忘れ咲き
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「あれ、琴璃は?」
柳が自分の席で読書をしていると頭上に突然影が出来た。顔を上げると幸村が立っていた。
「別のクラスの生徒に用があるようで、さっき出ていったぞ」
「そうなんだ」
と、呟きながらも何てことなく柳の前に座る。どうやらこのままここで彼女の帰りを待つつもりらしい。幸村は最近やたらとこのクラスに来る。言わずもがな、目的は彼女。
「最近お前は生き生きしているな」
「そう?」
でも、琴璃のほうは少し戸惑っていた。
柳が彼女から相談されたのは今日の午前中のこと。1限目の授業がたまたま自習扱いになり、各々が好きなことをしだす。別に、騒がしくしなければどう過ごしたって構わない。そのことがクラスの中では不文律になっていたから柳は読書をすることにした。鞄の中から本を取り出そうとする時、隣の席の琴璃と目が合った。何か言いたげな顔だったのでどうしたんだと聞いたら、まさか幸村の名が出るとは思わなかった。彼女はぽつぽつと話し出す。幸村に記憶の事情を話したこと、日曜に2人で出掛けたこと。隣の席であり幸村とは旧友である為、彼女にとって柳は話しやすい相手だったようだ。
幸村が友好的に来るから、どうしていいか戸惑っている。
はっきりとは言わないけど、琴璃はそういうニュアンスのことを言っていた。今の彼女にとっては“初めまして”の彼なのだから無理もない。出会ってまだ数日で幸村のようにあそこまで砕けた態度をとるのは難しい。琴璃自身が人見知りしがちなら尚更そうだ。
更には、一緒に出かけた時に幸村から家に来るかと聞かれたらしい。小学5年の男の子ではなく高校2年の男子が言うのでは違うものがある。しかもそれなりにモテる男から。思わず琴璃は身構えてしまったそうだ。“女にモテるのに、女心が分かってねぇ時あるんだよなぁ幸村くんて”。いつだったか、丸井が幸村のことをそんなふうに言っていた。それを聞いて自分は、成る程幸村がモテる理由は容姿が主なのだな、と冷静にデータ分析した記憶がある。
毎日会いに来てくれるのに、全然思い出せなくて。そう呟きながら、俯いて、申し訳なさそうに話した彼女。それを幸村が見たら果たしてどう思うだろうか。十中八九狼狽えるだろうな。するとまたしても友人の新たな顔が現れるということになる。見たい気持ちは1ミリぐらいはある。
だが、そこは友人だ。彼が窮地に立たされる展開になるのは願ったりしない。柳は琴璃の話を聞きながら思った。あいつはだいぶ気持ちが逸っているな、と。まぁこのクラスに通い詰める時点でそれは明白なのだが。琴璃が来たことで幸村はまるで別人のように変わった。本人はその自覚があるのだろうか。今、隣に座ってぼーっと窓の向こうを眺めている幸村を盗み見る。相変わらず、頬杖をついて何も無い空をぼんやり見つめていた。
このままでは一向に改善しないな、とも思う。琴璃の記憶が戻れば全てが円満に解決するだろうが、こればかりはいつになるのか分からない。良くも悪くもマイペースな男だからな、この男は。長年の付き合いだからそれくらいは知っている。
「お前は、彼女がお前のことを思い出したらどうするんだ?」
「どうするって。何が?」
「彼女が今ここに居ないのは、隣のクラスの男子生徒に呼ばれたからだ」
それまでぼーっと窓の方を見ていたのに、今の柳の言葉を聞いて幸村はぐるりと振り向く。至極真剣な目をしている。だから俺に向かって睨んだって仕方がないというのに。柳は内心でそう思う。思っただけで口にしなかったのは、幸村の視線がなかなか強烈だったからだ。
「なんで、そんなこと蓮二が知ってるの。ていうか誰なの、それ」
「そこまでは分からない。お前より早くここに来て、2人で何かを話しながら出て行ったのを見ただけだ」
「じゃあ別に、どっか行かなくてもここで話せばいいのに」
「ここで話せない用件なんじゃないのか」
「……どういう意味」
「相手は彼女にそういう 想いを持っているのかもしれないということだ」
つまり。柳の言いたいことは、琴璃はその男子に告白されているかもしれないという意味だ。分かりやすく幸村は機嫌を悪くする。
「なんで。琴璃はこの間立海に来たばっかりなんだよ?なのにもう?気が早すぎじゃない?そいつ」
「そんなこと俺に言うな。第一、お前もそうじゃないか。まだ立海に来たばかりの彼女となかなかの距離の近さだ。同じクラスでもないのに」
「だって、俺は昔から知ってるから」
「それだけか?」
「何が言いたいのさ」
柳は開いていた本を閉じた。
「本当にそれだけなら、仮にもし、彼女が今会っている男と付き合うようになったとしても、お前は彼女の記憶を思い出させることを続けるのか?」
「そんなの、」
続きが出ず言い淀んでしまう。そんなの決まってるじゃないか。自信たっぷりでそうは言えなかった。考えてもみなかったことを柳に言われて、自分がどうしたいのかよく分からないでいる。
「そうなった時にどうするか考えるよ」
低くそう言ってから、琴璃の帰りを待つことなく幸村は教室から出て行った。
柳が自分の席で読書をしていると頭上に突然影が出来た。顔を上げると幸村が立っていた。
「別のクラスの生徒に用があるようで、さっき出ていったぞ」
「そうなんだ」
と、呟きながらも何てことなく柳の前に座る。どうやらこのままここで彼女の帰りを待つつもりらしい。幸村は最近やたらとこのクラスに来る。言わずもがな、目的は彼女。
「最近お前は生き生きしているな」
「そう?」
でも、琴璃のほうは少し戸惑っていた。
柳が彼女から相談されたのは今日の午前中のこと。1限目の授業がたまたま自習扱いになり、各々が好きなことをしだす。別に、騒がしくしなければどう過ごしたって構わない。そのことがクラスの中では不文律になっていたから柳は読書をすることにした。鞄の中から本を取り出そうとする時、隣の席の琴璃と目が合った。何か言いたげな顔だったのでどうしたんだと聞いたら、まさか幸村の名が出るとは思わなかった。彼女はぽつぽつと話し出す。幸村に記憶の事情を話したこと、日曜に2人で出掛けたこと。隣の席であり幸村とは旧友である為、彼女にとって柳は話しやすい相手だったようだ。
幸村が友好的に来るから、どうしていいか戸惑っている。
はっきりとは言わないけど、琴璃はそういうニュアンスのことを言っていた。今の彼女にとっては“初めまして”の彼なのだから無理もない。出会ってまだ数日で幸村のようにあそこまで砕けた態度をとるのは難しい。琴璃自身が人見知りしがちなら尚更そうだ。
更には、一緒に出かけた時に幸村から家に来るかと聞かれたらしい。小学5年の男の子ではなく高校2年の男子が言うのでは違うものがある。しかもそれなりにモテる男から。思わず琴璃は身構えてしまったそうだ。“女にモテるのに、女心が分かってねぇ時あるんだよなぁ幸村くんて”。いつだったか、丸井が幸村のことをそんなふうに言っていた。それを聞いて自分は、成る程幸村がモテる理由は容姿が主なのだな、と冷静にデータ分析した記憶がある。
毎日会いに来てくれるのに、全然思い出せなくて。そう呟きながら、俯いて、申し訳なさそうに話した彼女。それを幸村が見たら果たしてどう思うだろうか。十中八九狼狽えるだろうな。するとまたしても友人の新たな顔が現れるということになる。見たい気持ちは1ミリぐらいはある。
だが、そこは友人だ。彼が窮地に立たされる展開になるのは願ったりしない。柳は琴璃の話を聞きながら思った。あいつはだいぶ気持ちが逸っているな、と。まぁこのクラスに通い詰める時点でそれは明白なのだが。琴璃が来たことで幸村はまるで別人のように変わった。本人はその自覚があるのだろうか。今、隣に座ってぼーっと窓の向こうを眺めている幸村を盗み見る。相変わらず、頬杖をついて何も無い空をぼんやり見つめていた。
このままでは一向に改善しないな、とも思う。琴璃の記憶が戻れば全てが円満に解決するだろうが、こればかりはいつになるのか分からない。良くも悪くもマイペースな男だからな、この男は。長年の付き合いだからそれくらいは知っている。
「お前は、彼女がお前のことを思い出したらどうするんだ?」
「どうするって。何が?」
「彼女が今ここに居ないのは、隣のクラスの男子生徒に呼ばれたからだ」
それまでぼーっと窓の方を見ていたのに、今の柳の言葉を聞いて幸村はぐるりと振り向く。至極真剣な目をしている。だから俺に向かって睨んだって仕方がないというのに。柳は内心でそう思う。思っただけで口にしなかったのは、幸村の視線がなかなか強烈だったからだ。
「なんで、そんなこと蓮二が知ってるの。ていうか誰なの、それ」
「そこまでは分からない。お前より早くここに来て、2人で何かを話しながら出て行ったのを見ただけだ」
「じゃあ別に、どっか行かなくてもここで話せばいいのに」
「ここで話せない用件なんじゃないのか」
「……どういう意味」
「相手は彼女に
つまり。柳の言いたいことは、琴璃はその男子に告白されているかもしれないという意味だ。分かりやすく幸村は機嫌を悪くする。
「なんで。琴璃はこの間立海に来たばっかりなんだよ?なのにもう?気が早すぎじゃない?そいつ」
「そんなこと俺に言うな。第一、お前もそうじゃないか。まだ立海に来たばかりの彼女となかなかの距離の近さだ。同じクラスでもないのに」
「だって、俺は昔から知ってるから」
「それだけか?」
「何が言いたいのさ」
柳は開いていた本を閉じた。
「本当にそれだけなら、仮にもし、彼女が今会っている男と付き合うようになったとしても、お前は彼女の記憶を思い出させることを続けるのか?」
「そんなの、」
続きが出ず言い淀んでしまう。そんなの決まってるじゃないか。自信たっぷりでそうは言えなかった。考えてもみなかったことを柳に言われて、自分がどうしたいのかよく分からないでいる。
「そうなった時にどうするか考えるよ」
低くそう言ってから、琴璃の帰りを待つことなく幸村は教室から出て行った。