唯一無二のブルー
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「じゃ、お邪魔虫はどっか行ってまーす」
友人はご機嫌に琴璃たちのいる席から離れていった。最後に琴璃に意味深なウィンクひとつ送って。あとでじっくり聞かせなさいよ。そういう意味のウィンクだと嫌でも琴璃は分かった。
さっきよりも教室内が慌ただしくなってきている。よくよく見たらほぼ満席状態だった。教室の外にいくらか列ができているのも見えた。なのに琴璃は配膳の手伝いなどせずに、ちょこんと客と一緒に座っているだけ。客、というか言ってみれば彼氏なのだけれど。いちおう、混雑した際の利用時間は30分程と緩く決めている。けどこの人はそういうの絶対に気にしないだろうな。思いながら跡部のほうをちらりと見る。すると、なんと向こうも琴璃を見つめていた。そうとは思わなかったから琴璃は急に焦りを覚える。絶対にこの衣装のことをいじられる。そう思ってたのに。
「今日のことを教えなかった理由は、俺とのことが誰かにバレる恐怖のほうが上回ったってことか?」
「え」
「そんなに他の連中にバレるのが嫌か」
真っ青な瞳が 琴璃を射抜く。さっきまでの緩い空気感はもうどこにもなかった。温度のない声で言われて琴璃の心臓は緊張し始める。だが実際のところ、跡部は怒ってなんかいなかった。不貞腐れても妬んでなんかもいない。1ミリくらいは、先程の桃城の愚行を目の当たりにして鉄槌を下そうかとも思ったけど、そんなことしたら彼女が悲しむので、どうせしない。
「それとも何か。お前にとって、俺の存在は取るに足らないものなのか」
結構重い話をしている。言った跡部がそう思った。というのも、こんなふうに琴璃と込み入った話をしたことなどなかった。週イチで会う程度じゃ、いつもあっという間だからシリアスな展開になんてならない。だから、今の琴璃は内心もの凄く焦っている。味わったことのない緊張感で頭はいっぱいだった。
こんな真剣なことを面と向かって聞かれたりしたら。琴璃の性格からしてしっかり真正面から受け止める。当然そうなることは跡部も分かっている。分かっているけれど、笑いもせず琴璃を問い詰めることをやめない。
「俺が、お前のことを守れないとでも思ったか?」
「そういうつもりじゃ、」
「なめるなよ」
みんなにバレるのが怖かったのもそうだけど、跡部に悪いと思って相談しなかったというのもある。けれどそれはあくまで自分目線だ。頼ることが苦手な自分だけど、相手からしたら頼られないのは信頼されていないとも取られてしまう。そう思われても仕方が無い。今この瞬間に相談されなかった側の彼の気持ちを知った。自分のことを心配して来てくれたのにバレたくないだなんて。胸が痛くなった。
「ごめんなさい」
唇を噛むをやめ、琴璃は苦し紛れに呟く。周りの喧騒とはひどく温度差のある声だった。
「ほんとは、文化祭に招待したいと思ってた。青学を案内したいと思ってた。会えなかった2週間もずっと、考えてた。嘘ついて会えないなんて言うんじゃなかったって……反省しました」
ぽつりぽつりと話し続ける。琴璃がこんなに自分の気持ちを告げるのは初めてのことだった。不器用なりに一生懸命思いを吐露する。
「いつも土曜か日曜どっちかだけど、ほんとは、毎日でも会いたいって思ってる。会えない平日は、どうしてるかなとか、考えてる。もし、会いたいって言ったら会えるのかなって、思ったりしてる」
周囲の騒がしさにかき消されそうだったけれど、跡部はその全てを聞いていた。琴璃は顔は上げないまま微動だにしない。
さっき、跡部が指した琴璃への“仕返し”は交際の事実をバラすことではなかった。あれはもう、話の流れとあの場の雰囲気的に暴露して構わないと思った。とはいえ跡部の独断による行為なのだが。隠したくない気持ちはあれど、跡部だって別に教える必要が無ければ言わなくてもいいと思っていた。けれど思ったよりも桃城が阿呆で、これ以上付き合っていても時間の無駄だと思ったから言ったまでの話だ。
今日跡部が琴璃の前に姿を現した時、自分の存在を見つけて勿論驚いたけど、ほっとした顔もしていた。言葉と裏腹なヤツだなと思った。強がりがいつまで続くかな。最初はそう思ってたけど、コイツは何かきっかけを作ってやらないと一生自分からは言ってこないだろう。だからわざと追求するような態度をとった。少し悪戯心が芽生えてしまったのだ。
琴璃はすっかり肩を落としてしまっている。俯いたせいで頭のリボンが垂れ下がる。跡部はそこにぽんと手を置いた。
「素直になるのが遅えよ」
そこで初めて気付く。琴璃の膝上には幾つか染みができていた。次々にポタポタと雨のように落ちてスカートの淡い水色を濃く変化させる。これに限っては跡部も予想外だった。当然だが、泣かせるつもりはなかった。ちょっと意地悪してやろうくらいに思っていただけで、悲しませるつもりは毛頭なかった。けどそうだ、コイツは馬鹿がつくほどの真正直な性格だった。笑いもせず低い声で淡々と言われては怯むのは目に見えているというのに。2週間空いた反動だったのか分からないが、遊びが過ぎた。彼女がやっと素直になってくれた嬉しさは、あっという間に涙を誘発させてしまった罪悪感へと変わる。
「ほら、こっち向け」
「……うぅ」
すっかり充血した瞳をして、琴璃が跡部を見上げる。
「ったく。意外とお前は感情的な性格なんだな。はじめに氷帝に来た時も泣いていた」
「……そんな昔のこと、忘れました」
「嘘吐け。まだそんなに経ってねぇだろうが」
楽しげに笑いながら跡部は涙を拭ってやる。強がりで頑固で不器用な彼女の頬に触れた。滑らかで温かかった。
「お前1人ぐらい。どんな手を使ってでも守ってやる」
そう言って跡部は満足そうに笑う。そんな彼は琴璃の目にまたもきらきらして映る。いつもずっとかっこいいけど、今この瞬間は特別だった。
でもそれは跡部も同じで。素直になった彼女は普段と違うように瞳に映った。泣き顔でも可愛らしいアリスがそこにいる。怖い夢から醒めたような顔をしてこちらを見つめている。今なら、抱き締めたって琴璃は怒らない。確信があった。体を引き寄せ顔を近づける。唇が触れ合う、その間際。
「うおっほん」
急に聞こえたわざとらしい咳ばらいのせいでせっかくの空気が一変する。跡部のすぐ後ろに手塚が腕を組んで立っていた。お化けの仮装からなのか顔面蒼白にペイントされている。お陰で迫力が増している。跡部のことをじとりと睨んでいた。
「跡部よ。そろそろ彼女を返してもらいたいのだが」
「あー手塚いたいた。全くもう。ダメだよ邪魔しちゃ……って、わぁ、琴璃その格好ってもしかして童話のアリス?よく似合ってるね」
数秒遅れて不二も現れる。手塚を追いかけてきたらしい。2人ともお化けの格好のままだったが、この喫茶店もコスプレが主体のせいか不思議と全く浮いていない。
「しかしだな不二。もうあれから2時間近く経つんだぞ。いくらなんでも……」
「そんな、門限に厳しいお父さんみたいなこと言わないの。いいじゃないか、少しくらい時間がおしたって。琴璃が居なくてもどうにかまわせてるでしょ。現にほら、僕らも抜け出してきちゃってるし」
「いや、しかしだな、」
ごねる手塚に向かって跡部はわざとらしく舌打ちをした。せっかく良いところだったというのに、見事に邪魔をされて気分が良いわけがない。
「ったく。史上最低に空気が読めねぇ野郎だな、テメェは」
「なっ……大体、お前が約束を守らないから此方から迎えに来たんだろう」
「俺は約束なんかした覚えはねぇな。“しばらく”借りると言った。勝手に時間制限を設けるんじゃねぇよ」
「2時間は充分に“しばらく”の範囲を超えているだろう」
「だから勝手にテメェの解釈を押し付けるなっつってんだよ、バァカ」
「ば、ば?……跡部よ、今のはただの暴言にあたるんじゃないか?」
琴璃を挟んで2人は引かない。普段は口論になんてなるような間柄ではないのに。しかも口論の内容があまりに幼稚すぎて。いつの間にか教室内の人々もこちらに注目していた。無理もない。クラスメイトの視線が次第に部長2人から琴璃に移される。何とかしろと訴えている。琴璃は耐えきれずいたたまれなくなった。
「あの、不二先輩」
「いいよ、放っておこう。間に入ったってあれじゃどうせ一蹴されるし」
不二は傍観を決め込んだらしい。気の済むまでやらせとこ、と無責任なことを言った。
「あれ、どうしたの琴璃?目、真っ赤だ」
「へ?あ、いえ、」
「……もしかして、泣いてたの?」
「なんだと!」
跡部と話しているのかと思ったら、手塚は不二の声をちゃっかり聞いていた。琴璃の方へ近寄ってくるが、そんなことを大人しく許すわけがない。跡部はぐいっと琴璃を自分のほうへ引き寄せ自分の腕の中に閉じ込めた。
「ごちゃごちゃうるせぇな、周りの客に迷惑なんだよ」
「おい跡部、その手をどけないか」
「俺様に命令するんじゃねぇ。自分の女に何しようが勝手だろうが」
地味に本日3回目の恋人宣言をしたかと思うと跡部は立ち上がる。当然に、琴璃も一緒に。
「おい、どこへ行く」
「誰が言うかよ。教えたらついてくるだろテメェ」
「待て!」
だが、追い掛けようとした手塚を不二が引き止める。
「手塚、もういいじゃない。せっかく琴璃嬉しそうだったんだから」
手塚が不二に話しかけられ気を取られてる隙に2人は教室から出ていってしまった。手塚は、これ以上ないほど眉間に皺を作って教室のドアの方を睨んでいる。
「……藤白は泣かされていたんじゃないのか」
「泣いてたのは本当かもだけど、でも琴璃、自分から跡部にくっついてたよ」
「なっ……そうだっただろうか。お前の見間違いじゃないのか、不二」
「もうさぁ。いい加減認めてあげなってば。琴璃が困っちゃうよ?」
「いや、別に俺はだな」
「大丈夫だよ、相手はあの跡部なんだから」
不二のその一言で手塚はもう黙り込んでしまった。何がどう大丈夫なのか。そう反論すべきだったろうが、跡部だから大丈夫という理屈は悔しいが認めざるを得ない。テニスにおいては自分も認めた男だ。少々奇抜だが、基本的には親切である。言動の派手さはどうあれなんの非の打ち所も無い。ならば、心配せずとも彼女のこともきっと――
「ねぇ、なんで今度はキミが泣きそうなのさ」
思ってた以上に、己の中に密かにあった琴璃への父性がダメージを受けていたらしい。手塚は何も言わずに目頭を押さえた。
「で?次はどこへ行くんだ」
「え……行きたいところがあるから出て来たんじゃないんですか?」
「青学の校舎内に初めて来た俺が、どこに何があるかなんて分かるかよ」
ただ単に、手塚が鬱陶しくて飛び出してきただけで跡部は特に何も考えちゃいなかった。どうしようかと、琴璃はポケットからパンフレットを取り出そうとした時。
「あ」
「なんだよ」
「……あ、いえ」
左手が跡部と繋がっていることに気づいた。さっきのお化けの格好の時は一方的に手を引かれるかたちだったけれど。今はきゅっと握られている。温かい大きな手。それでいて長い指。触れていると自然と安心する。だから、パンフレットを取り出すのはやめた。手を離してしまうのが惜しかった。代わりに琴璃は跡部のほうを向く。
「あの。1つ、お願いがあるんですけど」
「お前が俺に何かを願うなんて初めての話だな」
「あ、でも、できたらで……いいんですけど」
「何だよ。言ってみな」
俺に出来ないことなんてない。そんな目だった。突き抜けるような青い双眸に琴璃が映っている。本当に、彼に出来ないことなんて多分、1つも存在しない。
「明日も、午前中から来てくれませんか」
なんだそんな事。琴璃のお願いに跡部は笑って返した。そして、おもむろに足を止め体ごと彼女の方へと向く。
「朝一番に乗り込んで、お前を暗い所から連れ出してやるよ」
余裕の笑みで答えた後、今度こそ琴璃にキスをした。沢山の生徒がいる廊下のど真ん中で。皆が見ているのに、琴璃はもう怒らなかった。それどころか、唇が離れると跡部の首に思いきり抱きついてみせた。底の厚い靴だけど、それでも身長差があるから背伸びをしてぎゅっと。反動でふわりとスカートが揺れた。軽やかで淡いブルーの色は2人の気持ちを表しているかのようだった。
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意外とこの2人が好きなので、そのうちまた別の番外の話書きたいな。
『ドッキドキ☆温泉一泊旅行』とかふざけまくった話書きたいな。手塚父さんも連れてこうかな?いや、ウザがられるから絶対無理だな
連載中、拍手たくさんありがとうございましたm(__)m
友人はご機嫌に琴璃たちのいる席から離れていった。最後に琴璃に意味深なウィンクひとつ送って。あとでじっくり聞かせなさいよ。そういう意味のウィンクだと嫌でも琴璃は分かった。
さっきよりも教室内が慌ただしくなってきている。よくよく見たらほぼ満席状態だった。教室の外にいくらか列ができているのも見えた。なのに琴璃は配膳の手伝いなどせずに、ちょこんと客と一緒に座っているだけ。客、というか言ってみれば彼氏なのだけれど。いちおう、混雑した際の利用時間は30分程と緩く決めている。けどこの人はそういうの絶対に気にしないだろうな。思いながら跡部のほうをちらりと見る。すると、なんと向こうも琴璃を見つめていた。そうとは思わなかったから琴璃は急に焦りを覚える。絶対にこの衣装のことをいじられる。そう思ってたのに。
「今日のことを教えなかった理由は、俺とのことが誰かにバレる恐怖のほうが上回ったってことか?」
「え」
「そんなに他の連中にバレるのが嫌か」
真っ青な瞳が 琴璃を射抜く。さっきまでの緩い空気感はもうどこにもなかった。温度のない声で言われて琴璃の心臓は緊張し始める。だが実際のところ、跡部は怒ってなんかいなかった。不貞腐れても妬んでなんかもいない。1ミリくらいは、先程の桃城の愚行を目の当たりにして鉄槌を下そうかとも思ったけど、そんなことしたら彼女が悲しむので、どうせしない。
「それとも何か。お前にとって、俺の存在は取るに足らないものなのか」
結構重い話をしている。言った跡部がそう思った。というのも、こんなふうに琴璃と込み入った話をしたことなどなかった。週イチで会う程度じゃ、いつもあっという間だからシリアスな展開になんてならない。だから、今の琴璃は内心もの凄く焦っている。味わったことのない緊張感で頭はいっぱいだった。
こんな真剣なことを面と向かって聞かれたりしたら。琴璃の性格からしてしっかり真正面から受け止める。当然そうなることは跡部も分かっている。分かっているけれど、笑いもせず琴璃を問い詰めることをやめない。
「俺が、お前のことを守れないとでも思ったか?」
「そういうつもりじゃ、」
「なめるなよ」
みんなにバレるのが怖かったのもそうだけど、跡部に悪いと思って相談しなかったというのもある。けれどそれはあくまで自分目線だ。頼ることが苦手な自分だけど、相手からしたら頼られないのは信頼されていないとも取られてしまう。そう思われても仕方が無い。今この瞬間に相談されなかった側の彼の気持ちを知った。自分のことを心配して来てくれたのにバレたくないだなんて。胸が痛くなった。
「ごめんなさい」
唇を噛むをやめ、琴璃は苦し紛れに呟く。周りの喧騒とはひどく温度差のある声だった。
「ほんとは、文化祭に招待したいと思ってた。青学を案内したいと思ってた。会えなかった2週間もずっと、考えてた。嘘ついて会えないなんて言うんじゃなかったって……反省しました」
ぽつりぽつりと話し続ける。琴璃がこんなに自分の気持ちを告げるのは初めてのことだった。不器用なりに一生懸命思いを吐露する。
「いつも土曜か日曜どっちかだけど、ほんとは、毎日でも会いたいって思ってる。会えない平日は、どうしてるかなとか、考えてる。もし、会いたいって言ったら会えるのかなって、思ったりしてる」
周囲の騒がしさにかき消されそうだったけれど、跡部はその全てを聞いていた。琴璃は顔は上げないまま微動だにしない。
さっき、跡部が指した琴璃への“仕返し”は交際の事実をバラすことではなかった。あれはもう、話の流れとあの場の雰囲気的に暴露して構わないと思った。とはいえ跡部の独断による行為なのだが。隠したくない気持ちはあれど、跡部だって別に教える必要が無ければ言わなくてもいいと思っていた。けれど思ったよりも桃城が阿呆で、これ以上付き合っていても時間の無駄だと思ったから言ったまでの話だ。
今日跡部が琴璃の前に姿を現した時、自分の存在を見つけて勿論驚いたけど、ほっとした顔もしていた。言葉と裏腹なヤツだなと思った。強がりがいつまで続くかな。最初はそう思ってたけど、コイツは何かきっかけを作ってやらないと一生自分からは言ってこないだろう。だからわざと追求するような態度をとった。少し悪戯心が芽生えてしまったのだ。
琴璃はすっかり肩を落としてしまっている。俯いたせいで頭のリボンが垂れ下がる。跡部はそこにぽんと手を置いた。
「素直になるのが遅えよ」
そこで初めて気付く。琴璃の膝上には幾つか染みができていた。次々にポタポタと雨のように落ちてスカートの淡い水色を濃く変化させる。これに限っては跡部も予想外だった。当然だが、泣かせるつもりはなかった。ちょっと意地悪してやろうくらいに思っていただけで、悲しませるつもりは毛頭なかった。けどそうだ、コイツは馬鹿がつくほどの真正直な性格だった。笑いもせず低い声で淡々と言われては怯むのは目に見えているというのに。2週間空いた反動だったのか分からないが、遊びが過ぎた。彼女がやっと素直になってくれた嬉しさは、あっという間に涙を誘発させてしまった罪悪感へと変わる。
「ほら、こっち向け」
「……うぅ」
すっかり充血した瞳をして、琴璃が跡部を見上げる。
「ったく。意外とお前は感情的な性格なんだな。はじめに氷帝に来た時も泣いていた」
「……そんな昔のこと、忘れました」
「嘘吐け。まだそんなに経ってねぇだろうが」
楽しげに笑いながら跡部は涙を拭ってやる。強がりで頑固で不器用な彼女の頬に触れた。滑らかで温かかった。
「お前1人ぐらい。どんな手を使ってでも守ってやる」
そう言って跡部は満足そうに笑う。そんな彼は琴璃の目にまたもきらきらして映る。いつもずっとかっこいいけど、今この瞬間は特別だった。
でもそれは跡部も同じで。素直になった彼女は普段と違うように瞳に映った。泣き顔でも可愛らしいアリスがそこにいる。怖い夢から醒めたような顔をしてこちらを見つめている。今なら、抱き締めたって琴璃は怒らない。確信があった。体を引き寄せ顔を近づける。唇が触れ合う、その間際。
「うおっほん」
急に聞こえたわざとらしい咳ばらいのせいでせっかくの空気が一変する。跡部のすぐ後ろに手塚が腕を組んで立っていた。お化けの仮装からなのか顔面蒼白にペイントされている。お陰で迫力が増している。跡部のことをじとりと睨んでいた。
「跡部よ。そろそろ彼女を返してもらいたいのだが」
「あー手塚いたいた。全くもう。ダメだよ邪魔しちゃ……って、わぁ、琴璃その格好ってもしかして童話のアリス?よく似合ってるね」
数秒遅れて不二も現れる。手塚を追いかけてきたらしい。2人ともお化けの格好のままだったが、この喫茶店もコスプレが主体のせいか不思議と全く浮いていない。
「しかしだな不二。もうあれから2時間近く経つんだぞ。いくらなんでも……」
「そんな、門限に厳しいお父さんみたいなこと言わないの。いいじゃないか、少しくらい時間がおしたって。琴璃が居なくてもどうにかまわせてるでしょ。現にほら、僕らも抜け出してきちゃってるし」
「いや、しかしだな、」
ごねる手塚に向かって跡部はわざとらしく舌打ちをした。せっかく良いところだったというのに、見事に邪魔をされて気分が良いわけがない。
「ったく。史上最低に空気が読めねぇ野郎だな、テメェは」
「なっ……大体、お前が約束を守らないから此方から迎えに来たんだろう」
「俺は約束なんかした覚えはねぇな。“しばらく”借りると言った。勝手に時間制限を設けるんじゃねぇよ」
「2時間は充分に“しばらく”の範囲を超えているだろう」
「だから勝手にテメェの解釈を押し付けるなっつってんだよ、バァカ」
「ば、ば?……跡部よ、今のはただの暴言にあたるんじゃないか?」
琴璃を挟んで2人は引かない。普段は口論になんてなるような間柄ではないのに。しかも口論の内容があまりに幼稚すぎて。いつの間にか教室内の人々もこちらに注目していた。無理もない。クラスメイトの視線が次第に部長2人から琴璃に移される。何とかしろと訴えている。琴璃は耐えきれずいたたまれなくなった。
「あの、不二先輩」
「いいよ、放っておこう。間に入ったってあれじゃどうせ一蹴されるし」
不二は傍観を決め込んだらしい。気の済むまでやらせとこ、と無責任なことを言った。
「あれ、どうしたの琴璃?目、真っ赤だ」
「へ?あ、いえ、」
「……もしかして、泣いてたの?」
「なんだと!」
跡部と話しているのかと思ったら、手塚は不二の声をちゃっかり聞いていた。琴璃の方へ近寄ってくるが、そんなことを大人しく許すわけがない。跡部はぐいっと琴璃を自分のほうへ引き寄せ自分の腕の中に閉じ込めた。
「ごちゃごちゃうるせぇな、周りの客に迷惑なんだよ」
「おい跡部、その手をどけないか」
「俺様に命令するんじゃねぇ。自分の女に何しようが勝手だろうが」
地味に本日3回目の恋人宣言をしたかと思うと跡部は立ち上がる。当然に、琴璃も一緒に。
「おい、どこへ行く」
「誰が言うかよ。教えたらついてくるだろテメェ」
「待て!」
だが、追い掛けようとした手塚を不二が引き止める。
「手塚、もういいじゃない。せっかく琴璃嬉しそうだったんだから」
手塚が不二に話しかけられ気を取られてる隙に2人は教室から出ていってしまった。手塚は、これ以上ないほど眉間に皺を作って教室のドアの方を睨んでいる。
「……藤白は泣かされていたんじゃないのか」
「泣いてたのは本当かもだけど、でも琴璃、自分から跡部にくっついてたよ」
「なっ……そうだっただろうか。お前の見間違いじゃないのか、不二」
「もうさぁ。いい加減認めてあげなってば。琴璃が困っちゃうよ?」
「いや、別に俺はだな」
「大丈夫だよ、相手はあの跡部なんだから」
不二のその一言で手塚はもう黙り込んでしまった。何がどう大丈夫なのか。そう反論すべきだったろうが、跡部だから大丈夫という理屈は悔しいが認めざるを得ない。テニスにおいては自分も認めた男だ。少々奇抜だが、基本的には親切である。言動の派手さはどうあれなんの非の打ち所も無い。ならば、心配せずとも彼女のこともきっと――
「ねぇ、なんで今度はキミが泣きそうなのさ」
思ってた以上に、己の中に密かにあった琴璃への父性がダメージを受けていたらしい。手塚は何も言わずに目頭を押さえた。
「で?次はどこへ行くんだ」
「え……行きたいところがあるから出て来たんじゃないんですか?」
「青学の校舎内に初めて来た俺が、どこに何があるかなんて分かるかよ」
ただ単に、手塚が鬱陶しくて飛び出してきただけで跡部は特に何も考えちゃいなかった。どうしようかと、琴璃はポケットからパンフレットを取り出そうとした時。
「あ」
「なんだよ」
「……あ、いえ」
左手が跡部と繋がっていることに気づいた。さっきのお化けの格好の時は一方的に手を引かれるかたちだったけれど。今はきゅっと握られている。温かい大きな手。それでいて長い指。触れていると自然と安心する。だから、パンフレットを取り出すのはやめた。手を離してしまうのが惜しかった。代わりに琴璃は跡部のほうを向く。
「あの。1つ、お願いがあるんですけど」
「お前が俺に何かを願うなんて初めての話だな」
「あ、でも、できたらで……いいんですけど」
「何だよ。言ってみな」
俺に出来ないことなんてない。そんな目だった。突き抜けるような青い双眸に琴璃が映っている。本当に、彼に出来ないことなんて多分、1つも存在しない。
「明日も、午前中から来てくれませんか」
なんだそんな事。琴璃のお願いに跡部は笑って返した。そして、おもむろに足を止め体ごと彼女の方へと向く。
「朝一番に乗り込んで、お前を暗い所から連れ出してやるよ」
余裕の笑みで答えた後、今度こそ琴璃にキスをした。沢山の生徒がいる廊下のど真ん中で。皆が見ているのに、琴璃はもう怒らなかった。それどころか、唇が離れると跡部の首に思いきり抱きついてみせた。底の厚い靴だけど、それでも身長差があるから背伸びをしてぎゅっと。反動でふわりとスカートが揺れた。軽やかで淡いブルーの色は2人の気持ちを表しているかのようだった。
===============================================================
意外とこの2人が好きなので、そのうちまた別の番外の話書きたいな。
『ドッキドキ☆温泉一泊旅行』とかふざけまくった話書きたいな。手塚父さんも連れてこうかな?いや、ウザがられるから絶対無理だな
連載中、拍手たくさんありがとうございましたm(__)m
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