ウソツキヨワムシアマノジャク
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「ああ、藤白。ちょうど良い所に」
呼び止めてきたのは担任の教師だった。そして、一方的に事の次第を説明しだすと琴璃にプリントの束を渡してきた。最後に適当な「スマン」を付け加えて。
先週のとある日、いくつかの運動部が各々の大会に出場していた。冬にも、夏の規模よりは小さいが大会がある。彼らはそれに出場したために学校には来ていなかった。そしてその日はたまたま古典の授業内でテストが実施された日だった。琴璃のクラスの担任がその古典の教師であり、受けられなかった者は別日、つまり今日にそのテストを受けることになっているらしい。
「この後急に来客対応しなきゃならなくなってな。悪いんだが俺の代わりにテスト中の監督と、終わったらその回収を頼まれてくれないか?」
言ってみれば雑用係だ。琴璃はたまたま職員室に用があって、たまたま担任の隣を通っただけ。なのにこんなことを頼まれるとは。ついてないな、と思った。でも素直に、分かりました、と言って職員室を後にする。
テストを受けるのはA組からC組の該当する運動部の者らしい。担任がぶつぶつ言っていた。バスケ部とバレー部と男子テニス部だからそこまで人数は居ないだろう、と。
――テニス部もいるんだ。それを最初に聞いていればどうにかして断ったかもしれないのに。今さら後悔してももう遅い。テスト用紙を抱え、その者たちが集まっている教室へと向かう。担任曰く、開始時間は16時からとしたらしい。琴璃が教室に着いたのはそのぎりぎり数分前だった。
「うわお。琴璃ちゃん、どーしたのー?」
そこには同じクラスのジローが居た。登場したのが教師ではなく琴璃だったので話しかけてきた。琴璃とジローは共にC組でクラスメイトである。その後ろには同じくクラスメイトの宍戸が座っていた。彼はぎりぎりまで自分のノートと睨めっこしていたいらしく険しい顔で抗っていた。だが、琴璃が壇上に上がると大人しくノートをしまった。
「ちょっと先生に頼まれちゃって。えと、じゃあ今からテストを配ります」
教室内にいたのは20人程度だった。皆、適当に席に座っている。集められた3つの部活ともそれぞれ部員数は少なくない。だが、大会に参加した人数は3クラスの中にそこまで該当しなかったようだった。文化部の琴璃にとって見知った人はほぼいない。同じクラスの生徒と、それ以外はあともう1人だけだった。廊下側の1番後ろの席に跡部が座っているのを見つけた。琴璃は慌てて目をそらす。でもそんなことしたって、どうせ向こうだってとっくに気付いている。
「30分経ったら自由に退室して大丈夫だそうです」
テスト用紙を配って、琴璃は窓際の1番前の誰かの席に座って待機する。最初のうちこそ誰かの呻き声や苦笑いが聞こえたけど、皆わりと真面目に取り組んでいた。やがて指定された30分が経つと3分の2以上の生徒が出ていった。このテストははっきり言ってそんなに難しくはなかった。宍戸にとっては違ったのかもしれないが、テスト範囲をしっかり復習しておけば難なくできるレベルだ。だから、彼なんてさっさと終わって1番にここを去ると思っていたのに。跡部はまだ居た。座って腕を組んで目を閉じている。完全に解答は終わっているのに出て行かない。その様子を琴璃はちらりと見て確認した。あぁやだな、と思った。
そして終了時刻になる。ジローも宍戸もいつの間にか出て行ってしまっていた。時間まで残っていたのは跡部の他に2人ほどの別のクラスの男子生徒だった。その2人も、琴璃が皆の答案用紙を揃えている間に教卓の前に用紙を出して出て行った。残っているのは自分と跡部の2人だけ。彼は未だ腕と脚を組んで目を閉じている。一瞬寝てるようにも見えたがそんなわけがない。こんな場所で彼は寝たりしない。琴璃は立ち上がってゆるゆると跡部の席まで近付く。
「あの、跡部くん。テスト回収していいかな」
「あぁ」
ようやく彼は目を開けた。青い瞳がこちらに向けられて一瞬怯んでしまう。琴璃は最後の1枚を受け取って全員の答案用紙を手早くまとめる。暖房を切って、戸締まりを今一度確認した。先に出て行かないのならこっちから去ろう。少し早歩きで扉の前に向かう。引き戸の取手に手をかけたその瞬間だった。琴璃の顔のすぐ横に何かが飛び込んできた。続けてばん、と音がした。あまりの速さで何かと思った。跡部の右手が琴璃が扉を開けようとするのを妨げている。となると当然彼は今、自分の真後ろに居るわけで。振り向けなかった。そのまま動けずにいると頭上から低い声が降ってきた。
「随分と酷いツラしてるじゃねぇか」
自分の手がピクリと動く。分かりやすく反応してしまった。何のつもりだろうか。戸惑う琴璃を余所に喉を鳴らすような笑いが聞こえてくる。琴璃はちっとも笑えない。
「お前の方から離れたくせに、今にも死にそうな顔しやがって」
「……そんなこと、ないよ」
「どうだかな」
押し殺したような笑い声が落とされる。笑う意味が分からない。琴璃は間抜けに突っ立ったまま、この手が退くのを待つしかなかった。
「お前は怖気づいたんだろう?だから俺の前から逃げ出した。随分と軽薄なもんだな、お前の気持ちは」
何も言えなかった。跡部の言ってることは間違いじゃないから。怖気づいたのも逃げ出したのも彼の言うとおり事実だ。
「弱虫な女め」
「……弱虫だから、跡部くんのそばにいるのは相応しくないでしょ」
「そうだな」
せせら笑う声がする。跡部が笑うたびに胸が抉られるような痛みを感じる。目を閉じてやり過ごすのはもう限界だった。勝てるわけないけど力を込めればもしかしてこのドアは開くだろうか。早く解放されたい。
「自分がしたことを精々後悔してろよ」
祈っていたら扉が開いた。跡部が開けたのだ。含み笑いを残し琴璃のすぐ隣を通り過ぎ教室から出て行った。その時ふんわりと彼の香水の香りがした。琴璃も知っている香り。かつてはこの香りに抱き締められたことだってある。でも今はつらいだけでしかなかった。
「でも、好きだった。……今も」
誰も居なくなった教室で琴璃は1人呟いた。誰も居ないから、言えた。彼には1度も打ち明けなかった感情を、今更になって教室の壁に向けて呟いた。
呼び止めてきたのは担任の教師だった。そして、一方的に事の次第を説明しだすと琴璃にプリントの束を渡してきた。最後に適当な「スマン」を付け加えて。
先週のとある日、いくつかの運動部が各々の大会に出場していた。冬にも、夏の規模よりは小さいが大会がある。彼らはそれに出場したために学校には来ていなかった。そしてその日はたまたま古典の授業内でテストが実施された日だった。琴璃のクラスの担任がその古典の教師であり、受けられなかった者は別日、つまり今日にそのテストを受けることになっているらしい。
「この後急に来客対応しなきゃならなくなってな。悪いんだが俺の代わりにテスト中の監督と、終わったらその回収を頼まれてくれないか?」
言ってみれば雑用係だ。琴璃はたまたま職員室に用があって、たまたま担任の隣を通っただけ。なのにこんなことを頼まれるとは。ついてないな、と思った。でも素直に、分かりました、と言って職員室を後にする。
テストを受けるのはA組からC組の該当する運動部の者らしい。担任がぶつぶつ言っていた。バスケ部とバレー部と男子テニス部だからそこまで人数は居ないだろう、と。
――テニス部もいるんだ。それを最初に聞いていればどうにかして断ったかもしれないのに。今さら後悔してももう遅い。テスト用紙を抱え、その者たちが集まっている教室へと向かう。担任曰く、開始時間は16時からとしたらしい。琴璃が教室に着いたのはそのぎりぎり数分前だった。
「うわお。琴璃ちゃん、どーしたのー?」
そこには同じクラスのジローが居た。登場したのが教師ではなく琴璃だったので話しかけてきた。琴璃とジローは共にC組でクラスメイトである。その後ろには同じくクラスメイトの宍戸が座っていた。彼はぎりぎりまで自分のノートと睨めっこしていたいらしく険しい顔で抗っていた。だが、琴璃が壇上に上がると大人しくノートをしまった。
「ちょっと先生に頼まれちゃって。えと、じゃあ今からテストを配ります」
教室内にいたのは20人程度だった。皆、適当に席に座っている。集められた3つの部活ともそれぞれ部員数は少なくない。だが、大会に参加した人数は3クラスの中にそこまで該当しなかったようだった。文化部の琴璃にとって見知った人はほぼいない。同じクラスの生徒と、それ以外はあともう1人だけだった。廊下側の1番後ろの席に跡部が座っているのを見つけた。琴璃は慌てて目をそらす。でもそんなことしたって、どうせ向こうだってとっくに気付いている。
「30分経ったら自由に退室して大丈夫だそうです」
テスト用紙を配って、琴璃は窓際の1番前の誰かの席に座って待機する。最初のうちこそ誰かの呻き声や苦笑いが聞こえたけど、皆わりと真面目に取り組んでいた。やがて指定された30分が経つと3分の2以上の生徒が出ていった。このテストははっきり言ってそんなに難しくはなかった。宍戸にとっては違ったのかもしれないが、テスト範囲をしっかり復習しておけば難なくできるレベルだ。だから、彼なんてさっさと終わって1番にここを去ると思っていたのに。跡部はまだ居た。座って腕を組んで目を閉じている。完全に解答は終わっているのに出て行かない。その様子を琴璃はちらりと見て確認した。あぁやだな、と思った。
そして終了時刻になる。ジローも宍戸もいつの間にか出て行ってしまっていた。時間まで残っていたのは跡部の他に2人ほどの別のクラスの男子生徒だった。その2人も、琴璃が皆の答案用紙を揃えている間に教卓の前に用紙を出して出て行った。残っているのは自分と跡部の2人だけ。彼は未だ腕と脚を組んで目を閉じている。一瞬寝てるようにも見えたがそんなわけがない。こんな場所で彼は寝たりしない。琴璃は立ち上がってゆるゆると跡部の席まで近付く。
「あの、跡部くん。テスト回収していいかな」
「あぁ」
ようやく彼は目を開けた。青い瞳がこちらに向けられて一瞬怯んでしまう。琴璃は最後の1枚を受け取って全員の答案用紙を手早くまとめる。暖房を切って、戸締まりを今一度確認した。先に出て行かないのならこっちから去ろう。少し早歩きで扉の前に向かう。引き戸の取手に手をかけたその瞬間だった。琴璃の顔のすぐ横に何かが飛び込んできた。続けてばん、と音がした。あまりの速さで何かと思った。跡部の右手が琴璃が扉を開けようとするのを妨げている。となると当然彼は今、自分の真後ろに居るわけで。振り向けなかった。そのまま動けずにいると頭上から低い声が降ってきた。
「随分と酷いツラしてるじゃねぇか」
自分の手がピクリと動く。分かりやすく反応してしまった。何のつもりだろうか。戸惑う琴璃を余所に喉を鳴らすような笑いが聞こえてくる。琴璃はちっとも笑えない。
「お前の方から離れたくせに、今にも死にそうな顔しやがって」
「……そんなこと、ないよ」
「どうだかな」
押し殺したような笑い声が落とされる。笑う意味が分からない。琴璃は間抜けに突っ立ったまま、この手が退くのを待つしかなかった。
「お前は怖気づいたんだろう?だから俺の前から逃げ出した。随分と軽薄なもんだな、お前の気持ちは」
何も言えなかった。跡部の言ってることは間違いじゃないから。怖気づいたのも逃げ出したのも彼の言うとおり事実だ。
「弱虫な女め」
「……弱虫だから、跡部くんのそばにいるのは相応しくないでしょ」
「そうだな」
せせら笑う声がする。跡部が笑うたびに胸が抉られるような痛みを感じる。目を閉じてやり過ごすのはもう限界だった。勝てるわけないけど力を込めればもしかしてこのドアは開くだろうか。早く解放されたい。
「自分がしたことを精々後悔してろよ」
祈っていたら扉が開いた。跡部が開けたのだ。含み笑いを残し琴璃のすぐ隣を通り過ぎ教室から出て行った。その時ふんわりと彼の香水の香りがした。琴璃も知っている香り。かつてはこの香りに抱き締められたことだってある。でも今はつらいだけでしかなかった。
「でも、好きだった。……今も」
誰も居なくなった教室で琴璃は1人呟いた。誰も居ないから、言えた。彼には1度も打ち明けなかった感情を、今更になって教室の壁に向けて呟いた。
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