39 rose bouquets
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別に期待も何もしていなかった。ただ電車で帰るのが煩わしかっただけでそれ以外に深い意味はない。タクシーで帰っても良かったのだが、琴璃の誠意ある姿勢を汲んでこうすることにした。多分、そうしないと自分に助けられたことをいつまでも気にしてしまいそうな気がしたから。
「なんだか、お兄さんにこーゆう車に乗ってもらうのが申し訳ない気持ちになります」
よく見る国産のコンパクトカーだった。中小企業の営業車といったらこんなものだろう。頼んだ手前文句は言えない。たとえどんなに座席が狭くとも。跡部は黙って助手席に乗りシートを軽く倒した。
「えっと、どこまで行けば良いですか?」
「お前は職場に帰るんだろう?そこから1番近い駅でいい」
聞けば、琴璃のバイト先はここから数十分の距離だった。自分の家まで送らせるとなるとそもそも方向が違うから時間がかかる。なのに、
「いえ、ちゃんと送りますよ。じゃなきゃ恩返ししたことになりません」
そう言うと思った。律儀なヤツ。まあいいか、と跡部は自宅の最寄駅を教える。今日はこの後の予定は無かった。流石にわずかと言えどアルコールを摂取してまたデスクへ向かうなんて真似はしたくはない。琴璃は玄関前まで行きますよ、となかなか折れなかったが跡部は指定した駅でいいと断った。多分、本当に家の前まで来たら彼女は仰天すると思う。想像したら何故か笑えた。絶対に大きなリアクションを見せてくるに違いない。
「よし、じゃあナビをセットして。……えっと、ミラー良し」
跡部はちらりと運転手の琴璃を見る。なんだか全てがぎこちない。嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
「フン、ガキだと思ってたがしっかり免許持ってたんだな」
「当然ですよ!ちなみに先週取りたてです」
「……なんだと」
気のせいなんかじゃなかった。えへんと琴璃は胸を張る。ちっとも威張れるものじゃない。夕暮れ時、見通しの悪いこの時間帯に免許取りたてのヤツがこれから人を乗せて公道を走る。恐らく初めて走る道であろう。瞬時に跡部は色々と察した。そして、今にもサイドブレーキを倒そうとする琴璃の手をすかさず掴んで止めた。
「おい、ちょっと待て。やっぱりお前の帰る方向でいい」
「え?なんでですか、そんな遠慮しなくても大丈夫ですよ?」
「いいからそうしろ」
結構凄んで言うと琴璃はしぶしぶ納得する。ナビもこの車の“自宅”に設定し直す。帰り道ならば多少は走り慣れた道であろうから安全だろう、と、思うしかない。
「では気を取り直して。出発します」
「……っとに大丈夫なんだろうな」
全てが危なっかしい。ハンドルを両手でがっちりと握る様子からしても信用できやしない。ゆっくりと車が動き出した。走るスピードは遅め、いや遅すぎる。法定速度以下を馬鹿正直に守っている。二車線の道路の右車線を走っているのに左からどんどん他の車に抜かれてゆく。
「おい、もうすぐ左折だ。車線変えろ」
「わ、はい」
琴璃はもうナビを見る暇さえない。跡部の指示のまま道を進んでいる。車線を変えなかったらこのまま高速に乗る勢いだった。そんな真似は断じてしたくない。
「……おい。お前今、左に移ったんだよな」
「そうですけど?」
「何故、右にウィンカーを出した」
「え?」
沈黙が生じる。音楽もラジオもかかっていない車内で、どちらとも声を上げなかった。まもなく左方向です、とナビだけがお喋りをしている。跡部は盛大な溜息を吐く。低い車内の天井を見つめた。このままではまずい。下手したら命にかかわる。そう判断した。
「見てらんねぇ。一旦どっかで止めろ。俺が運転する」
「ダ、ダメですよ!お酒を飲んだのに運転したら犯罪なんですから。事故に遭います」
「あのな、このままお前が運転してたほうが事故る確率が高いんだよ」
「大丈夫ですよ、私ゴールド免許ですから」
コイツは馬鹿か。取ったばっかなんだから当たり前だろが、と、口に出しそうになったが堪えた。あんまり気を散らすようなことを言えば運転がどうなるか知れたこと。というか意気揚々にそんなことを言える彼女のメンタルを疑いたくなる。お陰でもうすっかりアルコールは抜けた。
「生きた心地がしねぇな」
呟きながら跡部はやや乱暴に前髪をかき上げる。もうこの後は堅苦しい席もないからいくら乱れようが構わない。
「もういい。俺が道を指示するからお前はもうキョロキョロするな。前だけを見ろ。いいな?」
「はいっ」
命がけのドライブはそこから30分以上続いた。本当なら20分そこらで到着するのに、琴璃がノロノロと運転するから余計に時間がかかってしまった。だが時間なんてのはどうでもいい。事故が起きなかったことが奇跡だ。
「なんだか、お兄さんにこーゆう車に乗ってもらうのが申し訳ない気持ちになります」
よく見る国産のコンパクトカーだった。中小企業の営業車といったらこんなものだろう。頼んだ手前文句は言えない。たとえどんなに座席が狭くとも。跡部は黙って助手席に乗りシートを軽く倒した。
「えっと、どこまで行けば良いですか?」
「お前は職場に帰るんだろう?そこから1番近い駅でいい」
聞けば、琴璃のバイト先はここから数十分の距離だった。自分の家まで送らせるとなるとそもそも方向が違うから時間がかかる。なのに、
「いえ、ちゃんと送りますよ。じゃなきゃ恩返ししたことになりません」
そう言うと思った。律儀なヤツ。まあいいか、と跡部は自宅の最寄駅を教える。今日はこの後の予定は無かった。流石にわずかと言えどアルコールを摂取してまたデスクへ向かうなんて真似はしたくはない。琴璃は玄関前まで行きますよ、となかなか折れなかったが跡部は指定した駅でいいと断った。多分、本当に家の前まで来たら彼女は仰天すると思う。想像したら何故か笑えた。絶対に大きなリアクションを見せてくるに違いない。
「よし、じゃあナビをセットして。……えっと、ミラー良し」
跡部はちらりと運転手の琴璃を見る。なんだか全てがぎこちない。嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
「フン、ガキだと思ってたがしっかり免許持ってたんだな」
「当然ですよ!ちなみに先週取りたてです」
「……なんだと」
気のせいなんかじゃなかった。えへんと琴璃は胸を張る。ちっとも威張れるものじゃない。夕暮れ時、見通しの悪いこの時間帯に免許取りたてのヤツがこれから人を乗せて公道を走る。恐らく初めて走る道であろう。瞬時に跡部は色々と察した。そして、今にもサイドブレーキを倒そうとする琴璃の手をすかさず掴んで止めた。
「おい、ちょっと待て。やっぱりお前の帰る方向でいい」
「え?なんでですか、そんな遠慮しなくても大丈夫ですよ?」
「いいからそうしろ」
結構凄んで言うと琴璃はしぶしぶ納得する。ナビもこの車の“自宅”に設定し直す。帰り道ならば多少は走り慣れた道であろうから安全だろう、と、思うしかない。
「では気を取り直して。出発します」
「……っとに大丈夫なんだろうな」
全てが危なっかしい。ハンドルを両手でがっちりと握る様子からしても信用できやしない。ゆっくりと車が動き出した。走るスピードは遅め、いや遅すぎる。法定速度以下を馬鹿正直に守っている。二車線の道路の右車線を走っているのに左からどんどん他の車に抜かれてゆく。
「おい、もうすぐ左折だ。車線変えろ」
「わ、はい」
琴璃はもうナビを見る暇さえない。跡部の指示のまま道を進んでいる。車線を変えなかったらこのまま高速に乗る勢いだった。そんな真似は断じてしたくない。
「……おい。お前今、左に移ったんだよな」
「そうですけど?」
「何故、右にウィンカーを出した」
「え?」
沈黙が生じる。音楽もラジオもかかっていない車内で、どちらとも声を上げなかった。まもなく左方向です、とナビだけがお喋りをしている。跡部は盛大な溜息を吐く。低い車内の天井を見つめた。このままではまずい。下手したら命にかかわる。そう判断した。
「見てらんねぇ。一旦どっかで止めろ。俺が運転する」
「ダ、ダメですよ!お酒を飲んだのに運転したら犯罪なんですから。事故に遭います」
「あのな、このままお前が運転してたほうが事故る確率が高いんだよ」
「大丈夫ですよ、私ゴールド免許ですから」
コイツは馬鹿か。取ったばっかなんだから当たり前だろが、と、口に出しそうになったが堪えた。あんまり気を散らすようなことを言えば運転がどうなるか知れたこと。というか意気揚々にそんなことを言える彼女のメンタルを疑いたくなる。お陰でもうすっかりアルコールは抜けた。
「生きた心地がしねぇな」
呟きながら跡部はやや乱暴に前髪をかき上げる。もうこの後は堅苦しい席もないからいくら乱れようが構わない。
「もういい。俺が道を指示するからお前はもうキョロキョロするな。前だけを見ろ。いいな?」
「はいっ」
命がけのドライブはそこから30分以上続いた。本当なら20分そこらで到着するのに、琴璃がノロノロと運転するから余計に時間がかかってしまった。だが時間なんてのはどうでもいい。事故が起きなかったことが奇跡だ。