忘れ咲き
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昼休み、いつもの2人と昼食をとった後に幸村は1人中庭に来ていた。そこには花壇があって、時々気がついたら水をやっている。今も、土が乾いていたからそうしてやった。ジョウロの口から出る水を意味もなくじっと見ていた。小さな虹ができていたけど、特別感動することもなく。あまり意識を持たず機械的に水をばら撒いていた。誰かが来る気配がしたから振り向いた。
「え、なんで」
現れたのは琴璃だった。目が合うと、少々申し訳なさそうに笑いつつ幸村のそばまでやって来た。
「あの、柳くんから教えてもらって。教室に居なければ大抵ここだろうって」
「……俺のことを探してたの?」
「うん。昨日、なんか変なふうに終わっちゃったから」
昨日は幸村が息巻いて琴璃に話し続けただけで、会話と呼べる会話は全くしていなかった。だから今日わざわざ出直してきてくれたのか。自惚れでもそう思うと気分が軽くなった。
「そこ座ろうよ」
花壇の前のベンチに促す。2人並んで腰掛けると早速琴璃は口を開いた。
「私、藤白琴璃って言います」
「うん。知ってる」
「そ、そうだよね」
琴璃は困ったように俯く。幸村はその理由が分からない。
「……私のこと、知ってるんだもんね」
「琴璃?」
なんだか様子がおかしい。ふと昨日の、柳の何かを仄めかすような返答を思い出した。
「私、小学生の頃交通事故に遭ったの」
「え、あ、うん」
あまりにも唐突だった。
「それでね、その衝撃で事故に遭った日の少し前の記憶の一部がとんじゃってるの」
交通事故とか記憶がとんだとか、物騒な言葉が彼女の口から出るのが不思議な感覚だった。だが、だんだんと話が読めてきた。まさか、と思った。
「その……私と会ってるんだよね?もしかしたら、その頃なのかなって。私と一緒に遊んでくれてたのって」
「キミが事故に遭ったのっていつ?」
「小学5年の秋くらい」
「じゃあ、そうだ」
なんてことだ。自分は琴璃の記憶から抹消されていた。昨日話した昔の思い出はもう彼女の中に存在しない。あの日々のことはもう、自分だけが知っているのみ。だから昨日あんなによそよそしかったのか。これで謎が解けてすっきりした。
「そっか」
そんなわけなかった。心がぽっかりした。驚きとショックが綯い交ぜになって変な喪失感が生み出される。再会できた喜びを忘れそうになるほど、悲しい気持ちが膨れ上がってゆく。
「あの、でもね、永久的なものじゃないって病院の先生言ってた。何かの拍子でぽんと思い出すことも大いに有り得るって。実際、1度忘れちゃった友達がいたんだけどちゃんと思い出せたし」
「それ、本当?」
「うん。その子と毎日のように一緒にいたら、ある日急に思い出せたの」
「じゃあ、俺とも一緒にいようよ」
「え?」
「琴璃が俺のこと思い出すまでそうしようよ。なるべく話したいし、別れてからのキミのこと知りたい。嫌?」
嫌かと聞くくせに、強い眼差しで彼女を見る。幸村の目は嫌だとは言わせない圧力を孕んでいた。その静かな威圧感に気負けしたのかそうでないのか、分からないが琴璃はぶんぶんと首を振る。
「ううん、そんなことない。だって、悪いのは私なんだし」
「悪いのは事故を起こした相手だよ。記憶がとんだってことは相当な事故だったんじゃないの?大丈夫かい?頭を打ったりしたの?」
「うん。交差点でダンプカーに轢かれて何メートルか飛ばされたんだって」
「え!」
「お母さん、もう駄目かと思ったって。でも2週間くらい入院しただけでちゃんと治ったよ。頭は……こんなことになっちゃったけど」
あははと笑いながら話す。私って結構図太いんだよ。そんなふうに彼女が笑うから。ああ、やっぱり俺の知ってる琴璃だと思った。懐かしい気持ちが頭の中で息を吹き返す。忘れられてしまったなんて、嫌だ。何があっても絶対に思い出してもらうから。言葉にはしないけど心の中でそう思った。
「大変だったんだね。でも、少し誤解が解けて安心もしたよ」
「なにが?」
「あの時、キミがいきなり公園に来なくなっちゃってどうしたんだろうって思ったんだ。でも、こういう事情だったんだね」
何の約束をしてなくとも、幸村がテニススクールのある曜日の夕方に琴璃はそこにいた。当時はただ遊ぶことに夢中で、彼女について詳しく知らなかった。どこの小学校に通っていたのかも、神奈川のどの辺りに住んでいたのかも。名前以外は本当に何も知らなかった。だから、急に姿を消されて探す術も無かった。
「俺、嫌われたのかと思ってたんだ」
いきなり会えなくなって、最初はどうしたんだろうと不思議に思っただけだったけれど、日を追うごとに寂しさを感じていた。あの頃はまだ幼くて自分の感情をうまく表せられなかった。でも、成長した今なら分かる。あれは紛れもなく恋だった。だから自分の初恋相手は彼女なのだ。
「今日、琴璃と話せて良かったよ。言いづらい内容だっただろうに話してくれてありがとう」
「ううん、私こそ。なんだかごめんね、幸村くん」
笑顔は優しいのに、あの頃のように柔らかい雰囲気を纏っているのに。自分の名前を呼ぶ呼び方が変わっている。それだけで、琴璃が一気に遠い存在に思えた。嬉しさの中に寂しさが混在している。いや、今の一言で寂しさのほうが僅かに勝ってしまった。でも、彼女が笑ってるから幸村も同じように笑顔を返した。
「え、なんで」
現れたのは琴璃だった。目が合うと、少々申し訳なさそうに笑いつつ幸村のそばまでやって来た。
「あの、柳くんから教えてもらって。教室に居なければ大抵ここだろうって」
「……俺のことを探してたの?」
「うん。昨日、なんか変なふうに終わっちゃったから」
昨日は幸村が息巻いて琴璃に話し続けただけで、会話と呼べる会話は全くしていなかった。だから今日わざわざ出直してきてくれたのか。自惚れでもそう思うと気分が軽くなった。
「そこ座ろうよ」
花壇の前のベンチに促す。2人並んで腰掛けると早速琴璃は口を開いた。
「私、藤白琴璃って言います」
「うん。知ってる」
「そ、そうだよね」
琴璃は困ったように俯く。幸村はその理由が分からない。
「……私のこと、知ってるんだもんね」
「琴璃?」
なんだか様子がおかしい。ふと昨日の、柳の何かを仄めかすような返答を思い出した。
「私、小学生の頃交通事故に遭ったの」
「え、あ、うん」
あまりにも唐突だった。
「それでね、その衝撃で事故に遭った日の少し前の記憶の一部がとんじゃってるの」
交通事故とか記憶がとんだとか、物騒な言葉が彼女の口から出るのが不思議な感覚だった。だが、だんだんと話が読めてきた。まさか、と思った。
「その……私と会ってるんだよね?もしかしたら、その頃なのかなって。私と一緒に遊んでくれてたのって」
「キミが事故に遭ったのっていつ?」
「小学5年の秋くらい」
「じゃあ、そうだ」
なんてことだ。自分は琴璃の記憶から抹消されていた。昨日話した昔の思い出はもう彼女の中に存在しない。あの日々のことはもう、自分だけが知っているのみ。だから昨日あんなによそよそしかったのか。これで謎が解けてすっきりした。
「そっか」
そんなわけなかった。心がぽっかりした。驚きとショックが綯い交ぜになって変な喪失感が生み出される。再会できた喜びを忘れそうになるほど、悲しい気持ちが膨れ上がってゆく。
「あの、でもね、永久的なものじゃないって病院の先生言ってた。何かの拍子でぽんと思い出すことも大いに有り得るって。実際、1度忘れちゃった友達がいたんだけどちゃんと思い出せたし」
「それ、本当?」
「うん。その子と毎日のように一緒にいたら、ある日急に思い出せたの」
「じゃあ、俺とも一緒にいようよ」
「え?」
「琴璃が俺のこと思い出すまでそうしようよ。なるべく話したいし、別れてからのキミのこと知りたい。嫌?」
嫌かと聞くくせに、強い眼差しで彼女を見る。幸村の目は嫌だとは言わせない圧力を孕んでいた。その静かな威圧感に気負けしたのかそうでないのか、分からないが琴璃はぶんぶんと首を振る。
「ううん、そんなことない。だって、悪いのは私なんだし」
「悪いのは事故を起こした相手だよ。記憶がとんだってことは相当な事故だったんじゃないの?大丈夫かい?頭を打ったりしたの?」
「うん。交差点でダンプカーに轢かれて何メートルか飛ばされたんだって」
「え!」
「お母さん、もう駄目かと思ったって。でも2週間くらい入院しただけでちゃんと治ったよ。頭は……こんなことになっちゃったけど」
あははと笑いながら話す。私って結構図太いんだよ。そんなふうに彼女が笑うから。ああ、やっぱり俺の知ってる琴璃だと思った。懐かしい気持ちが頭の中で息を吹き返す。忘れられてしまったなんて、嫌だ。何があっても絶対に思い出してもらうから。言葉にはしないけど心の中でそう思った。
「大変だったんだね。でも、少し誤解が解けて安心もしたよ」
「なにが?」
「あの時、キミがいきなり公園に来なくなっちゃってどうしたんだろうって思ったんだ。でも、こういう事情だったんだね」
何の約束をしてなくとも、幸村がテニススクールのある曜日の夕方に琴璃はそこにいた。当時はただ遊ぶことに夢中で、彼女について詳しく知らなかった。どこの小学校に通っていたのかも、神奈川のどの辺りに住んでいたのかも。名前以外は本当に何も知らなかった。だから、急に姿を消されて探す術も無かった。
「俺、嫌われたのかと思ってたんだ」
いきなり会えなくなって、最初はどうしたんだろうと不思議に思っただけだったけれど、日を追うごとに寂しさを感じていた。あの頃はまだ幼くて自分の感情をうまく表せられなかった。でも、成長した今なら分かる。あれは紛れもなく恋だった。だから自分の初恋相手は彼女なのだ。
「今日、琴璃と話せて良かったよ。言いづらい内容だっただろうに話してくれてありがとう」
「ううん、私こそ。なんだかごめんね、幸村くん」
笑顔は優しいのに、あの頃のように柔らかい雰囲気を纏っているのに。自分の名前を呼ぶ呼び方が変わっている。それだけで、琴璃が一気に遠い存在に思えた。嬉しさの中に寂しさが混在している。いや、今の一言で寂しさのほうが僅かに勝ってしまった。でも、彼女が笑ってるから幸村も同じように笑顔を返した。