじゃんそういう優しさ見せたってさ。誰でも弱る時だってあるんだよ?こういう場所に来ると、余計に」
ぶうぶう文句を言う幸村。これのどこに同情をしろと言うのか。跡部はもう何も言い返さなかった。というか、これ以上話を伸ばしたくない。なのに幸村は逃がそうとしない。ここは病院だというのに相変わらず謎に朗らかにしている。
不意に彼女と目が合った。
「跡部の彼女、可愛い子だね」
幸村に話しかけられた彼女は少し曖昧に笑って首を振る。なんだ違うのか。じゃあどういう関係?聞こうとしたのに、せっかちな氷帝の王様はもうこれ以上時間を無駄にしたくないらしい。でも何故か、跡部は幸村を見おろしていた。向こうは立っているから、見下されてる感がものすごくある。
「おい幸村。俺はお前の境遇に同情なんかしないぜ」
「え」
「そんなことをお前に対して思うより、また俺様と同じコートに立てるようになったことを賞賛してやるよ」
思っても見ない言葉をかけられた。今日1番の呆れ顔だったと思う。幸村がぽかんとしているのを指摘するでもなく、跡部は続ける。
「そもそも同情は優しさとは違う」
「……そーゆう答え方、キミらしいよね。偉そうだけど」
「一言余計だ。行くぞ琴璃」
跡部は彼女を連れ立って今度こそ行ってしまった。2人の姿はあっという間に見えなくなった。ひとり残されても、幸村は暫く動かずぼーっとしていた。
「同情は、優しさなんかじゃないんだ」
彼の言葉を復唱する。その通りだと思った。だってそうだった、身を持って経験した。かわいそう、大変だね。言うだけ言ってあとは結局みんな他人事だ。そりゃそうなんだけどさ。だけど人って心のどこかで助けを求めちゃうんだよ。相手が他人であっても。しんどい時は尚更。忍び寄る病魔に対する恐怖を、幸村は誰よりも知っているからそう思う。
“大丈夫?”。そんなふうに聞いてくる奴もいた。大丈夫だったらこんなことになってるもんか。柄にもなく八つ当たりしたくなる時もあった。だから、見せかけの優しさをもらうより、さっきの跡部みたいに、なんなら一切興味を示してくれない方がいいのかもな。彼の言う通り、同情は優しさとは似て非なるものだと思い知る。
跡部は幸村の過去に全く興味がない。あるのはこれからのことだけだろう。また自分とテニスでぶつかり合える。どちらが強者なのかを決められることだけに興味がある人間なのだ。自分のこと以外にさして興味を示さないところが彼らしいなと思った。普段はきっとそんなことないのに、幸村にはそんな跡部のことが潔いようにも映った。
なんか嬉しくなってきた。そんなふうに感じている自分に気づくと、ようやく幸村は病院から外へ出た。もうとっくに会計は終わっていたのだ。なんならあの2人と外に出ても良かったけど、あの時の跡部の圧力になんか負けた。きっと彼は自分のことをそんなに好ましく思ってない。そんな気がする。別に好かれたいとは思わないけど、嫌われる覚えもないけどな。ぼんやり考えながらポケットから携帯を取り出し電話をかける。
「あ、もしもし真田?今終わったんだけどさ、また来週も来てくださいって言われちゃったからとりあえず予約したから。蓮二にもそのこと言っといて。え?……容態だなんて、そんな。全然深刻じゃないよ。ただの再検査」
電話の向こうでそれは重大なことではないか、とか吠えている。相変わらず声が大きいなあ。病気とあまり関わりのない人間だからか、ちょっとしたことでも大袈裟に捉えてくれる友人だ。
でも、突然の今日のもやもやした感情と心細い気持ちを晴らしてくれたのは他でもない跡部だった。母親でもガールフレンドでもなく、他校の全く仲良くない人物からの言葉が幸村を救ったのだ。同情はしないけど、病に勝ち復活できたことを讃えてやる。跡部が自分に対して思うことはそれ以上も以下でも無い。相変わらずのどこまでも上から目線な彼だった。優しさなんてこれっぽっちもなかったけど、あれはあれで彼なりの優しさと思うことにする。
「でさ、お願いがあるんだけどさ――」
真田と二言三言喋り、最後によろしくと言って電話を切る。真田はまだ何かを喚いていたけど一方的に会話を終了させた。
外はとっくに夜空になっていた。外気温の差に少し身震いしたくなる。病院は冷たい場所だと思ってたけど、やっぱり暖房がききまくってたんだなと気づく。学校指定のチェック柄マフラーをぐるんと首に巻き、幸村は歩き出した。そして思うのは、至極シンプルで当たり前なこと。
「テニスができるって幸せなことなんだな」
心も身体も健やかな日々が良い。今出来ることを俺はするよ。そう密かに誓った。
だから、次の夏なんて待ってられない。お望み通りキミと早く対戦したくなったよ。すぐにでも俺と手合わせしてもらおうかな。ほんのり上機嫌で帰路を歩く。病院帰りだというのに、こんなに清々しいのは初めてだ。
・VSではないです。
・主人公の出番が少ないです。
・ヘタレ気味の幸村と完璧じゃない跡部がいます。
・幸村の病気の情報が、原作様と違います。
なんでも許せる方のみお付き合いくださいm(__)m
ノークレーム・ノーリターン!
都内にある大学病院の待合ロビー。幸村は空いている適当な椅子に腰掛け、天を仰ぐように上を見た。
病院の天井ってこんなに高かったんだ。ふだんそんな所を気にしないから余計にそう感じる。平日の、間もなく夕方6時になろうとしている病院のメインロビーは、まあまあ騒がしがったが別にそこまで不快でもなかった。自分以外の人が沢山居る。そのことが今はどこか安心材料になっていたからだ。
今日は午後の部活を休み、神奈川から電車を乗り継いで独りこんな所へ来ている。所謂再検査の為。月1の検査が今回はあまり良くなかった。今まで何ともなかったのに、こんなことは退院してから初めてのことだった。
素直に気持ちは沈んでいる。少々の不安も押し寄せてきてる。大抵のことじゃ物怖じしない性格だけど、自分の身体のこととなると話は別だ。絶望を体験してからまだ1年も経っていないから余計に怖い。またテニスができなくなったら、とか弱気になっている自分がいる。
弱い時、人は誰かに縋りたくなるものだ。いつでもそばにいてくれる存在がいたらそれに越したことはないけれど、生憎今の幸村には恋人と呼べる存在はいない。別に恋人でなくとも、家族の誰かがその役目を仰せつかってくれても良いのだが、17にもなって母親にそんなこと頼めるものか。だからやっぱり、1人で悶々と考えるしかなかった。
そんな、気持ちが不安定になってる時に彼女を見つけた。幸村とはす向かいの場所に座っている。かと思いきやじっとしているわけではなく、些か挙動不審な動きをしていた。さっきから忙しなく、それでいて懸命に周辺を見回している。ソファの下を覗いたり、ついには立ち上がって同じ場所を何度も行ったり来たり。何かを探しているふうだけど、明らかに対象は人ではない。彼女はその場で自分の鞄の中身を広げ出した。それもなかなか豪快に。そばを通り過ぎる人たちがどうしたのかと覗いてくるけど気にすることなく自分の荷物をがさがさ漁っている。
幸村は視力はいい方だ。彼女の持ち物の中にある大判のタオルハンカチにウサギの絵柄がついているのを見つけた。ふと自分の足元に目をやると何かが落ちている。ウサギのシルエットが描かれている定期入れだった。それを拾って彼女の元へ近づく。
「探してるものって、もしかしてこれ?」
幸村の声に彼女は振り向く。目が合った。ウサギみたいな子だなあ。第一印象はまさしくそれだった。目がまん丸で、小動物顔というべきか。立ち上がった彼女の身長は幸村の肩口にも満たない小柄な子だった。
「はい、どーぞ」
幸村は定期入れを差し出す。それを笑顔で受け取る彼女。続いて深々とお辞儀をしてきた。
「ウサギが好きなの?」
こくんと頷く彼女は制服姿だった。
「あれ待てよ、その制服どっかで見たことあるな」
返したばかりの定期入れを見たくて彼女の手元を覗き込む。さっき、定期券の反対側に学生証らしきものも入っていたのがちらりと見えたからだ。それを確認したくて幸村はぐっと顔を近づける。
「んー?」
予想以上に幸村が近すぎてびっくりしたのか、彼女は咄嗟に1歩後ずさる。
「あ、待って待って、見えないから……」
はたから見たら彼女に怖がられているふうにも見えるだろうけど、幸村はそんなことまるで気にしない。ついには動く彼女の手をつかまえる。だがその幸村の手を、また別の人物が掴んだ。
「何してやがるんだテメェは」
「……そっか。氷帝かぁ」
その人物のお陰ですぐに分かった。彼女が着ている制服は氷帝学園のそれだったのだ。手の主は氷帝の跡部だった。幸村のことをじっと見つめてくる。その顔つきを見るに、間違いなく歓迎はされていない様子。むしろ軽く睨まれている。
「なんか見たことあるようなないような気がしたんだよね、この服」
「何を言ってるのか知らねぇが、とりあえずその手を離せ」
「あ、そうだった。ごめんね」
幸村が彼女の手を離すと跡部も幸村を離した。
「こんなところでキミに会うとは思わなかったよ」
「同感だな」
「俺は、ほら、まだ経過観察とか必要だからさ」
「そうか」
それだけ言って、跡部は彼女と共にこの場から去ろうとするから幸村はぽかんとしてしまった。だってもっと病気のことを色々聞かれるかと思ったのに。話を広げる気はないらしく跡部はさっさとここから立ち去ろうとするではないか。肩透かしを食らった気分になる。だから幸村は思わず跡部を呼び止めた。
「え。ちょっと。ちょっと待ってよ。詳しく聞かないの?俺のこと」
「別に興味ない」
「えー、無くはないでしょ。俺、こないだの全国出られなかったのは病気のせいだったんだから」
この前の夏、幸村はテニスの全国大会に出場できなかった。持病が悪化した為にとてもスポーツができる身体ではなかった。数ヶ月経った今は症状も落ち着き、担当医も驚くほどの劇的な回復を遂げた。それでもまだ、“完治”と見做されたわけではないからこうして定期的な検診を受けている。
幸村が病に伏せっていたことは跡部の耳にも届いているはずである。高校テニス界で幸村の名を知らない者は同年代でいない。既にプロにも一目置かれているのだから、跡部が幸村のことを意識していないわけがない。なのに、その幸村に対してどうでもいいような態度を見せる彼は、フ、と笑うと幸村の方に体を向けた。
「だが、もう治ったんだろ?」
「まあ、そうだけどさ」
「だったら、次の夏はお前を倒すだけだな。それ以外にお前に対して言うことはない」
そう言って跡部はまた向こうへ歩いて行こうとする。幸村は思わず彼の背中を凝視してしまう。こないだの全国に幸村が不在だったことだとか、どういう境遇に陥っていたのだとか、そんなことは跡部にとってはどうでもいいことなのだ。幸村が次の夏の大会に出るのかどうか。それ以外のことには興味がない。跡部の思考を知って、幸村はまたしても唖然としてしまった。と同時に、さっきまで1人で見えない敵と向き合って塞ぎ込みそうになっていた自分がちっぽけに感じた。
「全くもう。跡部に同情なんか求めちゃ駄目だな」
あーあ、と背伸びをしたかと思うと、幸村はやや豪快にロビーのソファに沈み込んだ。ぼすっという音までした。大きな独り言を聞いた跡部がもう一度振り向く。だらしなく椅子に堕落した幸村を見て鼻で笑った。
「俺様がお前に同情なんざするかよ」
「けどたまにはさ、いいじゃんそういう優しさ見せたってさ。誰でも弱る時だってあるんだよ?こういう場所に来ると、余計に」
ぶうぶう文句を言う幸村。これのどこに同情をしろと言うのか。跡部はもう何も言い返さなかった。というか、これ以上話を伸ばしたくない。なのに幸村は逃がそうとしない。ここは病院だというのに相変わらず謎に朗らかにしている。
不意に彼女と目が合った。
「跡部の彼女、可愛い子だね」
幸村に話しかけられた彼女は少し曖昧に笑って首を振る。なんだ違うのか。じゃあどういう関係?聞こうとしたのに、せっかちな氷帝の王様はもうこれ以上時間を無駄にしたくないらしい。でも何故か、跡部は幸村を見おろしていた。向こうは立っているから、見下されてる感がものすごくある。
「おい幸村。俺はお前の境遇に同情なんかしないぜ」
「え」
「そんなことをお前に対して思うより、また俺様と同じコートに立てるようになったことを賞賛してやるよ」
思っても見ない言葉をかけられた。今日1番の呆れ顔だったと思う。幸村がぽかんとしているのを指摘するでもなく、跡部は続ける。
「そもそも同情は優しさとは違う」
「……そーゆう答え方、キミらしいよね。偉そうだけど」
「一言余計だ。行くぞ琴璃」
跡部は彼女を連れ立って今度こそ行ってしまった。2人の姿はあっという間に見えなくなった。ひとり残されても、幸村は暫く動かずぼーっとしていた。
「同情は、優しさなんかじゃないんだ」
彼の言葉を復唱する。その通りだと思った。だってそうだった、身を持って経験した。かわいそう、大変だね。言うだけ言ってあとは結局みんな他人事だ。そりゃそうなんだけどさ。だけど人って心のどこかで助けを求めちゃうんだよ。相手が他人であっても。しんどい時は尚更。忍び寄る病魔に対する恐怖を、幸村は誰よりも知っているからそう思う。
“大丈夫?”。そんなふうに聞いてくる奴もいた。大丈夫だったらこんなことになってるもんか。柄にもなく八つ当たりしたくなる時もあった。だから、見せかけの優しさをもらうより、さっきの跡部みたいに、なんなら一切興味を示してくれない方がいいのかもな。彼の言う通り、同情は優しさとは似て非なるものだと思い知る。
跡部は幸村の過去に全く興味がない。あるのはこれからのことだけだろう。また自分とテニスでぶつかり合える。どちらが強者なのかを決められることだけに興味がある人間なのだ。自分のこと以外にさして興味を示さないところが彼らしいなと思った。普段はきっとそんなことないのに、幸村にはそんな跡部のことが潔いようにも映った。
なんか嬉しくなってきた。そんなふうに感じている自分に気づくと、ようやく幸村は病院から外へ出た。もうとっくに会計は終わっていたのだ。なんならあの2人と外に出ても良かったけど、あの時の跡部の圧力になんか負けた。きっと彼は自分のことをそんなに好ましく思ってない。そんな気がする。別に好かれたいとは思わないけど、嫌われる覚えもないけどな。ぼんやり考えながらポケットから携帯を取り出し電話をかける。
「あ、もしもし真田?今終わったんだけどさ、また来週も来てくださいって言われちゃったからとりあえず予約したから。蓮二にもそのこと言っといて。え?……容態だなんて、そんな。全然深刻じゃないよ。ただの再検査」
電話の向こうでそれは重大なことではないか、とか吠えている。相変わらず声が大きいなあ。病気とあまり関わりのない人間だからか、ちょっとしたことでも大袈裟に捉えてくれる友人だ。
でも、突然の今日のもやもやした感情と心細い気持ちを晴らしてくれたのは他でもない跡部だった。母親でもガールフレンドでもなく、他校の全く仲良くない人物からの言葉が幸村を救ったのだ。同情はしないけど、病に勝ち復活できたことを讃えてやる。跡部が自分に対して思うことはそれ以上も以下でも無い。相変わらずのどこまでも上から目線な彼だった。優しさなんてこれっぽっちもなかったけど、あれはあれで彼なりの優しさと思うことにする。
「でさ、お願いがあるんだけどさ――」
真田と二言三言喋り、最後によろしくと言って電話を切る。真田はまだ何かを喚いていたけど一方的に会話を終了させた。
外はとっくに夜空になっていた。外気温の差に少し身震いしたくなる。病院は冷たい場所だと思ってたけど、やっぱり暖房がききまくってたんだなと気づく。学校指定のチェック柄マフラーをぐるんと首に巻き、幸村は歩き出した。そして思うのは、至極シンプルで当たり前なこと。
「テニスができるって幸せなことなんだな」
心も身体も健やかな日々が良い。今出来ることを俺はするよ。そう密かに誓った。
だから、次の夏なんて待ってられない。お望み通りキミと早く対戦したくなったよ。すぐにでも俺と手合わせしてもらおうかな。ほんのり上機嫌で帰路を歩く。病院帰りだというのに、こんなに清々しいのは初めてだ。
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