物事は全て必然的に起きている
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これはもしかしたら今までの中でも1、2を争うくらいの奇跡なんじゃないか。思いながら琴璃は内心でガッツポーズした。
街の中の有名なパティスリーショップ。いつもそれなりにお客さんが出入りしているけど、今日は店の外にまで行列ができていた。つい先日にこの店の数量限定のシュークリームがテレビか何かで取り上げられたせいで、それを目当てにみんな並んでいる。琴璃もその1人で、放課後になるやいちはやくここを訪れた。琴璃は大の甘党で昔からこの店のケーキや焼き菓子が大好きだった。人気のそのシュークリームがどうしても食べたくて1人で並んでいたのだが、暫くしてあることに気づいた。自分のすぐ後ろにいる人物。最初はまさか、と思った。並びながら店のガラスに映された姿を見て間接的に確認する。
――やっぱりそうだ。丸井くんだ。
彼はスマホで何かゲームをしながら琴璃と同じように並んでいた。丸井と琴璃は同じクラスである。彼もまた甘党ということを知った。きっかけは、ある休み時間に琴璃がクラスの女子達とSNSで有名になったスイーツの店を話していた時。彼はたまたまそばにいた。
「藤白も甘いもん好きなんだ?」
これが初めてのまともな会話だった気がする。普段は1対1で彼と話すことなんてまずない。それよりも名前を知っていてくれたことに驚きだった。それでいて、嬉しかった。
丸井は強豪でお馴染みのテニス部のレギュラーで、わりと顔が知られている存在だ。クラス内でも男女関係なく仲の良い生徒が沢山いる。スイーツの話で盛り上がる女友達も1人や2人ではない。その中には彼に好意を寄せる女の子がいるという噂もある。琴璃もそれは聞いたことがあった。運動神経が良くてフレンドリーな性格で、甘いものが好きな男子なら女子に人気なのは自然な話だ。そして何を隠そう琴璃もその1人だった。深い関わりなんて今までに無かったけど、ほのかに恋心を抱いていた。ひっそりこっそり、彼のことを見つめていた。もうだいぶ前から、ずっと。
ガラス越しにもう一度彼の姿を確認する。あの赤毛は見間違うことのない彼のトレードマーク。確信したら嬉しくなった。丸井くんもここのスイーツ好きなの?、と聞きたかった。でもスマホをいじってるから声をかけづらい。逡巡しているうちに列は進み自分の番になってしまった。取りあえず目的を果たさなければ。
「限定のシュークリームを3つください」
自分と、両親のぶん。会計をして店員さんから綺麗に詰めてくれたシュークリームが入った箱を受けとる。琴璃が店から出る際に何か小さな看板をショーケースのそばに立て掛けていた。書いてあった文言は“本日分限定シュー売り切れ”。それを見た後ろの彼が途端に騒ぎ出す。
「えー!」
声にびっくりした琴璃は思わず丸井を凝視してしまった。でも多分、今の彼は琴璃の存在に気づいてすらいない。放心のち、項垂れてがっくりと肩を落として帰る丸井。その落ち込み方の度合いが凄すぎて店員さんも心から申し訳無さそうに頭を下げていた。琴璃はその暗い背中を追い掛け、そして呼び止めた。
「丸井くん!」
「……藤白?」
「丸井くんもシュークリーム買いにきたんでしょう?」
「へ」
「私3つ買ったんだけど……1個、良かったら」
琴璃は手に持っていた白い箱を開けて見せる。
「マジ?……いいの?ほんとに?」
「うん。もとはと言えば私が買い込んじゃったから丸井くんのぶんまで回らなかったんだよね、ごめんね」
「お前、サイコー!」
何事かと思った。丸井はいきなり叫んだかと思うと、琴璃の両肩をがしっと掴み前後へ揺らした。しかも彼まで一緒になって揺れている。通行人の知らない人が自分たちを見て少し笑っていた。微笑ましい視線を送られて、ちょっと恥ずかしい。
わりーな、サンキューな、ともう一度言って丸井は琴璃から手を離す。今さっきの暗い顔はどこへやら、満面の笑顔で琴璃に見せてくる。ここまでテンションの高い彼を見るのは初めてだった。スイーツが本当に好きなんだなぁと思った。
「……あ、でも」
「どした?」
「箱がないの」
シュークリームを分ける入れ物が無いことに今さら気づいた。どうしようかと琴璃が思っていると、
「んじゃ、あそこ行って一緒に食おーぜ」
丸井が道向かいの公園を指さして言った。
「え、今?」
「おう。俺らの舌を唸らせるもんかどうか確かめねーと」
そう言ったかと思うと丸井は琴璃の腕を掴む。
「おっ、信号変わっちまう。藤白、急げ!」
「きゃ!」
そのまま手を引かれて一緒に横断歩道を小走りで渡った。好きな人に手を引かれている。そのことが琴璃の頭の中を支配している。お陰で恥ずかしさもいつの間にか消え失せていた。目の前で、こんな近くで心底嬉しそうに顔を緩ませる彼を見られている。偶然に並んだ行列がこんな大きなラッキーに変化した。シュークリーム1つの対価にしては充分すぎると思った。
公園に着いて近くのベンチに座りいま一度白い箱を開けた。粉糖を被ったぱりぱりのシュー生地が半分に割られ、その間からふわふわのクリームがはみ出るほど詰められている。
「うんめぇ」
丸井は手にとってかぶりつくように豪快に食べる。心の底から幸せそうに頬を緩ませている。それを見てるとこっちまで笑顔が伝染る。
「あー、俺、今幸せすぎるわ」
それを言うなら私のほうが絶対に幸せだ。好きな人のこんな顔を見られて。並んで座ることができるなんて。こんな奇跡のような幸せな時間を過ごせていることを琴璃は心の中で神様に感謝した。
「ほら、お前も食ってみ?」
「あ、うん。いただきます」
「ど?」
「おいしぃぃ」
「だろい?……って、別に俺はなんもしてねぇか」
口元に粉砂糖をつけた丸井が笑う。無防備過ぎる笑顔。丸井くんって、格好良くて可愛い人なんだな。決して本人には言えないけれど、そんなことを発見した。ますます、好きになってしまう。
向こうで小さな子供たちが遊んでいる、夕暮れ時ののどかな公園。その中の1つのベンチに座って、2人でふわふわのシュークリームを食べている。ドキドキとソワソワと、ふわーっとした気持ちがクリームの甘さみたいに心地良かった。
街の中の有名なパティスリーショップ。いつもそれなりにお客さんが出入りしているけど、今日は店の外にまで行列ができていた。つい先日にこの店の数量限定のシュークリームがテレビか何かで取り上げられたせいで、それを目当てにみんな並んでいる。琴璃もその1人で、放課後になるやいちはやくここを訪れた。琴璃は大の甘党で昔からこの店のケーキや焼き菓子が大好きだった。人気のそのシュークリームがどうしても食べたくて1人で並んでいたのだが、暫くしてあることに気づいた。自分のすぐ後ろにいる人物。最初はまさか、と思った。並びながら店のガラスに映された姿を見て間接的に確認する。
――やっぱりそうだ。丸井くんだ。
彼はスマホで何かゲームをしながら琴璃と同じように並んでいた。丸井と琴璃は同じクラスである。彼もまた甘党ということを知った。きっかけは、ある休み時間に琴璃がクラスの女子達とSNSで有名になったスイーツの店を話していた時。彼はたまたまそばにいた。
「藤白も甘いもん好きなんだ?」
これが初めてのまともな会話だった気がする。普段は1対1で彼と話すことなんてまずない。それよりも名前を知っていてくれたことに驚きだった。それでいて、嬉しかった。
丸井は強豪でお馴染みのテニス部のレギュラーで、わりと顔が知られている存在だ。クラス内でも男女関係なく仲の良い生徒が沢山いる。スイーツの話で盛り上がる女友達も1人や2人ではない。その中には彼に好意を寄せる女の子がいるという噂もある。琴璃もそれは聞いたことがあった。運動神経が良くてフレンドリーな性格で、甘いものが好きな男子なら女子に人気なのは自然な話だ。そして何を隠そう琴璃もその1人だった。深い関わりなんて今までに無かったけど、ほのかに恋心を抱いていた。ひっそりこっそり、彼のことを見つめていた。もうだいぶ前から、ずっと。
ガラス越しにもう一度彼の姿を確認する。あの赤毛は見間違うことのない彼のトレードマーク。確信したら嬉しくなった。丸井くんもここのスイーツ好きなの?、と聞きたかった。でもスマホをいじってるから声をかけづらい。逡巡しているうちに列は進み自分の番になってしまった。取りあえず目的を果たさなければ。
「限定のシュークリームを3つください」
自分と、両親のぶん。会計をして店員さんから綺麗に詰めてくれたシュークリームが入った箱を受けとる。琴璃が店から出る際に何か小さな看板をショーケースのそばに立て掛けていた。書いてあった文言は“本日分限定シュー売り切れ”。それを見た後ろの彼が途端に騒ぎ出す。
「えー!」
声にびっくりした琴璃は思わず丸井を凝視してしまった。でも多分、今の彼は琴璃の存在に気づいてすらいない。放心のち、項垂れてがっくりと肩を落として帰る丸井。その落ち込み方の度合いが凄すぎて店員さんも心から申し訳無さそうに頭を下げていた。琴璃はその暗い背中を追い掛け、そして呼び止めた。
「丸井くん!」
「……藤白?」
「丸井くんもシュークリーム買いにきたんでしょう?」
「へ」
「私3つ買ったんだけど……1個、良かったら」
琴璃は手に持っていた白い箱を開けて見せる。
「マジ?……いいの?ほんとに?」
「うん。もとはと言えば私が買い込んじゃったから丸井くんのぶんまで回らなかったんだよね、ごめんね」
「お前、サイコー!」
何事かと思った。丸井はいきなり叫んだかと思うと、琴璃の両肩をがしっと掴み前後へ揺らした。しかも彼まで一緒になって揺れている。通行人の知らない人が自分たちを見て少し笑っていた。微笑ましい視線を送られて、ちょっと恥ずかしい。
わりーな、サンキューな、ともう一度言って丸井は琴璃から手を離す。今さっきの暗い顔はどこへやら、満面の笑顔で琴璃に見せてくる。ここまでテンションの高い彼を見るのは初めてだった。スイーツが本当に好きなんだなぁと思った。
「……あ、でも」
「どした?」
「箱がないの」
シュークリームを分ける入れ物が無いことに今さら気づいた。どうしようかと琴璃が思っていると、
「んじゃ、あそこ行って一緒に食おーぜ」
丸井が道向かいの公園を指さして言った。
「え、今?」
「おう。俺らの舌を唸らせるもんかどうか確かめねーと」
そう言ったかと思うと丸井は琴璃の腕を掴む。
「おっ、信号変わっちまう。藤白、急げ!」
「きゃ!」
そのまま手を引かれて一緒に横断歩道を小走りで渡った。好きな人に手を引かれている。そのことが琴璃の頭の中を支配している。お陰で恥ずかしさもいつの間にか消え失せていた。目の前で、こんな近くで心底嬉しそうに顔を緩ませる彼を見られている。偶然に並んだ行列がこんな大きなラッキーに変化した。シュークリーム1つの対価にしては充分すぎると思った。
公園に着いて近くのベンチに座りいま一度白い箱を開けた。粉糖を被ったぱりぱりのシュー生地が半分に割られ、その間からふわふわのクリームがはみ出るほど詰められている。
「うんめぇ」
丸井は手にとってかぶりつくように豪快に食べる。心の底から幸せそうに頬を緩ませている。それを見てるとこっちまで笑顔が伝染る。
「あー、俺、今幸せすぎるわ」
それを言うなら私のほうが絶対に幸せだ。好きな人のこんな顔を見られて。並んで座ることができるなんて。こんな奇跡のような幸せな時間を過ごせていることを琴璃は心の中で神様に感謝した。
「ほら、お前も食ってみ?」
「あ、うん。いただきます」
「ど?」
「おいしぃぃ」
「だろい?……って、別に俺はなんもしてねぇか」
口元に粉砂糖をつけた丸井が笑う。無防備過ぎる笑顔。丸井くんって、格好良くて可愛い人なんだな。決して本人には言えないけれど、そんなことを発見した。ますます、好きになってしまう。
向こうで小さな子供たちが遊んでいる、夕暮れ時ののどかな公園。その中の1つのベンチに座って、2人でふわふわのシュークリームを食べている。ドキドキとソワソワと、ふわーっとした気持ちがクリームの甘さみたいに心地良かった。
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