愛しさが背中を押す時
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姉に別れの挨拶をして、琴璃と忍足の2人はマンションのエレベーターに乗り込む。恵里奈と別れて2人しかいない空間はどうしていいか分からなかった。話しかけるタイミングを失ってしまい、琴璃が黙って壁を見ていると、まさかの忍足弟のほうから話しかけてきた。
「琴璃さん、やったっけ」
「あ、はい」
「姉がいつもお世話になってます」
「いやこちらこそ。恵里奈ちゃんにはいつも色々助けてもらってます」
「あの姉ちゃんが?あり得へんな。琴璃さんは、あの人と同じ学部なんですか?」
「あ、ううん。違うんですけど、履修してる講義が被るの多くて、それで自然と仲良くなりました」
「へぇ」
エントランスを出ると、外は知らぬ間にもう夜の空になっていた。そこではたと気付く。彼にまだ、ちゃんとお礼を言っていなかった。
「あの」
「はい?」
「その説は、助けていただき本当にありがとうございました。忍足くんが応急処置してくれてなかったら、今頃こんなふうに元気に動けてなかったかも」
「ははは、大袈裟な」
「ううん、本当に。担当してくれた先生が、頭の止血処置をしてくれてたお陰で病院着いてからスムーズに処置できたって言ってたから」
「そうなんか。そら良かった」
彼が笑った。切れ長の目がレンズの奥で緩やかに弧を描く。こんなふうに笑うんだ。姉の恵里奈とは全然違う雰囲気。やっぱり彼はすごく大人びて見える。
「そう言えば、あの時私の血で汚れちゃいましたよね……ごめんなさい。その、今更すぎるけど、洋服弁償させてください」
「あーそれなら大丈夫、友達にクリーニング屋やっとるヤツがおって、頼んだらまっさらになって戻ってきたんで」
「じゃあせめてクリーニング代を出します」
「いやいや、そんな、ええですって」
「でもそれじゃ、私の気が済みません」
「いやホンマに。気にせんといてください」
どこまでも優しくて、穏やかで。いつの間にか魅入っていた。並んで駅までの道を歩いているこの瞬間さえも、琴璃の顔の向きは正面でなく左隣の彼ばかり見ていた。ただただ間抜けにぼーっと見ていた。横顔が綺麗だなと思った。そうしたら不意に、彼の顔がこっちを向いた。
「そんな見て、楽しい?」
「あ、ご、ごめんなさい」
「まぁ良く言われるんやけど」
「え?」
「俺と姉ちゃん、あんま似とらんって」
「あ、そっち……」
見惚れてたのはバレてなかった。琴璃はこっそり胸を撫で下ろす。
「確かに。あんまり似てない、かも」
「やっぱり?」
「うん。恵里奈ちゃんは、なんか“元気”って感じだけど、忍足くんはどっちかっていうと“クール”って感じかなあ。そもそも忍足くんは見た目が大人っぽいし」
「……ちゅうか、何なんその呼び方」
「え?何が?」
「姉ちゃんは下の名前で弟のほうは苗字呼びって」
「え、変……かなあ」
「別にええんやけど」
はは、と忍足が笑う。あ、また笑った、と思った。笑い方もやっぱりどこか大人びている。本当に歳下なのか信じられない。でもその笑顔が、どうにも目に焼き付けておきたいと思ってしまう。自分を助けてくれた時の必死な顔も未だに忘れられないけど、今の、穏やかなその顔をいつまでも見ていたいと思ってしまった。
「……じゃあ、侑士くんでも、いい、かなぁ」
琴璃がぽつりと呟く。それは自分なりに結構勇気の要る発言で。こんなふうに、自分から異性と距離を近づけるような話題をするのはまるで初めてのことだった。物凄く緊張した。けれどそんな自分とは裏腹に、忍足は余裕の笑みを見せてくるのだった。
「どーぞ、琴璃さん」
「……それ、なんか落ち着かない」
「何が?」
「“さん”付けはなんか、変な感じ。むず痒いよ」
「せやけど、姉ちゃんにさっき、あんたより歳上やでーって怒られてもうたからな」
「そうだけど……。なんか落ち着かないよ」
「そっか」
忍足は顎に手を当てて視線を斜め上へ飛ばす。数秒黙った後、再び琴璃のほうへ顔を向けた。
「ほんなら――よろしく、琴璃ちゃん」
「……うん」
冷静に返事をする。けど実際は、わーっと叫びそうになる気持ちを堪えていた。嬉しいのに、そんなのは二の次でとにかく焦った。だって笑いかけながら名前を呼んでくれるだなんて。今の琴璃には衝撃が強すぎた。とにかく内心は慌てふためいていた。外が暗くて良かったと思う。
「しっかし姉ちゃんと同い年やったのが驚きやわ」
「そうだよね。……やっぱり私、子供っぽいよね」
「若く見えるの、嬉しくないん?」
「若く見えるのは嬉しいけど、私の場合完全に“幼い”っていう印象で見られてるから」
「そうかなあ」
「ほんとは私も、今日の恵里奈ちゃんが着てたような服とか着こなしたいんだけどね」
「けど、今の琴璃ちゃんの格好、似合ってんで」
「そ、そうかな」
「姉ちゃんにはこんな清楚系なスカート履けんわ。あ、なんかセクハラぽい発言やった?気ぃ悪くしたら堪忍な」
「ううん、そんなことない」
そんなことないし、そんなこと初めて言われた。褒められたのが嬉しくて、夜道を歩きながら思わず琴璃は握り拳を作った。
きっと10分くらいは歩いてたはずなのに、駅に着くのはあっという間だった。一瞬すぎて全然足りない。もっと話していたかった。
「ほなら、気ぃつけてな」
「あ、あの。また会える、かな」
「おー、また遊びに来たって。姉ちゃん喜ぶわ」
そういう意味じゃないんだけど。でも、嬉しかった。
彼のことを少し知れた。いっぱい話ができた。もっと知りたいと思った。琴璃は控えめに忍足に手を振ると改札を抜けた。そして、1人になってから思いっきり頬を緩めた。
「琴璃さん、やったっけ」
「あ、はい」
「姉がいつもお世話になってます」
「いやこちらこそ。恵里奈ちゃんにはいつも色々助けてもらってます」
「あの姉ちゃんが?あり得へんな。琴璃さんは、あの人と同じ学部なんですか?」
「あ、ううん。違うんですけど、履修してる講義が被るの多くて、それで自然と仲良くなりました」
「へぇ」
エントランスを出ると、外は知らぬ間にもう夜の空になっていた。そこではたと気付く。彼にまだ、ちゃんとお礼を言っていなかった。
「あの」
「はい?」
「その説は、助けていただき本当にありがとうございました。忍足くんが応急処置してくれてなかったら、今頃こんなふうに元気に動けてなかったかも」
「ははは、大袈裟な」
「ううん、本当に。担当してくれた先生が、頭の止血処置をしてくれてたお陰で病院着いてからスムーズに処置できたって言ってたから」
「そうなんか。そら良かった」
彼が笑った。切れ長の目がレンズの奥で緩やかに弧を描く。こんなふうに笑うんだ。姉の恵里奈とは全然違う雰囲気。やっぱり彼はすごく大人びて見える。
「そう言えば、あの時私の血で汚れちゃいましたよね……ごめんなさい。その、今更すぎるけど、洋服弁償させてください」
「あーそれなら大丈夫、友達にクリーニング屋やっとるヤツがおって、頼んだらまっさらになって戻ってきたんで」
「じゃあせめてクリーニング代を出します」
「いやいや、そんな、ええですって」
「でもそれじゃ、私の気が済みません」
「いやホンマに。気にせんといてください」
どこまでも優しくて、穏やかで。いつの間にか魅入っていた。並んで駅までの道を歩いているこの瞬間さえも、琴璃の顔の向きは正面でなく左隣の彼ばかり見ていた。ただただ間抜けにぼーっと見ていた。横顔が綺麗だなと思った。そうしたら不意に、彼の顔がこっちを向いた。
「そんな見て、楽しい?」
「あ、ご、ごめんなさい」
「まぁ良く言われるんやけど」
「え?」
「俺と姉ちゃん、あんま似とらんって」
「あ、そっち……」
見惚れてたのはバレてなかった。琴璃はこっそり胸を撫で下ろす。
「確かに。あんまり似てない、かも」
「やっぱり?」
「うん。恵里奈ちゃんは、なんか“元気”って感じだけど、忍足くんはどっちかっていうと“クール”って感じかなあ。そもそも忍足くんは見た目が大人っぽいし」
「……ちゅうか、何なんその呼び方」
「え?何が?」
「姉ちゃんは下の名前で弟のほうは苗字呼びって」
「え、変……かなあ」
「別にええんやけど」
はは、と忍足が笑う。あ、また笑った、と思った。笑い方もやっぱりどこか大人びている。本当に歳下なのか信じられない。でもその笑顔が、どうにも目に焼き付けておきたいと思ってしまう。自分を助けてくれた時の必死な顔も未だに忘れられないけど、今の、穏やかなその顔をいつまでも見ていたいと思ってしまった。
「……じゃあ、侑士くんでも、いい、かなぁ」
琴璃がぽつりと呟く。それは自分なりに結構勇気の要る発言で。こんなふうに、自分から異性と距離を近づけるような話題をするのはまるで初めてのことだった。物凄く緊張した。けれどそんな自分とは裏腹に、忍足は余裕の笑みを見せてくるのだった。
「どーぞ、琴璃さん」
「……それ、なんか落ち着かない」
「何が?」
「“さん”付けはなんか、変な感じ。むず痒いよ」
「せやけど、姉ちゃんにさっき、あんたより歳上やでーって怒られてもうたからな」
「そうだけど……。なんか落ち着かないよ」
「そっか」
忍足は顎に手を当てて視線を斜め上へ飛ばす。数秒黙った後、再び琴璃のほうへ顔を向けた。
「ほんなら――よろしく、琴璃ちゃん」
「……うん」
冷静に返事をする。けど実際は、わーっと叫びそうになる気持ちを堪えていた。嬉しいのに、そんなのは二の次でとにかく焦った。だって笑いかけながら名前を呼んでくれるだなんて。今の琴璃には衝撃が強すぎた。とにかく内心は慌てふためいていた。外が暗くて良かったと思う。
「しっかし姉ちゃんと同い年やったのが驚きやわ」
「そうだよね。……やっぱり私、子供っぽいよね」
「若く見えるの、嬉しくないん?」
「若く見えるのは嬉しいけど、私の場合完全に“幼い”っていう印象で見られてるから」
「そうかなあ」
「ほんとは私も、今日の恵里奈ちゃんが着てたような服とか着こなしたいんだけどね」
「けど、今の琴璃ちゃんの格好、似合ってんで」
「そ、そうかな」
「姉ちゃんにはこんな清楚系なスカート履けんわ。あ、なんかセクハラぽい発言やった?気ぃ悪くしたら堪忍な」
「ううん、そんなことない」
そんなことないし、そんなこと初めて言われた。褒められたのが嬉しくて、夜道を歩きながら思わず琴璃は握り拳を作った。
きっと10分くらいは歩いてたはずなのに、駅に着くのはあっという間だった。一瞬すぎて全然足りない。もっと話していたかった。
「ほなら、気ぃつけてな」
「あ、あの。また会える、かな」
「おー、また遊びに来たって。姉ちゃん喜ぶわ」
そういう意味じゃないんだけど。でも、嬉しかった。
彼のことを少し知れた。いっぱい話ができた。もっと知りたいと思った。琴璃は控えめに忍足に手を振ると改札を抜けた。そして、1人になってから思いっきり頬を緩めた。