No waltz without you.
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ようやくひと段落ついて社を出た頃には日付が変わっていた。日本に居た頃のように、定時帰社なんてものは日々イレギュラーが多すぎて無いに等しい。働き方改革だとか言ってるが、経営のトップに立つ者にはあまり意味がないのかもしれない。
暗がりの中、愛車までの道を歩きながら携帯を確認していた。仕事関係のメールに埋もれて、琴璃からのメッセージを見つけた時は張っていた気持ちがようやく緩んだ。
『今日とっても素敵な人に会うことができました!誰だと思います?ヒントは、景ちゃんも知ってる人』
今日はやけにご機嫌なようだ。文面からテンションの高さがあふれ出ている。さて、誰だろうな。自分の知っている人間で、且つ琴璃のことが分かる人物。そんな奴は1人しかいない。何せ、跡部と琴璃の共通の知人など殆ど存在しない。だからどうせ忍足のことだろうと思っていた。琴璃の言う通り、“とっても素敵”かどうかは素直に頷けないが。
最後に空港で交わした言葉どおり、彼は自分の留守中に琴璃を気にかけてくれているのだろうか。だとしたら“多少は素敵”ぐらいに格上げしてやってもいい。琴璃へ返信をしようとしたちょうどその時、メッセージ画面だったのが突然切り替わった。それは着信だった。跡部は今まさに文章を打ち込もうとしていたため、相手をよく見ずに応答をタップしてしまった。
「……え、まじまじ?こんなちょっぱやで出るとか、あり得る?」
スピーカーでもないのに電話の向こうの声はやたらと大きい。そして、無駄にはしゃいでいた。日本はもう陽は昇って午前9時あたりだろうか。
「もしもーし。あとべぇ?聞いてる?」
「……お前か」
画面に映った名前を確認して、旧懐というより意外さのほうが勝った。実際、話をするのはかなり久しぶりなのだが、彼はいつも距離感なんて感じさせないような接し方をしてくる。故にあまり懐かしいと感じさせないのだ。
「ニシシ。久しぶりだね。えーと、何年ぶりだろ?元気?」
「元気は元気だが、まさかのお前からの電話で驚いているぜ」
「あ、やっぱびっくりした?俺もね、ちょっとは緊張したよ。跡部忙しいかなって。でもまさかこんなにすぐ出てくれるとは思わなかったから、俺も超びっくりしてる」
「たまたま携帯を触ってたんだよ」
「あーなるほどね。じゃ、奇跡的に出てくれたってわけだ」
電話の向こうでジローはやたらと上機嫌だった。彼は朝にめっぽう弱いはずだが、今はそんなことはなくはっきりとした口調をしている。大人になりゃ流石に電話しながら寝落ちなんてしねぇか、と跡部は独りごちた。
「でさ。昨日琴璃ちゃんに会ったんだ」
唐突に彼はそんなことを言う。だがこれで、琴璃が送ってきたメッセージの答えが分かった。あれは忍足ではなく、ジローのことだったのだ。
「そうか」
「あれ。やけに落ち着いてんじゃん。あんま驚かないんだ?」
「別に。忍足の野郎がお前らを引き合わせたんだろ」
「忍足?違うよ違うよ、俺ね、花屋さん行ったの。そしたらそこで店番してたのが琴璃ちゃんだったんだよ。んで、そのあと氷帝のキャンパスでまた会ったから、いっしょに飯食ってきたんだ」
「……お前は、アイツと似てるような話し方をするな」
「なにそれ」
肝心な部分を端折りすぎている話し方が、琴璃とそっくりだと思った。話の全貌が読めるようで読めない。やれやれ、と跡部は小さく嘆息する。
「そもそもなんで俺の話題にたどり着いたかが全く伝わらねぇよ」
「あーそうだよね。えっとね、琴璃ちゃんからいい匂いがしたから」
変態的な発言で益々疑いたくなる。訪れた花屋で琴璃に会い、同日氷帝で再会し、意気投合して食事してきた。事実だけ述べればこうなるが、はたから聞けばただのナンパのようにしか聞こえない。
「もう少し噛み砕いて説明しろ」
「えー?だからぁ、跡部とおんなじ香水の匂いがしたの。なんかめずらしーじゃん、あれ。前に跡部、普通に売ってるのじゃないから、誰とも被らないって言ってたじゃん?」
「あぁ、成る程な。そういうことか」
日本を発つのが決まって、跡部は自分が不在の間好きに使っていいと琴璃にマンションのキーを預けようとしたのだが、彼女はそれを断った。「あんな広い部屋を1人で使わせてもらうのもったいないですよ」と笑っていた。だが本音は、部屋の広さに孤独を感じてしまうからだということは跡部も気づいていた。そんなふうに言葉を選んで断った琴璃が、「代わりにこれください」と指名したのがいつも愛用しているパルファンの瓶だったのだ。
「いい子だね、あの子」
「随分とアイツと打ち解けたようじゃねぇか」
「うん。最初は、跡部が選ぶような子っぽくないなぁって思ったんだけどさ。なんか、話してるうちに納得」
思えば忍足も、最初は琴璃とのことを疑っていた。跡部と長い付き合いの者は、初めて琴璃を見ると違和感を抱くのだ。過去の跡部を知っているが故に、天真爛漫で見た目は幼さのような印象を受ける琴璃が、まさか跡部の恋人だとは思えないのだろう。
「すっごく幸せそうに喋るんだよ、跡部のこと。愛されてるんだねぇ」
「フン。当たり前だろうが」
「うわ、そーゆうこと言っちゃうのマジで跡部っぽーい。自信満々じゃん」
「そりゃ事実だからな」
「そうだけどさ。でもさ、やっぱ寂しそうだったよ、琴璃ちゃん」
それを聞くと歯痒い気持ちにさせられる。この距離を埋めることが、どうすることもできないのが、なによりも1番もどかしい。
「きっと、強がっちゃうタイプの子なんだろうなって思った」
「お前のその読みは当たってるな」
「やっぱり?なんかね、無理に明るくしてるようにも見えたよ。跡部に会えなくて寂しいと感じないように、頑張って踏ん張ってるんだろうね」
時々電話で話す時も、から元気に近いものなのだろうと、跡部も分かっていた。イギリスに来てもう数ヶ月は経つが、彼女の声のトーンは変わらずともそこになんとなく寂しさは存在していた。
そして琴璃は未だに、寂しいとは口にしない。
「なー、いつまでそっちいんの?あんな可愛い子が待ってるってのに、いつまで独りぼっちにさせとく気?ひどくね?」
「……そうだな。俺は酷い奴だな」
跡部は携帯を耳に押し当てながら天を仰ぐ。当たり前だが空は暗く、辺りからはなんの物音もしなかった。誰もいない道を独り歩いている。静寂の中で友人の溌剌とした声がいっそう引き立つ。
今回のイギリス行きが決まったのは、恋人の関係になってまだ2、3ヶ月ほどしか経っていない時だった。
一番離れたくない時期に独りにさせてしまったことを、跡部は今でも悪いと思っている。けれどそんな気持ちを伝えたとしても、琴璃はきっと無理に笑って受け入れる。また強がることを覚えさせてしまう。だから敢えて言わなかった。詫びる代わりに、彼女と電話で話す時は呆れるほど愛を囁いてやることにした。相変わらずいつまで経っても彼女は恥ずかしそうに笑うのだが、作り笑いなんかに比べればずっと良い。
「まーでも、跡部もいろいろ大変なんだもんね。それはあの子も分かってるし。つーことでさ、俺、また琴璃ちゃんと会ってもいい?」
ジローの突拍子のないその発言を聞いて、跡部は思わず笑いたくなった。
「お前も大人になったもんだな。俺からの了承を得ようとするあたり、随分と成長したもんだ」
「だって琴璃ちゃんは跡部の彼女なんだし。知らないとこで彼女が自分以外の男と会ってたりしたら、面白くないかなって。まぁ、まかり間違ってもそんなことにはならないけどさ」
「ハ、俺様がお前らが2人で会うことを、いちいち気に留めるとでも思うか?」
「思わない。けど、一応許可取っとこうと思って」
昔馴染みであっても、ジローは跡部に対して一応の気を遣っているようだ。友人として、離れて暮らす大切な存在を見守ろうとしてくれている。忍足と同様、琴璃に対して異性へ向ける感情などはなく、ただ純粋に寄り添おうとしてくれる。我ながら良い友人を持ったもんだと今さら沁々思った。
「気の済むまで相手してやってくれ。こんな回答で満足か?」
「そーこなくっちゃね」
ジローは声を弾ませ返事をした。何となく、琴璃とは波長が合うだろうとは思っていた。彼女が送ってきたメッセージからも、嬉しさがにじみ出ていることがそれを裏付けていたから。そのうちまたコイツらは仲良く会うことだろうと想像ができる。
「琴璃ちゃんさぁ、」とジローは続ける。
「俺が「寂しいよね」って聞いても、寂しいって絶対言わなかったよ。「全然大丈夫ですよ」って笑ってた。全然大丈夫じゃない顔で。きっとさ、寂しいって言ったら跡部に迷惑かかっちゃうから、だから意地でも言わないんだね」
このままずっと、琴璃は本音を誰にも吐露しないのだろう。顔にはすっかり出ているくせに。
「次に跡部に会える時までに、大人になったなって思われたいんだって。歳の差は埋められないから、せめて成長したなって跡部に思われるくらいにはなりたいんだってさ。案外、歳下ってこと気にしてるのかな?」
「それもあるだろうが、これまで散々子ども扱いしてきたことを気にしているのかもしれねぇな」
「えーそうなの?まぁ、そんでさ、卒業するのに必要な単位は取りきってるけど後期からはも少し講義とかゼミを増やそうと思ってるんだって。学生が終わる前に、できるだけいろんなこと勉強しときたいんだって」
「そうか」
「けどさ、きっと半分は本当で、半分は寂しさを紛らわすために無理に忙しくしてるんだと思ったよ」
跡部もそう思った。寂しさという見えない辛さから逃れるように、琴璃はあえて暇を作らずにしているのだろうと。
「なんかさ、そーゆうの全て好きな人の為だなんて。めちゃくちゃでっかい愛だよねぇ。うらやましー。誰かのために頑張るってさ、最強だよね」
「そうだな」
琴璃は寂しさと闘いながらやるべきことを選択して挑んでいる。そのひた向きな姿勢が健気だとか感心するわけでもなく、ただ純粋に愛しいと感じる。今さっきのジローの言葉が脳裏に響く。“全ては好きな人の為に”。それを思うだけでより一層、己を奮い立たせたくなる。
「俺も、こっちでの仕事が早く片付くように奔走している。全てはアイツのために」
「じゃ、最強じゃん」
その後は殆どがジローの近況話で、跡部は黙って聞いてやった。珍しく朗々と喋るもんだから、話の腰を折ることなく、気の済むまで喋らせてやった。ようやく懐かしさと心地よさを覚え始めた頃、電話の向こうで「なんか眠いから切るね」と言われた。相変わらずのマイペース具合に呆れつつも、通話を終了させた跡部は再びメッセージの画面を開いた。琴璃に何と返信をしようか。とうに夜が更けた英国の地で、立ち止まって少しだけ思案してから、電子画面の上で指を滑らせた。
暗がりの中、愛車までの道を歩きながら携帯を確認していた。仕事関係のメールに埋もれて、琴璃からのメッセージを見つけた時は張っていた気持ちがようやく緩んだ。
『今日とっても素敵な人に会うことができました!誰だと思います?ヒントは、景ちゃんも知ってる人』
今日はやけにご機嫌なようだ。文面からテンションの高さがあふれ出ている。さて、誰だろうな。自分の知っている人間で、且つ琴璃のことが分かる人物。そんな奴は1人しかいない。何せ、跡部と琴璃の共通の知人など殆ど存在しない。だからどうせ忍足のことだろうと思っていた。琴璃の言う通り、“とっても素敵”かどうかは素直に頷けないが。
最後に空港で交わした言葉どおり、彼は自分の留守中に琴璃を気にかけてくれているのだろうか。だとしたら“多少は素敵”ぐらいに格上げしてやってもいい。琴璃へ返信をしようとしたちょうどその時、メッセージ画面だったのが突然切り替わった。それは着信だった。跡部は今まさに文章を打ち込もうとしていたため、相手をよく見ずに応答をタップしてしまった。
「……え、まじまじ?こんなちょっぱやで出るとか、あり得る?」
スピーカーでもないのに電話の向こうの声はやたらと大きい。そして、無駄にはしゃいでいた。日本はもう陽は昇って午前9時あたりだろうか。
「もしもーし。あとべぇ?聞いてる?」
「……お前か」
画面に映った名前を確認して、旧懐というより意外さのほうが勝った。実際、話をするのはかなり久しぶりなのだが、彼はいつも距離感なんて感じさせないような接し方をしてくる。故にあまり懐かしいと感じさせないのだ。
「ニシシ。久しぶりだね。えーと、何年ぶりだろ?元気?」
「元気は元気だが、まさかのお前からの電話で驚いているぜ」
「あ、やっぱびっくりした?俺もね、ちょっとは緊張したよ。跡部忙しいかなって。でもまさかこんなにすぐ出てくれるとは思わなかったから、俺も超びっくりしてる」
「たまたま携帯を触ってたんだよ」
「あーなるほどね。じゃ、奇跡的に出てくれたってわけだ」
電話の向こうでジローはやたらと上機嫌だった。彼は朝にめっぽう弱いはずだが、今はそんなことはなくはっきりとした口調をしている。大人になりゃ流石に電話しながら寝落ちなんてしねぇか、と跡部は独りごちた。
「でさ。昨日琴璃ちゃんに会ったんだ」
唐突に彼はそんなことを言う。だがこれで、琴璃が送ってきたメッセージの答えが分かった。あれは忍足ではなく、ジローのことだったのだ。
「そうか」
「あれ。やけに落ち着いてんじゃん。あんま驚かないんだ?」
「別に。忍足の野郎がお前らを引き合わせたんだろ」
「忍足?違うよ違うよ、俺ね、花屋さん行ったの。そしたらそこで店番してたのが琴璃ちゃんだったんだよ。んで、そのあと氷帝のキャンパスでまた会ったから、いっしょに飯食ってきたんだ」
「……お前は、アイツと似てるような話し方をするな」
「なにそれ」
肝心な部分を端折りすぎている話し方が、琴璃とそっくりだと思った。話の全貌が読めるようで読めない。やれやれ、と跡部は小さく嘆息する。
「そもそもなんで俺の話題にたどり着いたかが全く伝わらねぇよ」
「あーそうだよね。えっとね、琴璃ちゃんからいい匂いがしたから」
変態的な発言で益々疑いたくなる。訪れた花屋で琴璃に会い、同日氷帝で再会し、意気投合して食事してきた。事実だけ述べればこうなるが、はたから聞けばただのナンパのようにしか聞こえない。
「もう少し噛み砕いて説明しろ」
「えー?だからぁ、跡部とおんなじ香水の匂いがしたの。なんかめずらしーじゃん、あれ。前に跡部、普通に売ってるのじゃないから、誰とも被らないって言ってたじゃん?」
「あぁ、成る程な。そういうことか」
日本を発つのが決まって、跡部は自分が不在の間好きに使っていいと琴璃にマンションのキーを預けようとしたのだが、彼女はそれを断った。「あんな広い部屋を1人で使わせてもらうのもったいないですよ」と笑っていた。だが本音は、部屋の広さに孤独を感じてしまうからだということは跡部も気づいていた。そんなふうに言葉を選んで断った琴璃が、「代わりにこれください」と指名したのがいつも愛用しているパルファンの瓶だったのだ。
「いい子だね、あの子」
「随分とアイツと打ち解けたようじゃねぇか」
「うん。最初は、跡部が選ぶような子っぽくないなぁって思ったんだけどさ。なんか、話してるうちに納得」
思えば忍足も、最初は琴璃とのことを疑っていた。跡部と長い付き合いの者は、初めて琴璃を見ると違和感を抱くのだ。過去の跡部を知っているが故に、天真爛漫で見た目は幼さのような印象を受ける琴璃が、まさか跡部の恋人だとは思えないのだろう。
「すっごく幸せそうに喋るんだよ、跡部のこと。愛されてるんだねぇ」
「フン。当たり前だろうが」
「うわ、そーゆうこと言っちゃうのマジで跡部っぽーい。自信満々じゃん」
「そりゃ事実だからな」
「そうだけどさ。でもさ、やっぱ寂しそうだったよ、琴璃ちゃん」
それを聞くと歯痒い気持ちにさせられる。この距離を埋めることが、どうすることもできないのが、なによりも1番もどかしい。
「きっと、強がっちゃうタイプの子なんだろうなって思った」
「お前のその読みは当たってるな」
「やっぱり?なんかね、無理に明るくしてるようにも見えたよ。跡部に会えなくて寂しいと感じないように、頑張って踏ん張ってるんだろうね」
時々電話で話す時も、から元気に近いものなのだろうと、跡部も分かっていた。イギリスに来てもう数ヶ月は経つが、彼女の声のトーンは変わらずともそこになんとなく寂しさは存在していた。
そして琴璃は未だに、寂しいとは口にしない。
「なー、いつまでそっちいんの?あんな可愛い子が待ってるってのに、いつまで独りぼっちにさせとく気?ひどくね?」
「……そうだな。俺は酷い奴だな」
跡部は携帯を耳に押し当てながら天を仰ぐ。当たり前だが空は暗く、辺りからはなんの物音もしなかった。誰もいない道を独り歩いている。静寂の中で友人の溌剌とした声がいっそう引き立つ。
今回のイギリス行きが決まったのは、恋人の関係になってまだ2、3ヶ月ほどしか経っていない時だった。
一番離れたくない時期に独りにさせてしまったことを、跡部は今でも悪いと思っている。けれどそんな気持ちを伝えたとしても、琴璃はきっと無理に笑って受け入れる。また強がることを覚えさせてしまう。だから敢えて言わなかった。詫びる代わりに、彼女と電話で話す時は呆れるほど愛を囁いてやることにした。相変わらずいつまで経っても彼女は恥ずかしそうに笑うのだが、作り笑いなんかに比べればずっと良い。
「まーでも、跡部もいろいろ大変なんだもんね。それはあの子も分かってるし。つーことでさ、俺、また琴璃ちゃんと会ってもいい?」
ジローの突拍子のないその発言を聞いて、跡部は思わず笑いたくなった。
「お前も大人になったもんだな。俺からの了承を得ようとするあたり、随分と成長したもんだ」
「だって琴璃ちゃんは跡部の彼女なんだし。知らないとこで彼女が自分以外の男と会ってたりしたら、面白くないかなって。まぁ、まかり間違ってもそんなことにはならないけどさ」
「ハ、俺様がお前らが2人で会うことを、いちいち気に留めるとでも思うか?」
「思わない。けど、一応許可取っとこうと思って」
昔馴染みであっても、ジローは跡部に対して一応の気を遣っているようだ。友人として、離れて暮らす大切な存在を見守ろうとしてくれている。忍足と同様、琴璃に対して異性へ向ける感情などはなく、ただ純粋に寄り添おうとしてくれる。我ながら良い友人を持ったもんだと今さら沁々思った。
「気の済むまで相手してやってくれ。こんな回答で満足か?」
「そーこなくっちゃね」
ジローは声を弾ませ返事をした。何となく、琴璃とは波長が合うだろうとは思っていた。彼女が送ってきたメッセージからも、嬉しさがにじみ出ていることがそれを裏付けていたから。そのうちまたコイツらは仲良く会うことだろうと想像ができる。
「琴璃ちゃんさぁ、」とジローは続ける。
「俺が「寂しいよね」って聞いても、寂しいって絶対言わなかったよ。「全然大丈夫ですよ」って笑ってた。全然大丈夫じゃない顔で。きっとさ、寂しいって言ったら跡部に迷惑かかっちゃうから、だから意地でも言わないんだね」
このままずっと、琴璃は本音を誰にも吐露しないのだろう。顔にはすっかり出ているくせに。
「次に跡部に会える時までに、大人になったなって思われたいんだって。歳の差は埋められないから、せめて成長したなって跡部に思われるくらいにはなりたいんだってさ。案外、歳下ってこと気にしてるのかな?」
「それもあるだろうが、これまで散々子ども扱いしてきたことを気にしているのかもしれねぇな」
「えーそうなの?まぁ、そんでさ、卒業するのに必要な単位は取りきってるけど後期からはも少し講義とかゼミを増やそうと思ってるんだって。学生が終わる前に、できるだけいろんなこと勉強しときたいんだって」
「そうか」
「けどさ、きっと半分は本当で、半分は寂しさを紛らわすために無理に忙しくしてるんだと思ったよ」
跡部もそう思った。寂しさという見えない辛さから逃れるように、琴璃はあえて暇を作らずにしているのだろうと。
「なんかさ、そーゆうの全て好きな人の為だなんて。めちゃくちゃでっかい愛だよねぇ。うらやましー。誰かのために頑張るってさ、最強だよね」
「そうだな」
琴璃は寂しさと闘いながらやるべきことを選択して挑んでいる。そのひた向きな姿勢が健気だとか感心するわけでもなく、ただ純粋に愛しいと感じる。今さっきのジローの言葉が脳裏に響く。“全ては好きな人の為に”。それを思うだけでより一層、己を奮い立たせたくなる。
「俺も、こっちでの仕事が早く片付くように奔走している。全てはアイツのために」
「じゃ、最強じゃん」
その後は殆どがジローの近況話で、跡部は黙って聞いてやった。珍しく朗々と喋るもんだから、話の腰を折ることなく、気の済むまで喋らせてやった。ようやく懐かしさと心地よさを覚え始めた頃、電話の向こうで「なんか眠いから切るね」と言われた。相変わらずのマイペース具合に呆れつつも、通話を終了させた跡部は再びメッセージの画面を開いた。琴璃に何と返信をしようか。とうに夜が更けた英国の地で、立ち止まって少しだけ思案してから、電子画面の上で指を滑らせた。