愛しさが背中を押す時
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部活を終え、忍足は1人部室で着替えていた。他の部員たちは皆、たまたまこの後予定があるらしく早々に帰っていった。いつも一緒に帰る岳人さえも、今日は弟の面倒があるんだとかで忍足を置いてさっさと帰ってしまった。残っているのは自分の他に、まだコートで自主練している跡部とあともう1人だけ。だが彼はさっきからずっと寝ている。このまま放っておいても跡部が送っていくだろうから別に問題ないだろうと思い、忍足はあえて起こさなかった。そうしたら、突然名前を呼ばれた。
「なぁなぁ忍足ー」
「うお、びっくりした」
いつの間にかジローは目覚めていた。まだ少しぼんやり顔で忍足のほうを見ている。
「昨日、本屋でかわいー子といたろ?カノジョ?」
「なんや覗き見しとったんかい」
「なー、カノジョ?」
「ちゃうわ。姉ちゃんの大学の友達や」
「え、歳上なの?あの子」
「3コもな」
どうやら遠くから見ていただろうジローの目にも、琴璃が自分らより上には映らなかったらしい。下に見られることを本人はコンプレックスだと思っているから、琴璃に教えてあげても落ち込むだけだろうなと思った。
「ふーん。で、その子のこと好きなの?」
「はあ?なんでそうなるん」
「だって忍足、嬉しそーだったから」
「はは、俺が?」
そんな突飛なことを言われ思わず忍足は半笑いしてしまった。会話が弾んだのは確かだけど、あの時嬉しかったのかはあまり考えていなかった。とりあえず、自分は会話が途切れて変な空気にならないようにと色々話題を振っただけ。性分である。
けれど向こうは自分のことが好きなんだろうなと思う。間違いなく琴璃は自分に想いを寄せている。それは忍足が特別勘が働くからだとか、人の心が読むのが得意だからという理由以前に、単純に琴璃が自分と接する時の表情で分かってしまったのだった。しかも昨日は、“彼女がいるのか”と直接忍足に聞いてきたし。
「決定的やな、あれは」
いい子だと思う。優しくてふんわりしていて、姉に比べるとずっと気が配れて。だから、そんな子に好かれて悪い気はしない。でも忍足は一目惚れというものを経験したことがない。無論異性と付き合ったことはある。告白を受けたことだって何度もある。なんなら、人並み以上に。それでもほぼ初見の異性に対して“この子いいな”と感じるほどの気持ちを持つことはなかなか無かった。どちらかと言うと、告白されたから付き合う“受け身”な姿勢だった。そして、その女子たちは真っ先に自分の容姿を褒めるのだった。まぁ、第一印象で評価できるものなんて外見くらいではあるが。でも、“顔が好み”という言葉は忍足にとって褒め言葉でもなんでもなかった。おおきに、とは思う。わりと整った顔に産んでくれた親にも感謝してる。だけどそれは別に忍足の望むものではなかった。
だから、付き合ったとして、月日が経てばやっぱり互いの内面的なものが見えてきて。波長や気持ちのズレが生じやがて別れを選択したことは情けない話、1度や2度ではなかった。忍足自身に問題があるわけじゃなくて、彼女たちが勝手に作り出した“理想”が高すぎたのである。別れる際に、“もっと愛想いい人かと思った”とか言われたこともある。流石にあれは苛立った。人のこと顔だけでそないな評価すんなや、と思った。自分の顔にだけ釣られて近寄ってきた女子たちは、勝手に期待して、望んで、思い通りにいかないとあっさりと離れてゆくのだ。
琴璃もやっぱり自分の外見に惚れたのだろうか。実際のところ彼女も自分に対して“顔が好み”とか思ってるのだろうか。そしてそれがいずれ“思ったより本物は無愛想”だと認識したなら、果たして彼女は幻滅するのだろうか。
想像したら、なんだか少し虚しくなった。
「琴璃に今、彼氏おらんで」
部活を終えて帰ってきたが両親はまだ仕事から帰ってこない。いつものことだ。コップに麦茶を注ぎながら、夕飯は何を作ろうか冷蔵庫の中を覗いていたら出しぬけに背後からそんなことを言われた。振り向くと風呂上がりの姉がいた。心なしか、顔がニヤついている。
「なんでそんなこと俺に言うん」
「別にー。明日、また琴璃がうち来て一緒に課題やるから。あたしは午後に1つ講義あるけど、琴璃は休講になったから、多分あの子のほうが早くここに着くんとちゃうかな」
「へぇ」
あまり興味のない情報を背後でぺらぺら喋り続ける姉。適当に相槌だけ打っておくことにした。なのに、
「襲ったりしたらあかんで」
最後に、そんなことを言うからうっかり麦茶を吹き出しそうになった。なんとか堪えてごくりと飲み込む。
「アホか」
家でも部室でも琴璃の話題になるとは。
こっちは何とも言っていないのに、姉もジローもやたらと掘り下げてくるから驚いた。でも彼らは、琴璃が忍足に好意があることを知っているとは思えない。琴璃本人も、いくらなんでも姉にそれを打ち明けたりしないんじゃないかと思う。
だが、恵里奈も自分と同じく勘は鋭いほうだ。そこは実姉なだけあって認める部分。恵里奈もまた、自分ほど感情を押し殺しはしないものの冷静に物事を見れる性格だと思う。だから忍足はいつも恵里奈に対してだけは嘘や隠し事が通用しない。血が繋がっている所以からか、心の内まで読まれてしまうのも無理はない。
そんな姉ならば、琴璃が打ち明けずとも恵里奈は彼女の気持ちを察知しているのかもしれない。彼女の心は実に分かりやすかった。自分に分かったんだから姉の恵里奈にだってバレても何らおかしい話ではない。
そして、姉は友達を大事にする人だ。人の恋路をからかったり面白がったりしない。となれば、あの回りくどい言い方やどうでもいい明日のことを話したのは、琴璃の気持ちを分かって敢えてしたことなんじゃないか。そこまで推測ができてしまって、思わず溜息が出てしまう。
「――……だる」
期限切れ間近のモヤシの袋を掴みながら呟いた。姉がまた何かリビングの方から喚いている。適当に返事をし、忍足は冷蔵庫を閉じた。
「なぁなぁ忍足ー」
「うお、びっくりした」
いつの間にかジローは目覚めていた。まだ少しぼんやり顔で忍足のほうを見ている。
「昨日、本屋でかわいー子といたろ?カノジョ?」
「なんや覗き見しとったんかい」
「なー、カノジョ?」
「ちゃうわ。姉ちゃんの大学の友達や」
「え、歳上なの?あの子」
「3コもな」
どうやら遠くから見ていただろうジローの目にも、琴璃が自分らより上には映らなかったらしい。下に見られることを本人はコンプレックスだと思っているから、琴璃に教えてあげても落ち込むだけだろうなと思った。
「ふーん。で、その子のこと好きなの?」
「はあ?なんでそうなるん」
「だって忍足、嬉しそーだったから」
「はは、俺が?」
そんな突飛なことを言われ思わず忍足は半笑いしてしまった。会話が弾んだのは確かだけど、あの時嬉しかったのかはあまり考えていなかった。とりあえず、自分は会話が途切れて変な空気にならないようにと色々話題を振っただけ。性分である。
けれど向こうは自分のことが好きなんだろうなと思う。間違いなく琴璃は自分に想いを寄せている。それは忍足が特別勘が働くからだとか、人の心が読むのが得意だからという理由以前に、単純に琴璃が自分と接する時の表情で分かってしまったのだった。しかも昨日は、“彼女がいるのか”と直接忍足に聞いてきたし。
「決定的やな、あれは」
いい子だと思う。優しくてふんわりしていて、姉に比べるとずっと気が配れて。だから、そんな子に好かれて悪い気はしない。でも忍足は一目惚れというものを経験したことがない。無論異性と付き合ったことはある。告白を受けたことだって何度もある。なんなら、人並み以上に。それでもほぼ初見の異性に対して“この子いいな”と感じるほどの気持ちを持つことはなかなか無かった。どちらかと言うと、告白されたから付き合う“受け身”な姿勢だった。そして、その女子たちは真っ先に自分の容姿を褒めるのだった。まぁ、第一印象で評価できるものなんて外見くらいではあるが。でも、“顔が好み”という言葉は忍足にとって褒め言葉でもなんでもなかった。おおきに、とは思う。わりと整った顔に産んでくれた親にも感謝してる。だけどそれは別に忍足の望むものではなかった。
だから、付き合ったとして、月日が経てばやっぱり互いの内面的なものが見えてきて。波長や気持ちのズレが生じやがて別れを選択したことは情けない話、1度や2度ではなかった。忍足自身に問題があるわけじゃなくて、彼女たちが勝手に作り出した“理想”が高すぎたのである。別れる際に、“もっと愛想いい人かと思った”とか言われたこともある。流石にあれは苛立った。人のこと顔だけでそないな評価すんなや、と思った。自分の顔にだけ釣られて近寄ってきた女子たちは、勝手に期待して、望んで、思い通りにいかないとあっさりと離れてゆくのだ。
琴璃もやっぱり自分の外見に惚れたのだろうか。実際のところ彼女も自分に対して“顔が好み”とか思ってるのだろうか。そしてそれがいずれ“思ったより本物は無愛想”だと認識したなら、果たして彼女は幻滅するのだろうか。
想像したら、なんだか少し虚しくなった。
「琴璃に今、彼氏おらんで」
部活を終えて帰ってきたが両親はまだ仕事から帰ってこない。いつものことだ。コップに麦茶を注ぎながら、夕飯は何を作ろうか冷蔵庫の中を覗いていたら出しぬけに背後からそんなことを言われた。振り向くと風呂上がりの姉がいた。心なしか、顔がニヤついている。
「なんでそんなこと俺に言うん」
「別にー。明日、また琴璃がうち来て一緒に課題やるから。あたしは午後に1つ講義あるけど、琴璃は休講になったから、多分あの子のほうが早くここに着くんとちゃうかな」
「へぇ」
あまり興味のない情報を背後でぺらぺら喋り続ける姉。適当に相槌だけ打っておくことにした。なのに、
「襲ったりしたらあかんで」
最後に、そんなことを言うからうっかり麦茶を吹き出しそうになった。なんとか堪えてごくりと飲み込む。
「アホか」
家でも部室でも琴璃の話題になるとは。
こっちは何とも言っていないのに、姉もジローもやたらと掘り下げてくるから驚いた。でも彼らは、琴璃が忍足に好意があることを知っているとは思えない。琴璃本人も、いくらなんでも姉にそれを打ち明けたりしないんじゃないかと思う。
だが、恵里奈も自分と同じく勘は鋭いほうだ。そこは実姉なだけあって認める部分。恵里奈もまた、自分ほど感情を押し殺しはしないものの冷静に物事を見れる性格だと思う。だから忍足はいつも恵里奈に対してだけは嘘や隠し事が通用しない。血が繋がっている所以からか、心の内まで読まれてしまうのも無理はない。
そんな姉ならば、琴璃が打ち明けずとも恵里奈は彼女の気持ちを察知しているのかもしれない。彼女の心は実に分かりやすかった。自分に分かったんだから姉の恵里奈にだってバレても何らおかしい話ではない。
そして、姉は友達を大事にする人だ。人の恋路をからかったり面白がったりしない。となれば、あの回りくどい言い方やどうでもいい明日のことを話したのは、琴璃の気持ちを分かって敢えてしたことなんじゃないか。そこまで推測ができてしまって、思わず溜息が出てしまう。
「――……だる」
期限切れ間近のモヤシの袋を掴みながら呟いた。姉がまた何かリビングの方から喚いている。適当に返事をし、忍足は冷蔵庫を閉じた。