愛しさが背中を押す時
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「じっとしとき」
頭上で声が聞こえた。関西弁なんだ、と思って、その人の顔が見たくて残された力を使って頭を傾ける。そうしたらまたしても同じ声が降ってきた。
「動いたらあかんて」
そこに居たのは1人の青年だった。同じくらいの年齢だろうか。どこかの学校の制服姿だから学生――多分高校生なのだろう。ということは自分より歳下になるのだが、やけに大人びた顔をしてるなと思った。彼の額にうっすら汗が見える。焦っているのも分かる。そりゃそうか。こんな状況で落ち着いてられるわけがない。彼の両手は真っ赤になっていた。私の血だ、と琴璃は思った。
「もうすぐ救急車来るから」
彼の低い声の中に動揺が存在していた。硬い地面に横たわりながら、琴璃はもううっすらとしか開かない目で彼の顔を見ていた。フレームのない丸い形の眼鏡。暗い色のやや長めの髪。制服姿じゃなかったら絶対に自分よりも歳上に見えると思う。というより、自分が子供っぽいのもあるのかもしれない。大学生になってもこんなふわふわしたスカートを履いてるのはやっぱり子供っぽいかなあ、と思った。そしてそのお気に入りの白いシフォンスカートは、今や真っ赤に様変わりしていた。
やがて意識がぼんやりしてきて、すうっと眠りに誘われるように遠のいていく。死んじゃうのかな、とは思わなかった。ただただ、眠たくて仕方なかった。薄らぐ意識の中で救急車のサイレンが聞こえた。自分を迎えに来たんだと思った。目を閉じる間際に見えた彼の取り乱した顔が凄く印象的だった。真っ赤な手で自分の後頭部を支えてくれている。こんなに汚して、驚かせちゃってごめんなさい。声にならなかったけど、そう思いながら琴璃は眠りに落ちた。
次に意識を取り戻した時、琴璃はベッドの上にいた。側頭部を包帯でぐるぐるに巻かれていた。他にも、腕や脚には生々しい傷があった。母親が大泣きしながら「あなたは事故に巻き込まれたのよ」と教えてくれた。そこは自分でも覚えている。道端の自販機でペットボトルのお茶を買ってキャップを開けようとしたところに、いきなり車道から車が突っ込んできたのだった。幸いにも、打ち所が酷く悪いとか、後遺障害のような心配は見受けられないとのこと。事故の状況とか自分の怪我の程度を説明されて、ようやく落ち着いてきた頃には目が覚めてから半日が経とうとしていた。体の痛みもまだ多少あったけど、流石に疲れていたせいでその日はよく眠れた。
眠気に包まれながらぼんやり思い出す。私を助けてくれたあの男子高校生は誰だったのかな。コンクリートの上に倒れ込んだ琴璃の介抱をしてくれたあの彼は。事故の目撃者だったのなら、きっと誰かが彼のことを知っているはずだ。あとで母親にでも聞いてみよう。
だが、母も病院の関係者も分かる者は居なかった。警察の人ならもしかしたら知ってるかも、と担当医に言われたけど、母は琴璃が必要以上に事件に関わるのを嫌がった。トラウマになったりでもしたら娘が可哀想と思ったのだろう。琴璃をはねた運転手は飲酒運転だったようで、ただの事故ではなく傷害致死事件にまで発展していたのだった。
最低限の事情聴取だけ受けて、あまり事件に触れないようにしてほしい。母の内なる訴えが分かったから、琴璃もそれ以上は聞けなくなってしまった。
だけど彼のことを忘れることはできなかった。無事に退院した後でも、彼の存在は琴璃の中にいつまでも残っていた。薄らぐ意識の中だったのに今でもちゃんと覚えている。でも、たとえ顔を覚えていたとしても名前が分からなければ探し出せない。どうすることもできない、もどかしい、そんな日々が続いた。
それでも琴璃は無事に退院し、また以前のように大学生活を送れるまでになった。思ったよりも早くもとの生活に戻ることができた。医者に言わせれば、あんなふうに頭を打ったのに回復の早さが著しいとの事。体力にまるで自信が無いから、本当に言葉のとおり“運が良かった”のだ。
「ホンマに大事に至らなくて良かったわ」
大学の講義が終わって施設内にあるカフェで休んでいる。琴璃は温かいカフェラテに口をつけながら、向かい側に座っている友人の話を聞いていた。
「あたしが病院駆けつけた時は、琴璃のお母さん泣き崩れてて会話にならんで。どうしよう恵里奈ちゃん。どうしようどうしよう、って」
友人の恵里奈が真面目な顔をして琴璃に言った。彼女とは大学に入ってから知り合ったのでまだ付き合いは浅い。けれどすぐに意気投合し、今ではしょっちゅう会う仲になっている。彼女は幼い頃に親の職の都合で関西圏から引っ越してきた。琴璃よりもずっとしっかり者の彼女は珍しく怒っていた。無論琴璃に対してではなく事故の当事者にである。
「ま、運転手の過失なのは確かやけど、普通にお茶買うてただけで車に轢かれるのもなぁ。琴璃、1回厄祓い行ってきたら?」
「あはは、そうだよね」
彼女の言うことも満更ではないと思った。
「そーだ。琴璃が無事退院したことやし、快気祝いにどっか近場でプチ旅行行かへん?」
「わぁ、それいいね、温泉とか行きたいなぁ」
「じゃあ帰りに本屋でも寄る?場所のリサーチに」
「賛成!」
この後の講義は2人とも無かった。早速大学から出て駅まで向かい、そこに隣接する大きめの書店まで行く。夕方の時間帯なので店内には客の姿もそれなりにあった。2人で、どこにしようかなんて話しながら旅行雑誌の棚を物色している時だった。
「まーたそういうの読んでんのかよ。相変わらずワケ分かんねぇよなー、お前の好み」
「やかましい。馬鹿にすんならいっぺん読んでからにせえや」
聞こえてきたのは反対側の列から。2人の人物のやり取りだった。琴璃は、あれ、と瞬間的に思った。
「岳人もたまには小説とか読んでみぃ」
「パース。俺、そーゆうの眠くなるから無理」
「……偉そうに言うなや」
「つーか、早く買えよ侑士。終わったらゲーセン行こうぜ」
「分かったから大人しくせぇ。少しはじっとしとき」
間違いないと思った。その言葉が、声が。あの時と同じだった。声の低さとか波長みたいなものが記憶のものとぴたりと重なる気がした。自分もこの声に“じっとしとき”と言われた。この人だと直感した。琴璃は反対側の列へと走って回る。そこにいたのは高校生らしき2人組で、片方の、長身の彼がまさしくあの時の彼だった。
「あのっ」
琴璃の声に振り向いた彼の顔を見る。やっと見つけた。やっぱりこの人だ。確信した。
「あの。…………私の命の恩人の方ですか?」
「はっ?」
琴璃は何と言っていいのか分からず、咄嗟に出た言葉がそれだった。言われた彼は琴璃の言葉に目を丸くする。その後、琴璃のほうを訝しげに見つめてきた。琴璃の聞き方が不味かったのは言うまでも無い。
「え、侑士、誰?知り合い?」
「いや、ちゃうと思う……んやけど」
「突然すみません、私――」
「侑士。何しとるん」
琴璃を追いかけてきた恵里奈が彼を見て言った。彼も恵里奈を確認すると、別に驚くことなく会話をする。
「お?なんでこんなとこおんねん」
「それはこっちのセリフやわ。今日テニス部やないん?」
「今日は水曜やからオフ」
恵里奈が彼と普通に会話している。なんと2人は顔見知りだったのか。しかもなんだか仲睦まじい様子。それもただの知り合いという間柄ではない。距離感がとても近いのだ。琴璃にもそれが分かる。
――恵里奈ちゃんの彼氏だったんだ。
思いながら、少なからずのショックを感じた。
だがこの時はまだ、自分がなんでショックを受けているのか全く分かっていなかった。まだ名前も知らない彼が女の子と話してるところを見て、どうしてこんなにモヤモヤしてしまうのか。その理由を、考える余裕なんて全然なかった。
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ファンブック見る限り、忍足は姉と3歳差らしいので、このお話の琴璃と恵里奈ちゃんは大学生設定です。恵里奈ちゃんが捏造なのもご了承ください。
あと、関西弁の表現が下手くそなのもお許しくださいm(_ _)m
もし、あまりにもヘンテコな部分がありましたらこっこり教えてください。
頭上で声が聞こえた。関西弁なんだ、と思って、その人の顔が見たくて残された力を使って頭を傾ける。そうしたらまたしても同じ声が降ってきた。
「動いたらあかんて」
そこに居たのは1人の青年だった。同じくらいの年齢だろうか。どこかの学校の制服姿だから学生――多分高校生なのだろう。ということは自分より歳下になるのだが、やけに大人びた顔をしてるなと思った。彼の額にうっすら汗が見える。焦っているのも分かる。そりゃそうか。こんな状況で落ち着いてられるわけがない。彼の両手は真っ赤になっていた。私の血だ、と琴璃は思った。
「もうすぐ救急車来るから」
彼の低い声の中に動揺が存在していた。硬い地面に横たわりながら、琴璃はもううっすらとしか開かない目で彼の顔を見ていた。フレームのない丸い形の眼鏡。暗い色のやや長めの髪。制服姿じゃなかったら絶対に自分よりも歳上に見えると思う。というより、自分が子供っぽいのもあるのかもしれない。大学生になってもこんなふわふわしたスカートを履いてるのはやっぱり子供っぽいかなあ、と思った。そしてそのお気に入りの白いシフォンスカートは、今や真っ赤に様変わりしていた。
やがて意識がぼんやりしてきて、すうっと眠りに誘われるように遠のいていく。死んじゃうのかな、とは思わなかった。ただただ、眠たくて仕方なかった。薄らぐ意識の中で救急車のサイレンが聞こえた。自分を迎えに来たんだと思った。目を閉じる間際に見えた彼の取り乱した顔が凄く印象的だった。真っ赤な手で自分の後頭部を支えてくれている。こんなに汚して、驚かせちゃってごめんなさい。声にならなかったけど、そう思いながら琴璃は眠りに落ちた。
次に意識を取り戻した時、琴璃はベッドの上にいた。側頭部を包帯でぐるぐるに巻かれていた。他にも、腕や脚には生々しい傷があった。母親が大泣きしながら「あなたは事故に巻き込まれたのよ」と教えてくれた。そこは自分でも覚えている。道端の自販機でペットボトルのお茶を買ってキャップを開けようとしたところに、いきなり車道から車が突っ込んできたのだった。幸いにも、打ち所が酷く悪いとか、後遺障害のような心配は見受けられないとのこと。事故の状況とか自分の怪我の程度を説明されて、ようやく落ち着いてきた頃には目が覚めてから半日が経とうとしていた。体の痛みもまだ多少あったけど、流石に疲れていたせいでその日はよく眠れた。
眠気に包まれながらぼんやり思い出す。私を助けてくれたあの男子高校生は誰だったのかな。コンクリートの上に倒れ込んだ琴璃の介抱をしてくれたあの彼は。事故の目撃者だったのなら、きっと誰かが彼のことを知っているはずだ。あとで母親にでも聞いてみよう。
だが、母も病院の関係者も分かる者は居なかった。警察の人ならもしかしたら知ってるかも、と担当医に言われたけど、母は琴璃が必要以上に事件に関わるのを嫌がった。トラウマになったりでもしたら娘が可哀想と思ったのだろう。琴璃をはねた運転手は飲酒運転だったようで、ただの事故ではなく傷害致死事件にまで発展していたのだった。
最低限の事情聴取だけ受けて、あまり事件に触れないようにしてほしい。母の内なる訴えが分かったから、琴璃もそれ以上は聞けなくなってしまった。
だけど彼のことを忘れることはできなかった。無事に退院した後でも、彼の存在は琴璃の中にいつまでも残っていた。薄らぐ意識の中だったのに今でもちゃんと覚えている。でも、たとえ顔を覚えていたとしても名前が分からなければ探し出せない。どうすることもできない、もどかしい、そんな日々が続いた。
それでも琴璃は無事に退院し、また以前のように大学生活を送れるまでになった。思ったよりも早くもとの生活に戻ることができた。医者に言わせれば、あんなふうに頭を打ったのに回復の早さが著しいとの事。体力にまるで自信が無いから、本当に言葉のとおり“運が良かった”のだ。
「ホンマに大事に至らなくて良かったわ」
大学の講義が終わって施設内にあるカフェで休んでいる。琴璃は温かいカフェラテに口をつけながら、向かい側に座っている友人の話を聞いていた。
「あたしが病院駆けつけた時は、琴璃のお母さん泣き崩れてて会話にならんで。どうしよう恵里奈ちゃん。どうしようどうしよう、って」
友人の恵里奈が真面目な顔をして琴璃に言った。彼女とは大学に入ってから知り合ったのでまだ付き合いは浅い。けれどすぐに意気投合し、今ではしょっちゅう会う仲になっている。彼女は幼い頃に親の職の都合で関西圏から引っ越してきた。琴璃よりもずっとしっかり者の彼女は珍しく怒っていた。無論琴璃に対してではなく事故の当事者にである。
「ま、運転手の過失なのは確かやけど、普通にお茶買うてただけで車に轢かれるのもなぁ。琴璃、1回厄祓い行ってきたら?」
「あはは、そうだよね」
彼女の言うことも満更ではないと思った。
「そーだ。琴璃が無事退院したことやし、快気祝いにどっか近場でプチ旅行行かへん?」
「わぁ、それいいね、温泉とか行きたいなぁ」
「じゃあ帰りに本屋でも寄る?場所のリサーチに」
「賛成!」
この後の講義は2人とも無かった。早速大学から出て駅まで向かい、そこに隣接する大きめの書店まで行く。夕方の時間帯なので店内には客の姿もそれなりにあった。2人で、どこにしようかなんて話しながら旅行雑誌の棚を物色している時だった。
「まーたそういうの読んでんのかよ。相変わらずワケ分かんねぇよなー、お前の好み」
「やかましい。馬鹿にすんならいっぺん読んでからにせえや」
聞こえてきたのは反対側の列から。2人の人物のやり取りだった。琴璃は、あれ、と瞬間的に思った。
「岳人もたまには小説とか読んでみぃ」
「パース。俺、そーゆうの眠くなるから無理」
「……偉そうに言うなや」
「つーか、早く買えよ侑士。終わったらゲーセン行こうぜ」
「分かったから大人しくせぇ。少しはじっとしとき」
間違いないと思った。その言葉が、声が。あの時と同じだった。声の低さとか波長みたいなものが記憶のものとぴたりと重なる気がした。自分もこの声に“じっとしとき”と言われた。この人だと直感した。琴璃は反対側の列へと走って回る。そこにいたのは高校生らしき2人組で、片方の、長身の彼がまさしくあの時の彼だった。
「あのっ」
琴璃の声に振り向いた彼の顔を見る。やっと見つけた。やっぱりこの人だ。確信した。
「あの。…………私の命の恩人の方ですか?」
「はっ?」
琴璃は何と言っていいのか分からず、咄嗟に出た言葉がそれだった。言われた彼は琴璃の言葉に目を丸くする。その後、琴璃のほうを訝しげに見つめてきた。琴璃の聞き方が不味かったのは言うまでも無い。
「え、侑士、誰?知り合い?」
「いや、ちゃうと思う……んやけど」
「突然すみません、私――」
「侑士。何しとるん」
琴璃を追いかけてきた恵里奈が彼を見て言った。彼も恵里奈を確認すると、別に驚くことなく会話をする。
「お?なんでこんなとこおんねん」
「それはこっちのセリフやわ。今日テニス部やないん?」
「今日は水曜やからオフ」
恵里奈が彼と普通に会話している。なんと2人は顔見知りだったのか。しかもなんだか仲睦まじい様子。それもただの知り合いという間柄ではない。距離感がとても近いのだ。琴璃にもそれが分かる。
――恵里奈ちゃんの彼氏だったんだ。
思いながら、少なからずのショックを感じた。
だがこの時はまだ、自分がなんでショックを受けているのか全く分かっていなかった。まだ名前も知らない彼が女の子と話してるところを見て、どうしてこんなにモヤモヤしてしまうのか。その理由を、考える余裕なんて全然なかった。
===============================================================
ファンブック見る限り、忍足は姉と3歳差らしいので、このお話の琴璃と恵里奈ちゃんは大学生設定です。恵里奈ちゃんが捏造なのもご了承ください。
あと、関西弁の表現が下手くそなのもお許しくださいm(_ _)m
もし、あまりにもヘンテコな部分がありましたらこっこり教えてください。
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