ウソツキヨワムシアマノジャク
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
しばらく横になっててね、と言い残し保健医は仕事があるらしく職員室に行ってしまった。琴璃の具合の程度を確認して早退する必要は無いと判断した。体育の授業時間の間は休ませてもらえることになったので、琴璃は1番奥のベッドで横になる。1人になった保健室。そのほうが良かった。カーテンで仕切られていても、自分以外に誰も居ないほうが気を緩められる。ただし、1人きりになって考えるのは碌でもないこと。目を閉じても跡部のことが頭から離れない。
彼と付き合うということは、今まで身近にあった“普通”が無くなってしまうことだった。たった1ヶ月弱だったけど、跡部の彼女になることで今までの環境ががらりと変わった。手始めに周囲からの視線も冷ややかなものになり、知らない女子からの小言も喰らったりした。予想以上に周りは放っておいてくれなかった。洗礼を受けて琴璃はようやく分かった。これが、あの跡部景吾の彼女になったということなんだ。それでも自分が辛いということを認めたくなかった。認めたら最後、彼のそばにいる意味がなくなってしまうから。
でもある日、生徒会に入っていた1年の女子が突然辞めた。最後に彼女から書類を受け取る時、涙を浮かべて琴璃を睨みつけてきた。自分の周りで色々なことが乱れ始める。自分のせいで起こらなくていい問題が次々起こる。だから琴璃は疲れてしまった。自分じゃ、あの人の隣にいられない。跡部を見つめることが、そばにいることが、初めて苦しいと感じてしまった。
決して適当な気持ちで好きになったわけじゃない。でもこんなにも覚悟が要るとは思わなかった。ただ“好き”という思いだけじゃ乗り越えられなかった。どんなに跡部のことを思っても、周りからの妬みは想像以上のものでそれは琴璃の気持ちを呑み込むくらいだった。1人じゃどうにもできなくて、耐えられなくて毎晩自分の弱さに泣いた。でも跡部には言い出せなかった。気づかれたくなくてできるだけ気丈に振る舞っていたけれど、それは周りの女子には火に油を注ぐ真似でしかなった。今までの彼女もこんな気持ちになったんだろうか。泣いたりしたんだろうか。そんなこと比べるものでもないのにそんなふうに思ったこともあった。もうこれ以上傷つきたくない。実に自分に都合のいい考えだった。最終的に、好きな人のそばにいる幸せよりまだ見ぬ不安のほうが勝ったのだ。跡部から離れたいだなんて考えてなかった。でも気付いたらごめんなさいと告げていた。あの時彼がどんな顔をしていたか琴璃は知らない。項垂れて、ごめんなさいと言って、そのまま顔も見ず逃げ出したから。けれど間違いなく嫌な気持ちにさせたのは分かるから、あれからずっと自然と距離を取るようにしていた。
だが追試を監督したあの日。別れた日ぶりに1対1で彼と接触した。やっぱり彼は怒っていた。弱虫と言われた。その通りだと思う。自分の弱さのせいでこうなったんだから、浅はかとか狡いとか言われても当然だと思った。なのにまだ好きだなんて。それこそ狡いヤツだと思う。本音も言えないまま、別れを告げてもうすぐ1ヵ月が経とうとしている。本当は今でも好きだけど、もう言う必要は無いと思った。というか言える立場にない。自分から逃げ出しておいて虫のいい話だ。でも、言わなくったって跡部は琴璃の気持ちを分かってる。あの日彼は琴璃に、“自分がしたことを後悔してろ”と言い放った。今まで付き合ってた女の子たちにはこんな制裁を加えるような真似はしなかったのに。どうでもいいのなら逃げ出した琴璃なんてもう相手になんかしないはずなのに。何故かそうしてくれない。そのせいで今もまだ、彼がこの心に棲み着いている。忘れたくても、それができないのだ。
暫くしてドアがスライドする音が聞こえた。保健医が帰ってきたのだろう、人影がカーテン越しに見えた。琴璃はゆっくり起き上がる。さすがにもう次の授業は戻らないと。
「先生、もう大丈夫そうなので戻ります」
そう言って、カーテンを開けようとした。だが琴璃がそうするより早く外側から開けられる。そこにいたのは保健医ではなかった。
「さっきのは何の真似だ」
「……なんで」
いるの。聞くより先に跡部はカーテンの内側に入り込んで来た。
「俺にあんなのを見せつけておいてどういうつもりだって聞いてんだよ。俺から逃げて次はジローとでも付き合うつもりなのか、あぁ?」
「なに、言ってるの。意味分かんないよ」
あまり感情を表に出さない人なのに、今は機嫌が悪いのがすぐ分かった。琴璃の心臓は急に忙しくなる。こんな狭い場所で2人きりになるのは、怖いし嫌だ。
本当に。意味が分からない。見せつけるとか、ジローと付き合うとか。見せつけてきたのはそっちのくせに。跡部はなんのことを言ってるんだろうと本気で思った。そして何故自分のことを睨んでいるのか。こないだの教室での時でも、笑いはしていたけど目だけは笑っていなかった。あの時はまるで琴璃を追い詰めて楽しんでいるような笑い方。けれど今は違って不快感を隠すことなく露わにしている。ここから出たいと思った。でもそんなの許してくれるわけがない。琴璃の目が泳いだのを跡部は見逃さなかった。強い力でベッドに倒される。思わず、きゃ、と小さな悲鳴が出た。
「痛いよ、離してよ」
「お前馬鹿か?離したら逃げ出すだろ。それとも、またあの時みたいに俺から逃げるつもりか?」
琴璃は抵抗をやめない。でもそれは無意味でしかなかった。力じゃ勝てるわけがない。
「逃げ出すことが得意だもんな、お前は」
こんな追い詰められ方をされて、そんな言われ方をされて。もう沢山だと思った。黙ってやり過ごそうなんてもう思わない。あの時は逃げたけど今は逃げない。
「……じゃあ、叫ぶよ」
「そんな真似してみろ。その口塞いでやる」
跡部はぐっと琴璃に顔を近づける。本気なのだと分かった。琴璃は下手に抵抗できなくなってしまう。端正な顔がすぐ眼の前にある。その青い双眸が琴璃のことを上から見据えている。
「いい加減認めろよ」
「なんの話……」
「俺から離れて苦しいのだと。いい加減にもう認めろっつってんだよ。今なら聞き入れてやる」
冷たい目をした彼が言う。こんな彼は見たことがなかった。皆の前で生徒会長として立つ時も琴璃と2人で話をする時も。たった短い期間の付き合っていた時だって、琴璃が見る彼はいつも表情に余裕があった。望めば、命ずれば、全てが思い通りになる。けど今はそれが叶わなくて。思い通りにいかない琴璃に苛ついている。傲慢な態度の中に怒りが見え隠れしている。
なんでそんなことを言うんだろう。好きだと認めて、その先に何があると言うんだろうか。仮にまた跡部のそばにいられるようになったとして。また同じように1人で耐える日々を送るだけ。そんなのは嫌だ。好きの気持ちだけじゃ、やり直せない。好きだけど、もう放っておいて。それが琴璃の今の、本当の、心からの気持ちだった。
「……そんなことない。跡部くんの、そばにいるとつらい」
好きな人に追い詰められて辛くなるのなら、思いを受け入れてもらえなくていい。遠くから見つめているだけでいい。だから好きだけど嘘を吐いた。最低で最悪な嘘を。
跡部の表情は変わらなかった。相変わらず組み敷いてる琴璃を冷やかに見下ろしている。でも琴璃の腕を拘束している力が急激に強まった。
「そばにいたら苦しくて潰れそう。不幸になる。離れたほうが幸せ。もう跡部くんのことなんて――」
「もう黙れよ」
その後に言葉は続かなかった。付き合っていた時には一度もなかったのに、何でもない関係になって初めてキスをする。最初のキスだというのにちっとも甘いものではなかった。唇に噛みつかれ、割り込んできた跡部の舌が口内を刺激する。もがこうにも琴璃の両手は彼の腕1本で拘束されている。認めろと言ったり黙れと言ったり。もう、こんなに振り回されるなんて嫌だ。でもそれ以上に、こんなことされても彼を嫌いになれない自分が1番嫌い。
「はぁっ……はぁ、」
「フン。やっぱりお前は俺のことが好きじゃねぇか」
濡れた瞳と唇、上がった呼吸。琴璃のそんな様子を見てようやく跡部は笑う。
「そんなことない」
「実に下らねぇ強がりだな」
そうしてまた口を塞がれた。優しさなんて感じられない強引なキスにまた翻弄されそうになる。だがその誘惑に琴璃は抗った。身勝手な跡部の舌を噛んだ。お陰でさっきより早く唇が解放されたが身体はまだ自力で動けない。妖しい笑みで見下される。
「痛ぇじゃねぇか」
「……っ」
「良い度胸してるな、お前」
いつもは格好良いと思える彼の笑みも今は怖いと感じた。こんなことしたら何されるかたまったものじゃないのに反抗してしまった。ちょっとだけ後悔した。泣きそうになりながら堪えていたちょうどその時。チャイムが鳴った。跡部は素直に琴璃の上から退く。
「そうやって、自分を欺いたところで絶望するだけだぜ」
痛いくらいにその言葉が響いた。じゃあどうすればいいの。行き場を無くした自分の気持が可哀想に思えた。でも、跡部がここから出ていくまで絶対に泣かなかった。そしてやっと1人になったころで初めて涙が出た。また1人で、声にならない泣き方をした。
彼と付き合うということは、今まで身近にあった“普通”が無くなってしまうことだった。たった1ヶ月弱だったけど、跡部の彼女になることで今までの環境ががらりと変わった。手始めに周囲からの視線も冷ややかなものになり、知らない女子からの小言も喰らったりした。予想以上に周りは放っておいてくれなかった。洗礼を受けて琴璃はようやく分かった。これが、あの跡部景吾の彼女になったということなんだ。それでも自分が辛いということを認めたくなかった。認めたら最後、彼のそばにいる意味がなくなってしまうから。
でもある日、生徒会に入っていた1年の女子が突然辞めた。最後に彼女から書類を受け取る時、涙を浮かべて琴璃を睨みつけてきた。自分の周りで色々なことが乱れ始める。自分のせいで起こらなくていい問題が次々起こる。だから琴璃は疲れてしまった。自分じゃ、あの人の隣にいられない。跡部を見つめることが、そばにいることが、初めて苦しいと感じてしまった。
決して適当な気持ちで好きになったわけじゃない。でもこんなにも覚悟が要るとは思わなかった。ただ“好き”という思いだけじゃ乗り越えられなかった。どんなに跡部のことを思っても、周りからの妬みは想像以上のものでそれは琴璃の気持ちを呑み込むくらいだった。1人じゃどうにもできなくて、耐えられなくて毎晩自分の弱さに泣いた。でも跡部には言い出せなかった。気づかれたくなくてできるだけ気丈に振る舞っていたけれど、それは周りの女子には火に油を注ぐ真似でしかなった。今までの彼女もこんな気持ちになったんだろうか。泣いたりしたんだろうか。そんなこと比べるものでもないのにそんなふうに思ったこともあった。もうこれ以上傷つきたくない。実に自分に都合のいい考えだった。最終的に、好きな人のそばにいる幸せよりまだ見ぬ不安のほうが勝ったのだ。跡部から離れたいだなんて考えてなかった。でも気付いたらごめんなさいと告げていた。あの時彼がどんな顔をしていたか琴璃は知らない。項垂れて、ごめんなさいと言って、そのまま顔も見ず逃げ出したから。けれど間違いなく嫌な気持ちにさせたのは分かるから、あれからずっと自然と距離を取るようにしていた。
だが追試を監督したあの日。別れた日ぶりに1対1で彼と接触した。やっぱり彼は怒っていた。弱虫と言われた。その通りだと思う。自分の弱さのせいでこうなったんだから、浅はかとか狡いとか言われても当然だと思った。なのにまだ好きだなんて。それこそ狡いヤツだと思う。本音も言えないまま、別れを告げてもうすぐ1ヵ月が経とうとしている。本当は今でも好きだけど、もう言う必要は無いと思った。というか言える立場にない。自分から逃げ出しておいて虫のいい話だ。でも、言わなくったって跡部は琴璃の気持ちを分かってる。あの日彼は琴璃に、“自分がしたことを後悔してろ”と言い放った。今まで付き合ってた女の子たちにはこんな制裁を加えるような真似はしなかったのに。どうでもいいのなら逃げ出した琴璃なんてもう相手になんかしないはずなのに。何故かそうしてくれない。そのせいで今もまだ、彼がこの心に棲み着いている。忘れたくても、それができないのだ。
暫くしてドアがスライドする音が聞こえた。保健医が帰ってきたのだろう、人影がカーテン越しに見えた。琴璃はゆっくり起き上がる。さすがにもう次の授業は戻らないと。
「先生、もう大丈夫そうなので戻ります」
そう言って、カーテンを開けようとした。だが琴璃がそうするより早く外側から開けられる。そこにいたのは保健医ではなかった。
「さっきのは何の真似だ」
「……なんで」
いるの。聞くより先に跡部はカーテンの内側に入り込んで来た。
「俺にあんなのを見せつけておいてどういうつもりだって聞いてんだよ。俺から逃げて次はジローとでも付き合うつもりなのか、あぁ?」
「なに、言ってるの。意味分かんないよ」
あまり感情を表に出さない人なのに、今は機嫌が悪いのがすぐ分かった。琴璃の心臓は急に忙しくなる。こんな狭い場所で2人きりになるのは、怖いし嫌だ。
本当に。意味が分からない。見せつけるとか、ジローと付き合うとか。見せつけてきたのはそっちのくせに。跡部はなんのことを言ってるんだろうと本気で思った。そして何故自分のことを睨んでいるのか。こないだの教室での時でも、笑いはしていたけど目だけは笑っていなかった。あの時はまるで琴璃を追い詰めて楽しんでいるような笑い方。けれど今は違って不快感を隠すことなく露わにしている。ここから出たいと思った。でもそんなの許してくれるわけがない。琴璃の目が泳いだのを跡部は見逃さなかった。強い力でベッドに倒される。思わず、きゃ、と小さな悲鳴が出た。
「痛いよ、離してよ」
「お前馬鹿か?離したら逃げ出すだろ。それとも、またあの時みたいに俺から逃げるつもりか?」
琴璃は抵抗をやめない。でもそれは無意味でしかなかった。力じゃ勝てるわけがない。
「逃げ出すことが得意だもんな、お前は」
こんな追い詰められ方をされて、そんな言われ方をされて。もう沢山だと思った。黙ってやり過ごそうなんてもう思わない。あの時は逃げたけど今は逃げない。
「……じゃあ、叫ぶよ」
「そんな真似してみろ。その口塞いでやる」
跡部はぐっと琴璃に顔を近づける。本気なのだと分かった。琴璃は下手に抵抗できなくなってしまう。端正な顔がすぐ眼の前にある。その青い双眸が琴璃のことを上から見据えている。
「いい加減認めろよ」
「なんの話……」
「俺から離れて苦しいのだと。いい加減にもう認めろっつってんだよ。今なら聞き入れてやる」
冷たい目をした彼が言う。こんな彼は見たことがなかった。皆の前で生徒会長として立つ時も琴璃と2人で話をする時も。たった短い期間の付き合っていた時だって、琴璃が見る彼はいつも表情に余裕があった。望めば、命ずれば、全てが思い通りになる。けど今はそれが叶わなくて。思い通りにいかない琴璃に苛ついている。傲慢な態度の中に怒りが見え隠れしている。
なんでそんなことを言うんだろう。好きだと認めて、その先に何があると言うんだろうか。仮にまた跡部のそばにいられるようになったとして。また同じように1人で耐える日々を送るだけ。そんなのは嫌だ。好きの気持ちだけじゃ、やり直せない。好きだけど、もう放っておいて。それが琴璃の今の、本当の、心からの気持ちだった。
「……そんなことない。跡部くんの、そばにいるとつらい」
好きな人に追い詰められて辛くなるのなら、思いを受け入れてもらえなくていい。遠くから見つめているだけでいい。だから好きだけど嘘を吐いた。最低で最悪な嘘を。
跡部の表情は変わらなかった。相変わらず組み敷いてる琴璃を冷やかに見下ろしている。でも琴璃の腕を拘束している力が急激に強まった。
「そばにいたら苦しくて潰れそう。不幸になる。離れたほうが幸せ。もう跡部くんのことなんて――」
「もう黙れよ」
その後に言葉は続かなかった。付き合っていた時には一度もなかったのに、何でもない関係になって初めてキスをする。最初のキスだというのにちっとも甘いものではなかった。唇に噛みつかれ、割り込んできた跡部の舌が口内を刺激する。もがこうにも琴璃の両手は彼の腕1本で拘束されている。認めろと言ったり黙れと言ったり。もう、こんなに振り回されるなんて嫌だ。でもそれ以上に、こんなことされても彼を嫌いになれない自分が1番嫌い。
「はぁっ……はぁ、」
「フン。やっぱりお前は俺のことが好きじゃねぇか」
濡れた瞳と唇、上がった呼吸。琴璃のそんな様子を見てようやく跡部は笑う。
「そんなことない」
「実に下らねぇ強がりだな」
そうしてまた口を塞がれた。優しさなんて感じられない強引なキスにまた翻弄されそうになる。だがその誘惑に琴璃は抗った。身勝手な跡部の舌を噛んだ。お陰でさっきより早く唇が解放されたが身体はまだ自力で動けない。妖しい笑みで見下される。
「痛ぇじゃねぇか」
「……っ」
「良い度胸してるな、お前」
いつもは格好良いと思える彼の笑みも今は怖いと感じた。こんなことしたら何されるかたまったものじゃないのに反抗してしまった。ちょっとだけ後悔した。泣きそうになりながら堪えていたちょうどその時。チャイムが鳴った。跡部は素直に琴璃の上から退く。
「そうやって、自分を欺いたところで絶望するだけだぜ」
痛いくらいにその言葉が響いた。じゃあどうすればいいの。行き場を無くした自分の気持が可哀想に思えた。でも、跡部がここから出ていくまで絶対に泣かなかった。そしてやっと1人になったころで初めて涙が出た。また1人で、声にならない泣き方をした。