唯一無二のブルー
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2週間前の琴璃は、別に何も吐露することなく跡部と会っていた。けれど彼女の中ではこの2週間は、恋人のことよりもお化け屋敷のことで頭がいっぱいだったに違いない。それはそれで面白くないのだが、何にせよ彼女は跡部にすら頼ろうとせず乗り切ろうとしているのだ。
そもそも暗所恐怖症の人間がお化け屋敷で脅かし役なんて務まるものか。問題はそこだが、真面目で不器用で誰かの世話になることを毛嫌いする彼女のことだ。これしきのピンチだろうがやはり自分でどうにかしようとか、そんなくだらない意地で言わなかったとか思えない。
文化祭のことを教えてないはずなのに突然跡部が青学に赴いたら琴璃はびっくりするだろう。というか怒るかもしれない。でもそんなの跡部は知ったことではない。
お前が敢えてこの事を言わなかったんだ。ならこっちだって、わざわざ行くことを告げなくとも良いはずだよな?
そんな、半ば開き直りにも近いような解釈で青学の文化祭にやってきた週末。どうしても行きたい、と喚くジローと岳人、何を考えているか分からない忍足、そして何かあった時の為(例えばジローが眠りこけた時)の樺地を従えて。
思えば、青学の校舎内に入るのはこれが初めてだ。当然だが氷帝とは創りも雰囲気も大きさも全く異なっていた。とりあえず新鮮さを感じながらも跡部は廊下の真ん中を闊歩する。
「青学の連中はどこだ」
「青学テニス部は……っと、視聴覚室でやっとるみたいやな」
正門前で貰ったパンフレットを広げながら後ろで忍足が答えた。
「そこまでの最短ルートを言え」
「ちょお待って。えーと」
忍足に調べさせながらも跡部は足を止めない。その際、すれ違う女子生徒たちから熱い視線を受けていた。在校生なのか跡部達のような一般客なのか、複数人が跡部を見つけ、きゃあっと小さく悲鳴まであげる女子もいる。
「相変わらずすげぇな、跡部のやつ」
「完璧に有名人やな」
「つか、なんでテニス部でもない奴らがあいつのこと知ってるんだ?」
「知らねー、試合でいつも派手だから有名になったんじゃん?」
「まあ確かに、大会ん時は他校の女の子もめっちゃ見にきとったからなあ」
他校であってもやはり跡部は有名人なのだった。皆、彼に対して“氷帝の跡部様”だという認識を持っている。有名なのは周知だが、琴璃の彼氏だと知っている者は、青学内では合宿で一緒だった手塚と不二のみ。
やがて校舎の突き当りに着くとまあまあな行列ができていた。でかでかと手描きの、得体の知れない化け物の絵が描かれた看板も見つけた。お世辞にも上手いとは言い難い。
「“テニス部プレゼンツ・恐怖のお化け屋敷”、やて」
「なんだそれ、だせー」
言いながらも嬉々として人の群れに入ってゆく岳人とジロー。それに跡部らも続く。続きながらも跡部は辺りを見回す。勘違いした女子たちがまた色めき立つ。だが、近くに琴璃の姿は確認できなかった。
それもそのはずで、琴璃はその隣の、準備室の中にいた。
とうとう来てしまった文化祭1日目。客入りは順調。さっき、河村が客引きのために出ていった。あぁ私もその役目がよかった、と思ったが1年の琴璃は言い出せるわけもなく。さっきからスマホの時計をひたすら気にしている。もうすぐ自分の出番だ。悩んでも祈っても、時は無情に動いてゆく。
「琴璃ー、こっち来てみー。顔ペイントしてやっから」
「あ、はいっ」
桃城に呼ばれ琴璃は準備室から出ると、“関係者以外立ち入り禁止”の札をくぐり奥のスペースに向かう。中には白い刷毛を持った桃城と、そばには菊丸の2人が居て、楽しげに琴璃を待ち受けていた。
「よろしくお願いします」
「よっしゃ。目閉じてろよ」
言われた通りにしてじっとしていると顔にひんやりとした感触。何かを豪快に塗りたくられている。
「うんうん、いい感じ」
そばで菊丸が声を弾ませている。じっとしていること数分。できたぜ、という声のもと目を開けた。
「よーし、仕上げにこれ、被ってみ」
桃城からカチューシャを手渡される。ただのカチューシャではなく、天辺には紙粘土で作った大きな斧のオブジェがくっついている。被ると頭に斧が刺さったような見た目になる寸法だ。だから地味に重いそれは、びっくりするぐらい琴璃の頭にジャストサイズだった。
「ニャハハ!超似合ってんじゃん!」
「ほ、本当ですか」
「おーおー、我ながら傑作だぜ」
手鏡を渡され琴璃は恐る恐る覗き込む。誰これ、と思った。真っ白に塗られた上から半顔に血糊のメイク、そして頭には斧が刺さっている。顔以外の肌の見える部分も白いファンデーションで施され、まあ見た感じ、お化けではあった。だがテーマは何なのかよくわからない。先輩方にお任せしたらこんな感じの仕上がりになってしまった次第だ。
本当は色々突っ込みたかった。けど、琴璃の心中はそれどころじゃなかった。もうまもなくその時だ。暗闇の中で1時間客を脅かすという、拷問としか言えない役目が待ち受けている。
「ほいじゃ11時になったら海堂と交代な」
「は、はいっ」
11時まであと5分そこら。琴璃は重い足取りでバックヤードから出る。
大丈夫だろうか。自分は耐え凌げるだろうか。現時点で分かるけど、多分、もう、無理な気がする。先輩には申し訳ないが、どこか隅っこにうずくまり瞳を閉じてやり過ごすしかない。しかしそれで1時間持つかどうか。それが最大の不安だった。暗くて広くはない空間をこんなに長い時間耐えたことはない。夜に自室で眠る時とは話が違う。自分の家以外での暗闇の中を長時間過ごすだなんて真似、やったためしがない。
――どうしよう。倒れそう。
手の先がすっかり冷えている。まるで本物のお化けみたいに全身から血の気が引いてゆく。心なしか動悸も感じる。せっかくメイクをしてもらったのに、額からじんわり嫌な汗が滲み出てくる感覚がある。ああ、もう、本当に――
「随分と人の女を好きなようにしてくれたな」
急に、知ってる声がした。けれどテニス部の先輩たちのものではない。
「……え」
ぽかんと見てしまった。目の前に跡部がいる。こっちへ歩いてくる。追いつめられて幻でも見てるのか。いや、幻はこんなにいい匂いを漂わせていない。
「跡部じゃないか」
ちょうど、奥から出てきた手塚が跡部の存在に気づいて近寄ってきた。手塚のその言葉により、やはり目の前の人は本物なんだと琴璃は確信した。
「へ、跡部じゃん。なんでいんの?」
「俺らもいるよー」
「うお、マジだ氷帝だ。て、ことは、うちの出し物見に来てくれたってことっすかー?」
跡部らに気づいて青学レギュラー陣がぞろぞろ集まってくる。うち数名は琴璃のように摩訶不思議なお化けの仮装をしていた。変梃な奴らに囲まれても、跡部はそれらの声を全て無視し、ずんずんと琴璃のそばまでやって来た。そして、真正面に立つと腕を組み真顔でじっと見つめる。琴璃もどうしていいか分からず固まったままだった。
「これは“似合っている”と言われたら嬉しいのか?」
不意に跡部にそう言われ、瞬時に琴璃はハッとした。今の自分の格好を思い出したのだ。布の切れ端を縫い合わせたようなものを着て、白塗りで血まみれの顔に脳天から斧が刺さっている。どう考えても、恥ずかしい。途端に居ても立ってもいられなくなった。
「おい手塚、今から暫くコイツは不在だ」
あわあわしてる琴璃をよそに跡部は手塚にそう言い放つ。だがそれを聞いた桃城が2人の前にずいと出てきた。
「は?ちょっと何なんすか跡部さん、急に現れて。つーかさっき、人の女って」
「言ってません」
白い塊、もとい琴璃も出遅れまいと割って入る。こんなところでバレては駄目だ。それだけは、死守しなければ。けれど跡部も桃城も自分らよりずっと小さいお化けの言うことには耳を傾けちゃいなかった。
「うるせえな。コイツを借りてくっつってんだよ。テメェらは精々、真面目に店番頑張んな」
「ちょちょちょ!何勝手なこと言ってんすか!琴璃はこの後マムシと交代しなきゃいけないんすよ!大事な脅かし役なんだから」
「いいんじゃないの、桃」
「不二先輩」
「何やら跡部のおかげでこんなにお客さんが増えたし」
振り向けば、視聴覚室前には物凄い人だかりができていた。どうやら跡部に釣られて他の生徒がここまで着いてきたらしく、先ほどの倍以上の列が出来上がっていた。無論跡部が引き連れてきたわけじゃない。勝手についてきただけだ。
「いや、だからってなんで琴璃を連れてくんすか」
「テメェもとことん察しの悪いヤローだな、桃城よ。それでよく“曲者”が務まるモンだぜ」
「はぁ?なんなんすか、一体もう……」
跡部は文句を垂れる桃城を無視して再び琴璃に向き直る。
思わず琴璃は硬直する。青い瞳に射抜かれている。ドキッとした。こんな格好はあんまり見てほしくないのに。どうしても、そらせない。
「琴璃。お前が俺に今日のことを黙っていたことには少なからず怒ってるぜ」
「あの、それは、」
「だから、仕返ししてやる」
言うなり跡部は琴璃の肩をぐいっと自分の方へ抱きよせる。
「ちょっと、無視しないでくださいよ。うちの琴璃をあんまりたぶらかさないでもらえます?」
後ろで尚も食い下がる桃城。跡部はそれを鬱陶しそうに一瞥する。
「“うちの”じゃねぇ。琴璃は、俺の女だ」
特に声を張ったわけでもないのに、跡部のその言葉がやたらとこの空間に響いた。恐ろしいほどに静まり返るあたり一帯。誰も声を発さない。そのまま数秒間が過ぎた、のち、
「はえええええええええ!?!?!?」
手塚と不二、忍足を除いたそこにいた全員の声が綺麗に重なったのだった。
そもそも暗所恐怖症の人間がお化け屋敷で脅かし役なんて務まるものか。問題はそこだが、真面目で不器用で誰かの世話になることを毛嫌いする彼女のことだ。これしきのピンチだろうがやはり自分でどうにかしようとか、そんなくだらない意地で言わなかったとか思えない。
文化祭のことを教えてないはずなのに突然跡部が青学に赴いたら琴璃はびっくりするだろう。というか怒るかもしれない。でもそんなの跡部は知ったことではない。
お前が敢えてこの事を言わなかったんだ。ならこっちだって、わざわざ行くことを告げなくとも良いはずだよな?
そんな、半ば開き直りにも近いような解釈で青学の文化祭にやってきた週末。どうしても行きたい、と喚くジローと岳人、何を考えているか分からない忍足、そして何かあった時の為(例えばジローが眠りこけた時)の樺地を従えて。
思えば、青学の校舎内に入るのはこれが初めてだ。当然だが氷帝とは創りも雰囲気も大きさも全く異なっていた。とりあえず新鮮さを感じながらも跡部は廊下の真ん中を闊歩する。
「青学の連中はどこだ」
「青学テニス部は……っと、視聴覚室でやっとるみたいやな」
正門前で貰ったパンフレットを広げながら後ろで忍足が答えた。
「そこまでの最短ルートを言え」
「ちょお待って。えーと」
忍足に調べさせながらも跡部は足を止めない。その際、すれ違う女子生徒たちから熱い視線を受けていた。在校生なのか跡部達のような一般客なのか、複数人が跡部を見つけ、きゃあっと小さく悲鳴まであげる女子もいる。
「相変わらずすげぇな、跡部のやつ」
「完璧に有名人やな」
「つか、なんでテニス部でもない奴らがあいつのこと知ってるんだ?」
「知らねー、試合でいつも派手だから有名になったんじゃん?」
「まあ確かに、大会ん時は他校の女の子もめっちゃ見にきとったからなあ」
他校であってもやはり跡部は有名人なのだった。皆、彼に対して“氷帝の跡部様”だという認識を持っている。有名なのは周知だが、琴璃の彼氏だと知っている者は、青学内では合宿で一緒だった手塚と不二のみ。
やがて校舎の突き当りに着くとまあまあな行列ができていた。でかでかと手描きの、得体の知れない化け物の絵が描かれた看板も見つけた。お世辞にも上手いとは言い難い。
「“テニス部プレゼンツ・恐怖のお化け屋敷”、やて」
「なんだそれ、だせー」
言いながらも嬉々として人の群れに入ってゆく岳人とジロー。それに跡部らも続く。続きながらも跡部は辺りを見回す。勘違いした女子たちがまた色めき立つ。だが、近くに琴璃の姿は確認できなかった。
それもそのはずで、琴璃はその隣の、準備室の中にいた。
とうとう来てしまった文化祭1日目。客入りは順調。さっき、河村が客引きのために出ていった。あぁ私もその役目がよかった、と思ったが1年の琴璃は言い出せるわけもなく。さっきからスマホの時計をひたすら気にしている。もうすぐ自分の出番だ。悩んでも祈っても、時は無情に動いてゆく。
「琴璃ー、こっち来てみー。顔ペイントしてやっから」
「あ、はいっ」
桃城に呼ばれ琴璃は準備室から出ると、“関係者以外立ち入り禁止”の札をくぐり奥のスペースに向かう。中には白い刷毛を持った桃城と、そばには菊丸の2人が居て、楽しげに琴璃を待ち受けていた。
「よろしくお願いします」
「よっしゃ。目閉じてろよ」
言われた通りにしてじっとしていると顔にひんやりとした感触。何かを豪快に塗りたくられている。
「うんうん、いい感じ」
そばで菊丸が声を弾ませている。じっとしていること数分。できたぜ、という声のもと目を開けた。
「よーし、仕上げにこれ、被ってみ」
桃城からカチューシャを手渡される。ただのカチューシャではなく、天辺には紙粘土で作った大きな斧のオブジェがくっついている。被ると頭に斧が刺さったような見た目になる寸法だ。だから地味に重いそれは、びっくりするぐらい琴璃の頭にジャストサイズだった。
「ニャハハ!超似合ってんじゃん!」
「ほ、本当ですか」
「おーおー、我ながら傑作だぜ」
手鏡を渡され琴璃は恐る恐る覗き込む。誰これ、と思った。真っ白に塗られた上から半顔に血糊のメイク、そして頭には斧が刺さっている。顔以外の肌の見える部分も白いファンデーションで施され、まあ見た感じ、お化けではあった。だがテーマは何なのかよくわからない。先輩方にお任せしたらこんな感じの仕上がりになってしまった次第だ。
本当は色々突っ込みたかった。けど、琴璃の心中はそれどころじゃなかった。もうまもなくその時だ。暗闇の中で1時間客を脅かすという、拷問としか言えない役目が待ち受けている。
「ほいじゃ11時になったら海堂と交代な」
「は、はいっ」
11時まであと5分そこら。琴璃は重い足取りでバックヤードから出る。
大丈夫だろうか。自分は耐え凌げるだろうか。現時点で分かるけど、多分、もう、無理な気がする。先輩には申し訳ないが、どこか隅っこにうずくまり瞳を閉じてやり過ごすしかない。しかしそれで1時間持つかどうか。それが最大の不安だった。暗くて広くはない空間をこんなに長い時間耐えたことはない。夜に自室で眠る時とは話が違う。自分の家以外での暗闇の中を長時間過ごすだなんて真似、やったためしがない。
――どうしよう。倒れそう。
手の先がすっかり冷えている。まるで本物のお化けみたいに全身から血の気が引いてゆく。心なしか動悸も感じる。せっかくメイクをしてもらったのに、額からじんわり嫌な汗が滲み出てくる感覚がある。ああ、もう、本当に――
「随分と人の女を好きなようにしてくれたな」
急に、知ってる声がした。けれどテニス部の先輩たちのものではない。
「……え」
ぽかんと見てしまった。目の前に跡部がいる。こっちへ歩いてくる。追いつめられて幻でも見てるのか。いや、幻はこんなにいい匂いを漂わせていない。
「跡部じゃないか」
ちょうど、奥から出てきた手塚が跡部の存在に気づいて近寄ってきた。手塚のその言葉により、やはり目の前の人は本物なんだと琴璃は確信した。
「へ、跡部じゃん。なんでいんの?」
「俺らもいるよー」
「うお、マジだ氷帝だ。て、ことは、うちの出し物見に来てくれたってことっすかー?」
跡部らに気づいて青学レギュラー陣がぞろぞろ集まってくる。うち数名は琴璃のように摩訶不思議なお化けの仮装をしていた。変梃な奴らに囲まれても、跡部はそれらの声を全て無視し、ずんずんと琴璃のそばまでやって来た。そして、真正面に立つと腕を組み真顔でじっと見つめる。琴璃もどうしていいか分からず固まったままだった。
「これは“似合っている”と言われたら嬉しいのか?」
不意に跡部にそう言われ、瞬時に琴璃はハッとした。今の自分の格好を思い出したのだ。布の切れ端を縫い合わせたようなものを着て、白塗りで血まみれの顔に脳天から斧が刺さっている。どう考えても、恥ずかしい。途端に居ても立ってもいられなくなった。
「おい手塚、今から暫くコイツは不在だ」
あわあわしてる琴璃をよそに跡部は手塚にそう言い放つ。だがそれを聞いた桃城が2人の前にずいと出てきた。
「は?ちょっと何なんすか跡部さん、急に現れて。つーかさっき、人の女って」
「言ってません」
白い塊、もとい琴璃も出遅れまいと割って入る。こんなところでバレては駄目だ。それだけは、死守しなければ。けれど跡部も桃城も自分らよりずっと小さいお化けの言うことには耳を傾けちゃいなかった。
「うるせえな。コイツを借りてくっつってんだよ。テメェらは精々、真面目に店番頑張んな」
「ちょちょちょ!何勝手なこと言ってんすか!琴璃はこの後マムシと交代しなきゃいけないんすよ!大事な脅かし役なんだから」
「いいんじゃないの、桃」
「不二先輩」
「何やら跡部のおかげでこんなにお客さんが増えたし」
振り向けば、視聴覚室前には物凄い人だかりができていた。どうやら跡部に釣られて他の生徒がここまで着いてきたらしく、先ほどの倍以上の列が出来上がっていた。無論跡部が引き連れてきたわけじゃない。勝手についてきただけだ。
「いや、だからってなんで琴璃を連れてくんすか」
「テメェもとことん察しの悪いヤローだな、桃城よ。それでよく“曲者”が務まるモンだぜ」
「はぁ?なんなんすか、一体もう……」
跡部は文句を垂れる桃城を無視して再び琴璃に向き直る。
思わず琴璃は硬直する。青い瞳に射抜かれている。ドキッとした。こんな格好はあんまり見てほしくないのに。どうしても、そらせない。
「琴璃。お前が俺に今日のことを黙っていたことには少なからず怒ってるぜ」
「あの、それは、」
「だから、仕返ししてやる」
言うなり跡部は琴璃の肩をぐいっと自分の方へ抱きよせる。
「ちょっと、無視しないでくださいよ。うちの琴璃をあんまりたぶらかさないでもらえます?」
後ろで尚も食い下がる桃城。跡部はそれを鬱陶しそうに一瞥する。
「“うちの”じゃねぇ。琴璃は、俺の女だ」
特に声を張ったわけでもないのに、跡部のその言葉がやたらとこの空間に響いた。恐ろしいほどに静まり返るあたり一帯。誰も声を発さない。そのまま数秒間が過ぎた、のち、
「はえええええええええ!?!?!?」
手塚と不二、忍足を除いたそこにいた全員の声が綺麗に重なったのだった。