忘れ咲き
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食堂のいつもの席には既にいつもの2人が居た。
「今日は少し遅かったな」
「うん、まぁちょっとね」
柳の言葉に幸村は適当に返事をして空いている席に座る。向かい側の真田はとっくに食べ終えていた。相変わらず早食いだなぁと思う。
普段はこの3人で昼食をとっている。誰が言い出したわけでもないけれど、中学時代からそうだったから高校になってもその流れで引き継いでいる。幸村はさっき購買で買ってきたサンドイッチをテーブルに広げようとする。そこへ、背後から弾んだ声がかけられた。
「見ーちゃったぜ、幸村くん」
振り向くと同じテニス部の丸井がいた。丸井も購買に寄ってきた帰りらしい。ビニール袋からは菓子パンやら紙パックのジュースが見えた。どう見ても1人分には多すぎる量。丸井はそのまま立ち話を続けるのかと思いきやごく自然に同じテーブルに座った。今日はここで一緒に食べる気らしい。
「さっき、どっかの女子から告白されてたろ。相変わらずモテるなー幸村くんは」
「なんだ丸井、見てたの」
動揺ひとつ見せず幸村は答える。当人以上に真田のほうが目を剥いて盛大なリアクションを見せた。別にそこまで驚くことでもないのに。
丸井の言う通りで、ここに来る前に幸村は隣のクラスの女子から呼び出しを受けていた。いつものように食堂に行こうとしたらいきなり呼び止められ、反対側の、理科準備室にまで連れて行かされた。彼女は人目のない場所を選んだつもりだろうに、ちょうどその現場を丸井が目撃していたのかは謎である。
「しかもさぁ、泣かせてたっしょ?相手のこと」
「なんと、幸村、本当なのかそれは」
「それはあまり感心しないな」
「違うって。断ったら向こうがいきなり泣き出したんだよ」
「どーせ言い方がキツかったんじゃねぇの?」
「そんなことないよ。“俺はキミに関して全く興味無いからごめんなさい”って、ちゃんと丁寧に言ったよ」
「それは言葉づかいだけが丁寧であって、中身はなかなか辛辣だぞ」
「そうかなぁ。だって、嘘ついてるわけじゃないんだよ。本当のこと言っただけなのに」
「つーか。幸村くんはマジで女子に興味ねぇよな。彼女欲しいとか、思わねーの?」
袋を破ったメロンパンにかぶりつく丸井。ようやく真田の注目が幸村から丸井に移った。お前はまたそんな物ばかり食っているのか、と小言を言っている。丸井はちっとも気にしておらず大口を開けて2口目を喰らいつく。
「うーん、どうだろね」
幸村の返事は素っ気ないものだった。
幸村は、周りの生徒に比べてモテる。その自覚もある。今日みたいに告白を受けるために呼び出されるのは決して珍しいことではなく、年に数回あったりする。周りからは羨ましがられるけど、本人は正直そんなに興味が無い。中学時代に体を壊し、無事に闘病生活を終えた。そんな経験をした故に今はテニスを再び出来る喜びのほうが強かったりする。だから当分はテニスを差し置いて女の子に夢中になることはないだろうな、と。そんなふうに考えている。
昼休み終了まであと10分ほどあるが、食事の途中で丸井はふらふらどこかへ行ってしまった。真田は職員室に寄る用があるらしく途中で別れた。教室へは柳と2人で戻る。
「精市、今日は少し部活に向かうのが遅れると思う。弦一郎には先程言っておいた」
「うん、いいよ。どうしたの?」
「うちのクラスに転校生が来たんだが、その関係で少し遅れる」
「へぇ。こんな時期に転校生なんて来るんだね」
「俺の隣の席だから、放課後になったら職員室や特別教室棟を案内してやることになっている。なのでおよそ27分くらいかかるだろうか」
「へー。ま、なんでもいいよ」
柳の謎な時間配分にもいちいち突っ込まなかった。もう幸村は興味を失くしたようで、次の授業何だっけ、とマイペースな独り言を発している。幸村は、基本テニスのこと以外はほとんど無関心になりがちである。彼はそういう男だというのを柳もよく知っているから、もうこの話は辞めようと思った。
「ではな」
「うん」
教室へ入ってゆく柳を廊下から何となく見ていた。彼が自分の席につくと、反対隣にいた女子生徒が近寄って話し掛けている。蓮二も案外モテるんだ。決して上からではなくて素直にそんなふうに思っていた。だが次の瞬間、
「――琴璃っ」
なかなか大きい声で幸村は1人の名前を呼んだ。証拠に、近くの生徒がびっくりして幸村を見たが、本人はそんなの気にせず教室の中に入ってゆく。ついでに無意識に進路の邪魔になっていた男子生徒をも押し退ける。結構な勢いで柳のそばまで来たのだが、彼には目もくれず今話していた女子の真正面に立つ。
「琴璃だよね?なんでここにいるの?もしかしてキミが転校生?うわぁ久しぶり、元気にしてた?」
「……は」
「俺のこと覚えてるでしょ?懐かしいよね、何年ぶりだろ?小5以来だから……えーと、5、6年ぶりくらいかな?でも、それだけあいてもすぐ分かったよ、琴璃だって。だって面影がそのまんまだもの」
「あ、あの」
「ねぇ覚えてる?俺たちがよく遊んだ公園。あそこ敷地の1部が区画整理の対象になって少し小さくなったんだよ。桜の樹は残ってるんだけど、芝生のエリアが減っちゃって。ほら、あそこで花冠作ってくれたよね?懐かしいよね、なんて花だっけ、白いやつのさ」
「精市。少し落ち着け。彼女が驚いている」
全然まだ喋り足りないのに、柳に制されたので幸村は口を噤む。クラス中の視線を浴びてることにもそこでようやく気がついた。周りはびっくりして幸村を見ている。こんなに生き生きと話す幸村はとてつもなくレアだった。でも幸村は、周りに注目されてるとかそんなことはどうでも良かった。それよりも目の前の彼女が。数秒前まで目をぱちくりさせてたのに、今はやや俯き浮かない顔をしている。気まずそうな、申し訳なさそうな、そんな曖昧な表情。2人の共通の思い出話をしたはずなのに、何でそんな顔するの。聞こうとしたけど、彼女のほうが早かった。
「あの、ごめんなさい」
「え?なにが?」
「私は――」
言いかけたところでちょうどチャイムが鳴った。でも幸村は動こうとしなかった。というか気にしていなかった。今はそれどころじゃない。彼女のことが気になって仕方がない。少しも微動だにしない。だが、
「ほら、次の授業に遅れるぞ」
「え。……あぁ、うん」
柳が背を押しながら声を掛ける。やっと幸村は自分のクラスへ戻ることにした。でも全然納得していなかった。彼女の反応も謝罪の意味も分からないまま、次の授業を受けた。当然、内容なんて頭の中に入るわけがなかった。
「今日は少し遅かったな」
「うん、まぁちょっとね」
柳の言葉に幸村は適当に返事をして空いている席に座る。向かい側の真田はとっくに食べ終えていた。相変わらず早食いだなぁと思う。
普段はこの3人で昼食をとっている。誰が言い出したわけでもないけれど、中学時代からそうだったから高校になってもその流れで引き継いでいる。幸村はさっき購買で買ってきたサンドイッチをテーブルに広げようとする。そこへ、背後から弾んだ声がかけられた。
「見ーちゃったぜ、幸村くん」
振り向くと同じテニス部の丸井がいた。丸井も購買に寄ってきた帰りらしい。ビニール袋からは菓子パンやら紙パックのジュースが見えた。どう見ても1人分には多すぎる量。丸井はそのまま立ち話を続けるのかと思いきやごく自然に同じテーブルに座った。今日はここで一緒に食べる気らしい。
「さっき、どっかの女子から告白されてたろ。相変わらずモテるなー幸村くんは」
「なんだ丸井、見てたの」
動揺ひとつ見せず幸村は答える。当人以上に真田のほうが目を剥いて盛大なリアクションを見せた。別にそこまで驚くことでもないのに。
丸井の言う通りで、ここに来る前に幸村は隣のクラスの女子から呼び出しを受けていた。いつものように食堂に行こうとしたらいきなり呼び止められ、反対側の、理科準備室にまで連れて行かされた。彼女は人目のない場所を選んだつもりだろうに、ちょうどその現場を丸井が目撃していたのかは謎である。
「しかもさぁ、泣かせてたっしょ?相手のこと」
「なんと、幸村、本当なのかそれは」
「それはあまり感心しないな」
「違うって。断ったら向こうがいきなり泣き出したんだよ」
「どーせ言い方がキツかったんじゃねぇの?」
「そんなことないよ。“俺はキミに関して全く興味無いからごめんなさい”って、ちゃんと丁寧に言ったよ」
「それは言葉づかいだけが丁寧であって、中身はなかなか辛辣だぞ」
「そうかなぁ。だって、嘘ついてるわけじゃないんだよ。本当のこと言っただけなのに」
「つーか。幸村くんはマジで女子に興味ねぇよな。彼女欲しいとか、思わねーの?」
袋を破ったメロンパンにかぶりつく丸井。ようやく真田の注目が幸村から丸井に移った。お前はまたそんな物ばかり食っているのか、と小言を言っている。丸井はちっとも気にしておらず大口を開けて2口目を喰らいつく。
「うーん、どうだろね」
幸村の返事は素っ気ないものだった。
幸村は、周りの生徒に比べてモテる。その自覚もある。今日みたいに告白を受けるために呼び出されるのは決して珍しいことではなく、年に数回あったりする。周りからは羨ましがられるけど、本人は正直そんなに興味が無い。中学時代に体を壊し、無事に闘病生活を終えた。そんな経験をした故に今はテニスを再び出来る喜びのほうが強かったりする。だから当分はテニスを差し置いて女の子に夢中になることはないだろうな、と。そんなふうに考えている。
昼休み終了まであと10分ほどあるが、食事の途中で丸井はふらふらどこかへ行ってしまった。真田は職員室に寄る用があるらしく途中で別れた。教室へは柳と2人で戻る。
「精市、今日は少し部活に向かうのが遅れると思う。弦一郎には先程言っておいた」
「うん、いいよ。どうしたの?」
「うちのクラスに転校生が来たんだが、その関係で少し遅れる」
「へぇ。こんな時期に転校生なんて来るんだね」
「俺の隣の席だから、放課後になったら職員室や特別教室棟を案内してやることになっている。なのでおよそ27分くらいかかるだろうか」
「へー。ま、なんでもいいよ」
柳の謎な時間配分にもいちいち突っ込まなかった。もう幸村は興味を失くしたようで、次の授業何だっけ、とマイペースな独り言を発している。幸村は、基本テニスのこと以外はほとんど無関心になりがちである。彼はそういう男だというのを柳もよく知っているから、もうこの話は辞めようと思った。
「ではな」
「うん」
教室へ入ってゆく柳を廊下から何となく見ていた。彼が自分の席につくと、反対隣にいた女子生徒が近寄って話し掛けている。蓮二も案外モテるんだ。決して上からではなくて素直にそんなふうに思っていた。だが次の瞬間、
「――琴璃っ」
なかなか大きい声で幸村は1人の名前を呼んだ。証拠に、近くの生徒がびっくりして幸村を見たが、本人はそんなの気にせず教室の中に入ってゆく。ついでに無意識に進路の邪魔になっていた男子生徒をも押し退ける。結構な勢いで柳のそばまで来たのだが、彼には目もくれず今話していた女子の真正面に立つ。
「琴璃だよね?なんでここにいるの?もしかしてキミが転校生?うわぁ久しぶり、元気にしてた?」
「……は」
「俺のこと覚えてるでしょ?懐かしいよね、何年ぶりだろ?小5以来だから……えーと、5、6年ぶりくらいかな?でも、それだけあいてもすぐ分かったよ、琴璃だって。だって面影がそのまんまだもの」
「あ、あの」
「ねぇ覚えてる?俺たちがよく遊んだ公園。あそこ敷地の1部が区画整理の対象になって少し小さくなったんだよ。桜の樹は残ってるんだけど、芝生のエリアが減っちゃって。ほら、あそこで花冠作ってくれたよね?懐かしいよね、なんて花だっけ、白いやつのさ」
「精市。少し落ち着け。彼女が驚いている」
全然まだ喋り足りないのに、柳に制されたので幸村は口を噤む。クラス中の視線を浴びてることにもそこでようやく気がついた。周りはびっくりして幸村を見ている。こんなに生き生きと話す幸村はとてつもなくレアだった。でも幸村は、周りに注目されてるとかそんなことはどうでも良かった。それよりも目の前の彼女が。数秒前まで目をぱちくりさせてたのに、今はやや俯き浮かない顔をしている。気まずそうな、申し訳なさそうな、そんな曖昧な表情。2人の共通の思い出話をしたはずなのに、何でそんな顔するの。聞こうとしたけど、彼女のほうが早かった。
「あの、ごめんなさい」
「え?なにが?」
「私は――」
言いかけたところでちょうどチャイムが鳴った。でも幸村は動こうとしなかった。というか気にしていなかった。今はそれどころじゃない。彼女のことが気になって仕方がない。少しも微動だにしない。だが、
「ほら、次の授業に遅れるぞ」
「え。……あぁ、うん」
柳が背を押しながら声を掛ける。やっと幸村は自分のクラスへ戻ることにした。でも全然納得していなかった。彼女の反応も謝罪の意味も分からないまま、次の授業を受けた。当然、内容なんて頭の中に入るわけがなかった。
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