愛しさが背中を押す時
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「弟なんよ」
琴璃に言いながら恵里奈は彼のことを指差した。
「おと、うと……」
「侑士のねーちゃんじゃん。なんでいんの?」
もう1人の高校生男子が会話に参加してきた。恵里奈の弟とは対極的な体格をしている。
「がっくん。久しぶり。えー、なになに、男の子2人でコソコソ本屋で何探してたん?もしかしてぇ……」
「べ、別にそーゆうの見てたわけじゃねぇよっ」
「そーゆうのって、どーゆうの?」
「アホ岳人。何はめられとんねん」
ニヤニヤしながら聞く恵里奈を見ながら、おかっぱ頭の彼は一気に顔を赤く染める。岳人と呼んだその友人を肘で小突く彼と不意に目が合った。琴璃は思わず目を伏せる。
「姉ちゃんの友達?」
どきりとしてしまった。話しかけられている。どうしよう答えなきゃ、とまごつく間に恵里奈が代わりに返事をした。
「そうやけど。なに、あんたらも知り合いやったん?」
「いや、俺はちゃうけど」
そんな、と思う。やっと、せっかく巡り会えたのに。自分のことは忘れられてしまったんだろうか。
「私のこと、覚えて……ませんか」
「え?えー……と、待ってホンマに知り合い?」
こくりと頷く琴璃。彼は未だよく分かってない。その反応は、琴璃にとってはまあまあショックだった。耐えきれず俯いてしまう。そんな琴璃の様子を見た恵里奈が弟を怖い顔で睨みつける。
「侑士、アンタまさか……」
「え、ちょお待って誤解やわ」
「誤解って何やねん。どういう経緯か知らんけど、やっぱ過去に琴璃のこと泣かしたんやろ」
「はぁ?なんでそうなるん」
姉弟のやや激しい言い合いが始まる。だがそれさえも琴璃の耳にはあまり入ってこなかった。忘れられていたショックのほうが勝っていたから。それは奇跡的に会えた嬉しささえも呑み込んでしまったのだ。隣で悲しげに目を伏せる琴璃を見て、恵里奈は何かを思った。何か“ワケアリ”なんだろう。このまま見過ごしたら駄目だと思った。
「とりあえず、ウチ来る?」
岳人とは駅で別れ、忍足姉弟と共に琴璃は電車に乗り込んだ。案内されたのは1棟のマンション。なかなか大きな物件だった。
「お邪魔します」
「遠慮せんでええよ、うち、両親共働きやから今おらんし」
恵里奈と友達になってから今まで、彼女の家にお邪魔したことがなかった。同じ都内に住んでいるのにお互いの家では遊ばず、いつもカフェとかショッピングとか、そういう所に行きがちだったから今日が初めての訪問になる。
恵里奈は琴璃をリビングまで案内する。弟の方は、こっちまで来ずにキッチンに向かった。リビングと繋がっているから、彼がカップを取り出すのが琴璃にも見えた。
「飲み物、紅茶でええかな」
「あっ、おかまいなく」
「あたし砂糖2個ねー」
そういった後、恵里奈はぼすっとソファのクッションに倒れ込む。琴璃は落ち着かなくて部屋中を見渡した。なかなか広いリビングだな、と思う。紅茶のいい薫りが広がってきた。弟の彼が、カップ2つをテーブルに置いてくれた。
「ほんで?琴璃、ほんまにうちの弟に泣かされたんやないん?」
「違う言うとるやんけ」
「あんたに聞いてない」
「あの、実は……」
琴璃は1から全て話した。事故に遭った時の思い出せる限りのことを。意識がぼんやりした中で見た忍足のことを。話してるうちに忍足の表情に僅かに柔らかさが出てきた。もともとあまり表情を変えないから、その小さな変化も極々少しだったけれど。でもこれでようやく琴璃は誰なのか、忍足に認識された。
「あー、分かった、うんうん、せやったわ。あん時の子や」
「“子”とか、言うなや。琴璃はあんたより歳上やで」
「あ、別に私は気にして――」
「だいたいなぁ、そんな滅多にないシチュエーションで会うた子忘れるとか、どーゆう神経しとるん?」
「しゃあないやん。あんな状況で顔とかちゃんと見とる余裕ないわ」
「はーっ。ま、とりあえずあんたらの関係がヤバいほうじゃなくて良かったわ」
「……なんちゅーこと想像しとったん」
「もうええわ。琴璃、あたしの部屋行こ」
「え、あ、うん」
恵里奈は琴璃の手を掴んでさっさと自分の部屋へと案内する。まだ全然、彼のことを聞けてないのに話はそこで中断してしまった。取りあえず、自分のことを思い出してくれたのは良かったけど、琴璃としては本当はもう少し話したかった。でもそんなこと言えるわけない。
恵里奈の部屋は家族と共有するリビングとは違って、女の子らしい色合いのクッションとか壁紙になっていた。
「まさか侑士がそん時にいたなんてびっくりやわ。あの子、あの日も何も言うてへんかったから」
「そうだったんだ」
恵里奈は手近のクッションを取って両手で抱き締める。
「なんかごめんな琴璃」
「え?何が?」
「事故のこと、嫌に思い出したりしてへん?痛かったこととか、しんどかったこと」
気まずそうな顔をして彼女は言った。琴璃ははっとする。もしかしたら、さっさとこっちの部屋に移動したのは、もうこれ以上事故の話題を広げさせないようにしたのかもしれない。琴璃に気を使ってくれたのだろう。優しい子だなと思った。恵里奈のその気遣いが心に響いた。
「大丈夫だよ。ありがとう」
そこからは話に一気に花が咲き、色んなことを喋った。さっき本屋で見た旅行候補の場所とか、最近のゼミのこととかも。いつもあんなに喋っているのにそれでも話題が尽きない。気づいたら結構な時間が経っていた。
「わ、もうこんな時間だ」
「ほんまや。侑士ー、ちょっと」
ドアをちょっと開けてから恵里奈が叫ぶと、ちょっと面倒くさそうな顔をしながら忍足が姿を現した。
「琴璃を駅まで送ったって」
「え、いいよいいよ悪いから。大丈夫」
「あとついでにコンビニでアイス買うてきて。あたしチョコがええな」
「なんやねん、それ。弟使い、荒いわ」
「当たり前やん、弟なんやから」
「どういう理屈やねん」
はぁ、と軽く溜息を吐きながら彼は頭を掻く。視線が姉から琴璃に移される。ちょっとドキッとした。
「ほんなら、行きますか」
「あ……うん。ありがとう」
琴璃に言いながら恵里奈は彼のことを指差した。
「おと、うと……」
「侑士のねーちゃんじゃん。なんでいんの?」
もう1人の高校生男子が会話に参加してきた。恵里奈の弟とは対極的な体格をしている。
「がっくん。久しぶり。えー、なになに、男の子2人でコソコソ本屋で何探してたん?もしかしてぇ……」
「べ、別にそーゆうの見てたわけじゃねぇよっ」
「そーゆうのって、どーゆうの?」
「アホ岳人。何はめられとんねん」
ニヤニヤしながら聞く恵里奈を見ながら、おかっぱ頭の彼は一気に顔を赤く染める。岳人と呼んだその友人を肘で小突く彼と不意に目が合った。琴璃は思わず目を伏せる。
「姉ちゃんの友達?」
どきりとしてしまった。話しかけられている。どうしよう答えなきゃ、とまごつく間に恵里奈が代わりに返事をした。
「そうやけど。なに、あんたらも知り合いやったん?」
「いや、俺はちゃうけど」
そんな、と思う。やっと、せっかく巡り会えたのに。自分のことは忘れられてしまったんだろうか。
「私のこと、覚えて……ませんか」
「え?えー……と、待ってホンマに知り合い?」
こくりと頷く琴璃。彼は未だよく分かってない。その反応は、琴璃にとってはまあまあショックだった。耐えきれず俯いてしまう。そんな琴璃の様子を見た恵里奈が弟を怖い顔で睨みつける。
「侑士、アンタまさか……」
「え、ちょお待って誤解やわ」
「誤解って何やねん。どういう経緯か知らんけど、やっぱ過去に琴璃のこと泣かしたんやろ」
「はぁ?なんでそうなるん」
姉弟のやや激しい言い合いが始まる。だがそれさえも琴璃の耳にはあまり入ってこなかった。忘れられていたショックのほうが勝っていたから。それは奇跡的に会えた嬉しささえも呑み込んでしまったのだ。隣で悲しげに目を伏せる琴璃を見て、恵里奈は何かを思った。何か“ワケアリ”なんだろう。このまま見過ごしたら駄目だと思った。
「とりあえず、ウチ来る?」
岳人とは駅で別れ、忍足姉弟と共に琴璃は電車に乗り込んだ。案内されたのは1棟のマンション。なかなか大きな物件だった。
「お邪魔します」
「遠慮せんでええよ、うち、両親共働きやから今おらんし」
恵里奈と友達になってから今まで、彼女の家にお邪魔したことがなかった。同じ都内に住んでいるのにお互いの家では遊ばず、いつもカフェとかショッピングとか、そういう所に行きがちだったから今日が初めての訪問になる。
恵里奈は琴璃をリビングまで案内する。弟の方は、こっちまで来ずにキッチンに向かった。リビングと繋がっているから、彼がカップを取り出すのが琴璃にも見えた。
「飲み物、紅茶でええかな」
「あっ、おかまいなく」
「あたし砂糖2個ねー」
そういった後、恵里奈はぼすっとソファのクッションに倒れ込む。琴璃は落ち着かなくて部屋中を見渡した。なかなか広いリビングだな、と思う。紅茶のいい薫りが広がってきた。弟の彼が、カップ2つをテーブルに置いてくれた。
「ほんで?琴璃、ほんまにうちの弟に泣かされたんやないん?」
「違う言うとるやんけ」
「あんたに聞いてない」
「あの、実は……」
琴璃は1から全て話した。事故に遭った時の思い出せる限りのことを。意識がぼんやりした中で見た忍足のことを。話してるうちに忍足の表情に僅かに柔らかさが出てきた。もともとあまり表情を変えないから、その小さな変化も極々少しだったけれど。でもこれでようやく琴璃は誰なのか、忍足に認識された。
「あー、分かった、うんうん、せやったわ。あん時の子や」
「“子”とか、言うなや。琴璃はあんたより歳上やで」
「あ、別に私は気にして――」
「だいたいなぁ、そんな滅多にないシチュエーションで会うた子忘れるとか、どーゆう神経しとるん?」
「しゃあないやん。あんな状況で顔とかちゃんと見とる余裕ないわ」
「はーっ。ま、とりあえずあんたらの関係がヤバいほうじゃなくて良かったわ」
「……なんちゅーこと想像しとったん」
「もうええわ。琴璃、あたしの部屋行こ」
「え、あ、うん」
恵里奈は琴璃の手を掴んでさっさと自分の部屋へと案内する。まだ全然、彼のことを聞けてないのに話はそこで中断してしまった。取りあえず、自分のことを思い出してくれたのは良かったけど、琴璃としては本当はもう少し話したかった。でもそんなこと言えるわけない。
恵里奈の部屋は家族と共有するリビングとは違って、女の子らしい色合いのクッションとか壁紙になっていた。
「まさか侑士がそん時にいたなんてびっくりやわ。あの子、あの日も何も言うてへんかったから」
「そうだったんだ」
恵里奈は手近のクッションを取って両手で抱き締める。
「なんかごめんな琴璃」
「え?何が?」
「事故のこと、嫌に思い出したりしてへん?痛かったこととか、しんどかったこと」
気まずそうな顔をして彼女は言った。琴璃ははっとする。もしかしたら、さっさとこっちの部屋に移動したのは、もうこれ以上事故の話題を広げさせないようにしたのかもしれない。琴璃に気を使ってくれたのだろう。優しい子だなと思った。恵里奈のその気遣いが心に響いた。
「大丈夫だよ。ありがとう」
そこからは話に一気に花が咲き、色んなことを喋った。さっき本屋で見た旅行候補の場所とか、最近のゼミのこととかも。いつもあんなに喋っているのにそれでも話題が尽きない。気づいたら結構な時間が経っていた。
「わ、もうこんな時間だ」
「ほんまや。侑士ー、ちょっと」
ドアをちょっと開けてから恵里奈が叫ぶと、ちょっと面倒くさそうな顔をしながら忍足が姿を現した。
「琴璃を駅まで送ったって」
「え、いいよいいよ悪いから。大丈夫」
「あとついでにコンビニでアイス買うてきて。あたしチョコがええな」
「なんやねん、それ。弟使い、荒いわ」
「当たり前やん、弟なんやから」
「どういう理屈やねん」
はぁ、と軽く溜息を吐きながら彼は頭を掻く。視線が姉から琴璃に移される。ちょっとドキッとした。
「ほんなら、行きますか」
「あ……うん。ありがとう」