39 rose bouquets
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「……なんでお前が」
こんにちは、と暢気な挨拶を跡部にかけてくる琴璃。なんだって彼女はいつもこんなに安閑としているのだろうか。
「わぁ、すごい偶然ですね。なんでこんなところに?」
「お前こそ何故こんな場所にいる」
「私は、バイトのおつかいでちょっと」
「バイト?」
そう言えばコイツは学生だったか、と今ようやく思い出す。ますますこんな場所は似つかわしくないではないか。琴璃の格好は黒いエプロン姿で髪をラフに1つ縛りにしていて、どう見てもこの場に至極浮いている。とは言ってもあの会場から出ればホテルの宿泊客だって普通にいるからそこまで違和感ではないのだが。けれど、見たところ彼女は1人で来ているようだった。学生1人でこんなところに宿泊するとは思えない。事情でもあるのだろう。
「Fahr zum Teufel!」
和やかになりつつあった空気を金切り声がぶち壊した。
「……え、何ですか?今の」
さっきの女2人が、跡部と同じようにエレベーター乗り場までやって来るところだった。周りに頼りにならない男達を従えて、こっちに向かってくる。歩きながらも尚、声の勢いは止まらない。厄介事に巻き込まれる前にさっさと帰ろうと思ったのにもう来やがった。跡部はその団体に軽蔑する目を向け軽く舌打ちをする。
「お前も、ああいう大人にはなるなよ」
「もしかして……喧嘩ですか?」
「さぁな。互いが互いを気に入らねぇんじゃねぇの」
2人の女性の間にそれぞれの連れらしき男が割って入っている。が、ちっとも役に立ってない。でも、そうしなかったら女2人は掴みかかってたかもしれないから全く無能ではないと言える。
「なんだか、空気悪いですね」
「全くだ。あんなのガキが見るもんじゃねぇよ。お前はさっさと帰りな」
「あ、またガキ扱いする!私もう成人してますってば!」
「歳だけとっても中身が成長しなきゃ変わらねぇよ」
「ひ、ひどーい!」
どうしてか、からかい甲斐がある。そこまで言うほど子供っぽくはないのだけれど、いちいち見せる反応が素直すぎて見ていて退屈させない。そんな彼女はあまり人を疑うようなこともしないのだろう。だからあんな変なナンパ野郎に捕まったんだがな、とも思う。
「そうだ。お兄さん、これ、どうですかね?」
琴璃はさっきから何やら荷物を持っていた。大きめの段ボール箱で、それをいったん足元に置くと開けて中身をみせた。花が入っている。
「これ、予備に持ってきたやつなんですけど」
「何だこれは」
「明日ここのホテルで結婚式を挙げる方がいて、今日はその準備に来てたんです。これはその披露宴会場のテーブル席に飾るアレンジメントなんですけど……。これでダメかなぁ、って」
跡部は取りあえず、ほう、とだけ返事をした。琴璃は今日ここへバイトとしてやって来ていて、箱の中の2つの小さなブーケは余ったものだと言う。これをあの怒り狂った女どもに与えて機嫌を直せるんじゃないか。そう言いたいらしい。琴璃の説明は的を射ているんだか端折りすぎてるんだか分からない。こんな、言葉足らずの彼女の意図は跡部だから理解できたものだ。
「ま、女は美しいものが好きだからな」
跡部は2つのブーケを優しい手つきでダンボールの中から掬い上げる。生花の新鮮な香りがふわりと漂った。
「ガキかと思ってたが、お前も女心を少しは分かってるじゃねぇか」
「だぁから……」
琴璃の反論が出る前に跡部は相変わらずいがみ合っている女たちのほうへ向かっていった。そして、真っ赤な顔をした女2人の前に立って何かを話している。琴璃の位置からは跡部が何を話しているのかよく聞こえない。でも、日本語ではなさそうだった。どうやら彼女らは日本人ではないらしい。跡部は流暢に琴璃の理解できない言葉を話すと、やがて2人は落ち着きを取り戻し仕舞いには笑顔を見せた。
「あ。おさまった」
あんなに凄い剣幕だったのに2人はあっという間に和解した。彼は何を言ったんだろう。どうやってあの場を丸めたんだろうか。
「やっぱりすごいんだなぁ」
それでいてやっぱり格好良い人。離れて見ていた琴璃はそんなふうに思った。その後また少し会話をして、跡部からブーケを貰った2人はすっかり上機嫌でエレベーター乗り場へ行ってしまった。互いの連れの男達は申し訳無さそうに俯き気味になって彼女達について行った。跡部が軽い溜め息を吐いて琴璃の方へ戻ってくる。
「すごいですお兄さん!いったいどんな言葉をかけたんですか?」
「別に大したことは言ってない」
けれど女性たちの顔つきが180度変わったのだから、きっと喜ばす何かを言ったのだろう。
「これは俺よりもお前の手柄だろう。お前の花が無かったら、あの女達は永遠に罵り合っていただろうな」
「いや、それはさすがに」
流石に違うと思う。ブーケという物を提供したのは琴璃だけど、それを使って同じように事を収められたかと聞かれれば間違いなく無理だった。
「お前のお陰で助かったぜ」
跡部が琴璃の頭にぽんと手を乗せた。また子供扱いされている。それは悔しいけど、分かっているけど、今は込み上げてくる嬉しさを隠せなかった。
「ま、お前は俺に恩があったからな。これでチャラってわけだ」
「で、でも、今のはお兄さんに恩返ししたことになってませんよ」
確かに、琴璃の機転で間接的には跡部も助かったようなものだが、世話になった彼本人に直接恩返しをしたわけではない。見かけによらず芯の通ったヤツだなと思う。その気持ちは評価した。
「なら、いつか返してくれる日を楽しみにしてるぜ」
その“いつか”って、いつなのだろうか。言っておいて自分で疑問に思った。あんまり深く考えず口から出た言葉だった。琴璃も気にしてないようだったからそのままにしておく。
「ところでお前はこんな所にいつまでも居て良いのか」
「あ、はい。もう今日の仕事は終わってちょうど撤収するところでした」
琴璃がスマホで時間を確認している。その後にポケットから出したものが車の鍵だと跡部は分かった。
「じゃあ、私はこれで」
「待て」
ここから立ち去ろうとする琴璃を今一度呼び止める。
「やっぱり今、返してもらうとするか」
「え?」
「俺は今日ここで立食パーティに出席していた。アルコールも飲んだ」
「えと、はい」
「だから車で帰れない」
「はい。……は!」
ことあるごとにガキだとからかったが、勘は働くようだ。
「お送りしますよ、お兄さん!」
跡部の求めていることが分かって、琴璃はにっこり笑ってそう言った。その時の彼女はまるで、飼い主に褒められた時のペットのような目をしていたから。跡部は思わず笑ってしまったのだった。
こんにちは、と暢気な挨拶を跡部にかけてくる琴璃。なんだって彼女はいつもこんなに安閑としているのだろうか。
「わぁ、すごい偶然ですね。なんでこんなところに?」
「お前こそ何故こんな場所にいる」
「私は、バイトのおつかいでちょっと」
「バイト?」
そう言えばコイツは学生だったか、と今ようやく思い出す。ますますこんな場所は似つかわしくないではないか。琴璃の格好は黒いエプロン姿で髪をラフに1つ縛りにしていて、どう見てもこの場に至極浮いている。とは言ってもあの会場から出ればホテルの宿泊客だって普通にいるからそこまで違和感ではないのだが。けれど、見たところ彼女は1人で来ているようだった。学生1人でこんなところに宿泊するとは思えない。事情でもあるのだろう。
「Fahr zum Teufel!」
和やかになりつつあった空気を金切り声がぶち壊した。
「……え、何ですか?今の」
さっきの女2人が、跡部と同じようにエレベーター乗り場までやって来るところだった。周りに頼りにならない男達を従えて、こっちに向かってくる。歩きながらも尚、声の勢いは止まらない。厄介事に巻き込まれる前にさっさと帰ろうと思ったのにもう来やがった。跡部はその団体に軽蔑する目を向け軽く舌打ちをする。
「お前も、ああいう大人にはなるなよ」
「もしかして……喧嘩ですか?」
「さぁな。互いが互いを気に入らねぇんじゃねぇの」
2人の女性の間にそれぞれの連れらしき男が割って入っている。が、ちっとも役に立ってない。でも、そうしなかったら女2人は掴みかかってたかもしれないから全く無能ではないと言える。
「なんだか、空気悪いですね」
「全くだ。あんなのガキが見るもんじゃねぇよ。お前はさっさと帰りな」
「あ、またガキ扱いする!私もう成人してますってば!」
「歳だけとっても中身が成長しなきゃ変わらねぇよ」
「ひ、ひどーい!」
どうしてか、からかい甲斐がある。そこまで言うほど子供っぽくはないのだけれど、いちいち見せる反応が素直すぎて見ていて退屈させない。そんな彼女はあまり人を疑うようなこともしないのだろう。だからあんな変なナンパ野郎に捕まったんだがな、とも思う。
「そうだ。お兄さん、これ、どうですかね?」
琴璃はさっきから何やら荷物を持っていた。大きめの段ボール箱で、それをいったん足元に置くと開けて中身をみせた。花が入っている。
「これ、予備に持ってきたやつなんですけど」
「何だこれは」
「明日ここのホテルで結婚式を挙げる方がいて、今日はその準備に来てたんです。これはその披露宴会場のテーブル席に飾るアレンジメントなんですけど……。これでダメかなぁ、って」
跡部は取りあえず、ほう、とだけ返事をした。琴璃は今日ここへバイトとしてやって来ていて、箱の中の2つの小さなブーケは余ったものだと言う。これをあの怒り狂った女どもに与えて機嫌を直せるんじゃないか。そう言いたいらしい。琴璃の説明は的を射ているんだか端折りすぎてるんだか分からない。こんな、言葉足らずの彼女の意図は跡部だから理解できたものだ。
「ま、女は美しいものが好きだからな」
跡部は2つのブーケを優しい手つきでダンボールの中から掬い上げる。生花の新鮮な香りがふわりと漂った。
「ガキかと思ってたが、お前も女心を少しは分かってるじゃねぇか」
「だぁから……」
琴璃の反論が出る前に跡部は相変わらずいがみ合っている女たちのほうへ向かっていった。そして、真っ赤な顔をした女2人の前に立って何かを話している。琴璃の位置からは跡部が何を話しているのかよく聞こえない。でも、日本語ではなさそうだった。どうやら彼女らは日本人ではないらしい。跡部は流暢に琴璃の理解できない言葉を話すと、やがて2人は落ち着きを取り戻し仕舞いには笑顔を見せた。
「あ。おさまった」
あんなに凄い剣幕だったのに2人はあっという間に和解した。彼は何を言ったんだろう。どうやってあの場を丸めたんだろうか。
「やっぱりすごいんだなぁ」
それでいてやっぱり格好良い人。離れて見ていた琴璃はそんなふうに思った。その後また少し会話をして、跡部からブーケを貰った2人はすっかり上機嫌でエレベーター乗り場へ行ってしまった。互いの連れの男達は申し訳無さそうに俯き気味になって彼女達について行った。跡部が軽い溜め息を吐いて琴璃の方へ戻ってくる。
「すごいですお兄さん!いったいどんな言葉をかけたんですか?」
「別に大したことは言ってない」
けれど女性たちの顔つきが180度変わったのだから、きっと喜ばす何かを言ったのだろう。
「これは俺よりもお前の手柄だろう。お前の花が無かったら、あの女達は永遠に罵り合っていただろうな」
「いや、それはさすがに」
流石に違うと思う。ブーケという物を提供したのは琴璃だけど、それを使って同じように事を収められたかと聞かれれば間違いなく無理だった。
「お前のお陰で助かったぜ」
跡部が琴璃の頭にぽんと手を乗せた。また子供扱いされている。それは悔しいけど、分かっているけど、今は込み上げてくる嬉しさを隠せなかった。
「ま、お前は俺に恩があったからな。これでチャラってわけだ」
「で、でも、今のはお兄さんに恩返ししたことになってませんよ」
確かに、琴璃の機転で間接的には跡部も助かったようなものだが、世話になった彼本人に直接恩返しをしたわけではない。見かけによらず芯の通ったヤツだなと思う。その気持ちは評価した。
「なら、いつか返してくれる日を楽しみにしてるぜ」
その“いつか”って、いつなのだろうか。言っておいて自分で疑問に思った。あんまり深く考えず口から出た言葉だった。琴璃も気にしてないようだったからそのままにしておく。
「ところでお前はこんな所にいつまでも居て良いのか」
「あ、はい。もう今日の仕事は終わってちょうど撤収するところでした」
琴璃がスマホで時間を確認している。その後にポケットから出したものが車の鍵だと跡部は分かった。
「じゃあ、私はこれで」
「待て」
ここから立ち去ろうとする琴璃を今一度呼び止める。
「やっぱり今、返してもらうとするか」
「え?」
「俺は今日ここで立食パーティに出席していた。アルコールも飲んだ」
「えと、はい」
「だから車で帰れない」
「はい。……は!」
ことあるごとにガキだとからかったが、勘は働くようだ。
「お送りしますよ、お兄さん!」
跡部の求めていることが分かって、琴璃はにっこり笑ってそう言った。その時の彼女はまるで、飼い主に褒められた時のペットのような目をしていたから。跡部は思わず笑ってしまったのだった。