唯一無二のブルー
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とある土曜日の夕方。青学から数百メートル離れたコンビニの駐車場に黒塗りの高級送迎車が停まっている。もうじきテニス部は活動を終了する時間だ。そうしたら彼女はここへやってくるだろう。息を切らして、走ってここへ来る。
互いに学校も学年も違うのだが、土日のどちらかには必ず会っている。別に、跡部としては両日会ったって構わない。テニス部はこの間の夏で引退しているから時間の融通はいくらでも利く。だが琴璃のほうは変わらず青学テニス部のマネージャー業があるからなかなかそうはいかない。そういう理由があって、彼女からは「休日はどっちかでいいでしょう」と言われた。可愛くないことを言うくせにその時の表情が跡部には可愛く映った。あれは本音じゃない。建前でそんな発言をしたのだ。彼女の心など透けて見える。相変わらず意地を張るのが得意だなとも思いつつ、跡部はその提案を承諾した。
ついでに琴璃は、自分らが一緒にいるところを他人に見られるのを尋常じゃないくらい嫌がる。理由は、“バレたくないから”。だから必要以上に派手なことを嫌う。以前、彼女を迎えに行った際にこの車を正門前に横付けして待っていたら必死に拒否してきた。あれ以来跡部は青学の前に近寄れなくなってしまった。だから、琴璃が少し歩くようにはなるが今日みたいにこんな場所で待つしかない。
跡部にとっては普通のことでも琴璃にとって派手だと感じる事柄はNGにされた。その“普通”の程度が分からないから最初のうちは琴璃に文句を言われたりしたこともある。もともと彼女は頑固な性格だ。無駄に強がろうとする。何かが起きても誰かの手を借りようとかいう考えは持ち合わせていない。弱音はまず吐かないしあまり隙を見せようとしない。ただし、本人的には気を張ってるつもりだが隙はそこら中にある。付き合うことになってまだ1ヶ月そこらじゃ、簡単には全てを曝け出してはくれないだろう。それくらい分かっている。けれどいつかは。その強がりを一掃できる日が来るだろう。それを考えると口元が緩みそうになる。いや、緩んでいたのであろう。ちょうどそばを忍足が通り過ぎ、ものすごい寂しい視線を注がれた日があったのはさして昔の話ではない。
「案外尻にしかれとるやん。あれやな、惚れた弱みってやつか」
いつだったか、琴璃と通話していたのをちゃっかり聞いていた忍足に言われた。いちいち煩ぇ外野だなと思う。尻に敷かれてるだなんて跡部本人は全くそんなふうに思っちゃいない。だが彼女が嫌がることをするわけにはいかない。正直、コソコソ隠れるような交際の仕方ははっきり言って好きじゃない。何故堂々とするのがいけないのか跡部には理解し難かった。不満はそこだけ。あるにはあるわけだが、それでも琴璃がそれを望むのならば合わせるしかない。そもそも、互いが別の学校だからそこまで第三者の目に留まるような機会があるとは思えないが。
そんな今日も青学からも氷帝からも遠い場所の店に来ていた。コンビニ駐車場で合流した琴璃が「お腹が空きました」と唐突に言ってきた。
「何でもあるからファミレスにしましょう」
氷帝の連中とも利用したことがあるが、さして好きな場所ではない。騒がしいし周囲の人間の行き交いが鬱陶しい。デートに使う場だとは跡部にしたら明らかに思えない。だから琴璃のその提案を却下した。代わりに青学からはだいぶ離れた、まず学生がいなさそうなレストランに連れてきてやった。これなら絶対に知ってる人に会うことはない。でも琴璃としてはもう少し気軽な店が良かった。本音はそうだけど、これでも彼の中では譲歩してくれているのがわかったから言えなかった。
本当は琴璃も分かっている。自分の“普通”は必ずしもこの人の“普通”ではないということ。逆も然りで、自分にとっては特別と感じることでも、跡部にとっちゃ何ら普通のものと捉えることだってある。その価値観が同じだったならこんなに遠慮も警戒もしなくて済むのに。時々そんなふうに思うことだってある。そんな自分のモヤモヤにこの人は果たして気づいているのだろうか。ちょっとだけ、盗み見ながら食事を口に運んでいたら視線がすぐバレた。「なんだ」と言われたから適当にはぐらかす。ちょっとだけ気まずい。今日も偉そうだなと思いつつ琴璃はせっせと咀嚼した。こんなフルコースばりのボリュームある料理を食べているのは琴璃のほうだけ。跡部の前にはコーヒーカップしかなく、ずっと腕を組んで座っているのみ。デートの空気とは思い難い。それでも土日のどちらかに会うのがお決まりになっている。琴璃は不思議でしょうがない。彼はいつでも、琴璃の思い通りに動いてくれる。どんな些細な希望も叶えてくれる。それで果たして彼は楽しいのだろうか。それを聞く勇気が琴璃にはまだない。
「青学は桃城の野郎が部長になるのか」
「と、思うじゃないですか。実は海堂先輩になると思います」
跡部にテニス部の話をふられて琴璃は少々得意げに話す。あの、夏の大会から早くも数ヶ月が過ぎ去った。跡部も氷帝の部長を引退したわけだが、青学の方も手塚ではなく次を担う者が選ばれている。
「でも海堂先輩は少し圧があるから、1年生の部員たちが緊張しています」
「お前だって1年じゃねぇか」
「私は、マネージャーなのでそこまで直接的に睨まれるようなことがありませんから」
「まぁ流石に、マネージャーにまで突っ掛かってこねぇか」
跡部は声に出さずに笑う。それに、海堂のほうが桃城よりかは距離を取りそうな奴だからいいか、とひっそり思った。よくは知らないが、なんとなく桃城のほうが人使いが荒そうな気がする。もし部長がヤツのほうだったなら、何でもやります精神の彼女は良いように扱われてたに違いない。
「来週は、ちょっと会えそうにないんです」
琴璃はちょうどデザートのアイスを食べ終わった頃だった。スプーンを置いて、わずかに姿勢を正しながら彼女が言う。
「なんだ、試験期間か」
「いえ、そうではないんですけど」
どこか言葉を濁すような口ぶり。冗談が通じない人間はこういう場ではすぐにボロが出る。何かを隠してるんだとすぐに分かった。
「ちなみにその翌週も、ちょっと」
「部活がオフの日があるだろ」
「ちょっと、もう別の予定が入ってしまってて」
「夜」
「も、駄目なんです」
「あぁん?」
「すいません……」
2週間も会えない。至極不満だったけど琴璃が申し訳なくしているから理由を聞かなかった。何かわけがあるようだから。会えない理由もそれを隠す理由も、跡部は追求する必要はないと思った。自分に対してすまないと思っている時点で、此方のことを考えてくれていると言うことだから。
たった1時間そこらの逢瀬をして、次会うのはまた翌週。いつもあっという間。しかも、来週と再来週は会えない。大きな黒い車に乗せられて、今日も彼女の家のそばまで一瞬でついてしまう。
「ワガママ言ってすみません」
車内で琴璃がポツリと呟いた。今日のどれについてを“ワガママ”と指したのか。定かにはしなかったけれど、多分全てのことなんだろう。毎週送迎してくれるのも、顔見知りの居なさそうな場所を選んでくれるのも、当たり前にご馳走してくれるのも、2週続けて会えないのも。全部全部、跡部に対して申し訳ないと思っているから自ずと出た言葉なのだ。
「そう思うのなら、次からはもう少しお前の生活圏内に近い場所で会うか」
「え……それは、」
跡部の提案にすぐさま琴璃の表情が固まった。相変わらず冗談が通じないヤツだなと思う。初めて夏の合宿で出会った時もそうだった。琴璃はあの立海の真田ばりに頭が硬い人間なのだ。だが今は、あんな野生の塊みたいな男と彼女を一緒にするなんて考えられない。今はもう、自分の恋人なのだから。
車を降りようとドアに伸ばした琴璃の手を跡部は掴んだ。何事かと彼女は振り向く。その額に跡部はそっとキスをした。
「うへあ」
「なんだその色気のねぇ声は」
ついでに片腕で琴璃をそっと抱き寄せる。予想通り彼女はびっくりして固まっているのみ。一体いつになったら慣れてくれるんだか。たまに思うけど、本音は言わない。その硬い頭を悩ませるようなことを言ったらまた、思い詰めて笑わなくなりそうな気がするから。
「2週間も会えなくなるんだ、これぐらいは許せよ」
「……」
“これぐらい”であっさりと引き下がる。周りに自分らのことを秘密にしているのも正直窮屈だけど、こんなに奥手な跡部もまた、決して第三者に見せられない秘密なのだ。
互いに学校も学年も違うのだが、土日のどちらかには必ず会っている。別に、跡部としては両日会ったって構わない。テニス部はこの間の夏で引退しているから時間の融通はいくらでも利く。だが琴璃のほうは変わらず青学テニス部のマネージャー業があるからなかなかそうはいかない。そういう理由があって、彼女からは「休日はどっちかでいいでしょう」と言われた。可愛くないことを言うくせにその時の表情が跡部には可愛く映った。あれは本音じゃない。建前でそんな発言をしたのだ。彼女の心など透けて見える。相変わらず意地を張るのが得意だなとも思いつつ、跡部はその提案を承諾した。
ついでに琴璃は、自分らが一緒にいるところを他人に見られるのを尋常じゃないくらい嫌がる。理由は、“バレたくないから”。だから必要以上に派手なことを嫌う。以前、彼女を迎えに行った際にこの車を正門前に横付けして待っていたら必死に拒否してきた。あれ以来跡部は青学の前に近寄れなくなってしまった。だから、琴璃が少し歩くようにはなるが今日みたいにこんな場所で待つしかない。
跡部にとっては普通のことでも琴璃にとって派手だと感じる事柄はNGにされた。その“普通”の程度が分からないから最初のうちは琴璃に文句を言われたりしたこともある。もともと彼女は頑固な性格だ。無駄に強がろうとする。何かが起きても誰かの手を借りようとかいう考えは持ち合わせていない。弱音はまず吐かないしあまり隙を見せようとしない。ただし、本人的には気を張ってるつもりだが隙はそこら中にある。付き合うことになってまだ1ヶ月そこらじゃ、簡単には全てを曝け出してはくれないだろう。それくらい分かっている。けれどいつかは。その強がりを一掃できる日が来るだろう。それを考えると口元が緩みそうになる。いや、緩んでいたのであろう。ちょうどそばを忍足が通り過ぎ、ものすごい寂しい視線を注がれた日があったのはさして昔の話ではない。
「案外尻にしかれとるやん。あれやな、惚れた弱みってやつか」
いつだったか、琴璃と通話していたのをちゃっかり聞いていた忍足に言われた。いちいち煩ぇ外野だなと思う。尻に敷かれてるだなんて跡部本人は全くそんなふうに思っちゃいない。だが彼女が嫌がることをするわけにはいかない。正直、コソコソ隠れるような交際の仕方ははっきり言って好きじゃない。何故堂々とするのがいけないのか跡部には理解し難かった。不満はそこだけ。あるにはあるわけだが、それでも琴璃がそれを望むのならば合わせるしかない。そもそも、互いが別の学校だからそこまで第三者の目に留まるような機会があるとは思えないが。
そんな今日も青学からも氷帝からも遠い場所の店に来ていた。コンビニ駐車場で合流した琴璃が「お腹が空きました」と唐突に言ってきた。
「何でもあるからファミレスにしましょう」
氷帝の連中とも利用したことがあるが、さして好きな場所ではない。騒がしいし周囲の人間の行き交いが鬱陶しい。デートに使う場だとは跡部にしたら明らかに思えない。だから琴璃のその提案を却下した。代わりに青学からはだいぶ離れた、まず学生がいなさそうなレストランに連れてきてやった。これなら絶対に知ってる人に会うことはない。でも琴璃としてはもう少し気軽な店が良かった。本音はそうだけど、これでも彼の中では譲歩してくれているのがわかったから言えなかった。
本当は琴璃も分かっている。自分の“普通”は必ずしもこの人の“普通”ではないということ。逆も然りで、自分にとっては特別と感じることでも、跡部にとっちゃ何ら普通のものと捉えることだってある。その価値観が同じだったならこんなに遠慮も警戒もしなくて済むのに。時々そんなふうに思うことだってある。そんな自分のモヤモヤにこの人は果たして気づいているのだろうか。ちょっとだけ、盗み見ながら食事を口に運んでいたら視線がすぐバレた。「なんだ」と言われたから適当にはぐらかす。ちょっとだけ気まずい。今日も偉そうだなと思いつつ琴璃はせっせと咀嚼した。こんなフルコースばりのボリュームある料理を食べているのは琴璃のほうだけ。跡部の前にはコーヒーカップしかなく、ずっと腕を組んで座っているのみ。デートの空気とは思い難い。それでも土日のどちらかに会うのがお決まりになっている。琴璃は不思議でしょうがない。彼はいつでも、琴璃の思い通りに動いてくれる。どんな些細な希望も叶えてくれる。それで果たして彼は楽しいのだろうか。それを聞く勇気が琴璃にはまだない。
「青学は桃城の野郎が部長になるのか」
「と、思うじゃないですか。実は海堂先輩になると思います」
跡部にテニス部の話をふられて琴璃は少々得意げに話す。あの、夏の大会から早くも数ヶ月が過ぎ去った。跡部も氷帝の部長を引退したわけだが、青学の方も手塚ではなく次を担う者が選ばれている。
「でも海堂先輩は少し圧があるから、1年生の部員たちが緊張しています」
「お前だって1年じゃねぇか」
「私は、マネージャーなのでそこまで直接的に睨まれるようなことがありませんから」
「まぁ流石に、マネージャーにまで突っ掛かってこねぇか」
跡部は声に出さずに笑う。それに、海堂のほうが桃城よりかは距離を取りそうな奴だからいいか、とひっそり思った。よくは知らないが、なんとなく桃城のほうが人使いが荒そうな気がする。もし部長がヤツのほうだったなら、何でもやります精神の彼女は良いように扱われてたに違いない。
「来週は、ちょっと会えそうにないんです」
琴璃はちょうどデザートのアイスを食べ終わった頃だった。スプーンを置いて、わずかに姿勢を正しながら彼女が言う。
「なんだ、試験期間か」
「いえ、そうではないんですけど」
どこか言葉を濁すような口ぶり。冗談が通じない人間はこういう場ではすぐにボロが出る。何かを隠してるんだとすぐに分かった。
「ちなみにその翌週も、ちょっと」
「部活がオフの日があるだろ」
「ちょっと、もう別の予定が入ってしまってて」
「夜」
「も、駄目なんです」
「あぁん?」
「すいません……」
2週間も会えない。至極不満だったけど琴璃が申し訳なくしているから理由を聞かなかった。何かわけがあるようだから。会えない理由もそれを隠す理由も、跡部は追求する必要はないと思った。自分に対してすまないと思っている時点で、此方のことを考えてくれていると言うことだから。
たった1時間そこらの逢瀬をして、次会うのはまた翌週。いつもあっという間。しかも、来週と再来週は会えない。大きな黒い車に乗せられて、今日も彼女の家のそばまで一瞬でついてしまう。
「ワガママ言ってすみません」
車内で琴璃がポツリと呟いた。今日のどれについてを“ワガママ”と指したのか。定かにはしなかったけれど、多分全てのことなんだろう。毎週送迎してくれるのも、顔見知りの居なさそうな場所を選んでくれるのも、当たり前にご馳走してくれるのも、2週続けて会えないのも。全部全部、跡部に対して申し訳ないと思っているから自ずと出た言葉なのだ。
「そう思うのなら、次からはもう少しお前の生活圏内に近い場所で会うか」
「え……それは、」
跡部の提案にすぐさま琴璃の表情が固まった。相変わらず冗談が通じないヤツだなと思う。初めて夏の合宿で出会った時もそうだった。琴璃はあの立海の真田ばりに頭が硬い人間なのだ。だが今は、あんな野生の塊みたいな男と彼女を一緒にするなんて考えられない。今はもう、自分の恋人なのだから。
車を降りようとドアに伸ばした琴璃の手を跡部は掴んだ。何事かと彼女は振り向く。その額に跡部はそっとキスをした。
「うへあ」
「なんだその色気のねぇ声は」
ついでに片腕で琴璃をそっと抱き寄せる。予想通り彼女はびっくりして固まっているのみ。一体いつになったら慣れてくれるんだか。たまに思うけど、本音は言わない。その硬い頭を悩ませるようなことを言ったらまた、思い詰めて笑わなくなりそうな気がするから。
「2週間も会えなくなるんだ、これぐらいは許せよ」
「……」
“これぐらい”であっさりと引き下がる。周りに自分らのことを秘密にしているのも正直窮屈だけど、こんなに奥手な跡部もまた、決して第三者に見せられない秘密なのだ。
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