忘れ咲き
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次の日曜日空けといてよ。一緒に行きたい所があるんだ。
幸村にそう言われた日曜の当日。駅前で待ち合わせ、そこから2人は電車に乗り目的地を目指す。日曜の電車は人がまあまあ乗っていた。横浜方面に向かう電車のせいかカップルらしき2人組が多い。幸村達も今から公園に出掛けるのだが、それははたから見たられっきとしたデートだ。実際はカップルでも何でもないのだけど。
「そう言えば琴璃はなんでこんな時期に転校してきたの?」
「お父さんの仕事の都合で。うちはもともと転勤族だったから、小学校の時も1回移ったりしたんだよ」
「そうだったの?」
「うん。神奈川からずっと離れてたんだけど、ここでまたお父さんの赴任地が関東になったから戻ってくるような形になったの。立海に転入したのは大学も立海大に進むことに決めたからなんだよ」
それを知ると、あの時彼女に出会えたのは本当に運命のめぐり合わせなのかもしれない。琴璃はそんな環境にはもう慣れたもののようで、転校の理由を説明する口調には不満や辛さといった要素は感じられない。2学年の秋ならもう、そういう進路を決めてもいい時期なのだ。せっかく巡り会えたけど、琴璃といられるのも残りあと1年ちょっと。今だけは、テニス部のメンバー達と別れることより琴璃とまた離れることを想像するほうが寂しいと感じてしまった。
「幸村くんは立海大には進学しないの?」
不意に聞かれて言葉に詰まる。進学。その言葉はあまり自分の心にすとんと落ちてこなかった。何故ならまだ、その選択を取るのを決めあぐねているから。
「俺はまだ進学を選ぶかは明確にはしてないんだ」
「どういうこと?」
「進学か、テニスを選ぶか。まだ答えが出てないってこと」
テニスで生きてくなんて出来るのか。本当にプロになれるのか。そもそも自分の実力はどの程度通用するのか。今の自分じゃ未知数すぎて分からないのが正直なところだけど。けれどそこに不安定要素はない。己の実力が間違いなく本物だということは誰よりも分かっている。
「幸村くんはテニスが上手なの?」
「あぁそっか。琴璃は忘れちゃってたんだった。テニスは小さい頃からやってたんだ。琴璃にも俺のラケット握らせてあげたりしたんだよ」
「そうなの?その……ごめんね」
琴璃が申し訳なさそうに見つめてくる。再会してからは自分の前では彼女はこんなふうに困った顔ばかりしている。
「ねぇ琴璃。今から謝るのは無しだよ。起きてしまったことを悲しんでも仕方がないんだから。それに、そんな悲しそうに言われると俺まで悲しくなる」
「あ、そうだよね。ごめ……んじゃない、分かった」
最後はようやく微笑んでくれた。でもきっと心からの笑顔ではない。彼女は無理して笑ってる。それを思うと尚更に思う。
早く俺のこと、思い出してよ。
あれから5年以上経った思い出の公園は、遊具が減っていたりベンチが新しくなっていたりといくらか風貌が変わっていた。実際に幸村も、今日ここへ来たのは実に1年ぶり以上だった。今はもう幼少期のテニススクールには通っていないから、わざわざこっちのほうへ足を伸ばす機会もなかった。
「懐かしいなぁ」
琴璃がそう呟いて辺りを見回す。この公園自体は覚えているらしい。池に鯉とか水鳥がいたよね、とか、あの道向かいに花屋があったよね、とか。わりと細部のことまで彼女は語る。当時のこの場所のことを聞いても問題なく会話が成立する。本当に、覚えていないのは幸村とのこと だけ。
「桜の木も、今は葉っぱが落ちちゃってるね」
「秋なのに返り咲きしてる桜があったんだよ」
「そうなの?」
「うん。キミと見つけた」
それが始まりだった。あの時と同じベンチはもう撤去されてしまっていて、今はその代わりに休憩所みたいなスペースが設置されていた。2人はそこに腰掛ける。
「桜って、秋も綺麗なのにあんまり見てもらえないからかわいそう。春はあんなにみんなから注目されるのにね」
あの時も言っていたと思う。桜はかわいそうだ、と。本人は自覚していないけど幸村は憶えていた。あの時も、今と同じようにこの横顔を、見ていた。
今日ここへ琴璃を連れてきたのは、思い出の場所にくれば何か思い出せるんじゃないかと思ったからだった。安易な考えだけど、ここへ来れば何かが変わるんじゃないかという期待を込めて。だから、今みたいに昔と重なる彼女を目の当たりにすると、自然と快方に近づいているんじゃないかって思ってしまう。
「どう?何か思い出した?」
「そ、そんな急には」
「そっかあ」
流石にそんな急には無理だよな。蓮二がいたら、そんなに急かすな、とでも言われそうだ。幸村は立ち上がり、そばの自販機で飲み物を2つ買うと琴璃の前に差し出した。
「どっちがいい?」
「ありがとう。じゃあ……」
「こっちでしょ」
返事を聞く前に、右手に持っていたミルクティーのほうを差し出す。琴璃はびっくりしながらありがとうと言って受け取る。
「すごい、なんで分かったの?」
「キミはレモンティーよりミルク派だった」
得意げに言いながらもふと思う。どうして、そういう情報は知っていたんだろう。当時の家の住所とか通ってる学校とか、聞くべきことがあの頃もっとあったのに。好きな飲み物とか、桜を慈しんでいたこととか、こういうことばかりはやたら覚えている。幼いながらに彼女の言葉仕草に注目していた証拠。何故ならば。
「俺の初恋はキミだったんだよ」
ふふ、と笑いながら幸村は言った。天気の話でもするかのように普通のテンションで。もう昔の話だか別に隠すことでもない。だから、とりとめもない感じに言った。
けれど、琴璃は違った。幸村からの突然の暴露に目を見開く。思わず身が固くなる。顔が熱くなるのを感じた。けれどどうにか平生を装う。言った本人の幸村は重く感じてないのに、自分だけがあわあわしている。
「楽しかったなー。花冠作ったりしたんだよ。でさ、キミが上手に作ってくれたそれを家に持って帰って母さんに自慢したんだ。俺、男なのに」
「あ、うん」
「たしか1度だけうちに遊びに来たんだよ?覚えてない?」
「ううん」
勿論覚えているわけがない。幸村のすべてを忘れてしまっているのだから。
「そうだ、今からうち、来る?」
「え。……それは、ちょっと」
「遠慮しなくてもいいのに。今の時間ならうち、誰も居ないよ?行っても2人きりだよ」
尚更良くないと思った。はにかんだり照れる様子もなく平然と言う幸村。どこまで本気なのか、よく分からない。
琴璃は昔の幸村を覚えていないのに彼は知己朋友であるような接し方をしてくる。琴璃にとってはそれが申し訳なくもあり戸惑いもあり、複雑な感情を抱かせる。
幸村と会った最初の日、彼は懐かしさゆえに琴璃に迫ってきた。それを見ていたクラスの女子達にあとで矢継ぎ早に質問された。でも、琴璃本人は本当に知らないのだから何も答えることができなかった。女子達が口々に幸村くんは格好いいと言うから、彼は人気者なんだなと思った。確かに整った顔をしている。笑い方が優しくて瞳を奪われそうになった。1分にも満たない初対面の日だったけど琴璃もそう思った。何も知らないのに。彼のことをどれ1つ思い出せないのに、会ったことがある人なのに。あの時琴璃は確かに初めて見た 幸村に心が惹かれてしまったのだ。
幸村にそう言われた日曜の当日。駅前で待ち合わせ、そこから2人は電車に乗り目的地を目指す。日曜の電車は人がまあまあ乗っていた。横浜方面に向かう電車のせいかカップルらしき2人組が多い。幸村達も今から公園に出掛けるのだが、それははたから見たられっきとしたデートだ。実際はカップルでも何でもないのだけど。
「そう言えば琴璃はなんでこんな時期に転校してきたの?」
「お父さんの仕事の都合で。うちはもともと転勤族だったから、小学校の時も1回移ったりしたんだよ」
「そうだったの?」
「うん。神奈川からずっと離れてたんだけど、ここでまたお父さんの赴任地が関東になったから戻ってくるような形になったの。立海に転入したのは大学も立海大に進むことに決めたからなんだよ」
それを知ると、あの時彼女に出会えたのは本当に運命のめぐり合わせなのかもしれない。琴璃はそんな環境にはもう慣れたもののようで、転校の理由を説明する口調には不満や辛さといった要素は感じられない。2学年の秋ならもう、そういう進路を決めてもいい時期なのだ。せっかく巡り会えたけど、琴璃といられるのも残りあと1年ちょっと。今だけは、テニス部のメンバー達と別れることより琴璃とまた離れることを想像するほうが寂しいと感じてしまった。
「幸村くんは立海大には進学しないの?」
不意に聞かれて言葉に詰まる。進学。その言葉はあまり自分の心にすとんと落ちてこなかった。何故ならまだ、その選択を取るのを決めあぐねているから。
「俺はまだ進学を選ぶかは明確にはしてないんだ」
「どういうこと?」
「進学か、テニスを選ぶか。まだ答えが出てないってこと」
テニスで生きてくなんて出来るのか。本当にプロになれるのか。そもそも自分の実力はどの程度通用するのか。今の自分じゃ未知数すぎて分からないのが正直なところだけど。けれどそこに不安定要素はない。己の実力が間違いなく本物だということは誰よりも分かっている。
「幸村くんはテニスが上手なの?」
「あぁそっか。琴璃は忘れちゃってたんだった。テニスは小さい頃からやってたんだ。琴璃にも俺のラケット握らせてあげたりしたんだよ」
「そうなの?その……ごめんね」
琴璃が申し訳なさそうに見つめてくる。再会してからは自分の前では彼女はこんなふうに困った顔ばかりしている。
「ねぇ琴璃。今から謝るのは無しだよ。起きてしまったことを悲しんでも仕方がないんだから。それに、そんな悲しそうに言われると俺まで悲しくなる」
「あ、そうだよね。ごめ……んじゃない、分かった」
最後はようやく微笑んでくれた。でもきっと心からの笑顔ではない。彼女は無理して笑ってる。それを思うと尚更に思う。
早く俺のこと、思い出してよ。
あれから5年以上経った思い出の公園は、遊具が減っていたりベンチが新しくなっていたりといくらか風貌が変わっていた。実際に幸村も、今日ここへ来たのは実に1年ぶり以上だった。今はもう幼少期のテニススクールには通っていないから、わざわざこっちのほうへ足を伸ばす機会もなかった。
「懐かしいなぁ」
琴璃がそう呟いて辺りを見回す。この公園自体は覚えているらしい。池に鯉とか水鳥がいたよね、とか、あの道向かいに花屋があったよね、とか。わりと細部のことまで彼女は語る。当時のこの場所のことを聞いても問題なく会話が成立する。本当に、覚えていないのは
「桜の木も、今は葉っぱが落ちちゃってるね」
「秋なのに返り咲きしてる桜があったんだよ」
「そうなの?」
「うん。キミと見つけた」
それが始まりだった。あの時と同じベンチはもう撤去されてしまっていて、今はその代わりに休憩所みたいなスペースが設置されていた。2人はそこに腰掛ける。
「桜って、秋も綺麗なのにあんまり見てもらえないからかわいそう。春はあんなにみんなから注目されるのにね」
あの時も言っていたと思う。桜はかわいそうだ、と。本人は自覚していないけど幸村は憶えていた。あの時も、今と同じようにこの横顔を、見ていた。
今日ここへ琴璃を連れてきたのは、思い出の場所にくれば何か思い出せるんじゃないかと思ったからだった。安易な考えだけど、ここへ来れば何かが変わるんじゃないかという期待を込めて。だから、今みたいに昔と重なる彼女を目の当たりにすると、自然と快方に近づいているんじゃないかって思ってしまう。
「どう?何か思い出した?」
「そ、そんな急には」
「そっかあ」
流石にそんな急には無理だよな。蓮二がいたら、そんなに急かすな、とでも言われそうだ。幸村は立ち上がり、そばの自販機で飲み物を2つ買うと琴璃の前に差し出した。
「どっちがいい?」
「ありがとう。じゃあ……」
「こっちでしょ」
返事を聞く前に、右手に持っていたミルクティーのほうを差し出す。琴璃はびっくりしながらありがとうと言って受け取る。
「すごい、なんで分かったの?」
「キミはレモンティーよりミルク派だった」
得意げに言いながらもふと思う。どうして、そういう情報は知っていたんだろう。当時の家の住所とか通ってる学校とか、聞くべきことがあの頃もっとあったのに。好きな飲み物とか、桜を慈しんでいたこととか、こういうことばかりはやたら覚えている。幼いながらに彼女の言葉仕草に注目していた証拠。何故ならば。
「俺の初恋はキミだったんだよ」
ふふ、と笑いながら幸村は言った。天気の話でもするかのように普通のテンションで。もう昔の話だか別に隠すことでもない。だから、とりとめもない感じに言った。
けれど、琴璃は違った。幸村からの突然の暴露に目を見開く。思わず身が固くなる。顔が熱くなるのを感じた。けれどどうにか平生を装う。言った本人の幸村は重く感じてないのに、自分だけがあわあわしている。
「楽しかったなー。花冠作ったりしたんだよ。でさ、キミが上手に作ってくれたそれを家に持って帰って母さんに自慢したんだ。俺、男なのに」
「あ、うん」
「たしか1度だけうちに遊びに来たんだよ?覚えてない?」
「ううん」
勿論覚えているわけがない。幸村のすべてを忘れてしまっているのだから。
「そうだ、今からうち、来る?」
「え。……それは、ちょっと」
「遠慮しなくてもいいのに。今の時間ならうち、誰も居ないよ?行っても2人きりだよ」
尚更良くないと思った。はにかんだり照れる様子もなく平然と言う幸村。どこまで本気なのか、よく分からない。
琴璃は昔の幸村を覚えていないのに彼は知己朋友であるような接し方をしてくる。琴璃にとってはそれが申し訳なくもあり戸惑いもあり、複雑な感情を抱かせる。
幸村と会った最初の日、彼は懐かしさゆえに琴璃に迫ってきた。それを見ていたクラスの女子達にあとで矢継ぎ早に質問された。でも、琴璃本人は本当に知らないのだから何も答えることができなかった。女子達が口々に幸村くんは格好いいと言うから、彼は人気者なんだなと思った。確かに整った顔をしている。笑い方が優しくて瞳を奪われそうになった。1分にも満たない初対面の日だったけど琴璃もそう思った。何も知らないのに。彼のことをどれ1つ思い出せないのに、会ったことがある人なのに。あの時琴璃は確かに