ウソツキヨワムシアマノジャク
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「なら、俺の女にしてやるよ」
その言葉が耳に浸透するまでだいぶかかった。あの時まるで彼は呼吸するかのような感覚で言ったのだ。さして大きな問題とでもないというように。
当時の跡部には彼女が居なかった。でも、別れたばかりだと風の噂で聞いた。氷帝の生徒なのかそうでないのかまでは分からないけど、モテる彼には常に特定の相手がいた。なんとなく彼の恋愛遍歴は知っていた。彼は好意を伝えてくる女子と付き合う。けれどその誰とも長続きしない。相手がいくら跡部のことを好きでも、彼は相手の子のことを好きにならない。身体はくれても心は容易くくれない。だから女は執拗に主張する。彼の全てを欲しがるようになると関係は終わる。そんな感じで、隣りにいる女は見る度しょっちゅう変わっていた。
そういう情報が勝手に耳に入ってくる。大人な付き合い方をしてるんだな、と思った。印象はあまりよくない。どちらかと言うと悪いのに、琴璃にはそんなふうには映らなかった。跡部と関わるのは生徒会の時しか無いけれど、会長だからと言って横柄な態度を取ったりしない。皆の意見にも耳を貸すし正論ばかりを突き通すこともしない。何でも相談しやすいし議論すれば解決策をくれた。何も不満なんて無い。目に入るのはいつも、噂とかけ離れた彼ばかり。プライベートはどうあれ本当は真面目な人なんだなと思った。そういう表側の部分を見るたびに琴璃は自然と惹かれていった。いつの間にか仄かな気持ちを抱いていた。
そして、どういう経緯か知らないが琴璃の想いは跡部にはばれていた。
「どうした?お前はそれを望んでいたんじゃねぇのか?」
彼には自分の気持ちが分かっている。だからそんな甘い提案をしてきたんだ。
あの日もただ何気ない話をしていただけなのに、何故こんな流れになったのだろうか。
朝から天気が悪くて1日中ずっと薄暗かった。放課後、琴璃は生徒会室を訪れた。1年の頃から生徒会に属している。今日は特に定例の集まりの日ではない。なのに今来ているのは当日使う資料の準備のためである。準備というものを誰もやろうとしないから自分がここに来ている。
気づけば何かと雑用は琴璃担当になってしまっていた。別にそれはいつものことだった。定例会の時もみんなより少し早めに来て、テーブルを拭いたり暖房を入れたりする。誰に頼まれたわけでもないけど琴璃が自然とやっていた。みんなが気持ち良く過ごせるように些細なことをしていただけ。雑用の仕事だけど、琴璃自身はそんなふうには思っておらず当たり前のようにこなしていた。
そうしたら、その日は先客がいた。先客と言うかこの組織のトップと言うか。部屋の中には既に跡部が居て何やらパソコンで作業をしていた。今日は何でもない日なのにどうしたんだろうと思ったけど、会長なのだから居ても可笑しくない。普段はかけない眼鏡をかけてキーボードをリズミカルに叩いている。彼は視力が良いから、目が悪いから掛けているというわけではなくてパソコンの液晶画面に対応したそれなんだと思った。でも、見慣れないから琴璃にはすごく新鮮に映った。それに格好良いとも思っていた。いつ見ても、どんなものを纏っても、彼は絶対に格好良い。
「そんな所に突っ立ってどうした」
「あ、ううん」
つい見とれてしまっていたようで、入り口付近で琴璃は立ち尽くしてたままだった。まだ目が合ってないのに跡部は画面を見つめる視界の端で琴璃だと認識したのだ。そのことに驚きつつも琴璃は部屋に入る。いつものように加湿器とか暖房を点けようとした、が、もうそれらは既に運転していた。先に彼が居たのだから当然か。そんなことをするふうには見えなかったから少し意外とも思った。寒ければ点けるのは当たり前だけど、何故かそう思ってしまった。そんなふうに彼のほうを見ていたら、今度こそ目が合った。
「なに見てんだよ」
「いや、あの珍しいね、跡部くんがこんな早くに来てるなんて。あと、暖房とかありがとう」
琴璃の仕事ではないけれど。いつもやってることだから自然とお礼を言ってしまった。
「お前こそ」
「なに?」
「今日は特に何もないだろう」
「あ、私は、ちょっとやることあって」
会議のための資料作成ですとは言わなかった。きっといい顔をしないだろうから。どこまで嘘が通用するのか分からないけれど。
「お前は、皆が集まる時にも早くに来ているのか」
「そうだけど?」
「毎回、席が整頓されている。空調も整っている。1年の奴にそんな気の利くのが居たかと思ったが、お前だったか」
「あ、まぁ。これくらいならわざわざ後輩の子に頼まなくてもいいかなって」
「だが要は雑用だろ。誰でも出来るのなら後輩指導も兼ねて1年に役割を与えてやったらどうだ。言いづらいのなら、俺の口から言ってやるが」
「そんな、いいよ大丈夫。大したことないから今まで通り私で平気だよ」
すぐさま断る琴璃を見て跡部は小さく嘆息する。
「そうやって、少しは気が回る奴らなら良かったんだがな」
「え?」
「今年度入ってきた連中だ。お前も多少は扱いづらいと思うだろう?」
跡部の言わんとしていることが分かった。今年度の新規メンバーとして生徒会に入った1年の生徒たち。殆どが女子だった。彼女たちは言われたことしかやろうとしない。言い換えれば、言われるまで動こうとしない。5月から入ってもう約9か月が経とうとしているのに。
「ま、どうせ内申点欲しさに入ったんだろうよ」
「でも、そうだとしてもちゃんと跡部くんの言うことは聞く子たちだと思うけどな」
「そんなの当たり前だろうが。俺様の命令が聞けない人間ならとっくに首にしてる」
それもそうだ。それに彼女らは跡部目当てで入ったも同然なのだから彼からの命令に背くわけがなかった。本人から指示をされれば嬉しいに決まってる。そこはなんとなく琴璃も気持ちが分かる。好きな人に必要とされてる、そんな錯覚を感じられる。自分もそうだった。重要なポストなんかじゃないけれど、生徒会に入って初めて跡部に名前を呼ばれた日のことを今でもまだ覚えている。部屋の整理整頓とか地味な仕事ばかりしていたある日、突然名前を呼ばれたのだ。特にこっちから名乗ったことなんて無いのに、彼は琴璃の名前を知っていた。そしていつの間にか普通に会話をするくらいの関係に昇格した。琴璃はとても嬉しかった。見つめてるだけだった遠い存在の人が、時々振り向いて話し掛けてくれる。それだけでもう充分幸せだったのに。
そんな人からまさか、俺の女にしてやろうか、だなんて。どうにかなりそうだった。まともな思考ができないほどに浮かれていた。ただ見つめてるだけで良かったのに。噂が本当なら自分も傷つくかもしれないと分かっているのに。それでも、あの時の自分は心から幸せだと思っていたのだ。
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分かりづらいんですが、2話と3話は同日で、回想のシーンです
その言葉が耳に浸透するまでだいぶかかった。あの時まるで彼は呼吸するかのような感覚で言ったのだ。さして大きな問題とでもないというように。
当時の跡部には彼女が居なかった。でも、別れたばかりだと風の噂で聞いた。氷帝の生徒なのかそうでないのかまでは分からないけど、モテる彼には常に特定の相手がいた。なんとなく彼の恋愛遍歴は知っていた。彼は好意を伝えてくる女子と付き合う。けれどその誰とも長続きしない。相手がいくら跡部のことを好きでも、彼は相手の子のことを好きにならない。身体はくれても心は容易くくれない。だから女は執拗に主張する。彼の全てを欲しがるようになると関係は終わる。そんな感じで、隣りにいる女は見る度しょっちゅう変わっていた。
そういう情報が勝手に耳に入ってくる。大人な付き合い方をしてるんだな、と思った。印象はあまりよくない。どちらかと言うと悪いのに、琴璃にはそんなふうには映らなかった。跡部と関わるのは生徒会の時しか無いけれど、会長だからと言って横柄な態度を取ったりしない。皆の意見にも耳を貸すし正論ばかりを突き通すこともしない。何でも相談しやすいし議論すれば解決策をくれた。何も不満なんて無い。目に入るのはいつも、噂とかけ離れた彼ばかり。プライベートはどうあれ本当は真面目な人なんだなと思った。そういう表側の部分を見るたびに琴璃は自然と惹かれていった。いつの間にか仄かな気持ちを抱いていた。
そして、どういう経緯か知らないが琴璃の想いは跡部にはばれていた。
「どうした?お前はそれを望んでいたんじゃねぇのか?」
彼には自分の気持ちが分かっている。だからそんな甘い提案をしてきたんだ。
あの日もただ何気ない話をしていただけなのに、何故こんな流れになったのだろうか。
朝から天気が悪くて1日中ずっと薄暗かった。放課後、琴璃は生徒会室を訪れた。1年の頃から生徒会に属している。今日は特に定例の集まりの日ではない。なのに今来ているのは当日使う資料の準備のためである。準備というものを誰もやろうとしないから自分がここに来ている。
気づけば何かと雑用は琴璃担当になってしまっていた。別にそれはいつものことだった。定例会の時もみんなより少し早めに来て、テーブルを拭いたり暖房を入れたりする。誰に頼まれたわけでもないけど琴璃が自然とやっていた。みんなが気持ち良く過ごせるように些細なことをしていただけ。雑用の仕事だけど、琴璃自身はそんなふうには思っておらず当たり前のようにこなしていた。
そうしたら、その日は先客がいた。先客と言うかこの組織のトップと言うか。部屋の中には既に跡部が居て何やらパソコンで作業をしていた。今日は何でもない日なのにどうしたんだろうと思ったけど、会長なのだから居ても可笑しくない。普段はかけない眼鏡をかけてキーボードをリズミカルに叩いている。彼は視力が良いから、目が悪いから掛けているというわけではなくてパソコンの液晶画面に対応したそれなんだと思った。でも、見慣れないから琴璃にはすごく新鮮に映った。それに格好良いとも思っていた。いつ見ても、どんなものを纏っても、彼は絶対に格好良い。
「そんな所に突っ立ってどうした」
「あ、ううん」
つい見とれてしまっていたようで、入り口付近で琴璃は立ち尽くしてたままだった。まだ目が合ってないのに跡部は画面を見つめる視界の端で琴璃だと認識したのだ。そのことに驚きつつも琴璃は部屋に入る。いつものように加湿器とか暖房を点けようとした、が、もうそれらは既に運転していた。先に彼が居たのだから当然か。そんなことをするふうには見えなかったから少し意外とも思った。寒ければ点けるのは当たり前だけど、何故かそう思ってしまった。そんなふうに彼のほうを見ていたら、今度こそ目が合った。
「なに見てんだよ」
「いや、あの珍しいね、跡部くんがこんな早くに来てるなんて。あと、暖房とかありがとう」
琴璃の仕事ではないけれど。いつもやってることだから自然とお礼を言ってしまった。
「お前こそ」
「なに?」
「今日は特に何もないだろう」
「あ、私は、ちょっとやることあって」
会議のための資料作成ですとは言わなかった。きっといい顔をしないだろうから。どこまで嘘が通用するのか分からないけれど。
「お前は、皆が集まる時にも早くに来ているのか」
「そうだけど?」
「毎回、席が整頓されている。空調も整っている。1年の奴にそんな気の利くのが居たかと思ったが、お前だったか」
「あ、まぁ。これくらいならわざわざ後輩の子に頼まなくてもいいかなって」
「だが要は雑用だろ。誰でも出来るのなら後輩指導も兼ねて1年に役割を与えてやったらどうだ。言いづらいのなら、俺の口から言ってやるが」
「そんな、いいよ大丈夫。大したことないから今まで通り私で平気だよ」
すぐさま断る琴璃を見て跡部は小さく嘆息する。
「そうやって、少しは気が回る奴らなら良かったんだがな」
「え?」
「今年度入ってきた連中だ。お前も多少は扱いづらいと思うだろう?」
跡部の言わんとしていることが分かった。今年度の新規メンバーとして生徒会に入った1年の生徒たち。殆どが女子だった。彼女たちは言われたことしかやろうとしない。言い換えれば、言われるまで動こうとしない。5月から入ってもう約9か月が経とうとしているのに。
「ま、どうせ内申点欲しさに入ったんだろうよ」
「でも、そうだとしてもちゃんと跡部くんの言うことは聞く子たちだと思うけどな」
「そんなの当たり前だろうが。俺様の命令が聞けない人間ならとっくに首にしてる」
それもそうだ。それに彼女らは跡部目当てで入ったも同然なのだから彼からの命令に背くわけがなかった。本人から指示をされれば嬉しいに決まってる。そこはなんとなく琴璃も気持ちが分かる。好きな人に必要とされてる、そんな錯覚を感じられる。自分もそうだった。重要なポストなんかじゃないけれど、生徒会に入って初めて跡部に名前を呼ばれた日のことを今でもまだ覚えている。部屋の整理整頓とか地味な仕事ばかりしていたある日、突然名前を呼ばれたのだ。特にこっちから名乗ったことなんて無いのに、彼は琴璃の名前を知っていた。そしていつの間にか普通に会話をするくらいの関係に昇格した。琴璃はとても嬉しかった。見つめてるだけだった遠い存在の人が、時々振り向いて話し掛けてくれる。それだけでもう充分幸せだったのに。
そんな人からまさか、俺の女にしてやろうか、だなんて。どうにかなりそうだった。まともな思考ができないほどに浮かれていた。ただ見つめてるだけで良かったのに。噂が本当なら自分も傷つくかもしれないと分かっているのに。それでも、あの時の自分は心から幸せだと思っていたのだ。
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分かりづらいんですが、2話と3話は同日で、回想のシーンです