愛しさが背中を押す時
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琴璃は1時間半ほど家に滞在し、帰るとなったらこないだのようにまた忍足が駅まで送ってやることになった。言わずもがな、姉からのご命令だ。
数時間前だって少しの間だが2人きりになっていたのだが、今の方が何倍も気を遣ってしまう。先ほどの彼女の様子を見て忍足の中では僅かながらも動揺が後を引いていた。事故に遭い、道路の上に倒れていた時でさえ琴璃は涙を流していなかったのに。今日あんなふうに静かに泣きそうな顔を見せられたら、意識するなと言う方が無理だった。会うたびいつも笑ってる彼女が不意に見せた表情だから尚更に。
多分、自分の中で勝手に彼女のイメージを創り上げてしまっていたのだろう。外見だけで判断される悔しさは、忍足も身を持って体験しているというのに琴璃に対してそうしてしまった。だから罪悪感を抱かずにはいられなかった。きっと本人はそんなふうに思っているなんて分かっちゃいないだろうけど。
「そういえば侑士くん。さっき私に何か言おうとしてたよね、恵里奈ちゃんが帰ってくる前。なぁに?」
「あぁ、いや」
不意に彼女がそんなことを言うから思わず吃ってしまった。覚えてたのか、というよりもなんでこのタイミングで、という気持ちの方が強い。正直焦った。こんなふうに落ち着いていない自分は珍しい。自らを客観視できる余裕はあれど、どうにも本調子じゃない。
「今度、夏の大会があんねん。良かったら琴璃ちゃんも見に来て、って言おうと思って」
本当はそんなこと言うつもりじゃなかった。じゃあ何を、あの時自分は言いたかったのだろう。とりあえず、琴璃に“パッとしない歳上”だなんて思ってないことを言いたかった。それだけは訂正しておきたかった。彼女のことを見下したり馬鹿になんてしたことは1度もない。確かに最初から琴璃は自分より幼くけれど、それは外見の話であって、きちんと芯のしっかりした人だと思っている。それをどう言うべきか考えていた。
考えながらも気づいてしまった。自分が外見で女子たちに評価されていたように、琴璃だって見た目よりも幼い雰囲気のせいで勝手に印象を作り出されてしまっているんだと。もしかしたら琴璃も、自身の見た目ではなくもっと内面を見てほしいと思っているのかもしれない。自分と同じような劣等感にも似た気持ちを、彼女も抱えているのかもしれない。そんなふうに彼女のことを考えていたら、よく分からないけど、伝えるのは今ではない気がした。その代わりにと告げたテニスの大会への誘い。琴璃は分かりやすく喜んだ。隣を歩きながら目をしばたかせ、
「いいの?」
「もう今の時期は見てる方も暑いんやけど。会場にはあんま日陰もないし、そもそもそこまででかい大会やないんやけど……まあ、気が向いたらで」
「行くよ、見に行く。侑士くんがテニスしてるのって初めて見る」
琴璃はテニスのルールも知識もまるで知らない。でも、誘われたことが嬉しかった。テニスのことを忍足は“彼女”だと表現したくらいなのだから、本当に好きで、きっとこれまでに沢山の心血を注いできたのだろうと思った。だから元気よく返事をする。
「楽しみだなあ。絶対行くね」
まただ。彼女は今泣いてなんかいないのに、忍足はまた狼狽えてしまった。心からの気持ちを言葉と表情できちんと表せられる。忍足にはできないことだった。引きそうになる程、彼女は眩しい。素直に感情を表現できる彼女が羨ましい。
大会当日の空は綺麗に晴れ渡った。
全国大会に向けた予選トーナメントの試合。そこまででかくない、なんて琴璃に説明をしたが、これに勝たなければ次はない。まあまあ大事な試合だったりする。
恵里奈は今日、急な予定が入ってしまい来れないらしい。琴璃が単身で見に行く旨を朝、家を出る前に言われた。相変わらず姉はわざとらしい笑みを見せつけてきた。素知らぬふりをしたが、ポーカーフェイスも実の姉には歯が立たない。
琴璃は今日、何時頃来るのか。道はちゃんと分かるだろうか。迷ったりしないだろうか。試合に集中したいのにそんな雑念が入って気が気じゃない。相手はもう大学生なのに、歳上なのに、こんなふうに心配になってしまうなんて可笑しな話だ。でも、年齢なんて関係ないと思う。彼女はどこかそそっかしい一面があるから故にそう思わせてしまうところがある。本人に知られたらまた気にしそうだから決して言えないが。
初戦はあっという間に終了した。氷帝は問題なく対戦相手校から勝ちをおさめた。初戦には忍足は出なかった。レギュラーを起用するほどの相手ではないと、部長の跡部が判断したためである。忍足は次の2回戦目から出番がある。シングルス3だから存分に見せ場がある。ギャラリーはそれなりにいて、歓声がすごかった。氷帝の応援は他校のより一際目立つし人数も多いからこれが普通のことだ。
試合をしながら忍足はたまにちらりとギャラリーのほうに目をやる。だが、たまたま目が合った全然知らない女子たちが騒ぐだけで、琴璃の姿を見つけることはできなかった。そうこうしているうちにあっさりと勝ってしまった。
ベンチに戻って首にタオルをかけながら休む。彼女は今の自分の試合を見ていてくれただろうか。ふと、ドリンクのそばに置いておいた携帯が目に入る。今更だが、連絡先の交換をして今日自分がどのゲームに出るのか教えてやればよかった。
「姉ちゃんに連絡先聞くのもなァ……」
そこまでする必要ないのだろうけど、なんかひっ掛かってしまう。自分はこんなにお人好しなんかじゃなかったはず。
「よーし、がんばっちゃうもんね」
隣でぴょいっとベンチを飛び越えてゆく選手。次のシングルス2担当はジローだった。
ジローは寝起きにも関わらず絶好調に相手をいなしていた。このままいけば彼も何ら問題ない。でも大会のルール上、5試合全てを執り行うことになっているから、どんなに白星を集めてもシングルス1までは試合が催されるのだ。
「そいや、跡部は?」
忍足の斜め前に座っていた宍戸が隣の鳳に言った。
「多分、どこか涼しい場所にいるんじゃないかと思いますよ。ここ、暑いですし」
「はあ?あいつシングルス1だろ?出番もうすぐじゃねぇか。試合見とかなくていいのかよ?」
「まぁ、跡部さんですから」
普通なら、アップしにいくとか対戦相手の戦法をリサーチしておくとかあるのだけれど。相手は跡部にとって鼻にかけるほどでもない。だから彼は、こんな炎天下に近いコートに居るよりもギリギリまで涼んでいるのだ。
「なめてるんですよ、あの人。勝つことよりも、どうやってド派手な登場しようかとか、今頃考えてるんじゃないですか」
「ダッサ」
「まあまあ2人とも」
日吉の嫌味と宍戸の呆れ、鳳のフォローというトリオ漫才みたいなものを見せられている。たしかに、忍足の先ほどの相手もそんなに本気を出すほどではなかった。やがて汗も引き、日差しに鬱陶しさを感じ出してきた頃、忍足は腰を上げた。
「まぁ、相手が大した事ないのは同感やけど、部長さんが不在なんはあんま良くないなぁ」
「忍足さんまで……」
「けど、ここは確かに暑いわ。てなわけで、試合が終わった俺は木陰にでも行かしてもらいます」
「オメーも応援しろよっ」
宍戸の喚きを無視しつつ忍足は出ていこうとする。ちょうどそこへ跡部がコートの向こうから歩いてくるのが見えた。1人ではなかった。だがその連れが樺地というわけではない。
「……え」
「あ。跡部さん戻ってきましたよ」
「なんだよあいつ、女迎えに行ってたのかよ」
宍戸の指摘通り、跡部のそばには女がいた。連れ立ってこっちへ歩いてくる。その相手を見て忍足は思わず口を半開きにする。だって一緒に歩いてくるのが琴璃だったから。
数時間前だって少しの間だが2人きりになっていたのだが、今の方が何倍も気を遣ってしまう。先ほどの彼女の様子を見て忍足の中では僅かながらも動揺が後を引いていた。事故に遭い、道路の上に倒れていた時でさえ琴璃は涙を流していなかったのに。今日あんなふうに静かに泣きそうな顔を見せられたら、意識するなと言う方が無理だった。会うたびいつも笑ってる彼女が不意に見せた表情だから尚更に。
多分、自分の中で勝手に彼女のイメージを創り上げてしまっていたのだろう。外見だけで判断される悔しさは、忍足も身を持って体験しているというのに琴璃に対してそうしてしまった。だから罪悪感を抱かずにはいられなかった。きっと本人はそんなふうに思っているなんて分かっちゃいないだろうけど。
「そういえば侑士くん。さっき私に何か言おうとしてたよね、恵里奈ちゃんが帰ってくる前。なぁに?」
「あぁ、いや」
不意に彼女がそんなことを言うから思わず吃ってしまった。覚えてたのか、というよりもなんでこのタイミングで、という気持ちの方が強い。正直焦った。こんなふうに落ち着いていない自分は珍しい。自らを客観視できる余裕はあれど、どうにも本調子じゃない。
「今度、夏の大会があんねん。良かったら琴璃ちゃんも見に来て、って言おうと思って」
本当はそんなこと言うつもりじゃなかった。じゃあ何を、あの時自分は言いたかったのだろう。とりあえず、琴璃に“パッとしない歳上”だなんて思ってないことを言いたかった。それだけは訂正しておきたかった。彼女のことを見下したり馬鹿になんてしたことは1度もない。確かに最初から琴璃は自分より幼くけれど、それは外見の話であって、きちんと芯のしっかりした人だと思っている。それをどう言うべきか考えていた。
考えながらも気づいてしまった。自分が外見で女子たちに評価されていたように、琴璃だって見た目よりも幼い雰囲気のせいで勝手に印象を作り出されてしまっているんだと。もしかしたら琴璃も、自身の見た目ではなくもっと内面を見てほしいと思っているのかもしれない。自分と同じような劣等感にも似た気持ちを、彼女も抱えているのかもしれない。そんなふうに彼女のことを考えていたら、よく分からないけど、伝えるのは今ではない気がした。その代わりにと告げたテニスの大会への誘い。琴璃は分かりやすく喜んだ。隣を歩きながら目をしばたかせ、
「いいの?」
「もう今の時期は見てる方も暑いんやけど。会場にはあんま日陰もないし、そもそもそこまででかい大会やないんやけど……まあ、気が向いたらで」
「行くよ、見に行く。侑士くんがテニスしてるのって初めて見る」
琴璃はテニスのルールも知識もまるで知らない。でも、誘われたことが嬉しかった。テニスのことを忍足は“彼女”だと表現したくらいなのだから、本当に好きで、きっとこれまでに沢山の心血を注いできたのだろうと思った。だから元気よく返事をする。
「楽しみだなあ。絶対行くね」
まただ。彼女は今泣いてなんかいないのに、忍足はまた狼狽えてしまった。心からの気持ちを言葉と表情できちんと表せられる。忍足にはできないことだった。引きそうになる程、彼女は眩しい。素直に感情を表現できる彼女が羨ましい。
大会当日の空は綺麗に晴れ渡った。
全国大会に向けた予選トーナメントの試合。そこまででかくない、なんて琴璃に説明をしたが、これに勝たなければ次はない。まあまあ大事な試合だったりする。
恵里奈は今日、急な予定が入ってしまい来れないらしい。琴璃が単身で見に行く旨を朝、家を出る前に言われた。相変わらず姉はわざとらしい笑みを見せつけてきた。素知らぬふりをしたが、ポーカーフェイスも実の姉には歯が立たない。
琴璃は今日、何時頃来るのか。道はちゃんと分かるだろうか。迷ったりしないだろうか。試合に集中したいのにそんな雑念が入って気が気じゃない。相手はもう大学生なのに、歳上なのに、こんなふうに心配になってしまうなんて可笑しな話だ。でも、年齢なんて関係ないと思う。彼女はどこかそそっかしい一面があるから故にそう思わせてしまうところがある。本人に知られたらまた気にしそうだから決して言えないが。
初戦はあっという間に終了した。氷帝は問題なく対戦相手校から勝ちをおさめた。初戦には忍足は出なかった。レギュラーを起用するほどの相手ではないと、部長の跡部が判断したためである。忍足は次の2回戦目から出番がある。シングルス3だから存分に見せ場がある。ギャラリーはそれなりにいて、歓声がすごかった。氷帝の応援は他校のより一際目立つし人数も多いからこれが普通のことだ。
試合をしながら忍足はたまにちらりとギャラリーのほうに目をやる。だが、たまたま目が合った全然知らない女子たちが騒ぐだけで、琴璃の姿を見つけることはできなかった。そうこうしているうちにあっさりと勝ってしまった。
ベンチに戻って首にタオルをかけながら休む。彼女は今の自分の試合を見ていてくれただろうか。ふと、ドリンクのそばに置いておいた携帯が目に入る。今更だが、連絡先の交換をして今日自分がどのゲームに出るのか教えてやればよかった。
「姉ちゃんに連絡先聞くのもなァ……」
そこまでする必要ないのだろうけど、なんかひっ掛かってしまう。自分はこんなにお人好しなんかじゃなかったはず。
「よーし、がんばっちゃうもんね」
隣でぴょいっとベンチを飛び越えてゆく選手。次のシングルス2担当はジローだった。
ジローは寝起きにも関わらず絶好調に相手をいなしていた。このままいけば彼も何ら問題ない。でも大会のルール上、5試合全てを執り行うことになっているから、どんなに白星を集めてもシングルス1までは試合が催されるのだ。
「そいや、跡部は?」
忍足の斜め前に座っていた宍戸が隣の鳳に言った。
「多分、どこか涼しい場所にいるんじゃないかと思いますよ。ここ、暑いですし」
「はあ?あいつシングルス1だろ?出番もうすぐじゃねぇか。試合見とかなくていいのかよ?」
「まぁ、跡部さんですから」
普通なら、アップしにいくとか対戦相手の戦法をリサーチしておくとかあるのだけれど。相手は跡部にとって鼻にかけるほどでもない。だから彼は、こんな炎天下に近いコートに居るよりもギリギリまで涼んでいるのだ。
「なめてるんですよ、あの人。勝つことよりも、どうやってド派手な登場しようかとか、今頃考えてるんじゃないですか」
「ダッサ」
「まあまあ2人とも」
日吉の嫌味と宍戸の呆れ、鳳のフォローというトリオ漫才みたいなものを見せられている。たしかに、忍足の先ほどの相手もそんなに本気を出すほどではなかった。やがて汗も引き、日差しに鬱陶しさを感じ出してきた頃、忍足は腰を上げた。
「まぁ、相手が大した事ないのは同感やけど、部長さんが不在なんはあんま良くないなぁ」
「忍足さんまで……」
「けど、ここは確かに暑いわ。てなわけで、試合が終わった俺は木陰にでも行かしてもらいます」
「オメーも応援しろよっ」
宍戸の喚きを無視しつつ忍足は出ていこうとする。ちょうどそこへ跡部がコートの向こうから歩いてくるのが見えた。1人ではなかった。だがその連れが樺地というわけではない。
「……え」
「あ。跡部さん戻ってきましたよ」
「なんだよあいつ、女迎えに行ってたのかよ」
宍戸の指摘通り、跡部のそばには女がいた。連れ立ってこっちへ歩いてくる。その相手を見て忍足は思わず口を半開きにする。だって一緒に歩いてくるのが琴璃だったから。