39 rose bouquets
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考えてみたらあんなに格好良い人に彼女が居てもなんらおかしくないのだ。なのに何をあんなにうきうきしてしまったのだろう。助けてもらった身なのにここまで舞い上がっていた自分がおこがましすぎる。
「来週はクリスマスだねー」
琴璃は大学のサロンで友人とゼミの課題の答え合わせをしていた。ひと息つこうとお茶をしていると、スマホをいじりながら思い出したように彼女が言った。その言葉に思わずぎくりとしてしまう。
「見てよ琴璃、オススメのイルミスポットだって。うわーすご」
そう言って今しがた見ていたスマホの画面を琴璃に向けてきた。ハロウィンが終わったあたりから街はとっくにクリスマスムード。琴璃の働く花屋は、店長の意向もあってそこまで大々的にイベントに乗っかるようなことはしていなかった。店内にサンタやトナカイが置いてあるわけでもない。だから、情けない話だがクリスマスがもうすぐだということに気付けなかった。ようやく気付いたのが、悲しくも跡部が薔薇の花束を注文したあの日だった。彼を見送ってから、暫く1人カレンダーの前で悶々としたあの日だ。うっかりにも程がある。
にしてもクリスマスの日にあんな格好良い人から薔薇の花束を贈られるなんて。その人はとてつもなく幸せ者だろう。いいなぁ、と思ってしまったけれど、そもそも自分が羨ましがる余地なんてない。何を思ったのか勝手に彼の恋人を想像してみた。スタイルが良くて長い髪を揺らして指先も綺麗にしていて。素敵なドレスを着こなし、ブランド物のバッグに高いヒールの靴、上品な香りを纏った自分なんかよりもずっとずっと大人の女性。頭の中で勝手に美しく仕上がっていく架空の人物は、あながち当たっているかもしれない。そんな、自分とは天地の差もあるような相手を羨む資格なんてないのだ。
「はーあ。こうなりゃもう自分でプレゼントとか買おっかなー」
友人は机に突っ伏しながら相変わらずスマホをいじっている。そう言う彼女には今、彼氏がいない。琴璃にもいないからこんな話が気軽に出来る。友人は自分で自分にクリスマスプレゼントをあげるらしい。くれる相手を探す苦労をするくらいなら好きなものを目一杯買うわ、とぼやいている。
「ねぇ、クリスマスにお花とか貰うのってどう?」
「え?嬉しいよ。けどなー、私はどっちかっていうと物のほうがいいな。コスメとかバッグとか」
彼女はなかなか現実的思考だ。琴璃の質問にも大して乗ってこない。
「……もしさ。プレゼントで薔薇の花束貰ったら嬉しい?」
「えー何それ、ドラマの世界みたい」
「25日に薔薇を40本予約したお客さんがいてね。すごいなぁ、って」
「めっちゃキザだね」
「うん。でもそれがね、すっごく似合う人なの。逆にあの人以外に似合う人がいないんじゃないかって思うくらいなの」
「そんなに?めっちゃ気になる。プロポーズかな?」
「プロポーズ……」
そこまで考えつかなかった。クリスマスに薔薇の花束でプロポーズ。そんなドラマみたいな演出をあの彼がしても絶対に絵になる。
「薔薇をチョイスするのもキザだけど、40本ってとこがまたすごいよね」
「ね、こんなに多いとすごい豪華な花束だよね」
「じゃなくて。薔薇の花言葉って本数で違うじゃん?」
その手の雑学に友人は詳しい。花屋で働いてる琴璃なんかよりもずっと良く知っている。ぽかんとしていると、彼女が得意気に答えた。
「40本の薔薇は確か、“真実の愛”だよ」
25日当日、跡部は先週言っていた時間より少し遅れて来た。服装はダークスーツで先週より幾分カジュアルなもの。琴璃には違いなんてよく分からず、ただただ、格好良く映るだけだった。
「こんな感じで、どうでしょうか」
「あぁ、充分だ」
カップ咲きの真紅の薔薇40本。こんなに沢山集まると本当に絢爛豪華になる。今まで薔薇の花束を注文する客は沢山受けてきたけど、ここまでの量を求めてきた人を相手にしたことはなかった。
花の存在に負けないように、リボンはラメの入った金色にした。クリスマスにぴったりな組み合わせ。この花束を聖なる夜に抱えている彼はまさしく物語の王子様のようだ。これからどんなお姫様に会いにゆくのだろう。余計な詮索とは分かっているけど琴璃は気になってしまう。
そして会計を済ませた跡部は店の出入口へと向かおうとする。
「跡部さん」
琴璃は初めてその名を呼んだ。先週やっと知ることができた彼の名前。呼んだのはこれが初。そして最後にもなるだろう。花束を抱えた跡部が振り向いた。ドラマのワンシーンのような錯覚を覚える。夢を見ているんだろうかとさえ思ってしまうほど瞳に映る彼が眩しい。
「……お、お幸せに!上手くいきますように」
「あん?何言ってやがる」
「いや、あの、その……ふぁいと、って意味です」
「ますます意味が分からねぇな」
呼び止めたは良いが、何を言おうかまでは気にしていなかった。自分なんかにエールを貰わなくとも、こんな格好良い人からプロポーズされたら相手は断わるわけがないのに。ただ何か言いたくて、思わず出たのがそんな月並みの言葉だった。
「40本の薔薇の花言葉は“真実の愛”です。素敵なクリスマスになりますように」
琴璃は友人の受け売りをそのまま伝えた。自分の知識じゃないから、ちょっとドキドキしてしまう。
「真実の愛、ねぇ」
跡部が薔薇に視線を落とす。そんなことには興味が無いというふうに花束を見つめていたかと思うと、なんとその中から1本抜き取ってしまった。
「なら、39本になるとどうなるんだ?」
「え、39本は特に……無いと思いますけど」
「なんだ、そうなのか」
「あ、でも39でサンキューだから感謝、とか……なんて、あはは」
「成る程。そいつはちょうどいい」
適当に言ってみたのに、何故か跡部は納得をする。そして軽く笑うと抜き取った1本を琴璃に差し出してきた。
「これはお前にやろう」
「え、あの、でも、」
「1つ、何か勘違いしているようだから教えといてやろう。これを贈る相手は俺の母親だ」
「……え?」
「久々に会うのに手ぶらで行くとがっかりされるんでな。なのに最近じゃ、きっちり歳の本数用意すると不機嫌になる。だから実際の年齢より少なくてキリのいい数にした」
抱えている薔薇を見つめる跡部。そんな色っぽい視線だというのに、贈る相手は恋人じゃないなんて。信じられない。そんな顔になっていたらしい。何も言わない琴璃を見て跡部がくつくつと笑った。可笑しくて仕方ないのを噛み殺している。
「どうだ?謎が解けてすっきりしたか?」
「は、はい……」
予想外の答えに思わずその場で琴璃は後退りしてしまった。その分跡部は一歩近付き、先ほど引き抜いた真っ赤な薔薇1輪を再び琴璃に向かって差し出す。更には少し屈んで目線を琴璃の高さに合わせてきた。青い瞳に囚われる。もう大人しく受け取るしかなかった。
「Frohe Weihnachten!」
琴璃にそう告げて、今度こそ彼は聖なる夜の街の中へと消えていった。
「待ってやばい……」
1人になって、いつも控えめに流れている店内のBGMがやたら耳に入り込んでくる。店長ったら、季節的な装飾はそこまで力を入れてなかったくせに。今流れている音楽はジングルベルだった。どこもきっと今夜はクリスマスムード一色。大切な人と過ごす日。プレゼントを贈ったり豪華な食事をしたりイルミネーションを見に行ったり。でも、特別何かをするわけではない人もいる。2人でも1人でも、それぞれの過ごし方がある。琴璃はケーキも食べないしクリスマスプレゼントを贈る相手もいないけど。世間一般的に見たら寂しいクリスマスの夜なのかもしれないけれど。寂しさなんて全然感じていなかった。手にしている1輪の薔薇が微笑んでいるような気がした。誰も聞いていないから、こっそりとジングルベルを鼻歌で歌う。そんなクリスマスの夜だった。
「来週はクリスマスだねー」
琴璃は大学のサロンで友人とゼミの課題の答え合わせをしていた。ひと息つこうとお茶をしていると、スマホをいじりながら思い出したように彼女が言った。その言葉に思わずぎくりとしてしまう。
「見てよ琴璃、オススメのイルミスポットだって。うわーすご」
そう言って今しがた見ていたスマホの画面を琴璃に向けてきた。ハロウィンが終わったあたりから街はとっくにクリスマスムード。琴璃の働く花屋は、店長の意向もあってそこまで大々的にイベントに乗っかるようなことはしていなかった。店内にサンタやトナカイが置いてあるわけでもない。だから、情けない話だがクリスマスがもうすぐだということに気付けなかった。ようやく気付いたのが、悲しくも跡部が薔薇の花束を注文したあの日だった。彼を見送ってから、暫く1人カレンダーの前で悶々としたあの日だ。うっかりにも程がある。
にしてもクリスマスの日にあんな格好良い人から薔薇の花束を贈られるなんて。その人はとてつもなく幸せ者だろう。いいなぁ、と思ってしまったけれど、そもそも自分が羨ましがる余地なんてない。何を思ったのか勝手に彼の恋人を想像してみた。スタイルが良くて長い髪を揺らして指先も綺麗にしていて。素敵なドレスを着こなし、ブランド物のバッグに高いヒールの靴、上品な香りを纏った自分なんかよりもずっとずっと大人の女性。頭の中で勝手に美しく仕上がっていく架空の人物は、あながち当たっているかもしれない。そんな、自分とは天地の差もあるような相手を羨む資格なんてないのだ。
「はーあ。こうなりゃもう自分でプレゼントとか買おっかなー」
友人は机に突っ伏しながら相変わらずスマホをいじっている。そう言う彼女には今、彼氏がいない。琴璃にもいないからこんな話が気軽に出来る。友人は自分で自分にクリスマスプレゼントをあげるらしい。くれる相手を探す苦労をするくらいなら好きなものを目一杯買うわ、とぼやいている。
「ねぇ、クリスマスにお花とか貰うのってどう?」
「え?嬉しいよ。けどなー、私はどっちかっていうと物のほうがいいな。コスメとかバッグとか」
彼女はなかなか現実的思考だ。琴璃の質問にも大して乗ってこない。
「……もしさ。プレゼントで薔薇の花束貰ったら嬉しい?」
「えー何それ、ドラマの世界みたい」
「25日に薔薇を40本予約したお客さんがいてね。すごいなぁ、って」
「めっちゃキザだね」
「うん。でもそれがね、すっごく似合う人なの。逆にあの人以外に似合う人がいないんじゃないかって思うくらいなの」
「そんなに?めっちゃ気になる。プロポーズかな?」
「プロポーズ……」
そこまで考えつかなかった。クリスマスに薔薇の花束でプロポーズ。そんなドラマみたいな演出をあの彼がしても絶対に絵になる。
「薔薇をチョイスするのもキザだけど、40本ってとこがまたすごいよね」
「ね、こんなに多いとすごい豪華な花束だよね」
「じゃなくて。薔薇の花言葉って本数で違うじゃん?」
その手の雑学に友人は詳しい。花屋で働いてる琴璃なんかよりもずっと良く知っている。ぽかんとしていると、彼女が得意気に答えた。
「40本の薔薇は確か、“真実の愛”だよ」
25日当日、跡部は先週言っていた時間より少し遅れて来た。服装はダークスーツで先週より幾分カジュアルなもの。琴璃には違いなんてよく分からず、ただただ、格好良く映るだけだった。
「こんな感じで、どうでしょうか」
「あぁ、充分だ」
カップ咲きの真紅の薔薇40本。こんなに沢山集まると本当に絢爛豪華になる。今まで薔薇の花束を注文する客は沢山受けてきたけど、ここまでの量を求めてきた人を相手にしたことはなかった。
花の存在に負けないように、リボンはラメの入った金色にした。クリスマスにぴったりな組み合わせ。この花束を聖なる夜に抱えている彼はまさしく物語の王子様のようだ。これからどんなお姫様に会いにゆくのだろう。余計な詮索とは分かっているけど琴璃は気になってしまう。
そして会計を済ませた跡部は店の出入口へと向かおうとする。
「跡部さん」
琴璃は初めてその名を呼んだ。先週やっと知ることができた彼の名前。呼んだのはこれが初。そして最後にもなるだろう。花束を抱えた跡部が振り向いた。ドラマのワンシーンのような錯覚を覚える。夢を見ているんだろうかとさえ思ってしまうほど瞳に映る彼が眩しい。
「……お、お幸せに!上手くいきますように」
「あん?何言ってやがる」
「いや、あの、その……ふぁいと、って意味です」
「ますます意味が分からねぇな」
呼び止めたは良いが、何を言おうかまでは気にしていなかった。自分なんかにエールを貰わなくとも、こんな格好良い人からプロポーズされたら相手は断わるわけがないのに。ただ何か言いたくて、思わず出たのがそんな月並みの言葉だった。
「40本の薔薇の花言葉は“真実の愛”です。素敵なクリスマスになりますように」
琴璃は友人の受け売りをそのまま伝えた。自分の知識じゃないから、ちょっとドキドキしてしまう。
「真実の愛、ねぇ」
跡部が薔薇に視線を落とす。そんなことには興味が無いというふうに花束を見つめていたかと思うと、なんとその中から1本抜き取ってしまった。
「なら、39本になるとどうなるんだ?」
「え、39本は特に……無いと思いますけど」
「なんだ、そうなのか」
「あ、でも39でサンキューだから感謝、とか……なんて、あはは」
「成る程。そいつはちょうどいい」
適当に言ってみたのに、何故か跡部は納得をする。そして軽く笑うと抜き取った1本を琴璃に差し出してきた。
「これはお前にやろう」
「え、あの、でも、」
「1つ、何か勘違いしているようだから教えといてやろう。これを贈る相手は俺の母親だ」
「……え?」
「久々に会うのに手ぶらで行くとがっかりされるんでな。なのに最近じゃ、きっちり歳の本数用意すると不機嫌になる。だから実際の年齢より少なくてキリのいい数にした」
抱えている薔薇を見つめる跡部。そんな色っぽい視線だというのに、贈る相手は恋人じゃないなんて。信じられない。そんな顔になっていたらしい。何も言わない琴璃を見て跡部がくつくつと笑った。可笑しくて仕方ないのを噛み殺している。
「どうだ?謎が解けてすっきりしたか?」
「は、はい……」
予想外の答えに思わずその場で琴璃は後退りしてしまった。その分跡部は一歩近付き、先ほど引き抜いた真っ赤な薔薇1輪を再び琴璃に向かって差し出す。更には少し屈んで目線を琴璃の高さに合わせてきた。青い瞳に囚われる。もう大人しく受け取るしかなかった。
「Frohe Weihnachten!」
琴璃にそう告げて、今度こそ彼は聖なる夜の街の中へと消えていった。
「待ってやばい……」
1人になって、いつも控えめに流れている店内のBGMがやたら耳に入り込んでくる。店長ったら、季節的な装飾はそこまで力を入れてなかったくせに。今流れている音楽はジングルベルだった。どこもきっと今夜はクリスマスムード一色。大切な人と過ごす日。プレゼントを贈ったり豪華な食事をしたりイルミネーションを見に行ったり。でも、特別何かをするわけではない人もいる。2人でも1人でも、それぞれの過ごし方がある。琴璃はケーキも食べないしクリスマスプレゼントを贈る相手もいないけど。世間一般的に見たら寂しいクリスマスの夜なのかもしれないけれど。寂しさなんて全然感じていなかった。手にしている1輪の薔薇が微笑んでいるような気がした。誰も聞いていないから、こっそりとジングルベルを鼻歌で歌う。そんなクリスマスの夜だった。